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米国の大統領選で大きな争点になっているのが、オバマ氏の医療保険改革である。日米で制度は大きく違うが、医療費の膨張にどう対応するかという課題は共通する。米国を「対岸の火事[記事全文]
熊本県八代市にある県営荒瀬(あらせ)ダムで、全国で初めて本格的にダムを取り壊す工事が始まっている。この「廃ダム」の経験は、これから不要になる全国の老朽ダムでも役立つ。す[記事全文]
米国の大統領選で大きな争点になっているのが、オバマ氏の医療保険改革である。
日米で制度は大きく違うが、医療費の膨張にどう対応するかという課題は共通する。米国を「対岸の火事」とせず、日本でも議論を深めるべきだ。
米国の現役世代はふつう会社の負担で民間の保険に入り、診療や薬の価格などは各保険会社と医療機関が交渉する。
日本には国民全体をカバーする公的保険があり、政府が統一的に価格を決める。それに比べると、米国の保険会社の交渉力は弱い。診察や薬の値段がまちまちになるので、事務コストもかさむ。
その結果、米国民1人あたりの医療費は先進国平均の2.5倍に及ぶ。
保険料も上がり、負担に耐えかねて提供をやめる企業が増えている。個人で入る保険はもっと高く、中小企業の従業員や失業者は払えない人が多い。
国民の6人に1人、約5千万人が無保険になっているのはこのためだ。法外な医療費負担による家計破綻(はたん)も後を絶たない。その恐怖が、転職や独立・起業をためらわせる。
高齢者や低所得者向けの公的保険はあるが、日本を上回る規模の公費を投じても、国民の3割しかカバーしていない。
あまりに非効率だ。病気やケガで「アメリカン・ドリーム」が断たれるのもおかしい――。そんな思いから、オバマ大統領は、国の支援で低所得者も民間保険に加入させ、医療費の抑制に乗り出す法律を通した。
保険会社や医師会、製薬会社の強固な既得権がある分野に、政府が介入する覚悟だ。
これに、「小さな政府」を信奉する共和党のロムニー候補は激しく反発し、改革法を撤廃するという。米国の社会保障は重大な岐路に立っている。
日本の医療費も毎年1兆円以上、増えている。保険制度も米国ほどの大穴ではないが、ほころびが目立ち始めている。
職場で事業主に保険料を負担してもらえない非正社員や失業者は、市町村の国民健康保険に流れ込む。保険料が払えず、無保険状態になる人もいる。
幸い、診療報酬や薬価は政府が決められる。
その権限を、医療費の制御や医師不足の解消などに生かさなければ、宝の持ち腐れだ。制度のほころびを繕うには、税による負担増もいる。いずれも政治の覚悟が必要だ。
医療保険が米国並みの重症にならないよう、手を打たなければならない。
熊本県八代市にある県営荒瀬(あらせ)ダムで、全国で初めて本格的にダムを取り壊す工事が始まっている。
この「廃ダム」の経験は、これから不要になる全国の老朽ダムでも役立つ。すべての過程を記録し、公表すべきだ。
荒瀬ダムは1955年、球磨川中流に発電専用として建設された。歳月の経過とともに、ダム湖にたまる砂が増え、地元住民らが水質悪化や、放水時の振動、漁業への悪影響を訴えた。
02年に当時の潮谷(しおたに)義子知事が撤去を決めた。
だが、08年に就任した蒲島郁夫(かばしま・いくお)知事は、費用が当初見通しより膨らむことから存続へと方針を変えた。
その後、ダムに必要な水利権延長の見通しが立たなくなり、10年に改めて撤去を表明するという曲折をたどった。
このダムは8基ある水門と門柱、堤体などからなる。
川にすむアユに影響を与えないよう、河川内の工事を11月から2月末までに限り、18年3月まで6年かけて、徐々に取り除いてゆく。
国土交通省の調査(02年)で、全国の1級河川に発電用ダムは1551基ある。半数を超す800余基が建設から60年以上たつ。大量の砂がたまり、同じ悩みを抱える。
老朽化したダムは、底の砂をさらいながら維持する、水門を開いて砂を排出する、ダム自体を撤去する――のいずれかを迫られる。だが、砂はどんどんたまり、費用は膨らむ。
撤去は有力な選択肢だ。米国では、川を分断する環境への悪影響などを考え、すでに数百のダムが撤去されている。
だが国内で荒瀬ダムのほかに撤去の具体的な計画はない。環境回復への動きは遅い。
「廃ダム」の最大のハードルは費用だ。荒瀬ダムでは、約88億円のうち約19億円を国が負担する。ここでは環境省の「生物多様性保全回復整備事業」などを援用できたが、ほかのダムでもそのまま使えるとは、かぎらない。
これから、高度成長期に造られた高速道路や橋、上下水道などの老朽化も進む。財政を考えれば、そのなかで老朽ダムをすべて撤去してゆくのは難しい。ダムの今後の扱いの仕分けに取り組むときだ。
2年前の調査で、新規のダム建設計画は全国に80余ある。
ムダな公共工事をやめるのは当然だ。それでも必要なものがあれば、事業の費用対効果の計算に将来の撤去費用も盛り込んで、是非を議論すべきだ。