(本)Chim↑Pom「芸術実行犯」—新時代の芸術論を知る一冊

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2012/10/21


これは素晴らしい一冊。Chim↑Pomって何だか色物的なイメージがありますが、すごくよく考えていることが分かります。これは読んでよかった。


社会と接続するアート

・僕らChim↑Pomは自他ともに認める「アーティスト集団」です。しかし世間からは「お騒がせ集団」とも評されることもあります。国会議事堂や渋谷109の上空にカラスを大勢集めたり、カンボジアに行って撤去した地雷で高級品等の私物を爆破したり、広島の原爆ドームの上空に飛行機雲で「ピカッ」の文字を描いたり……ノリと反射神経で社会に切り込んできた活動は、その都度メディアで賞賛されたり叩かれたりと、賛否両論の議論を生み続けてきました。

・個人の勇気はいいように社会に去勢されていく。それをメッセージとして言うのは簡単ですが、僕らはそれを「勝手に行動すること」で検証したかった。イラクで自己責任を問われ、政府と世論に見捨てられ、アルカイダに首を切られたバックパッカーやバッシングにあった若者たち、彼らのトレースです(「アイムボカン」について)。

・美術館に行くときは「謎に会うぞ」と心の準備もできていますが、公共空間は違います。実際に外での制作中、警察から注意されるほとんどの理由は「なんだか分からないと他の人が怖がる」からです。つまり公共空間では謎の展示は許されていないのです。

・「原爆ネタ」は「やるな」と言われるまでもなくタブーだったようです。しかしどうも今も違和感を覚えるのは、それが「原爆に関心を持たなくてもいい」ことに直結しているからです。「そうか、じゃあ」と言って原爆を作品のモチーフから外すことは、僕らにとっては「関心がない」ことを明らかにすることでした。

・僕らのような活動をしていると、よく「アートは社会を変えられるのか」と訊かれることがあります。社会におけるアートの本質を考える上で、それはたしかに大事な質問ですが、何だか愚問を投げかけられているような気になります。僕らは政治家ではありません。政治が社会を変えるものだとしたら、アートは人間が変わらない証です。だからそういう質問にはむしろ逆に「じゃあ社会はアートを変えられるのか」と訊いてみたい。

・「アーティストとは何か」という問いも、なんだか大げさに考えられてしまっているところがあるかもしれません。僕らの活動では常に「あれはアートだ」「いやアートじゃない」「自称美術家」などとアートの定義が議論の的になりますが、僕らは日本においてこれほど不毛な議論はないと思います。

・僕らは「生と死を扱う作家」とも評されています。なぜそういう作品が多いのか、理由は明白です。だって僕らは人生の喜びをフィーチャーしたい。「生」を表現したいのです。でも、「生」をとことん観察すると、引いたところで「人生」が顔を出し、そしていずれ「死」にブチ当たります。

・とにかくアートの魅力は不安定さに拠るところが大きい。今の現代美術の業界ではなぜか安定を説く人が増えていますが、そんな世迷い言は業界側から出る都合の良い言い訳です。たしかに歴史的には名作と呼ばれるアートほど安定してみられるものはありませんが、リアルタイムに観客が「本当に見たいもの」は全く逆です。むしろ安定を説く人たちこそが、業界を「成立」させることで「予定調和」を作り出し、皮肉にも現代美術を終わりへと導く当事者なのです。

アートで世界はひっくりかえる

・イギリスの覆面芸術家、バンクシー(Banksy)は、文字通りストリートでハイリスク・ハイリターンに活動している象徴的なアーティストのひとりです。数々の社会問題をイギリス特有のブラックユーモアとハイセンスなアートワークで表現し、絶大な支持を受けています。

Banksy(Banksy : 無政府主義のネズミ)

・ヴォイナ(Voina:ロシア語で「戦争」という意味)というアーティスト集団を発見したときはすごく驚きました。ロシアという超監視国家でこんなにヤバい奴らがいるんだという衝撃です。(中略)彼らはアートを世界を変えるための手段、さらに言えば「武器」として使っているんです。

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(Voina : KGBに捕捉されたペニス/ヴォイナの65メートルのチンポ)

・ヴォイナに比べると、フランスのJRは軽やかです。作品もかっこいいし、年齢だって28歳と若い。ヴォイナと同時期にJRを知ることになったのですが、最初から明らかに大きなことをしようとしている志を感じました。

・ザ・ブルース・ハイ・クオリティ・ファウンデーション(BHQF)は逆に匿名のアーティスト集団として活動しています。

・わりと結成当初から「Chim↑Pomとよく似ている」と指摘されることが多い、ジェラティン(Gelitin)。日本でも2009年に個展を行っているオーストリアのアーティスト集団です。

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(Gelitin : ウサギ)

・カナダが生んだ究極のDIY雑誌「アドバスターズ(Adbusters)」の仕掛人カレ・ラースン。アドバスターズは1989年に創刊の隔月刊誌で、「Ad(広告)+busters(退治屋)」という誌名どおり、広告をいっさい掲載しないのが最大の特徴。それなのに発行部数は世界で約12万部というから驚きです。

・先述したフランスのゼウス(ZEVS)も広告に攻撃を仕掛けるアーティストのひとりです。代表作は「ヴィジュアル・キッドナッピング」というプロジェクト。もともとは、街頭の広告モデルの額に赤いスプレーをドロッピングして「銃痕」を残すことで広告を殺す「ヴィジュアル・アタック」を行っていたのですが、彼はその後、広告のモデルそのものを「誘拐」することを思い付きます。

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(ZEVS:ヴィジュアル・キッドナッピング)

・こうして紹介してきた世界の表現者たちの多くに共通するのは、アートを目的よりも方法として捉えていることです。あるひとつの業界に固執せず、町の風景やインターネットの環境を「遊び場」にして、一般の人にも広く開かれた世界の中で「作品」を響かせている。

・そもそも「正しいこと」は最強です。「正しさ」の前に人は異論を唱えられなし。だから「正しさ」は使い方を間違えると本当に危ない。規制の道徳に縛られないからこそのアートに「正しさ」を求めるなんて、一周回ってプロパガンダの発注者と同じ志向だと思います。世の中は善悪入り乱れるカオスです。イリーガルだから悪と言う言い分だって疑わしい。

・日本の若手アーティストの作品を鑑賞して「なんでお前がそれをやってるの?」という感想を持つことがよくあります。上手くできていて、考えられていて、アートになっている……けど何かどうも「アートを作ろうとした」ようにしか見えないから感動がない。「そいつ」が見えてこないというか、匂ってこないのです。アーティストがアートに負けている、そんな感じです。


という感じで、「お騒がせ」なイメージの強いChim↑Pomですが、考えていることは非常に熱いです。アーティストとして、自分たちの限界を感じながらも、常に社会に関与する方法を模索しつづけているという印象。表紙には「アートが新しい自由をつくる。」というコピーがあるのですが、こういう方々が常識という池に石を投げまくってくれるからこそ、僕たちの「自由」は拡張していくのだとも思います。

芸術に関心がある人は読んでおいて損なしです。朝日出版社のアイデアインクシリーズはいいですね。






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