アントン達とギルドで待ち合わせ、今日の依頼について話し合う。

　今日は日帰りの予定なのでアントン達の希望を聞く。
　西の森に行ってみたいとのことだ。

　理由を聞くと、ワイルドボアとの戦いではあまりいい動きが出来なかったからというのだ。

　昆虫系は動きが単純でこれ以上は技量の向上につながらないから、狼や大猿など獣系の討伐を経験してみたいそうだ。
　いつの間にか、一端の武芸者のようなことを言い始めている。これも成長してきた証と思って、一緒に西の森に行くことにした。

　西の森には獣系の魔物が多い。理由は良くわからないが、木や草が東の森とはかなり違う。餌の関係で生態系が異なるのかもしれない。
　西の森には草原を２ｋｍほど横切り1時間程度で到着できる。途中で鹿やウサギなどの普通の獣はいたが、特に魔物に遭遇することもなく、森に入る。

　１ヶ月くらい前にも来たが、相変わらず下生えの草が鬱蒼としており、歩きにくい。
　時々、野ネズミやウサギなどの小動物が前を横切って逃げていく。

　２時間ほど森に入ったところで植生がやや変わってきた感じがする。前に来たときは採取がメインだったので、ここまで来たことがなかった。
　大きな楢のような木が多く、地面は背の低い草か苔のような植物が緑の絨毯を作っている。神秘的な雰囲気、例えるなら屋久島の縄文杉や神木と呼ばれる巨木のように木に神々が宿っているような、そんな雰囲気が満ちている。

　ふと周りを見ると、空気が少し変わった気がした。

　遠くに馬より大きい巨大な銀色の狼がこちらを見ているのに気付く。

（やばい！　絶対に勝てない！）

　アントン達４人はまだ気付いていない。

「２００ｍくらい先に銀色の大きな狼がいる。普通の灰色狼じゃない。ゆっくり下がって撤退する」

「どこですか？」

とキャサリンが聞いてくるが、

「いいから早く下がれ！　相手を刺激するな！　俺たちは来てはいけない所に入り込んだみたいだ」

　俺たちはゆっくりと元来た方向へ歩き出す。俺は銀色の狼の動向を捉えつつ周りに注意を払う。

　４人はまだ銀色狼に気付いていないが、俺のただならぬ雰囲気に気圧され、黙って戻っていく。

　どうやら見逃してくれるようだ。まだ辛うじて銀色狼が見えるので鑑定してみる。

　フェンリル：
　　神獣、雪狼の王。高い知能を持ち、念話による意思疎通も可能。
　　HP20000，DR80，防御力200，獲得経験値50000（？Ｇ）
　　牙（AR300，SR75）、爪（AR250，SR95）
　　コールドブレス（AR200，SR∞，レンジ200）

　神獣だ。

　知らずに神域に入ってしまっていたようだ。

　こちらが間違って入ってきたのを感じ取ってくれたのかは判らないが、とにかく早くここから出よう。
　植生が元の森に戻ったため、一旦停止する。後ろを見てもフェンリルの姿はない。

　ふーと息を吐き、その場に座り込む。

　４人はまだ何が起こったか理解していない。

「さっき、森の雰囲気が変わったところに入っただろう。俺が見た銀色の狼は多分神獣のフェンリルであそこは奴の神域だ。ここに狼が多い理由がわかった気がする」

「そんな大物が．．．。フェンリルっていえば竜やグリフォンと同じ、おとぎ話にしか出てこない魔物。一回見てみたかったなぁ」

とアントンが呟く。

「悪いが俺は二度と会いたくない。人間が勝てる相手じゃない。今回は見逃してもらえたが、虫の居所が悪ければ、俺たちなんか瞬殺だ。お前たちもここには来るなよ。それからあまりこのことを言わない方がいい。馬鹿がフェンリルの神域を侵して奴が暴れだしたらゴスラーの町なんかあっという間に滅びるぞ」

