「農」のエヴァンジェリスト 笠井博政さん
2010 年 9 月 20 日経済分析・地域の活性化・低炭素型社会実現・農業インフラ キーパーソン
| 大垣共立銀行のシンクタンクである、�蟠ξ�総合研究所の主任研究員として活躍されている笠井博政さんに、インタビューさせて頂きました。
プロフィール出典 （株）共立総合研究所研究員一覧より http://www.okb-kri.jp/cyousa/research.html
東京生まれの名古屋育ちだが、大垣の水が一番体になじむ。 1988年 東京大学農学部農業工学科卒、同年株式会社大垣共立銀行に入行。 2004年 共立総合研究所に出向。 ＦＰ1級、農業経営アドバイザー 研究テーマ ・ 「農と食による日本再生」 ・ 「低炭素循環型社会」 ・ 「生物多様性」 |
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| 【自主調査】（PDF (株)共立総研HPへリンク）
・公園の活用を考える ・資金の流れを生む“６次産業化” −眠れる日本の宝を、よみがえらせるシナリオ−(REPORT2010 vol.136) −「有機農業」の視点から産業・教育・暮らしを見直すー(REPORT2010 vol.133) ・「農地法改正がもたらす『市民農』の時代」（REPORT 2009 vol.131） |
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★インタビュー
農業にご興味を持たれたきっかけはなんだったのでしょうか？
仕事で県内各地を回る中で、数年先の存続すら危ぶまれる田舎の厳しい現実を肌身で感じました。そして、地域住民とともに現実に立ち向かうのが地銀のシンクタンクの本分であると考え、農学部出身であることを思い出し、農業を核に地域の風土を活かす仕掛けを作りたいと思った、というのがきっかけです。
ご自身でも農業実践をされてみえますね？
農作業をはじめた理由は2つあります。私は農家出身ではないので、農業を身体で理解する必要があると感じていたという表向きの理由と、太鼓判をもらうつもりで受診した「脳ドック」で、「動脈硬化が進行中であり、血管年齢84歳」と診断され、何か身体にいいことをせざるを得なくなったという内緒の理由です。そのため空いている家庭菜園を探していたところ、住まいのある名古屋市の隣の日進市で、人海戦術で広い田畑と格闘しているＮＰＯを見つけて参加しました。日進野菜塾といいます。それ以来3年ほど、週末は暇さえあれば自転車で日進市に通っています。農業実践というより、部活の練習に通っている感覚です。仲間と一緒に楽しくやるのが長続きの秘訣かもしれませんね。
日本と海外の農業生産分野の競争力はどうなのでしょうか？
概して、生産規模では海外の方が桁違いに大きく、逆に人的コストは海外の方がかなり小さいため、あまり特徴のない国産農産物の価格競争力は、どうしても劣る面は否めません。ただ、その差は年々縮まっています。米を例として申しますと、15年前に10倍以上あった中国との内外価格差は、現在は1.2倍程度に急速に縮小しています。国内が縮小、海外が拡大という農産物市場の基調は変わらないので、今後も内外価格差の縮小傾向は続くと見ています。ですから今後は、輸入農産物が国産農産物を駆逐するほど流入するような事態にはならず、むしろ作物によっては中国等に買い負けて流入量が激減するリスクが高まると思っています。
だから、現時点での価格差に戦意喪失することなく、品質や価格面での努力を怠らなければ、国内市場での巻き返しはもちろん、将来は輸出産業としても有望だと思いますよ。ただし、機械化、大規模化、コストダウン一辺倒では疲弊するだけです。むしろ、海外勢が不得意な、品質や味の良さ、鮮度、生物多様性への配慮などで勝負した方が得策だし、消費者の信頼感やブランド価値が高まって、より競争力が高まると思います。
世界の飢えている人々を考えると、自然農法・有機農業はロマンという意見もあります。笠井さんからみて、日本の農業で一番努力されなければならないことは、どういったことでしょうか？
