情報システム
IT業界のタブー「偽装請負」に手を染めてませんか
最初に断っておくと、今回のテーマである「偽装請負」と、全国を震撼させている「耐震強度偽装」とは、ほとんど関係がない。共通点を挙げるとすれば、「違法行為だが、もしかしたらどの企業もやっているかもしれない」という疑惑が持たれている点だ。ちなみに偽装請負の詳細は、日経ソリューションビジネスの2005年12月30日号に記事を掲載している。読まれた方には、内容に重なる点もあるがご容赦願いたい。
さて、話を戻す。まず最初に、システム開発・運用現場の例をいくつか挙げる。
(1)ユーザー企業のシステム開発・運用業務で、2次請け・3次請け企業のIT技術者が常駐し、ユーザー企業のシステム担当者から直接指示を受けている
(2)元請けシステム・インテグレータに、3次請け・4次請け企業のIT技術者が常駐して、元請け企業のマネジャーやSEから直接指示を受けて開発している
(3)常駐している3次請け、4次請け企業のIT技術者に対する残業や休日出勤の指示を、元請け企業のマネジャーやSEが直接出している
「あ、うちの現場が当てはまる」。こう思った方は注意が必要だ。上記はいずれも「偽装請負」と呼ばれ、最悪1年以下の懲役または100万円以下の罰金となる重大な違法行為である。ちなみに、「下請けのソフトハウスが会議ではいつも進ちょくは順調と言うのに、納期直前になると決まって間に合わないと言い出す」と胃を痛める機会が多い方は、管理能力不足が原因でない限り、法律を守っている可能性が高い。
偽装請負とは、書類上は請負契約もしくは業務委託契約(以下、請負契約)でありながら、開発・運用担当者を実質的に「派遣」として働かせて利益を得る行為のことをいう。ちなみに客先に常駐すること自体は違法ではなく、労働者への指示や時間管理をしていることが問題となる。IT業界で多いのは偽装請負の中でも、2次請け、3次請けの技術者をユーザー企業や元請け企業に派遣する「多重派遣」のケースである。
多重派遣は労働者派遣法でも禁止されているため、労働者派遣法違反ととらえる経営者が多いが、実際にはより処罰が重い職業安定法違反が適用される。偽装請負は、職業安定法第44条で禁止された労働者供給事業に当たるからだ。第44条は、労働者供給事業者から供給される労働者を使うことも禁止しているため、ユーザー企業や元請け企業も処罰の対象となる。
実際、偽装請負に手を染めた企業が摘発されて新聞沙汰になるケースも珍しくない。IT業界でも2004年末の東京労働局による調査で、システム・インテグレータとユーザー企業の両方が職業安定法違反として指導を受けた。
現場は違法行為だと知らない?
過去に大手システム・インテグレータでシステム開発本部長を務めていた某社長は、「私も現役の時は偽装請負を当たり前にやっていた。どのIT企業も多かれ少なかれやっているが、ほとんどの企業は改善しようとしないし、話題にするのも嫌がる」と証言する。ほかにも、複数の企業で「現場では、むしろ当たり前」という声を聞いた。
ところが昨年末に、改めて取材をしていると違和感が生じた。当たり前すぎて、現場のIT技術者は、違法行為に手を染めていることを知らないのではないか、という違和感である。システム・インテグレータの担当者に対して「偽装請負対策について、お話をお聞きしたい」。そうお願いするとほとんどの場合、「ギソウウケオイって何ですか?」と逆に質問されて、偽装請負の説明しなければなかった(蛇足であるが、説明した挙句に取材を断られるケースがほとんどだった)。
偽装請負の改善指導を行っている東京労働局需給調整事業部・需給調整事業第二課長の廣木 正輝氏も、「IT業界は、従業員からの通報で偽装請負が発覚する例がほとんどない」と不思議がる。他の業界では、従業員からの通報で発覚するケースが多いのにもかかわらずだ。
これは「偽装請負について会社では教えてない」(某社の事業部長)という企業が多いということではないか。ただし、ほとんどの企業から取材を拒否されるので正確なところは、まだつかめていない。一方で、勉強しないIT技術者にも問題があるという指摘もある。「IT技術者は自分たちが労働者だとは思っていない」「自分たちが損をしているのに、法律を勉強しようとしない」といった意見だ。
業界内での問題に加え、これまでは、監督官庁である厚生労働省の眼が行き届かなかった。偽装請負問題に詳しいIT産業サービス機構理事長の井上 守氏は、「IT業界では他業種と異なり、怪我などの労働災害がないため表面化しなかった」ことなどを理由に挙げる。これらの理由で、IT業界の偽装請負問題は長らく放置されてきた。
ところが2004年末、まず東京労働局による偽装請負の調査でIT業界の問題が表面化した。さらに昨年10月〜11月には首都圏7都県の労働局が、適正化キャンペーンの一環としてIT業界向けの「派遣・請負適正化セミナー」を開催するなど、にわかにIT業界の偽装請負問題がクローズアップされている。
特に、労働局が問題視しているのは、多重派遣型の偽装請負である。労働局が調査を進める中で、職業安定法違反や労働者派遣法違反のシステム・インテグレータなど複数社が「IT業界では多重派遣が常識化している」と発言したのである。この発言により、偽装請負問題はIT業界全体に飛び火した。
対策に乗り出すも現実は厳しい
システム・インテグレータ側も対策を講じようとはしている。ただし、法律を守るためには「実際の開発・運用担当者が所属する会社と直接派遣契約を結ぶ」「下請け会社への指示命令は各社の管理者を通じて行う」など、契約のやり方か、業務のやり方を改める必要がある。
改善は不可能ではないが、一時的な売り上げ減や利益減は否めず現実には難しい。一例を挙げると、元請け企業から請けた開発・運用業務に、自社の社員ではなく下請けの中小ソフトハウスの技術者を派遣するというビジネスができない。
「既にIT業界全体が偽装請負や多重派遣に頼った構造になっている。本当にやめると多くの会社が倒産してしまう」(某社の事業部長)という証言もある。そのため、派遣法や職業安定法を「悪法だ」と非難する経営者や、法律の抜け道を探そうとする経営者も少なくない。IT業界から偽装請負がなくなる日は遠そうだ。
偽装請負、多重派遣は違法であること以外にも問題がある。「いったん多重派遣される側の企業に入った技術者は“プログラミング・マシーン”から抜け出せない」という問題だ。違法な業界構造のなかで、IT技術者としてのキャリアをつぶしてないだろうか。
最初は、「ばりばりのプロジェクトマネジャー」を目指してIT業界に入ったはずの若者が、「人と話すのは1カ月に1度」「開発の最初から最後まで携わったことがない」「指示書のままにプログラミングするだけで、職場でモノを考えることがない」。こうした現場を転々とする生活を10年すると「心が壊れる」。偽装請負についての取材のなかで出てきた実話だ。
偽装請負に興味を抱いた方は、東京労働局のWebサイトを参照していただきたい。Webサイトには請負・業務委託が適正に実施されているかを自己評価するITサービス業向けの簡易な点検表が用意されている。自社のやり方が偽装請負かどうかをチェックできる。