'11/10/29
<3>低線量被曝 20年経てがん患者なお
ベラルーシ南西部にあるブレスト州立の内分泌専門診療所。「最近気になっていることがある」。アルツール・グリゴロビッチ所長(44)は低い声でそう切り出した。5年ほど前から、超低線量地域で甲状腺がんの患者が増えているという。事故後20年が過ぎたころだ。
▽ここ10年で2倍
州内で2010年に確認された患者は181人。ここ10年で約2倍に増えた。その患者の住所地を高線量地域、低線量地域、超低線量地域に分けると、その割合は3対2対4となった。つまり超低線量地域が最も多い。以前は高線量地域の住民が多かったのに、逆転したという。
グリゴロビッチ氏は広島県や広島市、医療機関などでつくる放射線被曝(ひばく)者医療国際協力推進協議会(HICARE)の受け入れなどで広島を4回訪れている。被爆地の定期健診を参考に、1997年から州全域で甲状腺がんの定期的な検診を開始。年間約1万5千人を診察し、早期発見につなげている。今回のデータもこの中で明らかになった。
超低線量地域とは、セシウム137の蓄積量が1平方メートル当たり3万7千ベクレル未満の場所。年間被曝線量は0・5ミリシーベルト未満だ。今後どれだけ患者が出てくるのか、「予測できない」という。
▽4センチ切開し手術
9月末、ブレスト州立の総合病院。日本医科大(東京)の清水一雄医師(63)が患者の鎖骨の下を約4センチ切開した。ここから内視鏡を入れ、テレビ映像を見ながらメスを入れる。手際よく直径約1・5センチの腫瘍を取り除いた。
手術にかかったのは約1時間20分。内視鏡を使う手術は切開するよりは傷が小さく、術後の回復も早い。しかも服を着ると手術痕が隠れる。「甲状腺がんで苦しむ人が多いベラルーシで、この技術を役立ててほしい」と清水医師。現地の医師への指導も兼ね、2年前からメスを握っている。
福岡県のNPO法人「チェルノブイリ医療支援ネットワーク」が97年から15年間にわたって続けてきた医療支援の一環。手術のほか、がん検診の指導なども手掛ける。
この活動を当初から広島市南区の開業医、武市宣雄医師(67)や広島大原爆放射能医学研究所(現原爆放射線医科学研究所)の横路謙次郎元所長(84)たち被爆地の医師も支えてきた。
ただ低線量被曝の人体への影響はヒロシマでも明らかになっていないことも事実だ。ベラルーシやウクライナでの医学的研究が今後、フクシマに求められることになる。
内分泌専門診療所長のグリゴロビッチ氏。福島では原発事故当時18歳以下だった人を対象に、生涯にわたって甲状腺検査をすることを聞いてうなずいた。「低線量被曝が続く福島でもがんが起きるのは20年後かもしれない。長期的なケアが必要。今度は私たちのデータも貢献できるかもしれない」(河野揚)
【写真説明】甲状腺の手術をする清水医師(右から2人目)。現地の医師らが手先を見つめる(ブレスト市)