ドラゴン亭に戻り、夕食を取っていると、俺と同じ年くらいの男が近寄ってくる。少し顔が赤い。面倒だなと思っていると、

「お前、仲間を捨てて、オークから逃げてきたそうじゃないか。さっき訓練場で魔法を使っているところを見たが、何で仲間を見捨てたんだ？そうか、仲間を盾にして一人で逃げてきたんだろう」

　やっぱり絡んできやがった。とりあえず無視して夕食を食べ続ける。
　だが、その男は酔っ払ってからかいに来たのに相手にされないため、突然、激高し

「澄ましやがって！　何とか言いやがれ！　仲間を見捨てた卑怯もんが！」

と喚き始める。

　鬱陶しく思っているが、騒ぎが大きくなると面倒なので、あまり刺激しないように小さな声で、

「周りに迷惑だ。どこかに行ってくれ」

と言ってみるが、完全に酔っ払っているのか、更に絡んでくる。

「仲間を見捨てたことを否定しないんだな。最近調子に乗っていやがったが、冒険者は甘くないんだよ。さっさと止めちまいな！」

　頭に血が上ると訳が判らなくなるタイプなんだろう。
　周りを見るとパーティメンバーらしきものがこっちを見ている。

「この酔っ払いのお仲間はいませんか！　これ以上恥をかく前に引き取った方がいいですよ！」

　いい加減鬱陶しくなったので、他の連中にも聞こえるよう周囲に向かって叫ぶ。
　仲間らしきメンバーもニヤ付いているだけで近寄ってこない。

「な、なんだと．．．お．」

と、酔っ払いが喚き始めたので、何か言う前に遮り、

「まず、俺はデニス達とパーティは組んでいなかった。嘘だと思うならギルドで確認してみろ。オークについて少しでも知識があれば、オークの足が遅いことは知っているはずだ。死んだ３人は軽装備だ。ケガでもしていなければ逃げ出すことは難しくない。その時点で３人ともケガはしていなかった。それであんたは俺に何が言いたいんだ」

と一気にまくし立てる。

「お前、魔法を使えるんだろう！　魔法で援護すればオーク如き倒せるのに怖気づいて逃げたんだろうが！」

　俺の情報を仕入れているのか、魔法についても突っ込んできたので、

「ああ、魔法は使える。その前にゴブリン殲滅のために魔力を相当使ったから、後ファイアボール３発分しか魔力が残っていなかった。ただのオークだったら、俺も支援したさ。だが、やつは大型の両手剣を自在に扱えるオークロードだった。明らかに俺たちでは倒せるような敵ではなかった。なあ、あんた、あんたならオークロードに差しで勝てるんだろ。明日、その場所へ案内してやる。差しで倒してこい。それとも酔っ払った勢いか。ここまで言ったんだから、ちゃんと落とし前をつけるんだろうな」

　俺も今日のことで精神的にダメージを受けていたようで売り言葉に買い言葉、相手を追い込んでしまった。

「ああ、明日俺一人で倒してきてやるよ！　明日の８時にギルドで待ってろ！」

　酔っ払いは勢いに任せてそう叫ぶ。

「おいルディいい加減しろ！」

　さすがに同じパーティの男が引き取りに来る。

「その酔っ払いが絡んできた時、笑ってみていただろう。こいつの言ったことはお前さんたちのパーティ全員の総意か」

「いや、そんなことはないが、仲間を見捨てたって聞いたからな。ここまで酷いことを言うとは思っていなかったよ」

「まあいい。どちらにしても一端の冒険者が公言したことだ。こいつには明日、俺と二人でオークロードのいたところに行ってもらう。こいつは人前で俺を侮辱した。謝罪しないんなら、当然だろう」

