貧困、消費低迷、少子化の要因…非正規労働の増加防げ
派遣社員やパートなど非正規労働者の増加が、社会保障制度を揺るがしている。低賃金と不安定雇用が、社会保障の支え手である現役世代に貧困層を拡大させ、少子化の要因ともなっている。年金や医療保険でも正社員との格差は大きく、十分なセーフティーネットがない。非正規労働者の生活を守る仕組み作りが急務だ。(梅崎正直、安田武晴)
正社員との格差
東京都葛飾区に住む独身男性のAさん(42)は、派遣社員として都内の大企業で働く。月収17万円。月7万円の家賃を払うと生活はギリギリだ。わずかな貯金を取り崩すことも多い。
1年ほど前、それまでの会社が業績悪化で行き詰まり、派遣社員に。いつ契約を打ち切られるか。老後の年金はどうなるか。そんな不安も強く、何とか正社員になろうと、週末ごとにハローワークに通う。これまで20社以上の面接を受けたが、いずれも不採用。「年金が少ないので貯金したいけれど、逆に減る一方。このままでは生きていけなくなる。正社員との格差はあまりに大きい」と嘆く。
1990年代以降、景気低迷や国際競争の激化を受けて企業の人件費削減が進み、派遣やパートなどの非正規労働者が増えた。今では雇われて働く人の35%を占める。20~30代の若者も多くなった。
以前のように家計補助的な主婦パートだけでなく、家計の担い手が非正規で働くケースも目立つ。正社員になれなかった「不本意就業」も増え、派遣では4割超に上る。しかも、いったん非正規になると教育訓練の機会も少なく、抜け出すのが困難だ。
この結果、ワーキングプアなど現役世代の貧困が社会問題化してきた。厚生労働省の調査によれば、正社員の平均月収が約31万円なのに対し、非正規は約20万円。勤続年数が長くなっても賃金は上がらず、格差が開いていく。
かつては、終身雇用を基本とする日本型雇用のなかで、会社が家族手当や住宅手当などの現役支援を担った。このため、国の社会保障は年金など高齢者向けに重点化された。だが、日本型雇用が崩れ、非正規雇用が増えた現在も、社会保障における現役支援は手薄なままだ。
経済的理由から結婚しない人も多く、少子化を加速させている。非正規で働く30~34歳男性の既婚率は28%で、正社員の59%を大幅に下回る。
「社会保障の支え手である現役世代を低賃金・不安定雇用に落とし込み、結婚や子育ても困難な状況に追いやって少子化を加速させることは、社会保障はもちろん、日本の将来そのものを危うくしている」と、反貧困ネットワークの湯浅誠事務局長は指摘する。
非正規問題は正社員にとっても無縁ではない。正社員は雇用の安定と引き換えに長時間労働を強いられ、疲弊している。遠隔地への単身赴任も一般化し、仕事と家庭の両立は困難だ。
過重労働の正社員か、貧困の非正規か。若者たちはその二者択一を迫られているのが実情だ。「賃金の改善と現役の貧困層への支援拡充をセットで行い、非正規でも夫婦で働けば子育てができ、教育費を支払える社会にする必要がある。非正規から正社員への転換を支援し、安定雇用につなげる仕組みも欠かせない」と、湯浅事務局長は強調する。
様々な働き方
具体的に、どんな対策が求められるのか。
まず、賃金などの処遇で正社員との不当な格差をなくす。行政や業界団体が教育訓練の機会を提供し、正社員や希望の職種へのキャリアアップを支援する。
正社員の働き方の見直しも合わせて進める必要がある。今のような過重労働では、正社員への転換をためらう非正規も多い。「正社員を多様化し、一般よりも勤務時間が短い短時間正社員や転勤のない地域限定正社員など、様々な働き方を用意することも有効。子育て期の女性なども正社員としてのキャリアを継続できるし、非正規からも移行しやすい」と、樋口美雄・慶応大教授は話す。
年金などの社会保険でも正社員との格差解消が急務だ。給付が手厚い厚生年金や企業の健康保険はパートなどを対象外にしており、非正規の半数が加入できずにいる。その場合、多くは国民年金や国民健康保険に加入するが、低所得者にとっては保険料が割高で、未納が目立つ。将来は無年金・低年金になる恐れがあるし、無保険は命にかかわる。そればかりか、こうした制度自体が、企業が保険料負担を逃れるために非正規を増やす動きを助長している。
「非正規労働者の増加によって、消費が冷え込み、経済が低迷し、さらに非正規の増加を招くという悪循環に陥っているのが現状。雇用の安定と適正な賃金の確保こそが『安心』の基本であり、持続的な経済成長や社会保障制度の維持のために欠かせない」と、樋口教授は指摘している。
(2012年5月23日 読売新聞)
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