第3章.逃亡編
第3章.逃亡編:第2話「宝石商との交渉」
オステンシュタットは人口2万人の王国東部最大の都市で、高さ15ヤード(13.5m)、周囲を10マイル近い城壁で囲み、更に城壁の周りに掘を巡らせた城塞都市だ。
東西南北に大きな城門があり、それぞれから街道が伸びている。
ゴスラー街道は南門に接続されているため、俺は、入市手続きのため、南門の検問に並んでいる。
行列に並びながら、街の周囲を見てみるとゴスラーのような草原ではなく、整備された農地が広がっている。所々、家が固まって建っている。オステンシュタットに食料を供給する農家なのだろう。
1時間ほど待たされ、午後4時頃、入市税を払い、ようやく街に入れる。
入市税は50Cと意外と高い。
しかし、城門で検問に当る兵士は高圧的ではなく、検問の雰囲気も悪くない。
街に入る時に城門の兵士にギルドの場所を聞いておいたので、早速ギルドに向かう。
メインストリートは道幅約10mでかなり広い感じだが、禁止されているのか、屋台や露天はなく、店舗だけが並んでいる。
家は石造りが多く、白い外壁とオレンジっぽい屋根が多い。ヨーロッパにこんな町並みがあったような気がするが、どこか思い出せない。
メインストリートには多くの人が歩いており、その中にはエルフ、ドワーフ、獣人などの亜人も多く、見られた。
ゴスラーにはほとんどいなかった亜人達見て、大河は、かなり興奮しており、周りを見回している。
(あ、エルフだ。イケメンだよな。こっちは犬っぽい耳だ、狼系の獣人か?猫耳がいた。さすがは大都市。すげぇや。)
盗賊から逃げているにしては緊張感はなく、きょろきょろして、やや挙動不審になっている。
周りを見ると、同じような“おのぼりさん”がいるため、町の人はほとんど気にしていない。
メインストリートを歩くこと約20分でギルドに到着する。
ゴスラーの町のものより、かなり大きな建物で、カウンターの受付も10か所くらいある。ちょうど、冒険者たちが帰ってくる時間なので、受付には行列ができている。
行列に並び、順番が来るのを待っていると10分ほどで順番が回ってきた。
受付に郵便物を渡してクエスト達成報告を済まし、所属変更の手続きも合わせてしておく。
現金を預けようと思ったが、思いのほか、冒険者たちが多いので、明日以降に延期することにした。
受付嬢に
「初めてオステンシュタットに来たんだ。安全で料理のおいしいお勧めの宿はないか」
と聞くと、
「「旅人の止まり木亭」という宿がお勧めですよ。」
と受付嬢に紹介される。そのまま、ギルドを後にして、宿に向かい、10分ほどで「旅人の止まり木亭」に到着する。
止まり木亭は、3階建のしっかりとした建物で、手入れが行き届いている感じがする。
中に入り、フロントで宿泊の手続きに入るが、ここもギルドの割引が効き、1泊2食8Sで、馬が4Sで宿泊できる。
今更だが、馬については、東京のホテルの駐車場代より高い気がする。
燃料(飼葉)代込みと考えれば妥当なのかもしれないが、安い宿だとひと1人が3Sで泊まれることを考えると意外と馬の維持費は高い。
部屋に荷物を置いてから、街を散策するため、宿の女将のフランカという30前後の女性に街について聞くことにした。
特に知りたいのは、宝石店だが、ただの冒険者が宝石店に行く用事はほとんどないので、聞き辛い。
何とか高級な店のある区域を教えてもらい、宝石店を探しがてら散策していると、1時間ほどして「ヴェルス宝飾店」という宝石を扱う店を見つける。
今日はもう遅いので、店には入らず、宿に戻ることにした。
夕食を取るため、食堂に向かうが、ここの食堂はゴスラーのドラゴン亭よりかなり大きく、テーブルが15、カウンター席が15ほどあるが、午後6時くらいで、すでに7割くらい席が埋まっている。
俺は、どこかビアホールのような感じがする磨きこまれたカウンターに座り、食事と共にエールを頼む。
