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第1章.ベッカルト村編
第1章.ベッカルト村編:第1話「森、遭遇」
(しかし、どこをどう落ちてきたんだ?)

 湿った草や葉が放つ濃密な森の香り、生命力が直接肌から入ってくるような気さえする強い森の力を感じながら、気を失う直前の状況を思い出そうとしていた。
 周囲の状況を確認するため、自分の周りを見渡す。
 起伏はあるが、崖などない森の中。
 自分が落ちてきたとおぼしき跡は全く見当たらない。

(どうもおかしい。なんだろうこの違和感は?)

 森の木を見てみると杉やヒノキといった針葉樹やケヤキなどの雑木林ではなく、大きなブナか樫のような木が多い。
 なんとなく自分の知っている日本の森林という感じがしない。
 強いて言うなら、TVでしか見たことないが、白神山地のブナ林が近い感じがする。

 じっとしていても仕方がないので携帯が繋がりそうな場所がないか、動いてみる。

 携帯の電波は、高いところなら意外と遠くまで飛ぶはず。
 登山者が高山の尾根から携帯で救助を呼んだという話もある。とりあえず、高いところを目指してみる。

 30分くらい上っている方向に歩いてみた。
 一向に風景が変わらない。車の音もしないし、人が入った形跡が見当たらない。
 革靴とビジネススーツでのトレッキングは正直キツイが、少なくとも1kmくらいは進んでいるだろう。

 昨日行った工場は山間地の谷沿いにあったので、少なくとも山か川にはぶつかるはずだが、ただ森が続いているだけのこんな地形ではなかったはずだ。

(ここはどこなんだ?日本にこんな広い森はそう多くないはずだが)

 なにかキツネにつままれたような、おかしな感覚で森を進んでいく。

 のどが渇き、腹が減ってきた。昨日の昼から何も食べていない。
 車からちょっと離れるだけのつもりだったので、ペットボトルも食料も当然持っていない。

 方針を転換して、川か湧き水が出ているところを探すことにする。
 空腹については、サバイバル経験もない理系学生だったので、森の中で食料をゲットすることはあまり期待していない。
 変なものを食べて動けなくなる方がよっぽど怖い。

 水を探すこと20分。
 ようやくちょろちょろと流れるだけの小さな水の流れを発見。
 湧水地が近いのか、かなりきれいな水だ。
 手を漬けると雪解け水のようなとても冷たい水で、両手ですくって飲んでみる。

「うまい」

 思わず声に出してしまうほどうまい。

 十分に水を飲み、ここで少し休憩し、この後の方針を考えてみる。

 この小川に沿って下っていけば、大きな川に出るだろう。
 川に出れば、釣り人に出会えるかもしれない。川沿いの道に出る可能性もある。それに少なくとも水に困ることはない。

(小川に沿って、歩くことにしよう)

 小川に沿って下っていくことに決め、再び歩き出す。
 しかし、いつまで経っても水量が増すこともなく、風景も変わらない。
 状況を変えるために小川を沿って下るのをやめるか、悩んでいるが、対案が思いつかない。

 そのままズルズル5時間近く歩いている。
 既に正午を越え午後2時を過ぎ、日が少し西に傾いてきている。

 一向に人の気配もないし、大きな川に出る感じもない。
 もちろん、携帯も圏外のままだ。

 一向に状況が掴めない中、突然、後ろからガサっという物音に驚かされる。

 ビクッとして振り返ってみると、見知らぬ動物、大きさは中型犬くらいの耳が長いウサギのような生き物がこちらを見つめている。
 ただし、ウサギのような可愛げは全くなく、目つきが異様に鋭い。
 極めつけは、額に20㎝くらいの鋭い角が生えている。

(なんだこいつは?)

 疑問を持ちつつも本能が警鐘を鳴らしている。

(こっちに来るな!)

 と願うが、仮称ツノウサギは少しずつにじり寄ってくる。
 気圧された俺も少しずつ後ろに下がっていくが、張り出した木の根に躓き、尻もちをついてしまった。

 その瞬間、ツノウサギ(仮)は、俺に向かって猛然と突撃を開始してきた。
 俺の方はというと、完全にパニクり、偶然右手にあたった木の枝をつかんでいた。
 木の枝という低スペックの武器とはいえ、素手よりまし。これで少しだけ落ち着くが、ツノウサギ(仮)は既に目の前まで来ている。

(あの角で刺されたら怪我では済まないよな。あのウサギの歯ってよく見ると肉食系の歯だよな)

