2.第二調査…………リアルタイム字幕ニュースの理解

1)はじめに
 現在、千葉市の聴覚障害者の76.5パーセントは文字多重放送受信機(またはアダプター)を所有しており(27ページ、表7)、文字多重放送では文字ニュースが放送されている。そして、「どんな文字番組をよく見るか」と言う質問に対し、受信機所有者の61.5パーセントは「文字ニュース」(29ページ、表11)。
 緊急時には、文字ニュースでも警報を発したり災害情報の放送をするし、キーパットの[119]は緊急情報専門である(30ページ、表12)。したがって、文字多重放送を常時見ていれば、緊急時の災害報道を見逃すことはない。
 現在、ドラマ・ドキュメンタリー・クイズ・紀行番組などに文字多重放送の字幕が付き、聴覚障害者に喜ばれているが、ニュースやほとんどの報道番組には字幕は付いていない。その理由は、60分番組に字幕を作成するのに5〜6日もの日数がかかるからである。ナマ放送に字幕を付ける技術は、日本ではまだ完成していない。緊急災害放送には、字幕付加は当然間に合わない。
 しかしながら、健聴の家族といっしょに普通のテレビを見ている聴覚障害者が多いことや、文字多重放送の文字番組には娯楽番組はないので、何時間も続けて見るというものではないということを考えれば、一般のテレビ・ニュースに字幕が付くことが、聴覚障害者にとって望ましいといえよう。
 アメリカの四大ネットワークや、イギリスの公共放送局(BBC)や民放では、すでに生放送のニュースに、放送同時(リアルタイム)に字幕を付けている。ナマ放送を視聴しながら、タイピストがその音声を直ちにコンピュータに入力しテレビ画面に文字を重ねて放送する、これがリアルタイム字幕(realtime caption)である。日本では、まだ実施されていない。
 日本で、NHKも民放もまだリアルタイム字幕をやっていない理由は、

 @リアルタイム字幕技術の未発達
 A日本語は漢字かな混ざり文なので、かな・漢字変換に時間がかかる。
 B漢字は、文字の大きさがローマ字に比べて大きく、一行に13〜15文字しか提示できない。したがってアナウンスの全文を字幕にすると、テレビ画面の半分は字幕になってしまう。そこで文章を短くするための要約が必要になってくる。
 C聴覚障害者問題についての放送局側の無理解
などがあげられる。
 とはいうものの、日本でもリアルタイム字幕については、電子機器会社、NHKの研究所などで研究が行われている。今回の我々の研究では、その中の一つS社のリアルタイム字幕方式により番組に字幕を実験的に付加し、それを聴覚障害者に評価してもらった。
 S社では、この技術でろう学校の入学式、卒業式の挨拶や授業などに、リアルタイムで字幕を付加している。テレビ放送にはまだ使われてはいないが、学校教育にはすでに実用化はされている技術なのである。
 S社の方式のほかにも、コンピュータ技術による様々なリアルタイム字幕制作方式が研究されているし、音声認識による字幕制作の研究も進んでいる。近い将来、テレビの災害情報がリアルタイムに字幕で提示されるようになることも夢ではない。
 そこで、われわれはリアルタイム字幕の視聴実験をすることにした。リアルタイム字幕を見せるといっても、ナマ放送を聴覚障害者に見せながら、その場で字幕を作り画面に挿入するためには、かなり大掛かりな機器が必要である。そこで本研究では、リアルタイム字幕制作機器が常設されている筑波技術短期大学の実験スタジオで、字幕入力者がビデオの音声を聞きながらリアルタイムで字幕を入れてビデオを作成し、そのビデオテープを持ち帰り聴覚障害者に視聴してもらうというという方法をとった。
 録画番組ではあるが、ドラマ等の字幕が字幕原稿作成から入力・完成まで5〜6日かかるのに比べて、わずか2時間余りで作成された。またリアルタイム入力なので入力者のミスがあっても、そのまま録画した。
 試作字幕番組を視聴したのは、千葉市の聴覚障害者9名とその他の地域の聴覚障害者約20名である。

2)実験番組
 元になる番組は、長野県で開催された冬季オリンピック入場式の日本チームが入場する場面である。これに@逐次提示方式とAスクロール方式の二方式で実験番組を制作した。
@逐次指定方式
 入力者は音声を聞きながらキーボードに入力し、一単語(活用語尾や助詞を含む)ごとに画面に提示した。字幕は16文字2行で画面上に現れるように設定した。(写真3)


写真3−@


写真3−A


写真4 スクロール字幕


Aスクロール方式
 新幹線の車内の電光ニュースのように、字幕の文章が右から左へ流れて行く方式である。(写真4)

3)調査結果
逐次提示方式
 逐次提示方式の字幕については、聴覚障害者から多くの批判が寄せられた。それを列挙すると以下のようになる。

@単語が突然画面上に現れ、また突然消えるので落ち着いて読めない。読み終わらないうちに字幕が消える事が多い。文章(単語)が、画面上に滞留する時間が短すぎる。
A字幕は、写真3のように2行で提示されるが、最下段に出た文字が、上段に繰り挙がる時に読みにくい。
B「長野オリンピック」が「長」「野オリンピック」のように改行されると、わかりにくい。
Cかな漢字変換で、間違った漢語が画面に出ることがある。
D画面と字幕のタイミングがずれる。
E実況アナウンスは耳で聞けばよくわかるが、そのまま字幕にすると、少し妙な日本語になることがある。それも聴覚障害者から指摘された。

 これらの批判のうちのあるものは、現行の技術が未完成なので起こるものである。またあるものは、入力者の入力ミスによるものもある。テレビ音声を聞きながらのリアルタイムにキーボードに入力するのであるから、若干のミスは免れない。字幕制作機の性能の向上と、入力者の訓練が必要である。

スクロール方式
 スクロールのスピードを[早][普通][遅]の3段階で制作したところ、[普通]が最も好評であった。
 逐次提示方式の字幕を見た直後に、スクロール方式字幕を見たせいもあるだろうが、スクロール方式字幕の方が優れており、読みやすいという意見が圧倒的に多かった。
 スクロールのスピードを[早][普通][遅]の3段階で制作したと書いたが、このスピードは、アナウンサーの話すスピードによって左右される。スクロールのスピードが[早]の時は、アナウンサーが早くしゃべっているのである。したがって、聴覚障害者が読みやすいスクロール方式字幕にするためには、アナウンスのスピードも遅めにしなければならないことになる。アナウンスをそのまますべて字幕にするのが、要約が必要だとすれば、どのような基準で要約すればいいのかは、今後の研究課題である。
 スクロール方式を、本当のリアルタイムで放送することは、現在のところS社の機器の性能では不可能である。この方式の技術開発も望まれる。