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第2章.ゴスラー編
第2章.ゴスラー編:第17話「大猪」
 泊りでのクエストの翌朝、雨が木窓を叩く音で目が覚め、外を見ると雨が降っていた。
 雨を見たため、クエストを受ける気もなくなったので、午前中はドラゴン亭でゆっくりと体を休める。
 午後には雨も上がり、少し晴れ間が出てきたが、今更クエストを受ける気はなく、剣の訓練でもしようと訓練場に向かうことにした。

 たまにはいつもの道ではなく、少し遠回りをしてみようと別の道を歩くと馬場が見えた。
 馬を見ていると、馬の世話係なのか、40歳くらいの男性が近付いてくる。

「乗馬の練習か?」

「冒険者ギルドに入っているが、いくらで練習できる? 初心者だから最初に指導も頼みたいができるか?」

「馬場の中でなら、1時間銀貨1枚。最初の練習は俺が見てやってもいいが、別料金で1時間銀貨2枚を貰う」

 俺はこの世界の自動車免許に当たる乗馬の技術を早く身に付けたいと思っていたから、馬の世話係のヒーゼルにその条件で頼むと了承を伝える。

 馬はフーゴが使っていた荷馬車の引き馬と同じくズングリとした農耕馬のような馬だ。競馬なんかで良く見るサラブレッドとはずいぶん違う。

 鞍と鐙はあり、なんとか跨ることに成功。

 最初は恐る恐るヒーゼルの引く馬に乗せられているだけだったが、4時間も経つと馬がおとなしかったこと、ヒーゼルの指導がよかったこともあり、並足なら一人でできそうなくらいまで上達していた。

 これからの旅のことを考えると、歩き旅では移動に時間がかかるし足も痛い。
 馬車はフーゴの馬車でこりごりなので、馬に乗っての移動ができれば有利だろうと思っていた。
 それに馬に乗るという行為自体が楽しい。バイクを持っていたわけではないが、友達の原付に乗って楽しんだことを思い出し、時々練習に来ようと思っている。

 その日の夕方、アントン達の宿に行って明日からの予定を告げる。
 俺の考えている予定は、明日は日帰り、明後日から2泊3日で東の森のさらに奥を目指すというものだ。

 目的はアシッドブロッブ(酸性スライム)の討伐だ。
 聞くところによると東の森を1日半くらい行ったところにある谷にアシッドブロッブが大繁殖し始めているとの情報があった。

 アシッドブロッブはスライムの一種であり、物理的な攻撃に滅法強く、体液が強度の酸であるため鉄製の武器が腐食する。このため、討伐を受ける冒険者がほとんどいない。

 需要と供給のバランスが崩れた結果、クエストの報酬がかなり高くなっており、1個体当り50SとCランクの中でも破格の報酬になっている。

 アシッドブロッブは酸性の体液が極度に燃えやすく、火で焼き殺すことがもっとも有効な手段だが、表面の被膜を突き破らないと燃えないため、松明などを投げつけただけでは火がつかない。
 だが、俺には改良型のファイアボールがあるので、恐らく一撃で倒せると踏んでいる。
 アシッドブロッブの討伐証明部位は、スライムの中にある核だそうで、これは体液が燃えても残るから火の海になっても報酬ごと燃えることはないそうだ。

 アントン達にこの話をすると先日のシルバーマンティスだけでもかなり梃子摺ったのに大丈夫かみたいなことを聞いてくる。俺は「火属性魔法と相性がいいので十分に成算がある。手伝ってほしい」と頼み込んだところ、「いつも世話になっているので」ということで了承してもらえた。

 翌日は南の草原でワイルドボア(野猪)の討伐クエストを受ける。

 ワイルドボアは皮、肉ともに高く売れるので運が良ければ、1頭仕留めれば1G近くになる。但し、俺のファイアボールでは皮や肉が焦げてしまうので価値が下がってしまうところに注意が必要だ。
 だが、所詮猪なので毒や特殊攻撃もなく、俺を含めた5人の近接戦闘の訓練にちょうどいいと考えていた。

