特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 文芸評論家・川村湊さん
毎日新聞 2012年10月26日 東京夕刊
「交通網がまひして外出もままならなかったので、自宅に届く新聞とネットだけを頼りに書きました。あの当時、津波や原発事故のテレビ映像を前に、物書きの多くが『言葉を失った』『表現する気力がなくなった』と言って沈黙した。それでは駄目で、物書きにできることは目の前で起きている現状を記録することだと思い立ったんです」
「推進派が昔書いた本が案外、面白いんですよ。こんなこと言っていたけど、全然安全じゃなかったじゃないかとブツブツ言いながら読んでいます」。震災で自宅の書庫の書棚はすべて倒れ、土石流ならぬ“書籍流”となって床を覆った。今なおほとんど手つかずの状態だが、その代わりに原発や原爆、放射能関連の書籍、映画のDVD、ビデオなど数百点を集めた。
文芸評論家が原発について「にわか勉強」を重ねて見えてきたのが、この国のゆがんだシステムだ。利権に群がって政官財学が癒着し、全国に54基もの原発を造ってきた。市民科学者の高木仁三郎さん(故人)や「危険な話」を書いた作家の広瀬隆さんらが危険性を指摘すると、それを握りつぶそうと圧力を加えてきた。「それはもう『原子力ムラ』なんて可愛いもんじゃなくて、『原子力マフィア』です。このマフィアは福島の事故でちょっと痛手を受けたけれど、また立ち上がって力を振るおうとしている」
例えば、大間原発(青森県)の建設再開。「新増設をしないというのは『30年代に原発ゼロ』の目標を掲げた政府方針の原則だったはず。着工済みの原発は新増設に当たらないとの詭弁(きべん)は結局、福島の事故はなかった、避難を強いられた十数万人はいないんだと言っているのに等しい」。語気が強まる。「それもこれも政府の事故調査・検証委員会が最初から責任追及を目的としないと宣言し、誰も責任を問われなかったことが、誤ったシステムを温存させることにつながった」とみる。
イタリアでは地震予知に失敗した学者ら7人が禁錮6年の実刑判決を受けた。それは極端としても、この国はあれだけの事故を起こしながら、何も学べないのか。「義が通らずに、金銭的な欲望だけがたくましく生き残っている。しかし、あきらめるわけにはいきません」