脳の本  紹介・書評

■さらば脳ブーム

    
著者 / 訳者 川島隆太
出  版  社 新潮社(新潮社新書)
出 版 年 月 2010年11月
価     格 680円
お 勧 め 度 ★★★
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はじめに
第1章 「うかつに野に下ることなかれ」
第2章 ファミコンするより公文しろ!
第3章 学習療法を完成させる
第4章 出すぎた杭でもやはり打たれる
第5章 ニンテンドーDS「脳トレ」狂想曲
第6章 産学連携の難しさ
第7章 さらば脳ブーム
川島教授がこんな本を出したんですね! 

脳ブームを象徴するような方が、今回は脳ブームについて、はじめて本音でその胸中を語っています。私は川島さんの本も3冊ほど読んでおり、近々書評で書こうと思っていました。川島教授がこういう本を書くとは意外です。出たばかりの本書を最初に掲載することになってしまいました。

脳トレの川島教授といえば、いまではちょっとした有名人。いや、ちょっとしたどころではありません。脳トレゲームの監修で、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」を日本中に広め、知らない人はいないくらいの有名な方。

新幹線のなかで、乗り合わせたおばちゃんに携帯で写真まで撮られたとか。外国でもこのゲームは人気があるらしく、スペインのマドリッドにある地下鉄の駅には、川島教授の顔がでかでかと描いてあったり、イタリアのテレビCMにまで登場したり。ついに世界の川島教授にまでなってしまいました。

数日前に書店で本書を見つけこのタイトルから、プロフェッサー川島は脳トレから手を引くのかと思いました。

「自分も脳トレやったけど、あまり脳は鍛えられなかったなあ」なんて呟きながら本を購入。読んでみると、脳ブームや脳トレ批判に対する先生のお怒りや反論が、あっちこっちに述べられているではありませんか。感情的になっているのではないかと思われるような文章も目に付きますが、脳トレから身を引く様子はなさそう。

自身の研究への誤解に対して憤慨しているかと思えば、日本で最初の脳機能イメージング論文を海外の学術雑誌に発表できた、などと自慢している箇所もあります。ある授賞式で天皇陛下にお声をかけていただき感激した、ということも書かれている。かと思えば、茂木健一郎氏をエセ脳科学者と批判したりする。私もそう思いますけど。研究、大学、脳トレ、公文、マスコミなどなど、それらをめぐるさまざまなかかわりに対して本音をぶちまけています。

何から何まで包み隠さず語っているようです。受けとめ方にもよりますが、私は川島教授の人柄がにじみ出ているような気がしました。プロフェッサー川島は、世界的に有名なスウェーデンのカロリンスカ研究所で脳機能イメージングの研究をしており、帰国後は、国内のヒト脳機能イメージング研究では第一人者として活躍しています。

川島先生が開発した読み書き計算を行う学習療法。単純計算を行うドリルです。私も一時期毎日のようにやりました。介護老人保健施設で行ったこのトレーニングでは、お年寄りたちの認知機能改善効果が高いことが証明されたそうです。これに対して疑問を呈する脳科学者たちもいます。測定方法とか測定値に関して異議を唱えています。

読み書き計算では、髪の毛が生えたり白髪が黒くなったりする例も報告されているとのこと。ビックリですね。学習療法との関連が科学的に証明されたら育毛剤はいらなくなるのでは。

疑問に感じるのは、認知改善効果があったのは認知症かまたは認知症になりかけている老人たちを対象とした脳トレトライアルであって、これが認知症ではない健常者の場合ならどうなのかということです。データはないようです。私の場合、単純計算を行うと脳はシビレたような感じになります。血流が一時的に増加しただけで、脳を鍛えたことになならないと思います。脳への刺激にはなるでしょうが脳の機能に影響を及ぼすことはなさそうです。

神経神話についても触れています。右脳教育とか3歳児神話について。

 「右脳は感情を、左脳は言語を司る」といった、右脳左脳の機能の明確な差は、科学的に
 は否定されている。それでも、「右脳教育」などと称して商売をしている人はたくさんい
 る。右脳教育と呼ばれる方法の中には、「そんなことやって大丈夫なのか」と心配になる
 ようなものもある。―(中略)―「3歳児神話」もしかり。

 3歳までに人間の能力が決まるなんてことがあり得ないことは、科学的に証明されている。
 それでも3歳児神話を振りかざし、幼児教育教材を売りまくる人間がいる。あまりにも早
 すぎる幼児教育は、健康な発達に弊害を生じることも指摘されつつあるが、悪影響に関し
 て一定の結論に達している訳でもない。


ここは本当に川島教授の指摘するとおりだと思います。でもこの後で、脳トレが科学的に間違っていることも誰も証明していないとし、これまで脳トレソフトを使うことによる悪影響の可能性を指摘した人もいないと主張しています。実際そうかもしれませんが、この辺は脳トレを擁護しているかのようにも見受けられます。

本書最後の方では「脳科学者たち」へのキツイ言葉が語られています。「芸脳人」としてテレビのお茶の間番組に出ている脳科学者たち。川島先生によれば、「脳科学者」と称することには何の資格もいらないそうです。脳に興味があり、脳科学本の一冊も読めば自分を脳科学者と呼んでもまったく問題がない。そう言い切ります。

そんなもんですかね。なら私は数百冊の脳の本を読んでいるので、堂々と「脳科学者です」と言えそうです。でも私の場合、「ニセ脳科学者」と言った方が似合っている。川島教授にとっては、本屋で脳機能の本を1冊立ち読みして、次の日から脳機能学者として売り込んでも問題はないということになります。どうせなら、天才脳機能学者としてPRした方がくインパクトがある。まあ、どうでもいいですが。

ネット上に本書の批評をしているこんなブログがありました。神経科学を専門にやっておられるポスドクの方が書いたものです。当サイトにも、「脳トレ神話にだまされるな」「脳ブームの迷信」「バカはなおせる」などの関連した本が紹介されています。脳研究者のありのままの姿がチラホラと見えるようで、それなりに面白かった本と言えましょうか。


                                     2010.11.30


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