2012年10月21日日曜日

科学報道に望むこと


初回公開日:2012年10月21日
最終更新日:2012年10月21日


1.はじめに

今回の記事は、こちらのTogetter「科学報道を殺さないために-研究機関へお願い」を読んだ感想です(こちらのTogetter「科学報道のありかた」も参考に致しました)。最初はTogetterのコメント欄に書こうかとも思ったのですが、例によって思いの外長い文章になってしまったので、エントリにしました。

最初にお断り申し上げます。
私は古田さんを個人的に存じ上げている訳ではありませんので、古田さん御本人に対しては、何も含むものはありません。あくまで、人格ではなく御意見に対して、思うところを申し上げます。


2.古田さんの御主張

Togetterから読み取れる古田さんの御主張は、幾つかある様です。


最初に大学や研究機関が研究発表・取材を一元管理」する事に反対しておられます。
その理由として「記者の判断は,研究者の話を聞く中からしか生まれ」ない事とあさっての方向に行っちゃった研究者が自らマスコミに接触するのは防げません。記者を鍛えるしかないのです」を挙げておられます。

一方で「理系出身の記者、研究経験のある記者を増やすのは大賛成ですが,そこが本質ではありません」と仰います。
そしてその理由として「博士号を持った方でも、論文やリリースを読んで判断し、記事を書ける分野は限られ」る事と「科学はどんどん先へ進み、学生時代の知識は古くな」る事を挙げておられます。

結局、古田さんが目指す研究者との関係とは「気がつけば6時間、8時間ということもザラにあり、空腹か疲労でバテるまで続きます。そういう取材を何度かしていると、咄嗟に携帯に電話できる関係になります」といった関係になる事らしいです。



3.御主張に対する幾つかの疑問点

1)大学や研究機関が研究発表を一元管理するのはダメなのか?
コメント欄でも指摘がありますが、そもそも一元管理は、忙しい研究者が取材対応に忙殺されるのを防止する為の方策という意味合いもあった筈です。古田さんの主張は、これに真っ向から対立するものです。
前項の最後に書いた通り、古田さんは「研究者の時間を6~8時間も取るのがザラだったり、いきなり携帯に電話したりできる」関係を持ちたがっている様ですが、それって、自分の都合で相手の時間をそれだけ奪っているという事を自覚していらっしゃるでしょうか?
しかも、研究者側は、それだけの負担をしても、基本的に無報酬ですよね?

「科学記者として」そういう関係を目指すのであれば、それは「全ての科学記者は、その様にすべきだ」というのと殆ど同義でしょう。そうしたら一体どうなりますか?全ての科学取材にそれだけの対応をしていたら、極めて高い確率で、その分だけ日本の科学研究は遅滞するでしょう。
そこまで考えた上で、主張なさっているのでしょうか。
それとも「科学記者は絶対数が少ないから、そこまでの状況にはならない」という事でしょうか。もしも科学報道の実態がそうだとしたら、それはそれで大きな問題だとは思います。

勿論、寝食を忘れ何時間も取材に専心する古田さんの熱意と努力は素晴らしいと思います。これは本当にそう思います。
しかし(これは科学報道に限らず全ての報道に関して言える事ですが)取材対象に対する配慮と思いやりも、常に忘れないで頂きたいと思います。
これは私からのお願いです。

一方で「広報を通じて以外の接触も認めて欲しい、ハードルを上げないで欲しい」という御主張に関しては、限定付きですが同意致します。その限定とは何なのかは、記事を最後までお読み頂ければ解ると思います。

2)記者の判断は、研究者の話を聞く中から「しか」生まれないのか?
古田さんは、全体を通じて「研究者に直接話を聞く」事を最も重視されている様です。確かに記者として、そこは大切なのでしょう。しかし、科学報道においては必ずしも最重要とは限らないと考えます。
私見では「科学」記者として最も大切な事は、最新の学術論文(査読を受けた論文)を読み込む事だと思います。
その様に考える最大の理由は、最新の学術論文こそが、学術界のトピックスだからです。一般的に、学会発表は玉石混交であり、しかも明らかに石の方が多いです。これはある意味当然で、未だ論文にならないレベルの研究、予備段階のもの、あるいは海のものとも山のものともつかない状態のものすら学会発表される事があるからです。しかしマトモな学術論文では、そうはいきません。(詳しくは前回の記事を御覧ください)。
つまり学会発表レベルでは、極端な話「ああ、何かそういう事を言ってる人も居るらしいねぇ」程度の話でしかない場合も多いのです。にも関わらず、そのレベルの内容を発表者(最大の利害関係者)の話に基づいて記事にしたりしてますよね?

