「日本は去勢された宦官のような国家に成り果てた――」
それは石原さんなりの警句であった。
その直後に出版した『国家なる幻影』では、その心中を、中央官僚システムの打破という具体的なアプローチとして明示しているし、またその4年後の1999年には、「東京から日本を変える」として都知事選に出馬、外形標準課税(銀行税)、ディーゼル車規制、都債券市場構想など矢継ぎ早に新政策を打ち出し、自らその活動の旗手として、政治の舞台に返り咲いたのだ。
中央官僚という具体的な言葉を使いながらも、石原さんが指摘していたのは新しい日本人たちへの決起を促すことに他ならなかったのではないか。
現在の硬直した日本の中央官僚システムは、同じく停滞したその経済システム(とくに会計方式など)とメディアシステム(記者クラブシステム)と相まって、日本を衰退させる最大の根源だと石原さんは言い続けてきた。
よって、そのシステムを既得権益化することで、自己利益ばかりを追求してきた団塊、およびその前後の世代を、石原さんは毛嫌いしてきた。
それぞれに「国家革命」を
希求した文壇の2大スター
拙著「石原慎太郎『5人の参謀』」(小学館)を世に出してからもう10年以上が経つ。
あの当時から石原さんの語っていることは少しも変わっていない。
尖閣問題も、憲法破棄も、中央官僚システム、記者クラブシステムへの批判も――。
なにより不甲斐ない世代へ決起を促し続ける姿勢も変わっていない。