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黒川さん

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年10月26日(金)21時30分38秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  御返事ありがとうございます。
しかし思いつきで返されても・・・とか思います。(本当はね)
いやいや、それでも私などを相手にしていただいてるのだから、ありがたいことだとも思います。(本当にね)
だからまたしっかりと返事をさせていただきます。

私:「相伝が失われたから、化儀を変更した。」→黒川さん:「日蓮正宗の相伝のことか?」

というようなボケつっこみはいいとして、

私:「化儀は変更していくもの」→黒川さん:「昔は木だったが、今は安いプラスチック」

これですね。
あのですね。だから思いつきだというのですよ。大聖人の頃から材質が何でなければならないというような相伝があったというのですか?
あるかいっっ。材質なんかこだわってるかい。
私が挙げた文献にあるのを見ても、欒、桐、槐、楡、桑、棗、李、杳、または金・銀、赤銅、水精と、多様ですね。

だいたいですね、昔から今まで、木製品だって実際には表面に樹脂とか塗ってますから。
修学旅行のよほど素朴なお土産の民芸品でもそうです。
また大昔から漆塗りとか樹脂製品はありましたし。
それともなんですか、大聖人は表面から何ミリまでは樹脂を許すけど、本体は木製でなければならないとかいう相伝でも残されたのですか。勝手に相伝にことよせて自分の金銭感覚で述べられても、それはハズレというものです。

ついでに言っておきますと、掲示板の下のほうにもある、ヒッグス粒子や富士山云々も、非常に痛い話でしかありません。
親切から言いますけど、一生懸命に言ってるつもりなのかもしれないけど、知ってる人からみたら、ほんと、ボケたじいさんが思いつきで言ってるだけの、恥ずかしい話です。
そういうこと、わかってるんでしょうに、いちいち、言わなくてもわかってくださいな。
黒川さんは、そんな知ったかぶりで無理するよりも、知ってることでいいじゃないですか。もっとエンターテイメントを心がけるべきですね。(かといって嘘はいけませんね。)

護教的態度というのがあるけど、それでいいではないですか。それは信じてる場合ですから、嘘でも誤魔化せばよいという貴方の姿勢はいただけません。

それをやってるといつか貴方が騙されるわけです。そしてきっとそれでよいと思ってらっしゃる。。。。それは信仰と言えるのか。
結局、どうでもよくて、だから富士山は仏法からみて噴火しない云々なんてことがしゃあしゃあと言えるのでしょう。
災害がないに越したことはないですが、地形が変化していくのは、いたし方ないことです。
根拠も無く護られているから大丈夫だと言うのは、仏語を嘘妄にしないために戦う人々とは典型的に反対の、傍観者の論です。
地震に人々の関心が大いにある時代ですから、地球規模にプレートとかプルームテクニクスとか、地球規模の変化に人々の感心は低くありません。
知っていたら貴方のようなことは言えない話ですから。
先ほどの木製の話だって、紙だって木だって、実際は複合品ですから燃やすとダイオキシンが出ることが世間で取り沙汰されてて、だから街中で焚き火をしちゃいかんなみたいな話が世間をにぎわしてきたはずです。複合品なのですよ。それを相伝レベルで材質にからめて言ってくるとは。貴方の論述とは、知っていたらいえない、そういうことにまるで関心が無い人なんですよと言っているようなものです。

親切で言ってるんですからね、誤解しないでください。法華講員の掲示板でそんなこと言わなくてもいいのになと思った次第です。
以上。

たぶん、これ以上は無意味に思えたら、返事しないかもです。(悪く思わないでくださいね)
(●///艸///●) ポッ゚+。:.
 

Re: 法義では反論無しと。

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月26日(金)13時43分23秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.70533[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

>本来の相伝では失われたものであること。


君の言う「相伝」って一体何なんだい?

世間一般でいう相伝かい、それとも日蓮正宗の相伝のことかい?