見た感じだが、ゴスラーに比べ、如何にも実力者といった感じの冒険者が多い。
さすがは冒険者の町と言われるだけのことはある。
食事もかなりおいしく、南部ではあまり見なかったチーズなど乳製品も多く使われている。酒もエール、ワイン、蜂蜜酒に加え、ローゼンハイム酒と呼ばれている蒸留酒もあった。ワインを蒸留したブランデーみたいな酒のようだ。
部屋に戻り、体を拭いてすっきりしてから、明日の予定を考える。
明日は、宝石商との交渉だ。
相手の情報がないのが不安だが、向こうもこちらの情報を持っていない。
ゴスラーで仕入れた噂では、来年は建国400周年と国王即位35周年に加え、西方暦1300年の記念の年だ。
金持ちは宝飾品を買い求めるだろうから、需要が増加し、今から宝石の価格は高騰して行くだろう。宝石商なら、いくらあってもほしいと思うはずだ。ここを突破口にするしかない。
だが、それだけでは弱い気がする。もう少し相手にインパクトを与える何かがほしい。
俺はステータス画面を眺めながら、何かいい手はないかと考える。
アイテム欄を見たときに「ビジネススーツ」の文字で目が留まる。
この世界の服とはかなり異なるビジネススーツを着ていき、東方からの商人の芝居を打てば、向こうはかなり混乱するんじゃないか。
大学の就職関連のセミナーで「面接は第一印象が大事だ。相手の服装を見て判断することが多いのでキチンとした服装は面接の基本だ。」と教えられた。
逆にいえば、判断に困る服装をしていけば、相手は対応に困るはずだ。
俺のビジネススーツは量販店の中国製の安物だが、この世界の縫製技術より、かなり進んだ縫製になっている。
素材も安物なだけに、化繊が多く使われているため、変わった絹を使っているように見えなくもなく、この世界の標準から言えば、見た目はかなりいいと思う。
珍奇な服装だが、物はいい。これはかなり判断に困るはずだ。
もう一つ有利な点は、俺は鑑定が使えるので、宝石のおおよその価値がわかる。
一芝居打ち、向こうの持つ宝石の価値を言い当てれば、異国の商人と向こうが勝手に思ってくれるだろう。
後はうまくこちらのペースに乗せれば、鑑定価格に多少は上乗せできるだろう。
元々、この宝石で大儲けする気はないので、多少色がつけばいい。
しわをのばすため、荷物からスーツを取り出し、クローゼットに吊っておく。
合わせて、ネクタイと靴も準備しておく。
翌朝、朝食を取ってから、ゆっくり準備をする。2ヵ月半ぶりにスーツに袖を通すと元の世界が何年も昔のことに思えてくる。
目立たないようにマントを羽織って、ゆっくりとした足取りでヴェルス宝飾店に向かう。
店に入り、マントを脱ぐと、物珍しそうに俺を見ている若い店員を捕まえ、宝石を買い取って欲しいので、店主に会いたいと伝える。
すぐに応接室のような部屋に通され、10分ほどして店主が部屋に入ってくる。
店主は50歳代前半の白髪の紳士だ。
「私が、当ヴェルス宝飾店店主のヘニングと言うものです。宝石をお売りいただけるとのことですが、お間違いありませんか。」
「事前の連絡もなく、突然お伺いし、申し訳ない。私は、タカヤマ=タイガ、おお、こちらの言い方では、タイガ・タカヤマでした。東の方から来た旅の商人のようなものです。」
(少しわざとらしかったか。日本が東かどうかは判らないけど、宿は東の方だった。消防署の方からきましたっていう詐欺師みたいだが、嘘は言っていない。)
「ほう、東方の方ですか、なるほど、それで珍しい服を着ていらっしゃるのですな。」
(珍しい服を着た東方人か。東方人っていうのはこんな服を着ているのか。それにしても珍しい布を使っている。飾りのボタンも金属や貝殻ではない別の宝石か何かなのか。これ一着で1000Gは堅い。首に巻いている細い布は絹だろうか。染色・刺繍も素晴らしくこれもかなりの値打ちものだろう。若いが、大店の後継者かなにかなのか?)
