WEB特集
中越地震とエコノミークラス症候群
10月26日 17時10分
新潟県中越地震から8年たちました。
この地震では、狭い車の中などで避難生活を送り、いわゆる「エコノミークラス症候群」と診断される人が相次ぎました。
実は、8年たった今も症状に苦しむ人は少なくありません。
エコノミークラス症候群の被害の実態と、新たに始まった対策について、新潟放送局の中川早織記者が解説します。
中越地震
新潟県中越地震が発生したのは今から8年前の平成16年10月23日。
最大で震度7の揺れが山あいの地域を襲いました。
68人が亡くなり、12万棟を超える住宅が被害を受けました。
エコノミークラス症候群とは
この地震で注目されたのがいわゆる「エコノミークラス症候群」です。
狭い場所で同じ姿勢をとり続けることで足にできた血のかたまり=血栓が肺などにつまる病気で、呼吸困難を引き起こし、最悪の場合、死亡することもあります。
中越地震では大きな余震が2週間程度続いたため、避難所だけでなく、車の中で避難生活を送る人も多く、エコノミークラス症候群と診断される人が相次いだのです。
8年たっても続く被害
新潟県小千谷市に住む廣野凱子さん(71)もその一人です。
廣野さんは、地震のあと自宅近くの公園に止めた車の中で20日間の避難生活を送りました。
運転席で足を伸ばすこともできず、毎晩、同じ姿勢で眠っていたといいます。
廣野さんは地震から1か月後に受けた検診で血栓が見つかり、エコノミークラス症候群と診断されました。
ふくらはぎにできた血栓が肺に達していたのです。
それ以来、血液の流れをよくする薬を飲み続けていますが、避難生活でできた血栓がなくなることはありません。
8年たった今でも、月に1度、病院に通っている廣野さんが心配しているのは薬の副作用です。
いったん出血すると血が止まりにくいのです。
食事の支度で包丁を握るときにも、けがをしないよう細心の注意が欠かせないといいます。
廣野さんは「エコノミークラス症候群と診断された当初は薬を飲めば治ると思っていた。一時的な避難生活の影響がずっと続き、負担は重い」と話していました。
10%の人に血栓残る
廣野さんのように、地震から時間がたっても避難生活でできた血栓を抱えたままの人は少なくありません。
新潟大学医歯学総合病院の榛沢和彦医師の研究グループでは、地震の直後から毎年、中越地震の被災地でエコノミークラス症候群に関する検診を続けてきました。
地震直後の検診では、検診を受けた人全体の36%の人に血栓が見つかりました。
その後、減少しましたが、時間がたっても依然として10%程度の人は血栓を抱えたままです。
これは、被災地以外の地域の検診結果のおよそ4倍です。
東日本大震災の被災地でも
榛沢医師は東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市などの避難所およそ200か所でも検診を行いましたが、中には6割近くの人に血栓が見つかった避難所もあったといいます。
榛沢医師によりますと、車や避難所で動かなくなってじっとしていると血栓ができやすくなり、一度血栓ができると、血管が弱ってしまい、なかなか消えることはないというのです。
一時的な避難生活の影響がその後も続くことになってしまうのです。
リスクを減らす新たな避難所を
長年、エコノミークラス症候群の患者を診てきた榛沢医師は、予防には避難所の環境を変えることが必要だと考えています。
体育館などの床に多くの人が「雑魚寝」する日本の避難所のスタイルを見直そうというのです。
注目したのは避難所でも手に入りやすい段ボールです。
いくつもの段ボールを組み立ててベッドを作り、いざというときには避難所に設置することを提案しています。
床からの高さはおよそ30センチで、足を下ろして立ち上がることができるなど、床に寝るのに比べて身動きが取りやすく、血栓を防ぐ効果があります。
榛沢医師が提案した段ボールのベッドは、新潟県の自治体を始め、山形市や兵庫県伊丹市などでも導入することを考えています。
段ボールの製造会社と協定を結んで、いざというときに、避難所にベッドを設置できるよう備えているということです。
榛沢医師は、「エコノミークラス症候群は避難することによる2次的な健康被害だ。万が一、地震などの災害が起きた際には、誰もがベッドに寝ることができるような避難所を広めていきたい」と話しています。
自分でできる予防法は?
もし、災害が起きて避難するようなことになったら、私たち一人ひとりはどのようにしてエコノミークラス症候群を防げばよいのでしょうか。
やはり、こまめに体を動かすことが何より重要です。
ちょっとした体操やストレッチ、それに水分を十分に取ることも忘れてはいけません。
特に、高齢者は体を動かさなくなることで、エコノミークラス症候群のリスクが高まるだけでなく、心身の機能が低下して「生活不活発病」になり、介護が必要になるおそれもあります。
中越地震から8年がたち、住宅が再建されるなど被災地では復興が進んでいます。
しかし、避難生活で生じた健康被害は今も続いています。
避難生活での「2次被害」を防ぐために、いざというときに備えた避難所について今から考えていく必要があります。