数珠に関して言えば、昔は木で作られていたが、今は安い数珠はプラスチックです。

化儀は時代とともに変わるってことだよ。化儀が化法に違背しているとでもいうのかい?

では、

 

法義では反論無しと。

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年10月26日(金)06時20分17秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  黒川さん、レスありがとうございます。

間違えているという単純な認識が貴方の全てなのですよ。
私はそれに対して答えは言いません。貴方の信仰の基点となる認識が緩く、そして浅いことを指しています。

このような歴史的文献をみると、当該文書化儀は変わっていくものであることを再認識します。
数珠の深義は、その淵源は比叡山からの貸借したきたものであり、本来の相伝では失われたものであること。
それが何か不都合なのですか。失われたから仕方ないと考えるのが普通で、日因上人もだから、悲しいかな、嬉しいかな、と仰っています。
貴方自身が勝手に勘違いしているだけなのですよ。歴史の根拠そのものはそれほど誇れるほどのものではありません。
 

Re: 歴史の真実とは残酷ですね。

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月26日(金)00時31分36秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.70531[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

莫迦よ、しっかりせい!

日蓮正宗に間違いがあるとすれば、それはすなわち、お前さんの創価学会も間違っているということを自ら証明していることでもあるよな。どうだい?

なんせ、お前さんところは全てが日蓮正宗からの盗用であるよの~? どうだい?

宜しいか、化儀は化法から来ているのであって、数珠のどうのこうのが化法とどう乖離しているのかい?

爆笑ものである。(=^▽^=)

以上だ、
 

Re: 歴史の真実とは残酷ですね。

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年10月25日(木)23時35分37秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  黒川さん、レスありがとうございます。
お元気そうで何よりです。
言わなくてもよいと思うのにわざわざ言われるのは、突っ込んでほしいからなのでしょうか。
貴方の該当投稿は、虚偽の内容であることは指摘してきたとおりです。
貴方自身の論述の姿勢そのものが虚偽であり、それは貴方自身が知っていることです。それが何よりも貴方の信仰観なのでしょう。
まあ、黒川さんもじっくりと話せば、きっと思ったよりも悪い人なのでしょうけど。

それで学会のことならば、学会のほうの掲示板に来ていただかないと私もここでは説明はできません。
知りたいのならばどうぞ。
数珠の相伝が日精上人の時代に失われたという歴史の事実は取り消せません。それについて法義上での反論も無しですよね。
私も情報提供するのが目的なので、意味なき虚偽でもよいとする悪心に委ねた議論に付き合う気はありません。
しかし質問があれば教えてください。知っていることなら答えれます。
ちなみに該当文書の最後のほうの日因上人の言葉にも注目してください。
大衆が正法を守っていると。(←だからこれは日蓮正宗内のことを言っています)
なのに近代上人方は正法を失って邪義に附していると。(←つまりこれも大石寺の上人の方々が邪儀に染まっていたということです。)そういうふうに吐露されているんですね。
数珠の深い意味についてお勉強になったら嬉しいです。
 

Re: (無題)

 投稿者:学習不足  投稿日:2012年10月25日(木)22時21分11秒 KD182249242177.au-net.ne.jp
返信・引用
  > No.70475[元記事へ]

学習さんへのお返事です。

> 黒川和雄さんへのお返事です。
>
> 「世の中は常住なるものか それとも無常なるものか  世界に果てがあるのかないのか
> 霊魂と身体は同一か同一でないのか 死後の世界は存在するのかしないのか」
>
> 誰も上記のような質問を黒川様にしておりません。
> 黒川様は雲仙普賢岳の噴火、阪神大震災といった実際の現象を書いてしまったのです。
> その実際の現象が起きた原因とは何かを究明しようとしているのです。
> 「有り得ない比喩」で話しをすりかえるのはおやめになられて真摯に究明につとめようではありませんか。
> 究明できれば全世界が救われます。
> 「地震を止めることができるかも知れないぞ!」と多くの方が黒川様のお話しに注目しているかも知れません。頑張りましょう黒川様。