ヘニングは、こちらの服をちらちら見ている。
「こちらの方にとってはおかしな服装で来てしまい、申し訳ない。西方の服も持っているのですが、どうも正装というとこういった服でないと落ち着きませんから。」
「いえいえ、どのような服でも良いものとそうでない物の違いくらいは判るつもりでつもりです。タイガ殿の着ておられるものの価値は判るつもりです。」
(どうやら、こっちのペースに乗ってきているな。あと一押しってところか。)
「あっ。忘れておりました。こちらでは商談の前に身分を証明する必要があるのでしたね。身分を証明するものなのですが、こちらに来たとき冒険者ギルドに登録しましたので、確認して頂けますか?合わせてあちらの証明書もお見せしましょう。」
と言って、ギルドカードと運転免許証を見せる。
(東方のカードは、写し絵というより、魔法で本人の姿を固定しているくらいそっくりだ。東方の技術はこれほど進んでいるのか。文字も上位古代語に見えるし、どのような魔道具を使っているのかわからないが、少なくとも偽造はできまい。)
写真入の免許証を見てヘニングは驚いている。
これで完全に東方の商人だと思い込んでくれればいいのだが。
ギルドカードと免許証を返してもらい、商談に入る。
「早速で申し訳ないのですが、この宝石を見ていただけないでしょうか。」
と言って、持っている53個の宝石をテーブルの上に取り出す。
「ほう、かなりの数ですな。見せていただいてもよろしいですかな。」
「どうぞ、存分にご確認下さい。」
ヘニングは10分ほど掛けて宝石を見ていく。
(これはかなりの品だ。この時期にこれだけの数を手に入れれば大儲けできる。)
見終わった頃を見計らって、
「どうでしょう。全部でおいくらの値を付けて頂けますかな。」
「そうですな。全部で3000Gと言ったところでしょうか。如何ですかな。」
(こちらを試しているのかな。もう少し有利に進めるためにも、もう一芝居打ってみるか。)
「ご冗談を。通常の買取価格でも5000Gは堅いはずですよ。私の目をお疑いですか。よろしければ、そちらの宝石を一つ鑑定させていただけませんか。」
と言って、宝石を持ってこさせる。
かなり大きなサファイアと小さなルビーだ。
へニングは、タイガを見極めるため、敢えて難易度の高い宝石を持ってくる。
(東方の宝石商だが、かなり若く、経験も少ないだろう。このあたりの相当な目利きの鑑定士でもこのサファイアのひびには気付かない。ひびが無ければ500Gはするが、ひびのせいで精々100G。逆にルビーは色がかなり深く均一だ。500Gが最低ラインだ。)
タイガが、鑑定するとサファイアが100G、ルビーが500Gと出ている。
「こちらのルビーは500Gといったところですね。こちらのサファイアは中に小さなひびがありますから、100Gといったところでしょう。」
ヘニングは、ポーカーフェイスを忘れ、驚きの表情を隠せていない。
(相当な目利きだ。あまり欲をかくと別のところに売りに行ってしまうな。少々高くても買い取ってしまった方がいいだろう。)
「いや、申し訳ない。ご同業者でしたか。では、再度価格を提示させていただきます。5500Gで如何でしょう。」
「それはないでしょう。3ヶ月もすれば大量の宝石の需要があるはずです。8000Gの値がついても儲けが出るはずでしょう。」
(東方から来た割には情報をきちんと押さえている。ますますやりにくい。)
「う~ん。タイガ殿はなかなかやり手ですな。しかし、8000Gは少し高すぎますな。6500Gでどうですかな。」
「ヘニング殿はオステンシュタット侯爵様御用達と聞きました。侯爵様にお納めすれば9000Gは堅いのでは?では7500Gでいかがですか。」
(この男、駆け引きもうまい。確かに侯爵様なら9000G、いや、少し装飾をすれば、10000G以上でも買い取って下さるだろう。儲けは3割として、7000Gで手を打ってもらうのを目指すか。)
「適いませんな。7000Gで手を打ちませんかな。当方もこれ以上は無理ですよ。」
「わかりました。7000Gで手を打ちましょう。支払いはどのように?」
「当店の為替でよければ直ぐにでも。ギルドカードをお持ちですので、ギルドに行きカードに入金もできますが。」
(意外とあっさり了承したな。これで3000G以上の儲けだ。それにしても支払方法を確認するあたり、タイガ殿はドライセンの商取引に疎いのか?もう少し粘ればよかったか。)
(ふ~、なんとか。合意できたし、カードへの入金なんてできるとは思っていなかった。為替っていってもどうしたらいいのかわからないし、ぼろが出る前になんとかなってよかった。)
俺はカードへの入金を選択し、護衛を伴ったヘニングと商業ギルドに向かう。
どうやら商業ギルドでも冒険者ギルドのカードに入金できるようだ。
7000Gの入金を確認し、宝石をヘニングに手渡す。
ヘニングと握手をし、この場で別れる。
俺はついでに現金を50Gだけ残し、残りの現金1800Gも入金してしまう。
商業ギルドであれば、冒険者ギルドより目立たない。少しでも金を持っていると思われたくないから、これはラッキーだった。
これで、ようやく現金を持ち歩く生活から解放された。
しかし、予定の5500Gより1500Gも高く売れた。カマをかけた9000Gで売れると言うのもあながち間違っていないのかもしれない。
主人公は、バイト程度の経験しかありませんが、意外とうまく宝石を売ってしまいました。
相手のへニング氏が商売人として、いまいちなのかもしれませんが、タイガ君のビジネススーツ作戦が功を奏したと考えておいてください。
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