戸堂 康之
RIETIファカルティフェロー
昨今の世界金融・経済危機において、日本の国内総生産(GDP)の落ち込み幅は率にして先進国中最大だった。その大きな要因は輸出の大幅な減少である。2009年上半期の日本の輸出額は、前年同期比で43%減った。このため日本では輸出依存からの脱却や内需拡大の必要性を訴える論者が多い。だが本稿は、逆に輸出依存を拡大することが危機に対する安定性を高め、経済成長に寄与することを論じたい。
実は日本は先進国の中ではもともと輸出依存度が低い。輸出額の対GDP比は経済協力開発機構(OECD)諸国の中では米国に次いで最低水準で、中規模以上の企業の中で輸出企業(少しでも輸出を行っている企業)が占める割合も30%程度と、軒並み50%を超える欧州諸国に比べかなり少ない。しかもOECD全体で見ると、危機前に輸出依存度が高かった国ほど危機後に成長率の低下幅が大きかったわけではない(図1)。したがって、輸出に依存するほど海外の経済危機に対して脆弱であるとは単純にはいえないはずだ。
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では、なぜ日本では輸出の減少が特に顕著だったのか。その要因として、例えば、日本の輸出産業が自動車・電機などの耐久消費財に偏っていたこと(医療品などの買い控えのできない財の輸出は減っていない)、日系企業の生産ネットワークがアジア地域に密に展開していたためショックの相乗効果が大きかったことなどが挙げられる。それに加え、筆者は日本では必ずしも生産性が高い企業が輸出をしていたわけではなかったという、やや驚くべき事実を一因として提起したい。
直感的には生産性の高い企業が輸出をしているように思われるし、マーク・メリッツ米プリンストン大学教授らによる最新の貿易理論はその理由を輸出には相手国でのマーケティングなど初期投資が必要だからと説明している。実際はどうか。若杉隆平・京都大学教授や筆者らは経済産業研究所の「国際貿易と企業」研究会で、製造業における中規模以上の企業を対象とした経済産業省の企業調査による個票データを用い分析した。
図2は、日本企業を輸出も海外直接投資も行っていない国内向け企業と輸出か直接投資を行っているグローバル企業とに分け、企業の生産性指標である全要素生産性の分布を表したものだ。確かに平均的にはグローバル企業は国内向け企業よりも生産性が高いが、この2つのタイプの企業の分布が大きく重なり合っていることもみてとれる。つまり生産性が高いのに国内にとどまる企業も多く、しかもさらに詳しく見るとこれらの企業はどの産業にもどの企業規模にも存在していた。逆に生産性は必ずしも高くないのにグローバル化した企業も多く、これらの企業は従業員数が多い傾向にある。この事実は、産業ごとに分けても生産性の指標として労働生産性を使っても成り立っている。
さらにデータには表れない企業特性の効果を検証できる計量モデル(ミクスト・ロジット・モデル)で企業ごとの輸出・直接投資の決定要因を定量分析すると、確かに生産性が高い企業ほど輸出や直接投資を行う傾向にあった。だがその効果の大きさは微々たるもので、ある平均的な国内向け企業の生産性が倍になっても、輸出や直接投資を行う可能性はわずか0.01%程度しか増えないと予測される。
その他、企業規模や同じ地域の他のグローバル企業からの情報の波及などもグローバル化に影響するが、その効果の大きさもわずかであった。それに引きかえ、過去の経験による慣性は非常に大きい。つまりいったんグローバル化した企業は、たとえ生産性や規模が激減してもグローバル化し続ける傾向にある。これは、グローバル化の決定において初期投資が重要であることを示唆する。さらに企業データには表れない企業特性(例えば企業特有のリスク回避度や情報収集能力)も量的に大きな効果がある。
これらの結果は、他国のデータによる結果と傾向としては一致しているが、生産性効果の小ささや慣性の強さは他国と比較して突出している。
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この結果を物語風にまとめてみよう。A社はそれほど技術力がなかったが、経営者の鶴の一声で輸出を目指し、何とか海外にネットワークを広げて成功した。その後は、そのネットワークのおかげで生産性が低くてもなんとか生き延びている。半面、A社と国内で競合するB社は、高い技術力を持ち十分に海外市場で競争力があるのだが、経営陣が海外の情報に疎く、リスクを恐れなかなか海外市場に出ていかない。しかもA社がすでに海外進出しており、海外市場を奪い合うのを恐れてますます輸出に踏み切れない。
もったいないことに、日本にはB社のような「臥龍」型企業がたくさん存在する。国内向け企業のうち、全要素生産性が輸出企業・海外投資企業の平均よりも高いのは実に2000社、国内向け企業の27%に上る。半面、他国に比べ日本の輸出企業にはA社のようなタイプが多い。実態は債務超過だが銀行の追い貸しで延命されている企業を、星岳雄・米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授は「ゾンビ企業」と称した。これになぞらえば、A社のような企業は「ゾンビ輸出企業」といえるだろう。
こうした中で世界経済危機が起きると、技術力の乏しいゾンビ輸出企業がつくる質の低い製品は危機の影響をもろに受ける。これが、日本の輸出の急減の原因の1つではないだろうか。もし臥龍企業たちも海外に輸出していたら、彼らは高品質のものを安く売るがゆえに需要は急落せず、危機下での輸出の急減を下支えできたかもしれない。
したがって、臥龍企業たちが目覚めることで日本が輸出依存を高めることはむしろ日本経済の安定に寄与する。諸葛孔明は劉備が三顧の礼で迎えることで世に出たが、日本の臥龍企業が海を渡るには政策的な後押しが必要だ。
世界貿易機関(WTO)交渉を進め、自由貿易協定(FTA)の範囲や政府開発援助(ODA)を拡大し、海外市場に関する情報を提供するといった政策も当然必要だが、臥龍企業がアニマルスピリットを発揮できるよう、内向きではなく外向きのグローバル化による成長を目指すとの明確なメッセージを政府が発信することが何よりも重要だ。
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グローバル化すべきは何も臥龍だけではない。輸出や海外投資で企業の生産性が高まることは数多くの実証研究によって示されている。例えば清水谷諭・世界平和研究所主任研究員と筆者は、海外子会社での先端的な研究開発は日本の親会社の生産性を向上させることを示した。また深尾京司・一橋大学教授らによって農業・サービス業に代表される内需型産業の生産性は製造業と比べると低いことが実証的に示されたが、伊藤由希子・東京学芸大学准教授によると、サービス業におけるグローバル化は製造業よりも大きな生産性向上効果がある。
したがって、内需型産業を含めた日本の企業がグローバル化を一段と進めることが、経済の安定と長期的な成長に決定的に重要だ。輸出、対外・対内直接投資とも、先進国内で日本は最低レベルで、グローバル化の余地はまだまだ残っている。「内需拡大」の旗の下で従来型の公共投資への回帰といった内向き産業を奨励するような政策を行っていては、臥龍企業、そして日本の潜在力を生かせない。
さらにこれは世界全体にも当てはまる。林文夫・東京大学教授が言うように、日本の「失われた20年」の主因が生産性の低迷にあるのなら、世界が同時不況から立ち直るには、各国がグローバル化を深化させることでお互いに刺激しあって成長するほかない。外向きの政策によって、日本企業がその過程で大きな役割を果たすことが期待される。