お釈迦さまとその弟子たちが精舎で求道と生活をひとつにして営みを続けていた頃のお話。

------

当時、釈迦教団ではない修行者、導師たちの間で盛んに議論されていた形而上的な問いがあった。
その問いとは
「この世の中は永遠に存在するのか、しないのか。
この世の中は無限に広がっているのか、いないのか。
霊魂と肉体とは同じものなのか、別なのか。
人間は死んだ後も存在し続けるのか、しないのか。」

お釈迦さまの弟子の一人であるマールンクヤもこの問いの答えを知りたくてたまらなかった。

しかし我が師、お釈迦さまは、それらの問いについては一切説かれず、問いかけてもいつも黙したままであった。

ひとり離れて瞑想していたマールンクヤは不満の炎に包まれた。
マールンクヤは、瞑想を解き、お釈迦さまの所に行き、意を決して問うた。
「先生は世界の常・無常、世界の有辺・無辺等の問題については、何も説かれず、問うても答えを下さらない。
わたしはそれが不満で堪えられない。もし今、お答え下さらなければ、私はここでの修行を捨てて、世俗に還ります。先生、もし世界は常住と知っておられるのであれば、そう説いて欲しい。
もし世界は無常と知っておられるなら、そう説いて欲しい。もしまた世界は常住とも無常ともお知りならないのであれば、私は知らないと説かれるべきだ。」

お釈迦さまは静かに言われた。
「マールンクヤよ、わたしはかつてそなたに、この問題について答えるから、私のもとに来て修行をしなさいと言ったことがあっただろうか。」

マールンクヤは言った。「いいえ。そのようにはおしゃらなかった。」

そこでお釈迦さまは、ある喩えをもってマールンクヤに説かれた。

「ある男の体に、どこからか飛んできた毒矢が刺さった。友人たちはあわてて医者を呼んで来て、矢を抜き、治療をしてもらおうとした。
しかし矢が刺さつた男は、その時、治療しようとする医師を止めて、こう言った。
『矢を抜く前に聞きたい。矢を射た人間は誰か、どこの種族か、背が高いのか低いのか。矢羽は何で作られているのか。それらがわかるまでは、この矢を抜かせない。』」
マールンクヤよ、こんなことを言っている間に、この男はその問いの答えを得ずして命を落とすだろう。

お釈迦さまは、厳しい眼差しで、マールンクヤに深く語った。

この男こそ、そなたの姿である。

今大事なことは、私たちが苦悩、煩悩をを克服し、心豊かに生きることにあるのだ。
なのにそなたはそれらの問いに拘り続ける。

マールンクヤよ、世界は常住であるとか、また無常であるとかが解っても、
生老病死、怨憎会苦、不求不得、四苦八苦からから自由になる事はないであろう。
私たちはそれらの一切皆苦の現実、自らの煩悩を克服する事を願っている。

それ故に、マールンクヤよ、私が説かないことは、説かれぬままに受持せねばならない。
私の説いたことは、説かれたままに受持せねばならない。

マールンクヤよ、私は世界の常・無常、有辺・無辺などのことは説かない。
何故説かないのか。それは、道理の把握に役立たず、正道の実践に役立たず、
悟りに役立たぬからである。その故に、私は説かないのである。

マールンクヤよ、それでは、私の説いたものとは何であろうか。
『人生、この世の一切は苦』と私は説いた。
『苦の原因は人間の執着にある』と私は説いた。
『苦を滅した境地が悟りである』と私は説いた。
『悟りに到達する方法は八正道である』と私は説いた。

ではなにゆえにわたしは、それらのことを説いたのであろうか。
それは、道理の把握をもたらし、正道の実践に基礎をあたえ、厭離、離欲、滅尽、寂静、智通、正覚、涅槃に役立つからである。