「判りました。絶対秘密にします」

　俺がいつになく真剣に言うと、４人は少し震えながら答える。

　俺たちは別の方向に進み、フェンリルの神域から遠ざかる。
　その後、森の中をうろつくものの魔物になかなか会わない。

　今日はこれで引き上げるかと思っていたとき、灰色の狼たちが俺たちの前に現れる。

　数は５頭。

　一番大きな狼は尾を含めると体長２ｍを超え、体高も１ｍくらいある大きな狼だ。
　他の４頭は通常の灰色狼だが、５対５とは言え、やや分が悪い。

　４人はいつもの戦闘フォーメーションをとり、俺はその後ろで魔法の準備をする。

「みんな、気を引き締めていけ！ダメージを与えるより、食らわないように注意しろ」

　４人とも強敵なのは理解しているようで無駄口をたたかず頷いて了解の意思を示す。

　通常サイズの狼たちが一斉に襲い掛かってくる。

　前衛のアントン、ベリエスはショートソードで狼の顔にけん制を入れ、２人の間からダニエラがショートスピアの突きを繰り出す。キャサリンは時折横に動きながら矢を放ち、小さなダメージながら確実に狼たちに手傷を負わせていく。

　俺はダメージを受けて下がる瞬間の狼を狙い、ファイアボールで確実に戦闘力を奪っていく。前衛２人は狼の爪によるダメージを受けているものの、まだ余裕はあるようだ。

　２匹の狼を戦闘不能にすると、親玉の大狼が攻撃に参加してきた。

　さすがにアントン、ベリエスでは対処できなくなり、ベリエスが右足に、アントンが右腕にケガを負い、見る見る戦闘能力が下がっていく。

　俺は最大出力のファイアボールを大狼に放つが、至近距離からの一撃にも拘らず回避されてしまう。

　このままでは４人が各個撃破されてしまうので、俺もツーハンドソードで接近戦に加わる。

　アントンとベリエスには通常の狼のほうのけん制を頼み、ダニエラにも通常の狼を攻撃、キャサリンは今のまま霍乱に徹するように指示する。

　俺は大狼と一騎打ちの形で対峙することになる。

　久しぶりに剣で強敵と戦うため、少し弱気になるが、訓練は続けていると自分に言い聞かせ、大狼に得意の突きを繰り出す。

　大狼が俺の突きを避けざまに、鋭い爪の一撃を繰り出してくる。俺は突きを出した体勢であったため、左手に大きな裂傷を負ってしまう。愛剣を取り落とし、片膝を突くと大狼が嵩に掛かって攻撃を仕掛けてくる。

　俺は近接戦用の切り札であるバーナー型の炎を出し、狼の喉に突っ込む。大狼は口から喉の奥までを高温の炎で焼かれ、のたうち回っている。その隙にファイアボールを準備し狼に撃ち込み、更にダメージを与える。

　大狼に止めを刺し、左手の傷を簡単に治療し、残りの２匹に向かう。

　４人で何とか狼２匹と均衡していたようで、大きなケガは誰も負っていないようだ。

　均衡していた２匹も大狼が倒されたのを見て、意気消沈したのか逃げ出すタイミングを計っている。アントンとベリエスがケガをものともせず、うまく牽制しているため、逃げ出せないようだ。

　ダニエラのスピアの一撃が決まり、残り１匹になる。最後の狼はすぐさま後ろを見せ、逃げ始めるが、キャサリンの放った矢が後ろ足に刺さり、機動力を奪われる。

　前衛２人が動きの鈍った狼に巧みに近づいて牽制している。ダニエラは隙を見つけて止めの突きを入れ、最後の狼もついに斃れた。

　俺はアントンとベリエスに治癒魔法を掛け、自分のケガも再度治療しておく。
　その間に、ダニエラが狼たちの討伐証明部位を切り取り、毛皮の剥ぎ取りも始めている。キャサリンも周りの警戒を続けている。ちょっと前なら、ケガをした２人を心配して治療を見ているだけで、俺が指示しなければ動けなかったのに、随分手馴れてきた感じだ。