 出発の朝、仕留めたワイルドボアを運搬するための荷車を借り、南の草原に向かう。
 草原に向かう途中、アントンが尋ねてきた。

「荷車って必要なんですか?狩った後で借りに行ってもいいんじゃないですか?」

「今日中に1頭は仕留めるつもりだ。町まで戻っているとその間に野犬や狼が襲ってくる可能性がある。リスクを考えると初めから持っていく方がいいんだよ」

「そうですか。ところでタイガさんの魔法を使わないとして、どういう作戦で行くんですか?」

 あまり納得していないようだが、話を変えてきた。

「基本的には、俺とダニエラの2人で攻撃を掛ける。俺が正面から攻撃、ダニエラがショートスピアで脇腹を攻撃、アントンとベリエスはダニエラに攻撃が行かないよう囮をやってもらう。キャサリンの弓ではワイルドボアにダメージが与えられないので、周囲の警戒をやってもらう」

「あのぉ、どうして私が攻撃役なの?」

とダニエラが聞いてくる。

「アントンとベリエスのショートソードの斬撃ではワイルドボアの厚い皮は切り裂けない。ショートソードで突きを入れるには間合いが近すぎる。その点、ショートスピアは突き専門だし、レンジもあるから、一番適している」

「判った。横から突けばいいのね」

「ああ、正面から突っ込んできたら、すぐに避けろよ。弾き飛ばされたら骨折では済まないと思っておけ。アントン、ベリエスも同じだぞ」

と3人に注意を与えておく。

 3人は納得したようだが、キャサリンは、「私は役に立たないのでしょうか?」と寂しそうに聞いてくる。

「そんなことはないぞ。いつもなら俺が周囲を監視できるが、今回は接近戦だから、周囲を気にする余裕はない。戦っている最中に狼の群れなんかが襲ってきたら、狩りどころじゃあなくなる。だから、今回の監視は全員の安全を守る上で一番大事だと思っておいてくれ」

 キャサリンは笑顔で頷き、きちんと納得してくれたようだ。

 荷車を引っ張りながら、1時間ほど草原を進み、見晴らしのいい丘の上から鑑定でワイルドボアを探す。

 およそ500~600m先にワイルドボアを発見。鑑定スキルは1箇所でも体が見えれば鑑定できるので使い勝手がいい。

  ワイルドボア(大):大型の野猪
   HP1200,DR0,防御力50,獲得経験値400(20S)
   牙(AR100,SR30)、体当たり(AR80,SR20)

「ワイルドボアを見つけた。南側の500ヤードくらい先にいる。荷車はここに置いて狩りに行くぞ!」

 4人に声を掛け、早足で近づいていく。ワイルドボアはこちらが近づいているのに気付いているようだが、歯牙にもかけないようで無視している。

 接近していくにつれ、目標のワイルドボアの大きさが尋常じゃないのに気付いた。
 全長は2mくらい、体重は4~500kgはありそうな超大物だ。

 鑑定でステータスを見てみるとHP1200もある。この間苦戦したシルバーマンティスでHP800程度だから、1.5倍も耐久力がある。

「想定より大物だ。魔法を使う。作戦通り、ダニエラ、アントン、ベリエスは側面から攻撃、キャサリンは周囲の警戒を頼む」

 肉や毛皮のためにファイアボールを封印してケガでもしたら馬鹿馬鹿しい。多少価値が下がっても大物になった分、元が取れると考えたほうがいい。

 俺はやつの正面に回り、ファイアボールを顔面に向けて撃ちこむ。比較的遠距離だったが、避けなかったので、見事に命中する。

 奴はこの一撃で怒り狂い、俺の方に突進してくる。
 猪突猛進というが、地響き、土煙がすごい。
 
 気分的には、ダンプが真正面から突っ込んでくるくらいの感じがある。
 2発目のファイアボールは数mくらいの距離から撃ちこむことになり、撃つと同時に横っ飛びで回避するが、左足を鋭い牙で引っ掛けられてしまう。
 幸い、革のブーツに傷が入っただけで、左足にはケガはない。

