金沢創冬眠日記 2001/01/08,09,24,02/11,03/03教育改革国民会議ってどうよ(*)

誰の「脳」が狂っているのか?

澤口俊之の「若者の「脳」は狂っている」からの抜粋へのコメント反応


その後の反応

(以上、2001年5月12日)


抜粋

若者の「脳」は狂っている――脳科学が教える「正しい子育て」

澤口俊之

新潮45』2001年1月号 (12/19発売) に掲載

 いきなり「激論」で申し訳ないが、昨今の若者たちの脳は機能障害に陥っていると言わねばならない。早急になんとかしなければ、わが国の未来は危うい。
 もちろん、「近頃の若者たちは…」という嘆きは、いつの時代だってある。人類最古の書、パピルスにも「この頃の者たち」に関する文句が書き綴られていたという。
 しかし、現代日本で起きていることは、こうした(数千年に及ぶ?)事態とは根本的に異なっているようにみえる。若者たちの脳そのものに「障害」が出てきているとみなすしかないからだ。
 近頃の若者たちで目立つのは、周りの目を気にしない行動だ。人目を気にしないで路上でキスする、駅で着替える。あるいは車内で平然と化粧し、携帯電話で私生活を暴露する。さらには、授業中に悠々とパンをかじったり、携帯電話を受けたりする。
 こうした「恥知らずな行動」を周りの目は気にしているけれどもあえてしている」というのであれば、問題は、まあ、それほど深刻ではない。ところが、事実はそうではない。周りの目を気にできない、のである。
 なぜか? 脳科学からみれば、非常にシンプルな答えが出てくる。彼らは、脳機能に障害を負っているということだ。
(略)

脳から見た日本人の特質とは

(略)
 ということはどういうことか? 私たち日本人はネオテニー化がとても進んでいる、つまり幼少期が比較的長いし、成人しても未熟である傾向が強い、ということだ。そして、ネオテニー化が複雑で厳しい環境に適応するための「進化的仕掛け」だということを踏まえれば、私たち日本人の脳を育むための「モンゴロイド流幼少期環境」がそれなりにある、あるべきだ、ということになる。

失われた適切な環境

 以上の議論を総合すれば、「不可解な若者たち」に関する疑問はすっくりと解けるだろう。つまり、彼らのPQは障害されている(少なくとも未熟)、そして、それはモンゴロイド流の「幼少期の環境」が欠如したせいである、ということだ。
(略)

戸塚ヨットスクールに学べ

(略)
 こうした現状を打開するには、もはや欧米から学ぶことはできない。私たち日本人は明治維新以来、欧米化を推し進めてきた。戦後は著しい米国化である。それはそれとして意味があったし、個人的にも「よし」としたい所はある。脳科学では米国がメジャーなので私は米国に留学した経験もあるし、米国に学ぶべき研究手法やコンセプトは未だ多い。
 だが、こと子育てや幼少期の環境に関しては、極端な欧米化は、脳・PQの発達にとってマイナス、どころか逆行してしまいかねないことなのだ。こうしたことに関しては欧米から学ぶことは少なく、私たち日本人の進化的履歴に即した独自な方法・環境を考えねばならないのである。一言で言えば「ニッポン流幼少期環境」とは何か、どうあるべきかを考え、それを復活しなければならない。
 はっきり言って、戦後民主主義教育やLDK家屋に代表される極端な欧米化は、少なくともPQの発達にとっては失敗だったのだ(逆行したといってもよい)。政府や文部省(文部科学省)もこの辺はうすうす気づいてきたらしく、あわてて教育改革を声高に叫び始め答申を出したりしたが、その内容は「本質が分かってない!」と慨嘆するしかないものだ。  ニッポン流幼少期環境とは、(抽象的で申し訳ないが)「複雑で厳しい社会関係」である。こうした関係が繰り広げられる場を作ることが何よりも重要である。ここで(唐突ながら)思い出すのは悪名高い「戸塚ヨットスクール」である。悪名高いとはいえ、あのスクールでの教育はPQ教育の観点から見れば決して的を外していなかった。
(略)
 もちろん、何も「戸塚ヨットスクール」を全国に作れといっているわけではない。本格的かつ抜本的には、こどもをたくさん作って大家族にし、LDKを壊して長屋を復活させ、学校教育も根本から見直し…、といったことになるが、それらは(「教育の抜本的改革」はともあれ)無理難題である。そこで参考になるのが「戸塚ヨットスクール」なのだ。各地域にたくさんあるピアノや算盤や剣道などの「お稽古塾」。あるいは、リトルリーグなどのスポーツクラブ。そういった場では「戸塚ヨットスクール」的な教育・環境を子どもたちに与えることが比較的簡単にできるのではないか。
(略)
 事態は切迫している。早急になんとかしなければならない。子どもはどんどん成長してしまう。抜本的な改革を!と政府に提言したりLDKを壊している隙に、子どもたちはあっという間に大きくなってしまう。
(略)


引用者によるコメント

実際に狂っているのは若者の「脳」なのかそれとも澤口俊之の「脳」なのか? どちらかと言えば澤口の「脳」の方が狂っているのであろう。

脳科学関係者たちは澤口の最近の言論活動を非難すべきだと思う。特にメディアへの露出度の高い脳科学関係者たちはそうするべきだ。

澤口に対する批判の一例として金沢創による批判は必読であろう。澤口批判に関して私は金沢に共感する。 (久保田競の擁護の仕方には反対。久保田は医学博士・京都大学名誉教授の立場から「速聴」に御墨付を与えている (1, 2)。久保田による幼児教育書については村上誠による批判を見よ。その中に登場する「K氏」とは久保田のことである。)

金沢は信頼できる人物だと思う。それに対して他の脳科学関係者はどうか? 村上誠による批判に対して、茂木健一郎は

澤口さんは、友人でもあるので、彼の書いていることに関して、具体的なコメントは差し控えさせていただきます。

と批判を避け、松元健二は

『幼児教育と脳』については、手にとってみたことすらありません。ですから、これらの著書について、それ以上のコメントは私にも出来ませんし、それらの内容を擁護しようという気もありません。澤口さんの著書について聞かれたら、私の答えはただ一つ。「『知性の脳構造と進化』は、実際の研究成果にも踏まえて、脳の仮説的な全体像を分かりやすくかつ大胆に展開している素晴らしい本です」と答えるだけです。

と澤口のデタラメについては口をつぐんだ上で素晴しい点だけをほめたたえている。澤口の最近の言論活動はクズであることを批判した上で、ずっと昔の良い仕事についてはほめたたえるというのであれば理解できるだが、そうではない。それに対して、澤口の最近の言論活動を強く非難している金沢は

……
かつて佐倉さん,澤口さん,は行動生態学の啓蒙に熱心で
今西進化論なんかを批判しつつ
さらに当時話題だった(売れていた)竹内久美子さんの
「浮気人類進化論」なんかを
エセ科学として批判していました.
……
かつての盟友,佐倉さんがどのように出るのかに注目しています.
……
もし,佐倉さんが澤口さんを批判しないなら
佐倉さんにとっての
竹内さんと澤口さんの差分とは何かという問題を考えねばならない.
……

と言っている。佐倉統はどうするつもりなのだろうか?

澤口の言論活動の悪影響については、冬眠日記 2001/01/08,09,24, 02/11, 03/03 を見よ。特に 2001/01/09 のリンクと抜粋を見ると、想像以上にひどいことになっていることがよくわかる。「教育改革国民会議ってどうよ」掲示板における澤口批判も参照せよ。

参考リンク

(以上、2001年3月)


黒木 玄