「ダニエラ、キャサリンはケガをしていないか」

と聞くと、どちらもケガをしていないとの答えが返ってきた。

　前衛、中衛、後衛のフォーメーションが更にうまく機能しているようだ。

　俺も毛皮の剥ぎ取りに加わり、３０分で完了。町に戻ることにした。

　ギルドで討伐報酬５０Ｓと毛皮５枚５０Ｓを受け取る。

　ギルドの打合せテーブルに座り、４人に大事な話があると告げる。

「もうそろそろ俺との臨時パーティは解消すべきだと思う」

「「どうしてですか！」」

と４人があわてて聞いてくる。

「ようやく戦えるようになってきたし、タイガさんの足手まといにはなっていないと思っていたんですが．．．」

とアントンが俯き加減で俺に聞いてくる。

「４人といい連携になってきたと思う。俺も足手まといだなんて思っていない。逆に４人に助けられていると思っているんだ」

「じゃ、どうしてなんですか？」

「今日の狼との戦いで、アントンとベリエスが結構酷いケガを負ったよな。どうしてだ？防御に徹していれば大怪我をすることもなかったんじゃないか」

「少しでもタイガさんの負担を減らしたくて手を出しました。それに多少のケガはタイガさんの治癒魔法で治してもらえるし、それほど怖くもなかったです」

「それだよ。俺がパーティを解消したい理由は」

「どういうことですか！」

「俺がいなければどう戦った？最初から最後まで、前衛２人が狼の攻撃を捌き、中衛のダニエラがダメージを与え、後衛のキャサリンが横に回られないよう牽制していたんじゃないか。俺がいるから攻撃のやり方が歪んできていると思っているんだ」

「そんな．．．」

「治癒魔法についても同じだ。ゴスラーの冒険者に治癒魔法を使う奴はいない。俺がいなくなったら、治癒魔法は当てにできないんだ。そんなものを前提に戦いを組み立てられたら、あっという間に死んでしまうぞ。今日だって、まだ森の中だったんだ。俺が治療できなかったら、ケガをしたままの状態で、魔物に襲われる危険があったんだぞ」

「それはそうですけど．．．」

「４人だけなら、森の奥まで行かないだろう。今のお前たちの実力なら草原か森に少しだけ入ったところがいいところだ。４人の連携はかなり良くなって来ている。今からは自分たちの実力に合った戦い方を磨いていく方がいいんじゃないか」

「少し考えさせてください」

「ああ、今日明日って話でもないし、４人でよく考えてくれ。だが、俺もそんなに長くこのゴスラーにいるつもりはないから、そのことも頭に入れておいてくれ」

と言って、席を立つ。

　翌日、いつものようにギルドで集合し、クエストを受けることにした。

「今日は何を受けるんだ？」

と俺が聞くと

「ホーンラビットの討伐です。昨日４人で話し合って、今日はタイガさんには見ていてもらうだけにしようってことになりました」

「判った。今日は手も口も出さないようにする」

　東の草原に行き、ホーンラビットを探すことになったが、４人ではなかなか見つけられない。俺は鑑定を使っているので既に５回もホーンラビットを見つけていたが、ホーンラビットから攻撃を掛けてこない限り、無視していた。

　あまりに暇なので、こっそり薬草は採取していた。

　４時間ほど探し回っても、まだ１匹も見つからない。普通の冒険者はこんなに効率が悪いのかと今更ながらに感じ、ギルド長が声を掛けてきた理由が判った気がした。

　昼食を取り、更にホーンラビットを探す。

　１時間ほどして、ようやく１匹目のホーンラビットを発見。ホーンラビットもこちらに気付いたようで攻撃するか逃走するかを悩んでいるようにも見える。

　４人が近づいていくと、ホーンラビットは踵を返して逃走に入る。キャサリンの矢が何度か掠めるが、ダメージを与えることができず、そのまま逃げられてしまう。

　俺は口を出したい気持ちを無理やり抑え付け、黙ってみている。
　４人は少し落ち込んでいるようだが、矢を回収して、再びホーンラビットを探し始める。

　更に１時間後、２匹目のホーンラビットを発見する。まだ、ホーンラビットはこちらに気付いていない。
　４人は静かに接近し始める。数分後、逃げられる心配が無くなった距離まで近づいたところで、キャサリンの矢が放たれる。

　奇襲効果もあり、見事に右後ろ足に命中、機動力を奪う。

　残りの３人がダッシュで急接近し攻撃を開始。ようやくフォーメーション通りの戦いが始まり、５分後、ダニエラのスピアにより止めが刺される。

　アントン、ダニエラ、キャサリンが直ぐに周りの警戒に入り、ベリエスがホーンラビットを手際よく捌き始める。僅か１０分で肉と皮、角に分けられ、皮袋に収納される。

　アントンの指示で捜索を再開する。徐々に町に近づくようにしながら、進んでいくとホーンラビットを２匹発見する。番（つがい）のようだ。

　４人はまた慎重に敵に接近し、先ほどと同じように攻撃を開始する。
　ホーンラビットも２匹ということでかなり積極的に突っ込んできているようだ。
　アントン、ベリエスはショートソードでホーンラビットの突撃を捌きながら、少しずつダメージを与えていく。