そういうやり方が背景にあるから、例の「森口氏によりiPS細胞の臨床応用が捏造された事件」が生まれたのではないでしょうか。
但し、これは「科学記者としての古田さんは、森口事件に関しても責任(の一端)がある」という意味ではありません
何故なら、森口事件の本質は「科学報道のあり方」という程のものではなく、それ以前の問題だからです。即ち「利害関係者個人の言い分だけを鵜呑みにして、ロクに裏取りもせず大々的に取り上げてしまった」という点が本質だと考えるからです。

話を戻します。
これも完全な私見ですが、私は、科学記者の最も基本的かつ大切な仕事とは、最新の学術論文(=学術界の最新トピックス)を読み込み、そして、その内容を解り易く紹介する事だと考えています。その為には何よりもまず、最新の論文を読まなければ何も始まりません。なのに論文の読み込みを軽視して(言葉は悪いですが)研究者の話を聞いて「お手軽に」済ませようとしている様にも見えます。

これは非常に重要なポイントですので、項を改めて再度述べます。

3)「記者を鍛える」とは何を意味するのか?そして、何の為?
「記者を鍛えるべき」という御意見は、ごもっともですし、とても立派な態度だと思います。しかし、何の為に「鍛える」のかには疑問が残ります。どうやら古田さんは「おかしな事を言ってくる研究者に騙されない為に(も)」鍛えるべきとお考えの様です。
しかし、その考え方には同意できません。
そもそも、マトモな研究者なら、論文にすらなっていない研究成果をいきなりマスコミに売り込む事などしません。つまり、その時点で怪しいという判断が出来る筈です。これは別に研究者と話をしなければ鍛えられない様な能力ではありません。印象論で恐縮ですが「自分から売り込んでくる奴は、まず疑え」ってのは、記者としての基本姿勢ではないのでしょうか。増してや相手が研究者の場合には、そうした疑いは極めて強いものになるべきです。
ですので(専門の記者さんに対して失礼千万とは存じますが)どうも、鍛える目的のベクトルがずれている様な気がして仕方がありません。

4)「博士号を持った記者、研究経験のある記者」の価値とは何か?
古田さんのお考えだと「博士号を持った記者でも、論文を読んで記事にするのは自分の専門分野でしか出来ない」「専門分野でもすぐに進歩してしまうから更に書けなくなる」とお考えの様です。
なるほど、博士号にその程度の価値しか認めないのなら、確かに採用するのは無駄ですね。
皮肉な書き方をしたのは勿論「博士号の価値は、そこではない」と考えているからです。
では、博士号の価値とは何か。
博士号を持っているとは、博士論文を書いた経験があるという事です。論文を1本書く為には、関連分野の論文を少なくとも数十本読み、それらのエッセンスを絞り出す必要があります。つまり博士号所有者は「論文を読んでそのエッセンスを絞り出す」訓練を受けているという事です。たとえ分野が異なっていても、論文の書き方には通底する部分が多いので、この能力は決して無駄にはなりません。ですから「分野が異なる」「科学はどんどん進む」という返答は、いささか頓珍漢に思います。
結局、ここでも「学術論文を読み込む事の重要性」がキーになってくると考えます。

そこで次項では、その点について述べます。


4.「学術論文を読み込む」事の重要性

既に述べた通り、学術界の最新トピックスは学術論文です。ですから、学会発表レベルで大騒ぎするのは異常です。あるいは、研究機関からのプレスリリースですら、これこれの論文として発表された(あるいは、既に発表が確定している)という裏付けの無いものは、眉に唾を付けて聞くべきです(但し、その様なプレスリリースが実際に存在するのかどうかまでは存じません)。
増してや、研究成果(と自称するもの)を自分からマスコミに売り込んでくる研究者など、基本的に門前払いすべきでしょう。
勿論、学術論文になったから全面的に正しいなどという事は有り得ません
しかし、学術論文の内容に対する検証・批判・反論等もまた、論文により行われるのが基本です。ですから、常に最新の論文に目を通しておく習慣があれば、誤りを修正するのも可能な筈です。

さて(あくまで個人的な意見ですが)ここで、私が最も本質的だと思う事を書きます。
と言っても、既に述べた内容の繰り返しです。
私は、科学記事の本質とは、最新の学術論文を読み込んで、その内容を解り易く読者に紹介する事だと考えています。そういう記事こそが、科学報道の本流になるべきです。

