著者 / 訳者 | 久保田 競 |
出 版 社 | アスキー |
出 版 年 月 | 2006年4月 |
価 格 | 1260円(税込) |
お 勧 め 度 | ★★★★ |
あまりいいタイトルではないですね。大ベストセラーになった「バカの壁」を意識して付けたのかと思いました。著者は、あの「脳科学おばあちゃん」の夫でもある久保田競氏です。脳機能研究においては日本の最高権威とされています。
本書が世に出たというのも、爆発的な脳ブームの影響によりあちこちに怪しげな脳情報が飛び交い、それが"脳科学"としてまかり通っている現状に、著者は黙していられなかったからなのでしょうか。
脳の専門家として、脳に関する誤解や間違いを指摘し払拭できれば、という思いがあったのはないでしょうか。
本書は1部から6部までの構成になっていて、脳をよくする基礎知識から始まり、具体的な脳の鍛え方や、脳を健やかに育んでいく多くのノウハウがぎっしりと詰まっています。常識とされている脳に関する言説など、その間違いを次々と指摘しています。まさに目からウロコという感じですね。
たとえば、第六部の「高齢者の認知症とリハビリ」では、高齢者ほど歩かせ運動をさせるのがよいといいます。だから、「お年寄りを見たら、席を譲るのではなく、できるだけ立たせておく―このほうが、実はお年寄りのためなのです」と久保田氏は語ります。これからはお年寄りはいたわる対象ではなくなるのでしょうかね。
第一部の「頭が良くなる一日の過ごし方、悪くなる過ごし方」。これは誰もが関心のあるテーマです。頭が良くなる―このテーマだけで1冊の本が書けます。ここにも脳がよくなるノウハウが紹介されています。頭がいい人は、知的能力はもちろん、運動能力や健康維持能力も普通の人よりも勝っているようです。
美味しいものを食べたり気持ちのいいことをやりまくる方が、脳が発達し知力も運動能力も高まるとのこと。運動せず1日中パソコンに向かっている生活は脳には良くない。そういう生活を長年続けていると、脳の萎縮が早まり、年齢を重ねるにつれ、次第に健康や理性も維持しがたくなっていくと著者は指摘します。オフィスで仕事やっている人の多くが該当してしまいますね。
恋愛について語っている箇所があります。最近の研究では、恋愛は脳にすこぶる良い効果をもたらすらしい。これは面白いですね。この恋愛脳のメカニズム、私も本書以外に関連記事をいくつか読んでおり興味を抱いていました。
恋愛はいいのですが、誰もが恋愛できるわけではありません。じつは片想いでも効果があるのです。バーチャル恋愛でもいいから、愛を感じていないよりは感じている方が脳をイキイキとさせます。
私は以前、人気アイドルの追っかけを冷ややかな目で見ていました。だが、それもいいのではないかと思うようになってきたのです。アイドルに会いたいという憧れが脳内のドーパミンを分泌させます。胸がときめくからです。要はアイドルでも異性でも好きになるということが、脳にとってプラスになります。好きになり夢中になる。脳の報酬回路が活性化しドーパミンも放出されやすくなります。
ホンモノの恋愛でも破綻はつきものです。恋の破局により、脳にもダメージを受ける場合があることを考えれば、バーチャル恋愛や片想いでも胸をときめかせるような状態を維持させていく方が、脳もイキイキ若々しい脳を保っていけます。理にかなっていると思います。久保田氏は、アニメゲームのキャラクターでも恋愛の対象にいいと思う、と語っています。
第四部からは年代別脳の鍛え方について記されており、五部では中高年を対象に、脳の病気を防ぎ脳を健やかに維持していく注意点が書かれています。私も中高年の年代なのでここは読んでいてためになりました。
第七部では、世の中の脳科学理解に対する歪められた現状について懸念し、警告を発しています。まず脳の本から。
「ここではっきりと申しておきましょう。今、世の中に出回っている、"脳の書籍"の圧倒的多数をあなたは信用してはいけません」と強調します。