 10mほど惰性で進んだ後、方向転換している。ダニエラ達に目で合図を送り、次の攻撃で脇腹に攻撃を掛けるよう指示する。

 ワイルドボアは再度突進を開始。
 土煙を上げ口からよだれを流して突進してくるが、近すぎてファイアボールが間に合わない。
 
(無理だ、避けることに専念しよう)

 俺が回避に徹したため、第2撃は掠りもせず回避。ダニエラの攻撃も見事脇腹に入り、ダメージを与えられたようだ。

 ワイルドボアはまた10mほど進んで方向転換し、次はダニエラ達をターゲットに定めたようだ。
 俺はワイルドボアの注意がこちらに向くよう剣を構えて、ダニエラ達の前に回りこむ。
 ダニエラ達がゆっくり右に回りこもうとするが、ワイルドボアは俺を無視してダニエラ達に向かっていく。

「攻撃はいい!避けろ!」

と俺は叫び、ダニエラも攻撃を諦め、回避に専念するが、ワイルドボアのスピードについていけず、ダニエラとアントンが弾き飛ばされる。

 ベリエスにアントンとダニエラを安全なところに移動させるよう指示し、まだ戻ってこないワイルドボアの脇腹にファイアボールを撃ちこむ。

 ワイルドボアは、俺を次のメインターゲットに定めたようで再度こちらに向かってくる。

 なんとなく攻撃パターンが判ってきた。
 攻撃を受けた方をターゲットにし、10mくらいの助走距離が必要。
 制動と方向転換に約5秒、突進に3秒かかっている。

 ファイアボール2発目以降は発動に約10秒かかるため、1回おきにしかファイアボールを撃てないが、タイミングさえわかれば何とかなる。

 次の攻撃を回避し、こちらに向かってくる顔面に向かってファイアボールを放つ。

 見事奴の顔面にクリーンヒット。

 タイミング通り、次の攻撃を待っているが、どうも奴の動きがおかしい。
 方向転換しようとしているが、目標が定まっていない感じだ。
 鑑定で確認すると「異常状態:両目へのダメージ。攻撃命中判定に-80%」と出ている。

(しめた!)

 ファイアボールが奴の目を潰したようだ。

 まだ、奴のHPはまだ半分近くあるし、怒りも収まっていないようで攻撃の意思は衰えていない。

 この隙に、アントンとダニエラに近づき、状況を確認する。
 2人とも骨には異常はなく、打撲のみ。
 素早く治癒魔法を掛けて、3人にワイルドボアの目が見えないことを伝える。

「今、奴の目は見えていない。臭いと音だけを頼りに攻撃を掛けてくる。俺が声で奴を引き付けるので3人で攻撃を掛けてくれないか」

 3人とも了解したので、ワイルドボアに威嚇の声を浴びせ、こちらに向かわせる。

 ここまでくれば、避けながらの攻撃の方が確実にダメージを与えられるので、剣を構える。
 突っ込んできたワイルドボアを避けつつ、横から突きを入れる。それに合わせて反対側から3人も攻撃を掛けるが、やはりレンジの短いショートソードではダメージは与えられないようだ。

「アントン、ベリエス、お前たちは下がれ。ダニエラ、1人でやれるか!」

「やれる!」

とダニエラから即答があったので、2人で攻撃を掛ける。

 3往復くらいして、ついにワイルドボアも攻撃を諦め、撤退しようと逃げる方向を匂いと音で探している。
 ここで逃げられたので今までの苦労が水の泡になるので、こちらから積極的に接近して攻撃を掛け続ける。

 10分後、ワイルドボアも力尽き、遂にその場で動かなくなった。念のため、完全にHPがなくなっていることを鑑定で確認し、ようやく一息つけた。

 アントンとベリエスに荷車を持ってくるように指示し、ワイルドボアの血抜きを始める。血はサラミの材料になるのでもったいないなと思っているが、肉の味のほうを優先し、血抜きをする。

