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第3章.逃亡編
第3章.逃亡編:第5話「峠越え」

アーヘンタール峠を越えるため、夜明け前に起床し、午前6時にタンネルンドルフを出発する。

濃い霧が立ち込め、かなり怪しい天気だが、昨日の予想通り雨は降っていない。

俺のほかにも峠越えを目指す旅人は、同じように早朝に出発するようで準備を開始している。徒歩の旅人は8時間くらい掛かるから雨の降り始めに当ることを考え、雨具を用意していた。

とにかく早く出発したかったので、一番に馬で村を出る。

出発後、直ぐに山の中に入り、道は急勾配になっていく。

大街道とは言え、さすがにこの辺りは道幅が狭く、幅3mくらいの所も多い。
落ちたら助かることはまずないだろうと思わせる深い谷が左側につづいている。

1時間もするとかなり馬が疲れてきているようなので、馬から下りて引いて歩くことにする。
2時間くらい進むと霧が一層深くなり、冷え込みも徐々にきつくなってくる。

一度、20分ほど休憩を取り、気を取り直して再び登り始める。
登山やトレッキングの経験がないので、どの程度のペースで歩くべきかあまりわかっていないが、焦らず登っていく。

出発から3時間後の午前9時頃ついに雨が降ってきた。

タンネルンドルフで言っていた通り、冷たい雨がマントを通して体の熱を奪っていく。
馬もかなり疲労しているので、雨が当らないところを探すが、標高が高いため、高い木もなく、雨を防ぐすべがない。

仕方なく、そのまま歩いていると、雨宿りができそうな岩陰を見つけることができた。
馬の体を拭き、昨日買っておいた甘い菓子を馬に与え、30分ほど休憩していると、少しは元気になったようだ。

午前10時、再び雨の峠道を歩き出す。

午前11時、ようやく頂上付近に達したようだ。
しかし、俺の後にいた徒歩の旅人たちは誰一人、俺を追い抜いていない。
かなり休憩を入れているから、徒歩の連中でも追い抜いていってもおかしくないはずだが。
それに東に向かう旅人ともすれ違っていない。
皆、引き返したのだろうか。

雨は更に強くなっていき、風も出てきた。
マントでは雨の侵入を防ぎ切れなくなってきている。
下り坂に差し掛かったが、雨に濡れた坂道を馬で下っていく自信はない。引き続き馬を引いて山道を歩いていく。

正午、雨と風は一層強くなる。
後2~3kmくらいだろうが、今はクーフシュタインにたどり着くより、雨宿りできるところを探すことにしている。
雨に当らないところで1時間くらい休憩しないと俺も馬も体温が下がり、動けなくなりそうだ。

10分ほど進むと小さな洞窟を発見する。幅と高さが1.5mくらい、奥行きが2mくらいの岩のひびのような洞窟だ。
狭いが、馬も何とか入れることができたので、ここで雨宿りをする。

馬の体を拭いてやり、念のため持ってきた少量の飼葉を与える。
水は洞窟から首を出せば飲めるので、石を動かし水溜りができるようにしておいたら、勝手に飲み始めていた。

俺の体力もかなり厳しい。マントを脱ぎ、防具も外して体を拭く。
皮袋の中の服は濡れていないので、それに着替え、防具を乾いた布で拭き、再度装備する。

1時間ほど休憩したが、雨はますます強くなっていく。

午後1時、後2kmくらいでクーフシュタインに到着できるだろうから、長くて1時間歩けばいいのだが、体力的にここでビバークする方がいいような気もする。

幸い雨は吹き込んできていないが、この小さな洞窟では火も熾せないのでここでビバークすると夜の冷え込みに耐えられる自信がない。
ここは少々無理をしてでも進むべきだろう。

覚悟を決め、再び歩き始める。馬は先ほどよりかなり元気になり、無理に引っ張らなくてもよく、この点だけは助かっている。

1時間後、雨は相変わらず強く降っている。気温もかなり下がっており、火の月=8月とはとても思えない。
体を温めるため、買っておいた蒸留酒を一口含む。少し体温が戻り、気力も少しだけ湧いてきた。