戦前までは、日本全国どこでも有機農業が基本でした。戦後、有機物や人手の代わりに化学肥料と農薬を大量に投入する、いわゆる慣行農業が「楽で収量が上がる」として席捲し、今や国内で流通している農産物の99％以上は慣行農業で作られています。世界に目を向けると、日本では抵抗感が強い遺伝子組み換え技術が広範囲に浸透しつつあります。その一方で、化学肥料や農薬、遺伝子組み換え技術に潜むリスクが、次第に明らかになってきました。それらに共通する問題点は、生態系のバランス、特に本来植物の根と共生関係にある微生物のバランスを崩したうえで、人工的な資材を投入してアウトプットの増大を図る点です。そのため、地力（農地が本来持っている再生産性）が衰え、肥料や農薬依存からの脱却が困難になります。さらに遺伝子組み換えの種子を使うと、高価な遺伝子組み換え種子を買い続けなければなりません。このような状況が続くと、農業は自給手段として維持していくことが困難となり、農業生産の寡占化が進むようになります。私は、こうした物量にモノを言わせる農業のやり方が、世界の飢えている人々がなくならない要因の1つだと思っています。
私は、農業は何よりも自給の手段でなければならないと思っています。人は食料を食べ続けなければ死んでしまうことを考えれば、自給用の食べものを生産する行為は、国を問わず人権として保護されるべきではないでしょうか。そして、自給用作物の生産に最も大切なのが地力なのです。地力を高めるということは、バランスを保ちながら土の中の水や微生物を活性化することであり、そのために自然農法や有機農業的な考え方が必要なのです。日本は、気候、土壌、熟練農家の技術力から見て、自然農法や有機農業に適しているのに、学術的な研究はほとんど進んでいません。アメリカ発の遺伝子組み換え技術や大規模生産技術の後追いをするのではなく、自然農法や有機農業分野の膨大な知見を整理するような研究に力を入れることで、日本は循環型社会のリーダーとして世界を牽引し、飢餓人口の減少や世界平和にも貢献できるのではないかと考えています。
さまざまな執筆活動を長くされ、働きかけというか、不特定多数の人々にボールを投げてこられていますね。社会の反応は最近変化してきていますか？
初めの頃は農作業に興味がある個人からの反応が大半で、しばらくすると農業生産への参入を検討する事業者からの反応が増えてきました。最近では、そういう方々に加えて、農産物の加工・流通、農体験の効用を探る教育・福祉関係施設、資材販売といった、農業生産ではなく農業周辺産業に関心がある事業者からの反応も増えています。私が執筆している大垣共立銀行の機関誌「レポート」は、銀行のお取引先である経営者層を主要な読者層として発行していますので、こうした反応の広がりは実は意図したところでもあります。また、個人と事業者を問わず、農業生産に加えて、その周辺に関わる人が増えていくことで、「農」にイノベーションをもたらす新しい仕組みが立ち上がってくると考えていますので、嬉しいことでもあります。
「市民農」ということばを提唱されていますが、その言葉のなかに、将来、社会がこういう方向になってほしいという思いがこめられているように感じます。そのあたりのことはいかがでしょう？
「市民農」は「市民」と「農」を合わせた造語です。「市民」には、単に出来合いのものを消費するだけではなく、自分の意思を示して、積極的に生産者に働きかける人という意味を込めています。また、「農」には、農的なライフスタイルをできるだけ取り入れてほしいという願望を込めています。例えば、自ら野菜や果物を栽培してみれば、生産者の苦労が身に染みてわかるはずですし、近所の直売所や畑で生産者と会話をすれば、おいしい野菜や果物の見分け方やおいしい食べ方を教わることもできるでしょう。このような農的なマインドを持った人が増えれば、農産物の良し悪しや生産者の苦労が正当に評価される成熟した消費社会へ移行していくことが期待され、国産農産物の価値もより高まるのではないでしょうか。すなわち「市民農」は、自ら農耕をする市民に加えて、生産者とのコミュニケーションや選択的な消費によって国内の生産者を支えるサポーターとも言えるでしょう。私は、「市民農」の裾野は年々着実に広がりつつあると感じていますが、大半の生産者はそうした追い風に気づいていないように思われることが残念です。生産者の側からも、「市民農」という頼れるサポーターとのコミュニケーションを仕掛けてゆくことで、日本の農業は発展する余地が大いにあると感じています。