さらに、「脳機能の専門学者の目から見れば、書店に並ぶ脳の本のほとんどは、不正確な内容を含んだおすすめできない本になってしまいます。実は、"ヒト"の脳"機能"については、"非専門家"である学者たちが、科学雑誌に出た論文や新聞記事などを読んで誤解、曲解し、それをもとに妄想を展開してしまっている書籍が大部分です」と書かれています。
妄想とはかなり手厳しい指摘ですが、私も多くの脳の本を読んでいて、ここはうなづけるような気がします。関連するレポートが当サイトにあるので、興味のある方は読んでみてください。
そのほか、fMRIなどによる脳画像撮影データの科学的根拠にも触れていますが、それについては、書評欄でも書いているのでここでは省くことにします。ただPETやfMRIからのデータは、脳の専門家でも理解するのがものすごく難しく、最新の知識で脳の本を書くには、PETやfMRIで実際に自分で研究や実験をやっている脳の学者でないと無理だと著者は指摘しています。実際に研究の現場で経験してなければ言えない重みのある言葉ですね。
引っかかるところがありました。脳トレについて触れている箇所があり、そこでは音読や単純計算が認知症の改善に効果があるという説に反論しています。有効だとする主張に対して、脳トレ提唱者である川島隆太氏の検証方法には問題があり、論理の飛躍があると批判しているのです。音読や計算で、脳の働きがよくなったとか思考能力が増したというはっきりしたデータはまだないと。
脳トレといえば、音読や計算問題だけでなく当然脳トレゲームも含まれます。久保田氏はfMRIによる血流データの問題性を挙げて、脳トレの科学的根拠を突いていながら、別の箇所ではこう語っています。
―世の中の、大半のゲームが脳を悪くするなどという科学的事実はまだ報告されていませんし、そうした判断をくだすには、研究の年数が短すぎると思います。(中略)ゲームで脳が悪くなるのでは? と心配するのは現時点ではナンセンスで、むしろ逆の可能性がある、というのが最新の脳科学の見方となります」―と。
この箇所の少し前では、以前話題を呼んだ森昭雄氏の「ゲーム脳」に触れその科学性を問題視していながら、「ゲームと脳」研究については正反対の立場を取っています。まぎらわしい。このような展開は読者を惑わせます。
そして、任天堂のDS用ゲーム「脳を鍛える大人のDSトレーニング」は、楽しみながら前頭葉を鍛えられると思われるので、おすすめしますとも語っています。ゲーム監修者を批判していながらゲームの方はおすすめなのですね。
脳トレはよくないが、脳トレゲームはよい?
変だと思いませんか。ゲームには脳への悪影響はないと主張しているのに、音読や計算ではその効果への疑問を呈しています。脳トレとして行う計算には効果なしで、計算ゲームなら脳を鍛えられるのでしょうか?
脳を鍛えるドリル本の多くは、前頭前野の働きについてよくわかっていない人々によって考案されているため、「頭を良くする」にはさほど役に立たないとのこと。パズルはどうなのか? クイズはどうなのか? それならパズルゲームならいいのか? このあたりはどうも一貫性がなく矛盾していますね。
イメージ想起について書かれている一節があります。りんごを脳内でイメージすると、視覚野で実際にりんごを見たときと同じことが起こる、と書かれてあることに関してそれは誤りだと指摘しています。
イメージと実際に見る場合とでは、脳の働く領域や働き方は違っているといいます。実際に見るときには、視覚野も視覚連合野も頭頂連合野も働いているそうです。イメージが臨場感あふれる場合だったらどうなのでしょう?
みずみずしい赤いりんごが本当に目の前にあるかのように、心の目でりんごを見ているとします。イメージではなくて、"見える"場合には、見たデータが脳に入ってから処理される視覚メカニズムとそう違いはないような気がするのですが?
文章が長くなりそうなので(すでに長いか?)、この辺で終えることにします。本書は脳の本としてなかなか良い本だと思います。上記の首を傾げそうな部分がなければ、★5つ付けていました。
2010.4.9
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