NBAバレエ団公演
『NEW DANCE HORIZON』「メタモルフォーゼ/変容」

2012.10.23 杉並公会堂大ホール

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NBA BALLET CAMPANY
『NEW DANCE HORIZON』
Metamorphose

 伊藤キムについては、バレエファンの方はあまり知らないだろうか。早逝した舞踏家古川あんずの元で踊り始めて、その後、「伊藤キムと輝く未来」として、バニョレで受賞し海外公演を行うなど活躍し、現在のコンテンポラリーダンスの流行をつくった一人。キムは舞踏の「身体を問い」、「身体そのものとして踊る」という考えや、舞踏から得たメソッドに基づき、独自の感性・感覚で新しいダンスを作り出した。また、キムの元からは黒田育世、白井剛、遠田誠など、優れたダンサー・振付家が育っている。
 そのキムは2005年に活動を休止、2007年からは、振付家を育てるというコンセプトで、新しい「輝く未来」として活動を再開した。それを昨年解散し、再び振付を開始し、また自らも踊り始める。

 ところで、コンテンポラリーダンス、コンテンポラリーバレエという呼称の違いについて述べる。前者は、ピナ・バウシュやフランス・ヌーヴェルダンスなどの影響で、ダンスの枠組みを超えた舞台を、主にバレエのベースがない人が生み出すもの。後者は、フォーサイスなどの影響で、バレエをベースにして、バレエの枠組みを超える舞台を指すとしておく。

 さて、今回の伊藤キムの『むかしむかしあるところにわたしがいました』は、まず普段着っぽい女性が出てきて、所在なげにうろつく。同様の女たちが登場し、最初の1人は上手寄りにスポットの中で踊らず、他の女性たちが下手奥から動き出す。やがて、下手から上手、左から右にダンサーが出てきて動き、踊る、ちょうどスクロールするように、踊り手が動いていく舞台が続く。次にホリゾント、奥から舞台手前にダンサーたちが繰り返し進んできて、前後の動きが繰り返される舞台。音楽とともに全体が高まってきて終わっていく。

前半から、「何かが起こる」という緊張感があり、日常と混沌から左右の動き、前後の動きという展開が作品に徐々にエネルギーを与えていく。日常の人、個人の日常生活が生み出す静かなエネルギーが徐々にダンスになっていく。踊っているのが、他の作品と同じバレエダンサーとは見えない。ここまで彼らに、「バレエさせなかった」のは意味がある。見事な構成と展開の中で、日常的な身体と動きから踊りが出てくることを示した。

 終って伊藤キムに少し話を聞くと、バレエダンサーにバレエ的でない動きをさせるのには、とても苦労したそうだ。ただ、何人か感性がいいダンサーがおり、それぞれの表現につながればいい、そしてダンサーたちみんな、この経験が何か少しでも影響になることを期待する、と話した。

舩木城作品

『Thousand Knives』

 最後は舩木城(ふなきじょう)の『Thousand Knives』。舩木は川口ゆり子・今村博明主宰のバレエシャンブルウェスト出身で、新国立劇場バレエ団を経てニュージーランド国立バレエ団在籍中に振付家として活動を始めた。オーストラリアでも振付作品を発表している。
 チュチュを着た女性たちが舞台奥、ホリゾントに後ろ向きで並んで始まったときに、その美しい姿に緊張感があって、「これは」と期待した。男性は長い太いパンツで上半身裸。エレガントな女性とワイルドな男性がいいコントラストをつくっている。
 音楽はすべて坂本龍一で通している。全体のトーンをまとめており、盛り上がりもあるのだが、何かべったりとした感じだった。特に『戦場のメリークリスマス』のようなヒット曲はどうか。男が女を肩の上に乗せて後ろを向いている場面など、絵的にも美しく、エネルギーもあって魅力的だったのだから、違う音楽を挟んで「異化」すると、もっと面白くなるのではないかと思った。
◇   ◇   ◇

 出演したダンサーでは、まず、いまこのバレエ団の顔といえる峰岸千晶。キミホ作品と舩木作品に出演して、安定したテクニックとしっかりとした存在感で、舞台を引き締めていた。独特なエレガントさを持つ鷹栖千香も、この二作で目にとまった。男性では秋元康正がキミホ作品に出演して輝いていた。また、ゲストダンサーのジョン・レイドは、テクニックとリズム感がよく、日本人ダンサーより、常にちょっと早い動きが音楽と見事に合って、光っていた。

 特筆すべきは、伊藤キム作品に出たダンサーたちが、日常的な動き、ダンス的でない動きを生かして舞台をつくったことだ。バレエ団としては、もちろん優れたバレエダンサーを育てるのが重要だが、同時に、個性をもった表現者、振付家となりうる存在を生み出していくことも必要だろう。いいダンサーがいい振付家であるとは限らない。振付家を育てるということは難しい。4人の外部の振付家を招いたことは、それぞれの地平、4つの地平をダンサーたちに示したということでもある。この独自の道を行くバレエ団には、新たな振付家の養成にも期待したい。

2012.10.23 杉並公会堂大ホール所見

舞踊批評家 しが のぶお