障がい者のグループの活動を社会に包含させようという取材や試みもされているのですが、市場で競争力を持つことは現実的でしょうか？
合理性を判断基準とする一般的な市場での競争力の中味は、シェアや価格、安定供給力などであり、これらは障がい者グループの活動とはなじみません。むしろ、生産者と市民とが共感によって結びついた内輪の市場であれば、高い競争力を持つ可能性はあります。ただし、そうした市場は極めて小さく発展性もあまり期待できませんので、開放的な市場の来場者を内輪の市場に引っ張り込む工夫が必要でしょう。
農産物はナマモノですので、工業製品よりはるかに人手がかかりますし、また、人手をかければかけるほど質が高くなります。一方、障がい者は、障がいの程度に見合った作業であれば、高い集中力と責任感とを持って生き生きと働くことができます。幸い農産物は、生産・加工・流通・調理の各段階で必要な作業が無数にあり、一人ひとりの障害に合わせた就労が可能なので、できるだけ食べていただく段階に近いところまで、障がい者グループが一貫して関わるようにすることで、購入者にアピールしやすくなります。例えば、ナイスデイさんでは大量に収穫した大根を、一本一本2つに割って天日干しして、ＪＡ系の直売所で障がい者も売場に立って販売し、見事に完売されました。これは、大根の生産・収穫のみならず、洗う・割る・干すといった作業の手間をクローズアップし、さらに販売現場に障がい者も立つことで、一連の作業が障がい者の汗の結晶であることを、上手にアピールできたからだと思っています。こうした工夫の積み重ねが大切だと思います。
岐阜県内で、農業生産関連で、特に興味深い事業をされている人を紹介いただけますか？
岐阜県には、ユニークで立派な経営者が多くいらっしゃいます。以下に、3人挙げてみます。
（株）サラダコスモ 中田社長は、本業の「もやし」でいち早く無漂白化を成功させました。また、日本の脆弱な食料事情を憂える仲間とともに、新会社を作って南米に自社農場を開きつつ、現地の日系人への生産委託も広げて収穫物をすべて日本に持ち込んでいます。新興国の台頭によって将来日本の食糧確保が困難となりかねないという懸念から、山深い中津川からリスクを恐れず飛び出し、地球の裏側で戦っているのです。
八尋産業（株） 大矢社長は、丹精込めて作った農産物が品質は良いのに規格に合わないという理由で、ものによっては半分程度廃棄されている現状を憂え、低コストな乾燥機を開発して規格外品の活用を進めています。また、農産物の機能成分に着目し、未成熟、未利用な農産物の活用にも熱心に取り組むなどして、新しい機能性食品の開発をサポートしており、農産加工関係者から「駆け込み寺」として頼りにされています。
（株）ユニオン 村橋社長は、建設・土木設計の分野に、真に必要な機能を徹底的に絞り込む手法をいち早く導入して成功される一方、年々疲弊する中山間地の窮状を変えたいとの思いから、農業部門を創設して薄墨桜を臨む山里に自社農場を開き、農を通じて地域産業を興そうと挑戦しています。
ご紹介した3人の挑戦に、心からエールを送りたいと思います。
笠井さんが、今後、新たにテーマとしていかれることを、差し支えない範囲で聞かせてください。
いろいろありますが、農業関連では「コミュニティー流通」「農セーフティーネット」「ソーラー農業」などに、林業関係では「低温乾燥」「精油分表示」などに挑戦していきたいですね。
