東京在住の建築家、木下壽子氏は、近所にある典型例な戦後日本建築の住宅が開発業者に売られ、取り壊される可能性が高いと知ったとき、それを保存するには自分が買い取るしかないと決意した。
同氏はその家を売ってもらえるように開発業者を説得するに当たって、家族や自身が経営する設計会社から資金をかき集めた。しかし、いざ買い取ってみると、敷地面積約456平方メートルのミニマリスト的な昭和の名建築をどうすべきかで思い悩んだ。自分が住むにはあまりにも広すぎるので、売却するしかないが、誰に売ればよいのか。購入者が日本人だとその家はほぼ間違いなく取り壊されてしまうだろう。保存してくれる可能性が高いのは国際的なバイヤーだという結論に達した。
日本の住宅購入者は現代的な家を選ぶ傾向があり、日本の伝統的な住宅を扱う小さな市場は海外のバイヤーで成り立っている。1945年の東京大空襲、数々の地震、地価の高騰とそれによって激化した開発などにより、東京の中心部に歴史的な住宅(日本では築40年以上の物件を意味する)はほとんど残っていない。東京の不動産の価値は主に土地の価格に基づいている。そこに建っている家そのものは、中古車と同じで、最初の入居者が足を踏み入れた時点から価値が下がり始めるのだ。
東京の不動産仲介会社、センチュリー21スカイリアルティの代表取締役社長ケン・アーバー氏はこう話す。「保存したいがために古い住宅を売り買いするなどという話は聞いたことがない。日本で築30年以上の家を買う人は、それを取り壊して新しく建て直すことを考えている」
木下氏とその夫でやはり建築家のホアン・オルドネス氏は、一風変わった保存戦略を思いついた。周辺で他にも2軒の戦後の名作住宅が売りに出されていることを知った両氏は、東京南西部の高級住宅地、田園調布のギャラリーで短期間の展覧会を開催した。木下氏によるとその目的は、3つの住宅の写真や資料を展示して、その歴史的・文化的重要性を評価してくれる購入希望者と住宅とを結び付けることにあるという。
木下氏によると、その3つの住宅は戦後の日本建築を代表する3人によって設計されたという。敷地面積が199平方メートルといちばん小さいのが1955年に建てられた「旧倉田邸」で、銀座の歌舞伎座を設計したことで知られる吉田五十八氏によるものだ。その歌舞伎座は最近、取り壊されている。この住宅に表示価格はないが、土地の市場価値は3億~3億5000万円と推定されている。
2つ目の住宅「自由が丘の家」も1955年に建てられ、同じような価格での売却が見込まれている。敷地面積は306平方メートルで、コンサートピアニストの園田高弘氏の家だった。ニューヨーク・マンハッタンのウールワースビルや、フランク・ロイド・ライト氏と共に旧帝国ホテルの設計を手がけたことで知られるアントニン・レーモンド氏に師事した吉村順三氏が設計した。
3つ目の住宅「新・前川國男自邸」は木下氏が購入した物件だ。東京国立西洋美術館を含む東京の公共建築物の設計で有名なル・コルビジェ氏の弟子だった前川國男氏によって1974年に設計・施工された。同氏が設計した住宅で残存しているのはこの1軒だけである。敷地面積456平方メートルと大きいので、目標価格も5億円と高額になっている。
その展覧会は10月21日に終了したが、購入希望者は見つからなかった。それでも木下氏は今回の展覧会を、日本の重要な建築物を保存することの難しさを広く認知してもらうという同氏の使命のゴールではなくスタート地点と捉えている。
東京の外には伝統的な住宅が多数存在する。13世紀の建造物が当然のように存在する京都や鎌倉といった歴史的中心地では、築年数は相対的になる。サザビーズ・インターナショナル・リアルティは現在、2軒の伝統的な住宅を販売している。京都の住宅は築50年以上、鎌倉の住宅は1972年に建てられたもので、どちらもより景色のいい場所に移築されている。
サザビーズの東京支店の担当者によると、外国人は日本人よりも日本建築や造園設計に詳しく、こうしたタイプの不動産をより高く評価する傾向があるという。
米国人開発業者のジェイコブ・ライナー氏は、田舎の隠れ家的物件を探している外国人バイヤーのために、手入れが行き届いていない家々を修繕している。エデンホームズの創業者で主任建築士でもある同氏は、東京の中心から2時間の距離にある精進湖近くの村で古民家の再生に取り組んでいる。かつては絹織物の特産地だったその湖の畔の村は、富士山周辺では数少ない未開発地域の1つだ。
ライナー氏の事業は古民家を買い取って修繕し、転売することから始まった。最近売却した物件には、1980万円で売り出された敷地面積198平方メートルの住宅がある。開放的な間取りとフローリングが特徴的な同住宅には囲炉裏や畳の部屋も複数あり、二重窓と床暖房も付いている。
同氏は今、古いままの家を売り、買い手の趣味や予算に合わせて改装していく方が好ましいと思っている。「買い手に自分の家の設計を促し、施工チームの力を貸すことで、古いものは良くないという一般的な考えにより50年間失われていたリフォームの文化を日本に蘇らせようとしている」とライナー氏は述べた。