第1章.ベッカルト村編
第1章.ベッカルト村編:第13話「別れ、旅立ち」
翌朝、目が覚めると村は勝利に沸き立っていた。
ゴブリンの死体は夜のうちに集められ、村のはずれに既に埋められていた。昨日ここでゴブリンと戦った痕跡は地面にある血の跡以外はほとんど残っていない。
俺は自分のケガを治すことを忘れていたが、肩も脇腹も大したケガではなかったので、痛みを取るため治癒を簡単に掛け、けが人の元に向かう。
3人も勝利が薬になったのか、あまり辛そうではない。魔力もほぼ戻っているので念のため、治療しておく。
村長に挨拶に行くが、村長もまだ寝ているようで、服と皮鎧を持ちギルの家に向かう。服と皮鎧は誰かが血をふき取ってくれ、きれいになっている。
ギルの家に戻ると、ギルもちょうど戻ってくるところだったようだ。
「タイガ。昨日はお疲れさん。森の中の5匹のゴブリンも埋めておいた。相変わらずお前の火の魔法はすごいな。3匹は丸こげだったぞ」
「ギルもお疲れさん。ギルは寝ていないのか。なんか手伝うことがあれば言ってくれ」
「何を言ってるんだよ。お前がほとんど倒してくれたおかげで村の男衆もほとんど戦っていないから、疲れてなんかいないぞ。英雄殿」
とギルにしては珍しく、かなり陽気な口調だ。
「え、英雄殿ってなんだよ。それに俺が倒したのは森の中の5匹と罠にかかって死に掛けている2匹だけだぞ。からかうなよ」
「からかってなんかいない。タイガがこの作戦を考えてくれなかったら、それに囮になって罠に誘い込んでくれなかったら、今頃、何十人も死人が出て生き残った女たちはゴブリンに犯されていたはずだ。タイガはそれだけのことをしたんだぞ」
「まあ、なんにせよ結果がよくてよかったよ。俺はぐっすり休ませて貰ったから、手伝うことがあれば、何でも言ってくれよ」
「死体の処理も終わったし、罠も外しておいた。急いでやることはもうない。とりあえず、朝飯でも食うか」
といって、食卓に座る。
そういえば昨日の昼から何も食べていないんだった。
思い出すと急に腹が減り、腹の虫が盛大に泣き出す。
朝食を食べ終わり、剣の手入れをする。
ギルに基本は教わっていたので道具を借り、砥石で研いでから油を塗っておいた。
やはり使い方が悪いのか刃こぼれができ、少しゆがみも出ているようだ。
もう少し鍛錬しよう。
剣の手入れも終わり、やることもないので納屋で横になる。
久しぶりに自分のステータスを確認するとレベルが1から2に上がっていた。
昨日の戦闘で上がったのだろう。
自分がレベルアップしているのを確認できるというのはいいものだ。
しかし、レベルアップした時くらいなにか合図があってもいいだろう。
頭の中でファンファーレがなってもいいじゃないか。などとくだらないことを考えながら、更に自分のステータスを確認していると両手剣のスキルが5から6に上がっていた。
他にもいくつか新しいスキルも獲得している。
こっちのスキルはギルとの狩りの成果だろう。
高山 大河 年齢:23 レベル2
STR137, VIT121, AGI137, DEX190, INT3, 072, MEN884, CHA125, LUC115
HP188, MP884, AR0, SR0, DR0, SKL163, MAG16, PL21, EXP1, 023
スキル:両手剣6、回避5、共通語5、隠密1、探知1、追跡1、罠1、体術1、
水中行動 4、上位古代語(上級ルーン)50
魔法:治癒魔法2(治癒1)、火属性2(ファイアボール)
ギルもリサもなかなか呼びに来ない。
今日は仕事は休みかなと思っていたら、ギルがやってきた。
「タイガ、お前これからどうするつもりだ。このまま、この村に居るつもりならいいが、出て行くつもりなら、今日の夜の宴会ではっきり言っておいた方がいいぞ。みんな、治癒師で剣も攻撃魔法も使えるお前がこの村にいてくれた方がいいから、この村に留まってもらえるように言ってくると思う。お前は情に流されやすいから気をつけろよ」
「わかった。ギルはいいのか、俺が出て行っても」
「ああ、折角いい仲間になったから一緒にいてくれた方がいいが、神のお告げもあるし、こんな小さな村にお前のようなすごい才能の持ち主を縛り付けておくのはいけないんじゃないかと思っている。さびしいが、早めに出発した方がいいと俺は思っている」
「そうか...わかった。俺もできるだけ早く町に出たいと思っていたんだ。カネがないし、ここも居心地がいいからなかなか出発できなかったんだ。できるだけ早くカネを貯めて出発することにするよ」
「ああ、カネのことなら心配するな。ここに銀貨が50枚ある。10日間の狩りの報酬だ。これだけあれば10日は食っていけるから、その間に仕事を見つければいい」
「待ってくれ。銀貨50枚といえばこの村ではかなり大金だろう。それに俺はここに居候していたんだから食費や宿泊費も掛かっている。そんなにはもらえないよ」