「コミュニティー流通」というのは、高齢社会の進展で問題が顕在化している買い物難民や孤独死などを念頭に構想しているものです。商店街の空き店舗や団地内の集会所、あるいは自宅のガレージなど、地域内の交流拠点にできそうな「店舗候補」は無数にあります。そこに生鮮野菜等を持ち込むことで、地域の人々のコミュニケーションを誘発して地域のコミュニティーを再生したいのです。これを実現するには、農産物などの目利きができる人や団体が、生産者と市民（団体）との間に入って調整する必要があります。例えば、農産物の加工事業者が間に入れば、加工部門での活用による商品ロス率低減などの副次的効果も期待できます。川下側では、もともと地域活動をしている団体や、障がい者団体、介護・福祉事業者、電器店、クリーニング店、銭湯などに参加を呼びかけてもいいかもしれません。実現すれば、既存の農産物流通の厳しい規格や無情な低価格に悩む、生産者の収益改善にもつながるでしょう。現在、実証実験的な動きを進めつつあります。
「農セーフティーネット」というのは、厳しい雇用情勢が長期化しており、非正規労働者の待遇改善にも有効な対策が見出せない情勢を踏まえ、新たな農的ワークシェアリングの仕組みとして構想しているものです。高齢化が著しい現役農家の後継者育成に加えて、副業としての農業を広めることで実質的な家計の収入増と地域社会のつながりの回復を図り、社会を安定化させるセーフティーネットとして機能させます。雇用の不安定化が社会の大きな不安定化要因である一方、農業だけで食べていくのは難しくても、自給＋α程度の農作業であれば気軽にできるし家計の足しにもなる、という現実が出発点です。具体的には、農地を誰でも借りることができるようにしたうえで、自治体を農地の貸借や耕作補助者のマッチングの窓口としたらよいと思います。手続きはネット上でほぼ完結させ、ネット上のコミュニティーで相互に教えあう仕組みとして、維持コスト低減を図ります。こうすれば、農地の流動性や利用率も高まり、食料自給力の向上も期待できるのではないでしょうか。
「ソーラー農業」というのは、住宅の屋根上に増えつつあるソーラーパネルを農地上に展開できないか、という発想です。これは、私の米づくりの師匠（ベテラン農家）の、「自動車も電気で走る時代に、お天道様の恵みを受ける元祖であるわしら百姓が、どうして排気ガスを浴びて作業せなアカンのや？」という疑問が原点です。例えば、2ｍ程度の高さで薄膜タイプのソーラーパネルを設置することで、降水量をコントロールすることが可能となります。トマトやブドウ、麦、多くの芋類など、できれば降水量を調節して減らした方がいい作物は多くありますし、そうでなくても、パネル上の降水を一時貯留して、必要量だけ水やりした方が、むしろ品質や味のよい作物ができます。薄膜タイプであればパネルを透過しても光の強度は十分ですし、2ｍ程度の高さがあれば乗用トタクター等の作業にも支障は出ません。発電した電力は農地の一角に一時貯留して、トラクターや管理機、軽トラック、温室、灌水施設、空調、加工施設等の動力源として使い、余剰分は売電します。個人的には、農業生産上のメリットや大規模化の可能性、使途の多様性等を考えれば、個人住宅よりはるかにソーラー化のメリットや発展性は大きいのではないかと思っています。
「低温乾燥」や「精油分表示」は、国産材の本来の良さを顕在化させるための仕掛けです。今回は農業関連のインタビューということですので詳しくは述べませんが、ご興味があれば、前記（株）共立総合研究所研究員一覧に、関連レポートがＰＤＦで掲載されていますのでご参照ください。
「農」は奥が深く、変化し進化してゆく余地がまだ大きいと感じています。
(株)共立総合研究所のホームページで、笠井さんが何かをほおばっている写真がありますが、あれはおにぎりですか？
よく誤解されますが、あれは握り飯ではなく焼き芋ですよ。脱穀した後のモミガラをいぶして炭にする際、甘藷をホイルに包んで仕込んでおくと、絶品の焼き芋ができるのです。農作業の密かな楽しみですね。（笑）
笠井さん（写真出典 （株）共立総合研究所研究員一覧）
ユーモアのある会社ですね。 大垣共立銀行のシンクタンクというとお硬いイメージもいくらかあったのですが、皆さん自由な調査研究をされているとわかりました。
西で東で、都市で、山村で、神出鬼没は今後も変わらないと思いますが、移動には気をつけてください。本日はお忙しい中お時間を頂き、ありがとうございました。