それじゃスクープが取れない」ですって?
いやいや、事件報道じゃないんですから、科学記事に極端なスクープなんて不要です。何度でも書きますが、学術論文にすらなっていないものは、未だ科学的検証のスタートラインにすら立っていない状態です。ですから、その段階でマスコミが取り上げるのは「スクープ」というよりむしろ「飛ばし」と言った方が近いのではないかと思います。
そして、それは読者のニーズにも合わない筈です。
そもそも、読者が「科学記事」に求めているものって、何でしょう?
「最新の科学の成果を解り易く紹介してくれる事」ではないでしょうか。
であれば「最新の学術論文を読み込んでその内容を解り易く紹介する事」こそが、読者のニーズに応える事の筈です。
そして、そういう記事を書く様にしていけば、研究機関側の発表の一元管理とかは、あんまり関係無いので、割とどうでも良い話になっていく訳です。ですから、古田さんの御懸念も(少なくとも一部は)解消されるでしょう。

繰り返しますが、古田さんは「研究者に話を聞く事」をあまりにも重視し過ぎていると感じます。その一方で、論文に関しては「わからなくても論文を眺め」と書かれています。これはとても印象的な言葉だったので「あぁ、この方にとって論文とは『読み込む』ものではなく『眺める』ものなんだなぁ」と、妙に腑に落ちてしまった位です。
しかし、そこで納得している場合ではありませんね。
論文を「眺めて」終わりにしてはいけないのですよ。

もし「難しくて解らない」のなら、その論文は一旦脇に置いても良いですから、イントロダクションの部分で引用されている論文などの参考文献を参照すべきです。何故なら、そこには背景になった、より基礎的な研究成果について書かれている筈だからです。それを参照しても解らなければ、参考文献のイントロで引用されている参考文献を更に参照し・・・と何段階でも辿っていく事が出来ます。と言うか、その様にして背景の研究を辿れる様にしてあるのが、良い論文の特徴です。
そして、そういった孫引きの手法まで含めた論文の読み解き方もまた、博士号持ちや研究経験者であれば身に付けていてしかるべき能力です。そういう意味も含めて、博士号持ちの記者は重要だと申し上げている訳です。

論文を読み込んで読み込んで、参考文献まで当たって、それでもどうしても解らない部分に関しては、専門家に訊ねるというのもアリでしょう。そうやって、予め解らない部分を絞り込んだうえで訊ねれば、相手の時間を何時間も拘束する事も減るでしょうし、遣り取り事態もより濃密なものになると期待出来ます。また、当該の研究者本人に聞く必要もなく、同分野の専門家に対する人脈があれば足ります。
研究者の方だって「良い記事の為であれば可能な限り協力する」という人も多い筈だと信じます(但し、ボランティアで出来る範囲には自ずから限界がありますが)。そして、たとえ同分野とはいえ、他所の研究者の話に限るのであれば、必ずしも広報を通す必要も無くなるでしょう。

先に「限定付きで同意」と書いたのは、そういう意味です。

もしも、もしもどうしてもそういう方向に行かないのなら、その場合には、冷たい様ですが、たとえ「科学報道が死ぬ」と言われたところで「そうですか。それは御愁傷様ですね」と思うだけかもしれません。


5.頑張っている記者さん達へのエール

今回は何だか「科学記者」への批判みたいになってしまいましたが、冒頭にも書きましたとおり、私は古田さん個人に対して、何も含むところはありません。あくまで人格ではなく御意見に対して、申し上げたつもりです。
増してや、個別の記者さんを批判する意図はありません。私も、最近のマスコミ全体に対して言いたい事は山の様にありますが、それを記者さん個人にぶつけるのは筋違いだと思うからです。

むしろ大切なのは、組織体制やユーザーからのフィードバックだと思います。
偉そうに言っておいて何ですが、仮に、現状で、私が上で述べてきた様な「私が理想とする科学報道」を実践しようとすれば、おそらく社内ではあまり評価されないのではないかと危惧します。ですから、組織体制を改善する必要があります。そしてその為には、ユーザー(読者)からの意見(フィードバック)が大事だと考えます。

その意味では、現実に頑張ってる記者さんが何人もいらっしゃいますので、その方達を応援し続けていく事は、大切だと思います。
ちょっと科学報道そのものとは外れるかもしれませんが、個人的に注目している記者さんを挙げるとすれば、毎日新聞の斗ケ沢記者、石戸記者、朝日新聞の長野記者あたりでしょうか。どうか、これからも引き続き頑張って頂きたいと思います。
そして勿論、古田さんの今後の御活躍にも期待しております。これは、決して皮肉ではありません。

私は、頑張っている記者さん達を応援しています。


6.謝辞

今回はまず、古田さんに御礼を申し上げます。言い難い空気があったかもしれませんが、そうした中、勇気ある発言をしてくださったおかげで、この記事を書く事が出来ました。
そしてまた、いつもの様に、ブログやTwitterで示唆に富む記事や発言を提供してくださっている多くの方々に、心から感謝を申し上げます。


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