　俺も完全に切れているため、引く気はなくなっている。元々、あの場所へは明日行くつもりだったから、ちょうどいいとさえ思っている。

「なあ、酔っ払いの戯言だと見逃してくれないか。こいつは罠の設置や解除なんかは得意だが、戦闘はそんなに得意じゃないんだ。俺が謝罪する。それで勘弁してくれ」

「わかったよ。だが、こいつが明日連れて行ってくれといったら、俺は連れて行くぜ。元々決着を付けるつもりだったんだからな」

　俺は夕食もそこそこに部屋に引上げる。胸糞が悪い。

　明朝、朝食を取り、ギルドで久しぶりに薬草採取のクエストを受け、ルディを待つ。

　８時になっても現れなかったので、一人で南の森に向かうことにした。

　昨日は決着を付けるつもりといったが、本当は今日決着を付けるつもりはない。
　デニス達の遺品を回収し、もし、やつが現れたら遠距離から改良したファイアボールを撃ち込んでどの程度ダメージが与えられるか確認したかっただけだ。

　昨日の戦闘の現場に到着。昨日とは違う方向から接近し、奴の気配がないか確認する。

　今のところいないようだ。

　デニス達の遺体は散々に荒らされ骨が散乱している。

　何とかギルドカードを見つけ、回収する。

　オークロードは武器や装備には興味はないらしく、保存食だけが無くなっていた。
　バスタードソードとロングソード、折れたショートスピア、現金と使えそうな装備品を回収し、昨日のゴブリンの死体から討伐部位を剥ぎ取ったので、撤収しようとした。

　やはりいやがった。

　１００ｍくらい離れたところに昨日のオークロードが現れた。

　俺は直ぐに移動を開始し、オークロードも俺を追跡してくる。

　予め決めておいた逃走ルートには簡単な罠を仕掛けてある。

　あまり接近させたくはないが、ファイアボールを撃つためには３０ｍまで接近させなければならない。
　しかし、昨日の動きを見ると瞬発力はかなりあり、接近させすぎると逃げられなくなってしまう。

　うまく罠を使って時間を稼ぎ、何発かファイアボールを撃たせてもらうつもりだ。

　デニス達の遺体があったところから、上り坂に向かい、上りきったところで一旦迎え撃つ。
　射程距離に入るところで一発目のファイアボールを撃つ。

　昨日訓練場で試した高密度型だ。

　オークロードはファイアボールを回避しようとするが、回避しきれず左の肩口に命中。
　ダメージは全ＨＰの１割程度。
　この出力で俺が撃てる回数は８発。
　やはり魔法だけでは倒すことが難しいようだ。

　オークロードはダメージを受けたことに怒りを覚えたようで咆哮を上げ、坂を駆け上がってくる。
　俺は用意していた倒木をオークロードに向かって転がし落とし、オークロードを転倒させる作戦に出る。

　オークロードに命中したが転倒はせず、更に上ってくる。

　俺は距離を取るため、オークロードに背を向け走り出す。

　次の攻撃ポイントはブッシュになったところを越えた地点。

　ブッシュの先３０ｍ地点で姿勢を低くし、奴の視界から一旦逃れる。
　ブッシュの中にはロープを張ってあり、気付かないと足を引っ掛ける仕掛けがしてある。

　射程距離に入り、再度ファイアボールを撃つ。
　今度は通常のファイアボールだ。

　先ほどよりやや飛翔速度は遅いと感じたが、ブッシュに隠れていたため、オークロードの胸に命中。ダメージは先ほどよりやや少ない。やはり高密度型の方がダメージは大きいようだ。
　オークロードはブッシュから突然ファイアボールが飛んできたことで驚いており、更に怒りを増大させている。
　ブッシュを掻き分けて突っ込んでこようとした時、ロープに足を引っ掛け転倒。

　俺は再度ファイアボールの呪文を唱え、攻撃する。
　次は高密度型の最小出力のものだ。これも命中するが、高密度型とは言え、最小出力ではオークの皮膚の防御力でかなり減衰してしまうようだ。

