神戸市中央区の兵庫県警本部3階にある留置場に、1人の女が拘置されている。角田(すみだ)美代子、64歳。
昨年、尼崎市内で明らかになったドラム缶遺体遺棄事件で逮捕、起訴された。今月に入って3人の遺体が見つかった尼崎連続変死事件の中心人物とされる。捜査関係者によると、一貫して事件との関わりを否認しているという。
彼女が逮捕まで住んでいたマンションが尼崎市東部にある。10年ほど前、最上階の801号室に移り住んだ。
大理石の玄関、鏡張りの壁。リビングを派手な欧風家具が彩る。この暮らしを支える生業は何なのか、周辺からはまったく分からない。複数の人が本人から、飲食店や輸入雑貨店を経営していたと聞かされている。だが誰も「実業」の一端をのぞいてはいない。
美代子は尼崎市内で生まれ育った。角田は母方の姓で、父方は月岡という。実業がうかがい知れない一方で、こわもての印象を周囲に振りまいている。「何、見とんじゃ」「ちょっと家に来い」。ささいなことでクレームを付け、土下座をさせ、場合によっては仕事を変えるまで追い込む。
そうかと思うと、「茶飲むか」「メシ食うか」と声をかけ、気に入った人を家に呼び食事をふるまう。落ち着いた色合いの服をよく着ていて、たばこを吸いながら低い声で話す。
やはり、周囲にこわもての姿を見せていた人物が彼女の親戚にいる。叔父である。美代子は若いころから親しく行き来し、一緒になってトラブルを起こしたこともあったという。かつての隣人は「とにかくややこしい、怖い一家だった」と振り返る。
叔父はこの秋、病死している。
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今年に入って、801号室の売却話が尼崎市内の不動産業者に持ち込まれ、営業マンが査定のために部屋を訪れた。美代子の関係者が何人か立ち会った。
元の所有者の男性について尋ねると「沖縄で事故死した」と言われた。気味が悪くなった営業マンは、遺産分割の書類を見せてほしいと求める。そこには名字の違う名前がずらりと並んでいた。「この人は誰ですか?」「養女です」「では、この人は?」「私の夫の養女です」
ここに事件の闇がのぞく。養子縁組を重ねて成り立つ「疑似家族」の存在だ。
美代子自身、養子と養女がいた。いずれも約10年前に縁組したが、養女は翌年に解消している。養子と養女の家系をたどっていくと、同じ時期に少なくとも5人が養子縁組を重ねている。
不可解なことに、短い間に縁組を解消し、新たに別の縁組をしているケースがある。結婚と離婚を繰り返していたり、行方が分からなくなったりしている人物もいる。自らの意思なのか、そうせざるを得ない理由があったのか。
連続変死事件でクローズアップされた尼崎と高松の家族も、美代子と関わって崩壊していった。その過程で、養子縁組や結婚の形で彼女に抱え込まれる人、行方が分からなくなる人、そして遺体となって見つかった人がいる。
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この1週間の取材ノートに関係者のこんな言葉が書き込まれている。
「これは美代子ワールド。リアルな家族は一つもない」。本当の家族はばらばらにされてしまった。美代子に乗っ取られる形で。
先に彼女の生業が見えないと書いた。もしかしたら、家族の乗っ取りこそが生業なのかもしれない。そんな様相が取材を通して見えてきた。
=呼称略=
(事件取材班)
(2012/10/21 08:30)
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