　１匹目のホーンラビットを倒したとき、２匹目が逃げ始めたが、うまく横に回りこんでいたキャサリンの矢により動きを封じられ、アントンのショートソードの斬撃で止めを刺される。

（うまいな。ホーンラビットが逃げ始めるタイミングをうまく図っている。俺の場合、逃げる隙を与えず倒していたから、こんな戦い方は考えていなかったな）

　俺が４人の戦い方を見ているとアントンが話しかけてきた。

「もうそろそろ町に戻りますが、いいですか？」

「了解。町に帰るか」

　２匹の解体も終わり、町に向けて歩いていく。その間も４人とも周りを警戒しており、油断している様子はない。

　ギルドに戻り、討伐完了報告を行い、報酬を受け取る。討伐報酬が３匹で１５Ｓ、毛皮と肉の売却で１２Ｓの合計２７Ｓだ。

「お疲れさん。今日の夜、ドラゴン亭に来てくれ」

と言って、俺は一人でギルドを後にする。

　魔法を全く使わなかったので、訓練場で魔法の訓練を行い、宿に戻る。

　夕方、４人が食堂にやってきた。いつもより疲れているようだが、晴れ晴れとした顔をしている。

「今日の僕たちはどうでしたか？」

とアントンが不安げに聞いてくる。

「良かったんじゃないか。戦い方なんかで特に不安な点はなかったな。不安があるとすれば報酬に関してだけだな。討伐だけだと収入にちょっと不安があるが、これも採取を合わせてやっておけば、銀貨７～８枚分は稼げるから大丈夫なんじゃないか」

「そうですか。昨日の夜、４人で戦い方や移動について話し合ったんです。今までは真剣に話し合っていなかったんで、昨日はかなり夜更かしをしました」

と俺の評価が良かったためか、笑ってそう答える。

「パーティ解消についてだが、結論は出たか。まだならいいんだが」

「えっと、一応出ました。とりあえず僕たち４人でやって行こうって話になりました。ただ、大きな儲け話なんかが合った時は手伝ってもらいたいなぁとかも思っていますが」

「判った。それじゃ明日から別々に行動しよう。大きな儲け話の件は俺も賛成だ。俺の方から手伝ってくれって言うかもしれないからその時はよろしく頼む」

「「これまでありがとうございました！」」

といきなり４人で立ち上がって大きな声で礼を言ってくる。

　周りの冒険者たちが何事かと思って、おしゃべりを止め、一斉にこちらを向く。
　かなり恥ずかしい。

「まあ、座ってくれ」

と言って、４人を座らせる。周囲も元のように話し始める。

「これは、俺からの餞別というか卒業祝いと言うか、まあそんなものだ」

と、皮袋をテーブルに置く。

　アントンが代表して中を確認している。

「こ、これは！」

「ああ、この３週間一緒に稼いだ分の正当なお前たちの取り分だ。全部で金貨２２枚分ある」

　俺は元々、この４人から報酬を受け取るつもりはなかった。
　俺にもメリットがあるし、第一、師匠って柄でもない。ただ、いきなり報酬を受け取らないとすると、彼らが余計気を使って無茶をしそうだったから、報酬を受けることにしただけだ。

「こんなには貰えません。だって、アシッドブロッブやキラーホーネットなんて、ほとんどタイガさんが倒してますよ。それにケガの治療代なんかを考えたら、これは受け取れないですよ」

と、遠慮してくる。日本人以外でもこういう遠慮をするんだとちょっとずれたことを考えながら、

「ギルドの借金を返すか、アントンとベリエスの装備を変えるか、有効に使ってくれ。その金の分は十分働いてもらっているから、変な遠慮はするな」

　４人が遠慮するのをかまわず無理やり手に押し込んでおく。

「それじゃ、とりあえず臨時パーティは解散だが、まだ、噂話の収集の方は残っているから、よろしく頼むぞ」

　この雰囲気にちょっと居た堪れなくなり、食事が終わったら直ぐに部屋に逃げ込んだ。