などと愚にもつかないことを頭は考えているが、生存本能がそうさせたのか体が勝手に反応し、木の枝をツノウサギ(仮)に向かって突き出していた。

 ツノウサギ(仮)の方も目の前に棒が出てくるとは思わず、角の軌道がそれ、俺の左ほほをかすめるだけで一旦通り過ぎていく。

 ほほから血が流れる。

 俺は左手をほほに当て、血が流れていることに気付き、この状況の理不尽さに一気に逆上してしまう。
 俺は傷を無視して立ち上がり、ツノウサギ(仮)の方を向く。

「やってやろうじゃねぇか!」

 逆上し我を忘れている俺は大声で叫び、ツノウサギ(仮)に向かって突っ込んでいく。

 ツノウサギ(仮)もまさか突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。
 目が少し丸くなる。

(ちょっとだけウサギっぽい顔になるじゃねぇか)

などと一瞬思うが、走り出した足は止まらない。

(この後どうしよう)

 急に冷静になってしまい、この状況をどう収拾させるか考えるが、何も思い浮かばない。
 俺の突撃にツノウサギ(仮)がパニックになってくれれば、そのまま走って逃げようかと考えたが、どうするもこうするもないと腹を括り、

(向かってきたらそれはそれ。どうとでもなれ!)

と半ばやけになって、突っ込んでいくのを止めなかった。

 俺がツノウサギ(仮)まであと少しという距離に来たとき、俺の右横1mくらいのところをヒュッという鋭い風切り音が耳を突く。
 目の端に何かが通過したと思った瞬間、ツノウサギ(仮)の咽喉に矢が突き刺さり、ツノウサギ(仮)は鋭い悲鳴を上げ倒れていった。

(ふう~。なんとか助かったみたいだ。どう見ても地球の生き物じゃないよな。昨日の森と今日の森は違う植生だし...)

“別の世界”という言葉が頭にちらつくが、

(今時、弓を使うなんて、弓道でもやっている人が偶然通ったのか?)

と現実逃避をしながら、矢が飛んできた方を見てみた。

 そこには2m近い身長の髭面の大男が立っていた。
 服装は映画に出てくる中世ヨーロッパの狩人そのもので、つば付きの帽子に革のジャケットとズボン、大型の弓を持ち、腰には矢筒と無骨な剣、足元には今日の成果であろう獣を何匹か置いている。
 相手がどのようなことを考えているかなど無視して、日本の大学生の本能として「どうも」と頭を下げてしまう。

(ああ、俺も既に立派?な社会人だ。ここはキチンと助けてもらったお礼を言うべきだろう)

と思い直し、通じないとは思いつつも日本語で

「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。」

と頭を下げながら言ってみる。

 向こうは理解しているのかいないのか、何も言わずこちらに向かってくる。

「××××??」

(何を言っている?何語だ?)

 聞いた感じ英語ではないし、フランス語でもない。
 といってもフランス語は雰囲気しかわからないし、英語も中学生並みだ。
 もう一度、狩人氏が

「××××○○△△??」

と何か言うが、全く判らない。

 よく見ると狩人氏は20~30くらいのヨーロッパ系っぽい感じだったので、こちらも拙い英語も交えて話しかけてみるが、まったく意思の疎通ができない。
 危険が去ってほっとしたのか、腹が空いていることと疲労がたまっていることを思い出し、その場に座り込んでしまう。
 狩人氏も「どうしたのだ」という感じで寄ってきたので、なんとかボディランゲージで空腹と疲労を伝える。

 狩人氏は自分を指差し、「GIL・・・ギル・・・」と言っている。ギルと言うのか?
 こちらも自分を指し、「タイガ、タイガ」と言ってみる。
 ギルは理解できたのか、俺のことをタイガと呼んでくれたので、食べ物をボディランゲージでねだってみる。
 ギルは腰のポーチから干し肉を一片、手渡してくれた。
 お礼が言えないので、何度も頭を下げて感謝の意を伝え、干し肉をかじりだす。
 干し肉はキツイ塩味が付いるだけだが、24時間以上何も食べていない俺には思いほかうまかった。

 小川の水を飲んでいると、ギルがツノウサギ(仮)を手際よく処理していた。
 ツノウサギ(仮)の処理を見ていたが、腹を裂き内臓を取り出してから、丁寧に皮を剥いでいるところはちょっとエグい。つい、目をそらしてしまった。
 10分くらいで作業は終わり、ギルが、「ついてこい」というジェスチャーをするので、黙って付いていくことにした。


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