　オークロードが立ち上がる前に俺は再び逃走ルートを走り始める。

　もう罠はない。

　後は持久力勝負になる。俺は時々後ろを振り返ってオークロードの状況を確認しながら、持久走を続ける。

　オークロードは諦めたようで後ろで咆哮を上げ悔しがっている。

　俺は周囲に注意しながら森を出る。

　森を出て街道を進みながら、今の戦闘について考えてみた。

　高密度型のファイアボールは貫通力が上がるが、オークロードを倒すには１０発近くいる。今の俺ではギリギリ撃てる数だが、外せば魔力＝気力を失うので接近戦に持ち込まれ、切り刻まれるだろう。
　今の俺一人の力では奴には勝てないということが改めに事実として突きつけられた形だ。
　では、どうするか。
　このまま力を付けるまで奴との対戦を待つか、誰かに力を貸してもらい複数人で挑むか。複数人で挑めば、まず倒せるだろう。

　俺の力がつくまでとなると、どれだけ時間が掛かるのかわからないし、奴にも力を付ける時間を与えることになる。

　もう一つの選択肢はこれ以上奴には係わらないというものもある。

　今回で一泡吹かせてやったし、遺品類は回収できたので、これ以上この森に近づく必要はない。冷静に判断すればこれが最も合理的な判断だろう。

　だが、それでいいのか。この世界で生きていくため、強くなる必要があるが、今後も強敵を避け続けていくやり方で俺は強くなれるのか。

　町に戻るまでいろいろと考えたが、結論は出ない。

　ギルドに戻り、受付嬢に薬草クエストの完了報告を行う。
　その後にデニス達のギルドカードと遺品を回収してきたと伝える。
　受付嬢から、ギルドカードの回収の報酬として１枚当り２０Ｓ、計６０Ｓを受け取る。
　遺品については１０日間保管するが、相続人が現れない場合は俺のものになるとのことだった。なんか金儲けのために回収しに行ったみたいで後味が悪い。
　オークロードの情報も合わせて伝え、今日も訓練場に向かう。

　訓練場では、昨日の続きを行う。
　まず、飛翔速度の向上を目指す。
　ファイアボールの飛翔速度はバッティングセンターの速球くらいに感じたので、時速１３０ｋｍから１４０ｋｍくらいだろう。
　３０ｍ先から撃つ場合、約１秒で目標に到達するが、正面から撃たれれば避けることはそれほど困難ではない。

　この速度を更に上げられないか。
　速度を上げるためには撃ち出し速度を上げるか、空気抵抗を小さくすることしか思い浮かばない。
　空気抵抗を小さくするためには、高密度型のように玉自体を小さくするか、形状を流線型に変えるかだろう。

　高密度化はこれ以上厳しいようなので、形状の変更に挑戦してみる。まず高密度化した上でティアドロップ型をイメージしてみる。形はうまくできたがそのまま撃つと変な回転になり、球状より遅くなってしまった。
　ライフルのように螺旋状に回転させながら飛ばさないといけないのか。
　もう一度やってみる。形はうまくできるが、うまく回転が与えられない。
　矢やダーツのように羽が必要なのだろうか。
　だが、ファイアボールでは複雑な形状は作ることができない。空気抵抗を減らすのは高密度化が限界のようだ。

　次の案の撃ち出し速度を上げる方法だが、そもそもどういう原理でファイアボールが飛んで行っているのかわかっていない。

　携帯電話の動画撮影でファイアボールの飛ぶところを撮影してみる。
　手元から５ｍくらい先まで加速して飛んで行っているように見える。

　加速のイメージをレールガンのイメージで飛ばしてみる。
　手元から爆発的に加速し、最大加速が５ｍの位置、速度が２割増しくらいになった感じだ。この飛翔速度上昇と高密度化で射程も１．５倍くらいの４５ｍは飛ばせるようになった。
　威力も、貫通力が２倍近くになったことから、とりあえずファイアボールの改良はこれで良しとしよう。また、何かアイディアが出たら試してみればいい。