 荷車が到着したので、5人で力を合わせて荷車に載せようとするが、大物過ぎてなかなか載らない。1時間ほど格闘して、ようやく荷車に載せ、町に向かう。

 草原は思ったより凹凸があり、荷車はなかなか進まない。

 来る時は1時間ほどのところを、帰りは5時間以上かかってしまったが、狼の襲撃もなく無事、町に到着できた。

「タイガさん、荷車があってよかったですね。こんな大物を仕留めるつもりだったんですか?」

「いや、この半分くらいのサイズをイメージしていたんだが...。まあ、結果オーライということだな」

 誰も大きなケガをしなかったからよかったものの、ひとつ間違えれば命を落としていたかもしれない。
 ファイアボールが運良く目を潰したから良かったが、俺自身が大ケガをする可能性もあった。

 ワイルドボア=野猪という名前で勝手に日本の猪を想像した俺のミスだ。
 今後は情報収集をしっかりやろうと思いながらギルドに向かう。

 ギルドで討伐証明部位の牙を提出し、討伐報酬の20Sを受ける。
 いつもなら、ギルドで肉や毛皮を買い取ってもらうのだが、今日は近くの肉屋で買い取ってもらう。

 肉屋で見積もりを取ると肉は20ポンド1Sで毛皮は20Sで買い取ってくれるとのことで、肉400ポンド=80Sと毛皮20Sの合計1Gの儲けとなった。
俺には考えていることがあり、肉屋にアバラ部分の肉を20ポンド、ロース部分を20ポンド分けてもらう。

 アントン達には今日の反省会をやるのでドラゴン亭に6時に集合するようにいい、宿に戻ろうとした。

 アントン達が、俺が持って帰る肉をどうするのかと聞いてきたので、

「ちょっと考えがあってな。うまい保存食が出来るんじゃないか試してみようと思っているんだ」

というと、4人も興味があるのか、見てみたいと言ってきた。

 5人でドラゴン亭に戻り、主人のマルティンに厨房を貸してほしいと頼むとともに、ロース肉を渡し、

「今日狩ってきた猪の肉だ。俺とこいつら4人分の夕食に使ってくれ。俺たちの分を確保したら、他の客にも使ってくれていい」

「ああ、これなら20人分くらいは取れそうだから、助かるよ」

と言って、厨房を貸してくれた。

 俺はこのバラ肉を使って、ベーコンを作ってみようと思っている。
 塩は岩塩をかなり買ってあるし、薬草採取の途中で見つけたタイム、ローズマリー、ローリエなどのハーブ系もある。
 燻製用の桜=チェリーの木の倒木も森で見つけている。
 ベーコンの作り方もテレビで見た程度でうまいものが出来るか自信はないが、運がよければ塩漬け肉や干し肉よりうまいものが出来るだろう。

 厨房でバラ肉を水洗いし、丹念にハーブを混ぜた塩を塗りつけていく。少しやわらかいのでひもで肉を括り、形を整える。

 マルティンに3日後に取りに来ることを伝え、どこか風通しのいい所に吊るしておいてくれと頼む。
 マルティンとアントン達4人は何をやっているのかわからないようで、しきりと聞いてくるが、4日後のお楽しみといって一切教えない。

 夕食の時、マルティンが猪肉のローストを出してくれた。
 新鮮なためか野生の臭みはなく、かなりうまい。
 周りにも好評でマルティンも満足そうだ。明日も肉屋から猪を買って猪料理にすると言っていた。
 たまには食材の狩りも良いものだと反省会も忘れ、猪肉に舌鼓を打っていた。

 夜確認すると、ワイルドボアのおかげで、レベル6に上がっていた。

 高山タカヤマ 大河タイガ 年齢23 LV6
  STR445, VIT385, AGI423, DEX470, INT3358, MEN1220, CHA365, LUC355
  HP447, MP1220, AR0, SR0, DR0, SKL191, MAG48, PL24, EXP15312
  スキル:両手剣12、回避9、軽装鎧5、共通語5、隠密7、探知5、追跡5、
      罠5、体術3、乗馬1、植物知識6、水中行動4、
      上位古代語(上級ルーン)50
  魔法:治癒魔法5(治癒1、治癒2、解毒1)
     火属性6(ファイアボール、ファイアストーム、ファイアウォール)


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