オステンシュタットから、西に向けて出発する。

旅人の止まり木亭の女将のフランカには、プルゼニ王国への配達クエストを受けたと偽情報を流しておいた。
盗賊たちが自由にオステンシュタットを出入りできるとは思えないが、何らかの情報収集をするはずだ。うまく行けば、この情報にも引っ掛かってくれるだろう。

今のところ、数日程度の差しかないはずだ。西へ向かう途中で襲われるのが一番厄介なので、少し無理をするが、一日３０マイル＝約５０ｋｍ進んで、できるだけ早くノイレンシュタットに着いてしまいたい。

オステンシュタットからドライセンブルクまでの行程で、最大の難関がオステンシュタットから５０マイル進んだところにある「アーヘンタール峠」だ。
アーヘンタール峠は、王国中央部と東部の境にあるエルム山地を越える峠で、標高２０００ｍくらいで峠自体の高低差が約５００ｍの険しい峠だ。

アーヘンタール峠を越えるためには、手前の村「タンネルンドルフ」で１泊してから一日掛けて峠を越えるのが一番安全だそうだ。

行程を考えると、オステンシュタットから３０マイル西にあるアーダスベルクまでが１日目、更に１５マイル進んだタンネルンドルフまでが２日目、アーヘンタール峠を越え、５マイル先の町「クーフシュタイン」まで進むのが３日目といったところになりそうだ。

クーフシュタインから先は緩やかな丘陵地帯となるようなので、１日３０マイル以上は稼げるだろう。後は一日３０マイルを目標に適当な街で宿泊し、ドライセンブルクに行く計画だ。

今日は火の月第２週の水の曜日、すなわち８月９日に当る。ドライセン王国の東部は標高が高く、朝はかなり涼しい。

オステンシュタットの西門を出て、大街道（シュトラーセ）を進んでいく。
オステンシュタットを出て、１０分もすると徐々に森の中に入っていく。
最初は深い森ではなかったが、徐々に楢や樫の大木が増え、街道の上にも大きな枝が張り出し、空が見えなくなっていく。

大街道といえども早朝の朝靄の中では、鳥のさえずりと虫の声、葉が風で揺れる音くらいしか聞こえない。
俺は静かに馬を進めていく。

大街道は、元々「塩の街道＝ザルツシュトーラセン」と呼ばれ、１０００年位前の古代帝国が建設した街道で、現在の王国中央部にある岩塩鉱山から切り出された岩塩を大陸の中央域に向けて運ぶ運搬路として整備されたそうだ。
その後、古代帝国が崩壊し、いわゆる戦国時代となると、現在のプルゼニ王国付近にできたクラクフ帝国によって西部進出用の軍用道路として再整備され、現在の大街道になったとのことだ。

現在もドライセン王国の軍用道路としても活用されているため、道幅は規格で１８フィート＝５．５ｍに定められている。このため、荷馬車がすれ違うことが比較的容易になっている。

石畳などの舗装はされていないが、定期的に整備もされているらしく、ゴスラー街道より移動はかなり楽だ。

オステンシュタットからアーダスベルクまでは緩やかな上り坂になっているが、昨日一日休んでいたため、馬の調子もよく、順調に街道を進んでいく。

昼頃になり、街道の往来はかなり多くなってきた。護衛を伴った大規模な隊商や個人の小さな荷馬車、乗合馬車の他、冒険者らしい徒歩の旅人も多く見られる。

途中の村で何度か休憩をいれ、約１１時間後の午後５時頃に無事アーダスベルクに到着。宿を探すが、さすがに旅人が多く、この時間に空いている宿は少ない。
１泊１５Ｓとかなり高級な宿しか見つからなかったが、資金に余裕があるのでその宿に宿泊する。
かなり疲れていたので、宿の従業員に馬の世話を任せ、夕食を取った後、体を拭くこともなく、そのままベッドに倒れこむ。

翌朝、夜明けと共に目覚め、とりあえず水で体を拭き、朝食をとりに行く。

旅慣れていない自分では、１日３０マイルはかなりきつい。
途中でへばってしまっては意味がないので、アーヘンタール峠越えは特に慎重に行くべきだろう。
馬の調子を見てみると、かなり丈夫な馬なのか、調子は良さそうだ。それとも俺の体力がなさ過ぎるのか。

今日は、タンネルンドルフまで１５マイル。道はそれほど厳しくなく、朝８時に出ても３時には充分到着できるそうだ。

朝食をとった後、午前８時にタンネルンドルフに向けて出発する。
今日の天気はやや曇っており、アーヘンタール峠のあるエルム山地の山頂付近は雲が掛かって見ることが出来ない。
火の月（８月）は雨が多く、天気が崩れると1週間くらい続くとのことなので、明日一杯は天気がもって欲しいものだ。

徐々に標高が上がっている感じで、植生も少しずつ高山系の植物に変わっていき、深い森から低い潅木類が増えていく。

予定通り、午後２時過ぎにタンネルンドルフに到着。
いかにも高原の村といった感じで放牧が多く行われている。
タンネルンドルフは、それほど大きな村ではないが、大街道の宿場町、特に難所の入口ということで宿は多く、旅人向けの店も多い。

今日は早めの到着なので、宿は直ぐに見つかった。

馬の世話をし、情報収集のため、旅人向けの店に入っていく。
店の中には携行食や酒などの食料品の他に峠越えに必要な雨具や防寒具なども揃えてある。

店の主人に話を聞いてみると、火の月は防寒具が必要なほど寒くはないが、天候が崩れ、峠の頂上付近で立ち往生するとかなり冷え込む。雨具や防寒具はあった方がいいし、念のため、予備の食料を持っていくことを勧められた。
明日の天気について聞いてみると、明日が天気の変わり目らしく、峠の頂上では昼頃から天気が崩れ始めるので、明日出発するなら、できるだけ早い時間に出発する方がいいとのことだ。
クーフシュタインは僅か５マイル先だが、登りがきついので馬でも６時間くらいは覚悟しておく必要があるそうだ。
ローゼンハイム産の蒸留酒があったので、万一の遭難に備えて、それを１壷と甜菜糖で作った甘い菓子を買う。
防寒具と雨具はマントと毛布があるのでそれで代用することにしよう。

通過に６時間掛かるとして、朝６時に出れば、昼頃にはクーフシュタインに到着できる計算なので何とかなるだろう。

宿に戻り、宿の主人に念のため確認してみると、やはり明日の昼頃が天気の変わり目との予想だった。

夕食まで時間があるのでエールを使っての髪染め実験を行ってみることにした。

宿の主人に湯の準備してもらい、エールを食堂で分けてもらって、部屋の中で毛染め作業をやってみる。鏡がないので携帯を使って後頭部、側頭部の写真を撮り、確認する。
一応、むらは無いようなのでこれでＯＫとしておこう。

１時間ほど掛けてエールを満遍なく髪に浸透させると、多少脱色した感じになり、光に透かすと茶色い髪かなという程度には色が落ちた。
炭酸が弱いためか、元々こんなものなのか、苦労した割にはあまり効果がない。
その後の洗髪の方が大変だった。元々、酵母が多く入っている地元のエールなので、その匂いが頭に染み付き、なかなか取れない。石鹸を使ってようやく何とかなった感じだ。

宿の主人は帽子をかぶった姿しか見ていないので、髪の色が変わったとは気付かないだろう。
運が良ければ、黒髪の男はここタンネルンドルフで姿を消すことになる。

夕食時も特に何も言われず、主人に明日は早く出発することだけを伝えて、部屋に戻ることにした。