　訓練場を後にし、宿で夕食を取りながら、帰り道で結論が出なかった明日からの計画についてもう一度考えてみることにした。

　俺はどうしたいのか。

　オークロードを倒したいのか。

　それとも強くなりたいのか。

　当面の目的と目標を整理してみる。
　目的は一人で生きていける強さまで強くなること。
　目標はオークロードを１対１で勝てる強さになること。
　数値目標としてはレベル１０程度になるだろうか。
　そう考えるなら、南の森でオークロードに拘ることは成長を妨げる可能性が高い。

　経験値の入り方を見てみると、クエストの達成ではほとんど入らず、敵を倒した時に多く入っているようだ。

　自分にとって適正なレベルの敵を数多く倒すことを当面の行動方針にするのが、最も目的に沿ったやり方だろう。

　南の森にはまだゴブリンの群れがいるだろうが、かなり奥に行く必要がありそうだし、オークロードが手前側でうろうろしているので、帰り道もかなり気を使う。

　今の俺には複数目標を倒せるファイアストームがあるので、火に弱い魔物であれば少々数が多く出てきても対処できる自信がある。昆虫系や植物系の魔物をターゲットにすべきだろう。

　明日からは東の森にチャレンジしよう。夕食を終え、エールをチビチビ舐めていると昨日の酔っ払いのルディがやってきた。

「なんだ、あんたか。今朝ギルドで待っていたのに来なかったな。明日から南の森には行かないから、勝手に一人で行ってくれ」

「昨日は酒を飲みすぎて馬鹿なことを言ったみてぇだ。まあ、許してくれや」

　へらへらと笑いながら俺に話しかけてくる。
　その姿に昨日の怒りが再燃する。

「なんだそれは。いくら先輩冒険者とはいえ、公衆の面前で罵倒されたんだぞ。それではいそうですかと納得できるわけないだろう。あんたも一端の冒険者なら自分の言ったことのケツくらい拭いて見せろ。俺はこれ以上係わりたくない！」

「昨日は酔っ払っていたんだよ。なあ、笑って握手してくれよ」

と、ニヤニヤしながら手を出してくる。

「自分の言ったことに責任を持てないし謝罪も出来ない。そんなやつと握手する趣味はない」

　俺はルディを無視してエールを一気に飲み干す。

「なんとか許してやってくれないか。ルディも反省はしているんだ」

　昨日引取りに来たパーティメンバーの男も笑いながらそういってくる。どう見ても反省している雰囲気はなく、こっちが新人だと思って舐めていやがる。

「これで反省しているのか？あんたら駆け出しをいびって楽しんでいるんだろ」

「いや、昨日は仕事がひとつ終わってちょっといい気分になっていたんだ。悪ふざけが過ぎただけだろう。先輩の顔を立てて、水に流してくれや」

「ああ、もう好きに水にでも何でも流してくれ。今日はデニス達の遺品を回収するために行くつもりだったから付き合ってやる言っただけだ」

　いい加減うんざりし、食堂の席を立つ。

　この程度のやつらが先輩面するこの町に長居する必要性は感じない。もう少し資金を貯めたら別の町に移動しよう。

　ルディたちが嫌がらせをしてきた場合を想定し、鑑定で能力を確認しておく。
　ルディを含め、男４人のパーティ、大体２２,３歳でレベル１２程度。

　この年齢ならキャリアは最低７,８年、長ければ１０年近いはずだ。

　レベル１０以上は上がりにくくなるのかもしれないが、１ヶ月でレベル４になっている俺からするとレベルが低すぎる気がする。

　スキルも主要武器が７～８、防御スキルも低く、ほとんど戦闘をしていないんじゃないか。街道で護衛クエストをしていれば戦闘をしなくてもいいということなのか。

　なぜこの程度のやつらがＣランクなのか理解に苦しむ。

　こいつら１対１なら俺でも勝てるんじゃないか。