「こっちはタイガがいてくれたおかげでいつもの倍近く稼げたんだ。それだけ渡してもいつもの稼ぎとほとんど変わらない。現金はそんなに使う機会がないから、またコツコツ貯めるさ」
「済まない。遠慮なく貰っておくよ。今日の宴会で出発することをみんなに言うよ。理由は、自分の記憶を取り戻すために旅に出るといえば当たり障りがないだろう」
「そうした方がいい。ちょうど明日定期的に来る行商人がこの村に来るはずだ。ゴスラーの町まで一緒に旅をさせてもらえれば、慣れないお前でもちょっとは安心だろう」
「そうさせてもらうよ。最後まで世話になっちまうな」
こうして、俺はここベッカルト村を後にすることを決意する。まだ、この世界に慣れたとは言い難いが、新しい世界を見ることに期待もしている。
その日の祝勝会で俺は明後日この村を後にすることを宣言した。
村長を始め、いろいろな人が引き止めるが、俺の決意が変わらないことがわかると今度は気持ちよく送り出してくれようとしてくれる。
村長からのゴブリンの討伐報酬銀貨10枚と身分証明書になるベッカルト村の村民カードを、ヤネットから「ケガは治せても病気は直せまい」と言われ熱冷ましや下痢止めなどの薬を、他の村人からは干肉・干果などの保存食や塩、小さな鍋や木のコップなどの生活用品を貰った。
たった10日しかいなかった俺にここまでしてくれ、最後には感極まって思いっきり泣いてしまった。 この世界に来て最初の土地がこの村で本当によかったと思っている。
翌日、行商人のフーゴにゴスラーまで同行させてほしいと頼んだら、腕の立つ人が同行してくれるのはこっちとしても助かると言われ、即座に同行を許可された。
ベッカルト村からは、マイヤー村で1泊して、2日でゴスラーに着くとのことだ。
フーゴは用心棒代として、食事代と宿泊代を負担してくれるとのことで現金に余裕がない俺としてはとても助かった。
ベッカルト村での最後の夜、ギルとリサにささやかなプレゼントを用意した。
持っていた財布の中にあった50円玉と5円玉を細かい砂と水で表面を磨いてきれいにし、皮の紐でネックレスを作りお礼とともに二人に渡す。
二人はビックリしたようだったが、大した価値のものじゃないと伝えると素直に喜んでくれた。
出発の朝、ギルとリサに別れの挨拶をする。
まずはリサに
「リサ、変なやつが転がり込んできても嫌な顔をせずうまい飯を作ってくれてありがとう」
そして耳元で「おめでとう」とささやく。
リサはビックリしてこちらを見つめるが、俺は構わず、ギルに別れの挨拶をする。
「ギル、君と最初に出会えて幸運だった。君がいなければ俺はこの世界で生きていけなかったかもしれない。本当にありがとう」
といって握手をする。
そしてギルは
「俺もタイガに会えてよかったよ。また、いつでも遊びに来い。いつでも大歓迎だ」
「わかったよ。それじゃ、2人ともじゃないな、3人で仲良くな」
俺はそう言いながら、ギルの腹に軽くパンチを入れる。
ギルは何のことかわからず、首をかしげている。
「おめでとう。リサに子供ができたよ。2ヶ月くらいじゃないか?なあ、リサ?」
「え、どうしてわかったの?まだ、本当にできたのかわからないから、もうちょっとしたらヤネットさんに見てもらおうと思っていたのに」
「俺は治癒師だぜ。今のところ全く問題ない。ヤネットさんにも俺が知っていた治癒師のやり方を教えておいたから、これからはお産で亡くなる人も減ると思う。ヤネットさんの産婆の腕は一流だし、安心していいよ。来年の春には3人家族だな」
実はちょっと前にリサの顔色が悪かったので、鑑定で確認したら、”妊娠”と出ていた。
すぐに教えても良かったのだが、ゴブリン騒動や祝勝会があり言うタイミングがなかった。もうひとつの理由は、俺は笑顔で別れることにしていたのでこの話題を取っておいたためだ。
これで笑って出発できる。
朝食後、フーゴの荷馬車でベッカルト村を出発する。村長以下、村人総出じゃないかと思うほど見送りに来てくれた。
俺は村のみんなに
「行ってきます。それじゃ」
と挨拶になっていない挨拶をし、そして俺は村が見えなくなるまで、涙をこらえながら手を振り続けた。
彼が村を出発した後、ギルベルトとクラリッサは嵐のような14日間を振り返っていた。
「行っちゃったわね。ギル」
「ああ、たった半月くらいだったんだなあ。もっと一緒にいた気がするよ」
「そうね。初めて見たときびっくりしちゃった。だって変な格好をしてペコペコ頭を下げているんですもの」
「そうだな。俺があいつを助けたときも変な奴だなって思ったよ。不思議と危ないとか警戒しなければといった感じが無かったなぁ」
「珍しいわね。人見知りの激しいギルが初めての人にあんなに楽しそうに話しているのを初めて見たわ」
「そうだな。でもあんなにすごいやつだとは思わなかったよ」
「そうね。またいつか会いたいね」
「ああ、会えるさ。今度は3人で」
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