心の由来:「心」についての身もふたもない話

精神医学・臨床心理学に関連した、あまり実益のない無駄知識を中心とした科学読み物です。

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訓練すれば自制心は強くなれる?

「わかっちゃいるけど、やめられない。」そんな病的嗜癖・依存症の克服のためには、どうしても自制心 self-control / self-regulationの力が必要です。

自制心は、大脳皮質の前頭前野 prefrontal cortexがつかさどっているらしいことはすでにお話ししました。 前頭前野が報酬回路を含む辺縁系の活動を頑張って抑えるわけです。 より長期的に見て自分に有利なように、不利が少なくなるように、前頭前野が辺縁系の活動である「欲しい」「したい」を抑えていく・・・これが自制でした。

ということは、生まれつき前頭前野の機能が高い人は自制心が強く、生まれつき前頭前野の機能が低い人は自制心が弱いことになります。 これはまさしくその通りで、このために遺伝子的/体質的に前頭前野機能が低い人は(他の精神疾患にもなりやすいのですが)病的嗜癖・依存症にもなりやすいと言えます。

でも、なんとかならないでしょうか?

例えば、生まれつき運動のできる子というのはいます。 それに比べて生まれつき運動が苦手な子というのもいます。 相対的な話ですから、それは当たり前です。 では、生まれつき運動が苦手な子というのは、どうしようもないのでしょうか? そんなことはない、ということを多くの人が知っているでしょう。 頑張って練習すればいいのです。 確かに、生まれつきできる子に比べて人一倍頑張らないといけないでしょうが、それでも頑張ればそれなりにできるようになるものです。

それと同じことが自制心 self-control / self-regulationの強い/弱いについても言えるのではないでしょうか? 頑張って訓練すれば少しずつでも強くなっていくのではないか?

そんなわけで、Oaten先生たちは自制心の訓練として「毎週3日、決まった時間にジムに通って運動をする」という課題を2ヶ月間大学生たちに行わせてみました。  

どれだけ自制心があるかを調べるために、コンピューターを操作する課題を行わせながら、隣でお笑いのテレビを流しました。 当然、気が散るわけです。 気が散りながらも、自制心があれば、目の前の課題に集中できるはずです。 Oaten先生たちは、さらに意地悪なことに、「一定時間、シロクマのことを考えてはいけません。もし考えてしまったら、そのことを記録してください」というわけのわからない課題を与えました。 このような課題を与えられると、被験者はどうしても「シロクマ」のことを考えてしまうので、それを考えまいとすることによって自制心が疲れることになります。 こうして自制心を疲労させた状態で、もう一度、お笑いを隣で見ながらコンピューターを操作する課題を行わせたのでした。

結果はどうだったか?

「毎日3日、決まった時間にジムに通って運動をする」という課題を2ヶ月間みっちり行うことは、大学生たちにとって結構大変だったようでした。 つまり、この行動を続けること自体にかなりの自制心 self-control / self-regulationを要したのです。
そして、1ヶ月、2ヶ月と自制心を鍛える訓練(というか、決められた時間にジムに通うという行動)を繰り返していくと・・・
驚いたことに、お笑い番組を隣で流しながらコンピューターの操作をするという自制心を要する課題を行わせたときのエラー数が減ったのです。 自制心が(もう少し正確に言うと、自制心のスタミナが)強くなったようなのです。
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さらに、彼らの日常生活の変化を見てみると、ジャンクフードを食べたり、浪費や衝動買いをしたり、キレて喧嘩をしたり、勉強もしないで遊んでしまったり・・・といった衝動的な行動が減っていました。 お酒もタバコも減っている傾向がありました。 ちゃんと約束を守り、健康的な食事をする人が増えました。 つまり、全体として、日常生活レベルでも自制心が強くなった様子がうかがえたのです。
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本当かいな? 本当にそんな、一見すると無関係そうな「自制心を鍛える訓練」をすることで、自制心が強くなり、生活全般が良い方向に変わるものなのでしょうか? いかにも怪しい話じゃないですか。

しかしMuraven先生は、もっと一見すると無関係そうな「自制心を鍛える訓練」を行い、禁煙をするときの自制心を強くするという実験を行っています。

Muraven先生は、禁煙したいけれどもこれまでにも何回も失敗してきた大人たちを100人以上集めました。 そして彼らに2週間の間「甘い物を食べるのを我慢する」とか「できる限り長い時間我慢してハンドグリップを握っている」という自制心を鍛える訓練を行うようにさせました。 (比較対象としたプラセボ群の人たちには、「自制心についての日記をつける」とか「数分かかる計算問題をこなす」という課題を与えました。「プラセボの課題」に比べて「自制心を鍛える課題」は「我慢する」という要素が強いものになっています。)

その結果・・・
イメージ 3

驚いたことに、「我慢する」ことを主に繰り返し練習した「自制心を鍛える課題」を頑張った人たちは、「プラセボの課題」をこなしただけの人たちに比較して、統計的に有意に高い確率で禁煙を続けられていました。 1ヶ月後の「禁煙を続けられていた率」は、「プラセボの課題」12%に比較して、「自制心を鍛える課題」27%と差がついていたのです。
「甘い物を我慢する」とか「ハンドグリップを我慢して握り続ける」というのは、禁煙とはほとんど何の関係もないことです。 しかも何てことはない「訓練」です。 それなのに、この差です。



こんなことってあるのでしょうか。

しかし、よく考えれば、部活で頑張った子は受験の時に勉強に対しても(社会人になってからの仕事に対しても)根性がつく・・・と昔よく言われていました。 なるほど、あながち根拠のないことではないのかもしれません。



参考書:
(1) OatenM & Cheng K, et al.  Longitudinal gains in self-regulation from regular physical exercise.  British Journal of Health Psychology, 2006; 11: 717-733.

(2) Muraven M.  Practicing self-control lowers the risk of smoking lapse.  Psychol Addict Behav, 2010; 24: 446-452.

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