道がしっかりしているから迷わないが、もう少し判りにくい道だったら、間違いなく遭難していただろう。

更に1時間、午後3時頃、遠くにオレンジ色の屋根が見える。ようやくクーフシュタインに到着したようだ。
身も心もくたくたになり、クーフシュタインの村の中に入っていく。

村人に宿の場所を聞き、宿に向かう。

宿に入ると主人から、

「この天気で峠を越えてきたのかい。よく越えられたな。タンネルンドルフで止められなかったのかい。」

「朝6時に出発したから、だれにも止められていない。昨日の話しでは昼過ぎまでは大丈夫って言っていたから、できるだけ早く出たんだが。」

「あんた、山越えは初めてだね。前の日の予想を信じて山に入るなんて自殺行為だよ。その日の朝にもう一回確認しなきゃ。何にせよ無事で何よりだったよ。」

日本にいた頃の前日の天気予報で行動していた感覚がまだ抜けていないようだ。どおりで誰にもすれ違わないはずだ。

「まあ、考えようによっちゃ良かったかもよ。この雨は、1週間は続くから、下手をしたら10日間は足止めを食らったかもな。」

運が良かったのか、悪かったのか、判断に悩むところだが、少なくともあの小さな洞窟でビバークしなかったのだけは正解だったようだ。

それにもし追手が迫ってきていたら、タンネルンドルフで追いつかれたかもしれない。ゴスラー、オステンシュタットで欺瞞情報を流したから、直ぐに西に向かうとは思えないが、西に向かう選択をされたら危なかったかもしれない。

厩舎で馬の世話をし、自分も体を良く拭いて、乾いた服に着替える。ウィルス性の風邪は引かないが、体調不良になることは考えられるので、今日は夕食を食べたら、ゆっくり休もう。


その頃、盗賊団の首領グンドルフは、オステンシュタット郊外まで来ていた。
一人の手下に向かって、

「俺の勘じゃあ、奴は東に行ってねぇ。西か北に行きやがったはずだ。都合のいいことにエルムの山にあんなに雲が懸っている。今日から10日は峠越えができそうにないだろうから、奴も足止めされているはずだ。お前は俺と一緒に西に行ってタンネルンドルフで奴を探す。」

別の手下に向かって、

「お前は面が割れていねぇから、街に入り込んで奴の情報を仕入れてこい。俺は往復で4日ありゃ戻ってこれるから、5日後にはここに戻ってくる。お前も5日後の朝、情報があってもなくても一度ここに戻ってこい。」

と指示を出す。そして、残りの手下2人に

「東西の門の外で見張って、それらしい人物が出てこないか確認しろ。もし見つけたら、後を付けろ。」

グンドルフは、手下1人を連れ、一路タンネルンドルフに向かう。

2日後、グンドルフと手下は、タンネルンドルフに着き、大河の情報を聞いて回る。
一日に数十人、多ければ100人以上が通る宿場町で、黒髪の若い男というだけでは手掛かりが掴めない。
2日前の朝に1人だけ峠越えをした男がいたが、その男は黒髪ではなく茶色い髪の男だ。

(くそ、3日前からの旅人が残っているということは、こっちは外れか。やはり噂通りプルゼニの方に向かったか。一旦、オステンシュタットに戻って、手下の情報を確認してから、東に向かうしかないが、俺も焼きが回ってきたか。)

大河の変装作戦にまんまと引っ掛かったグンドルフは、東に戻ることに決めた。
盗賊のグンドルフは、ついに主人公を見失いましたが、正確な情報がない聞き込みは難しいと思います。
変な例えですが、いついなくなったかわからない茶色い普通の縞猫を探してくださいという張り紙を見たことがあります。
写真もなく、通信手段もない世界で、これといった特徴がない人物を追いかけるのは、それに匹敵するくらいの困難さではないでしょうか。


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