マールンクヤよ、その故に、わたしの説かないことは、説かれぬままに受持するがよい。
わたしの説いたことは、説かれたままに受持するがよい。」

お釈迦さまは、このようにマールンクヤに説かれた。

マールンクヤは己が愚かさを涙と共に自覚し、以後師の教えを一心に求めるものとなったという。

------

差別、貪り、卑下、猶予、不満などの煩悩の矢が心に刺さったままのこの私が、それでも私が正しいと言い、他人と競い争う。愚かなものは鏡に映る「この私」ではないかと、このお話を聞いて思いました。
マールンクヤは他ならないこの私という事ですね。
無明を知らぬ恥ずかしいこの私。
 

文字訂正

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月25日(木)21時34分58秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  富士集学要集 ×

富士宗学要集 〇
 

Re: 歴史の真実とは残酷ですね。

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月25日(木)21時33分23秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.70526[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

> 大石寺のは比叡山から持ってきたものですって。そう日因上人が仰ってるんです。

おう、メモリ君ではないか。先日は恥をかかしてすまんの~。
http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/54190857.html

まだ生きておったのか? それはそれは・・。

お前さん、既に論理破綻しておるゾ! では、今の創価は「全てが日蓮正宗から持ってきたもの」ということでいいかいの~?

現に貴殿、富士集学要集だと? 誰が編集した本だ? 本尊は誰の顕された本尊かい?

他宗のことより、南元センターにでも赴いて葬式花でも献花することだね。ww
太作先生、痴呆症なんだろう?

では、
 

歴史の真実とは残酷ですね。

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年10月25日(木)21時02分16秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  日因上人の「袈裟数珠の事」にこうあります。

「又又当山念珠の御相伝三通之れ有り、目師御筆、道師御目録之れ有り、然る処に十八代日精上人御代之れを失うと見へたり。
日舜上人精師在府の砌り仰せ越され候へば長持の中に之れ有るべき由仰せ越し候へども之れ無しと見へたり、たとえ之れ有るも日典上人御代に大坊焼失の砌り焼け失せたる者か、故に今目録十七条のみ之れ有り御相伝悉失ふ故、日忍上人日俊上人已来数珠相伝に当山の相伝之れを失ふ故に要法寺日大上人叡山相伝之れ有り、喜はしい哉、悲い哉、大衆方正法を守ると云へども近代上人方は皆正法を失ひ天台真言の邪義に附する故に今日俊之を改め近代上人方の附邪の法を疑うのみ、」(富要1-377)

大石寺のは比叡山から持ってきたものですって。そう日因上人が仰ってるんです。
 

Re: 質問

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月25日(木)16時23分35秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  フランコさんへのお返事です。

総勘文抄に「釈迦如来・・」とありますから、間違いやすいですよね。
私は最初、これを釈尊の本地のことかな?と思っていました。

ところがこれは歴史上の釈尊の本地のことではなく、まさに大聖人様のことだったのです。

頭に入れておけばいいと思いますが、【釈尊の教導は久遠実成からインド応誕の歴史上の釈尊まで】ということです。それ以後(末法)もそれ以前(久遠元初)もお釈迦様の法華経には説かれていませんね。要するに、久遠実成以前はどうなってんの? お釈迦様滅後はどうなってんの?ということであり、これがまさに【大聖人様の仏法】ということです。

三大秘法抄に、このようにあります。


大聖人、三大秘法抄に曰く、

「実相証得の当初(そのかみ)修行し給ふ処の寿量品の【本尊と戒壇と題目の五字なり】」

また当体義抄に、こうあります。

【因果倶時・不思議の一法之有り。之を名づけて妙法蓮華と為す。】

凡夫即極の仏である久遠元初の仏・自受用報身如来の一身(人法一箇)に一大秘法が備わり、それを開けば【不思議の一法である五字=妙法蓮華経】であり、そこに三大秘法があるということです。

では、
 

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