犯罪者への「厳罰化」について触れた一冊。読書メモをご共有です。
犯罪者福祉モデルから賠償モデルへ
・アメリカでは性犯罪者、とりわけ子どもを狙う性犯罪者に対しては科学的虚勢(性ホルモン抑制剤の注射)や外科的去勢(睾丸の摘出手術)がおこなわれる。有無をいわさず性衝動を除去してしまうのだ。
・アメリカ社会は犯罪者の人権より子どもの安全や社会防衛を第一に考える。そのために危険人物は強制的に無害化する。他方、わが国は犯罪者福祉社会であり、まず犯罪者の立ち直りに尽力する。犯罪者が構成すれば、間接的に社会の安全も守られるという論法だ。社会防衛は二の次なのである。
・わが国の刑務所は、毎日、毎日、犯罪者の更生改善だけを目標に巨額の税金と人的資源を費やしているのである。(中略)平成十八年度の矯正関係予算は総額2200億円、ここから囚人ひとりあたりの金額を割り出すと、収容費・作業費といった直接的な矯正費用だけで年額80万円以上、これに人件費や官署費も入れると実に年額330万円もの大金が投入されている。囚人ひとりに対して毎月28万円である。これだけ多額の血税を使って実施されている更生プログラムにもかかわらず、再犯者率が四割近く、満期出所者の再入所が二人にひとり以上というのはどうみても効率が悪い。
・(アメリカでは)80年代以降、重罪犯の景気はどんどん長くなり、特に「三振法」ができて以来、その傾向はいっそう強まった。(中略)これは、暴力事件を三度犯したら、おまえはもうおしまいだ、という法律である。過去二回暴力犯罪で有罪判決を受けたものが、重犯罪で三度目の有罪になったときは、原則、終身刑にして一生閉じ込めておく。
・しかし、実際、法律(ミーガン法:性犯罪者の情報を地域で共有する法律)ができてみると、「監視」だけではすまなかった。住民による私刑(リンチ)まがいの行為が横行したのである。ある男性は性犯罪の前科によって、州当局から危険人物とみなされ、顔写真が地元紙に載った。すぐさま、身を寄せていた母親の家に自警団が押し寄せてくる。度重なる強迫をうけ、男性は追い出されるようにして州外に出て行った。また、別のケースでは、性犯罪に制裁を加えようとした住民たちが、まちがって別の家に押し入り、無関係な人間に大けがを追わせる事件も発生した。
・ロサンゼルス郡当局は、同地域に住む1800人の性犯罪者のうち危険常習者250人の住所をネット上で公開すると発表した。デンバー市では住宅街で横行する売春に対抗するため、市営ケーブルテレビをつかって売春の客を晒し者にすることをきめた。毎週六日間、朝と夕方の二回にわたって顔写真と実名をテレビでながすのだ。
・01年9月11日の同時多発テロ以降、アメリカでは近隣監視団や市民部隊などの自警団が急速に数を増やし絵いる。それを束ねるのが「アメリカ自由部隊」である。実質上の本部はホワイトハウスに置かれ、委員長には合衆国大統領が就任している。ブッシュ大統領は自警団の集会に出席して「地域社会を救うために立ち上がってください。みなさんが米国を守るのです。怪しい行動を見かけたら、すぐ警察に通報してください」と呼びかけた。
・民事裁判ではとても奇妙なことがおきる。刑事裁判のときぺこぺこしていた犯罪者が、民事裁判になると急に「堂々」とするのだ。民事上は、だれもが対等な当事者だから、犯罪者と被害者も完全に同等な立場なのである。(中略)犯罪被害者がなぜ「どっちもどっちの立場」にまで身を落とさなければならないのか?被害をうけた人間は、民事裁判であれなんであれ、犯罪加害者に対等な顔をされるいわれはない。
・(略)つまり、被害者の民事賠償の審理が刑事裁判と同時におこなわれた民刑併合の裁判である。刑事裁判に付属して民事裁判をおこなうという意味で、これを附帯私訴という。私訴とは私人の民事損害賠償の訴えのことだ。附帯私訴はいまから百年以上前、明治二十三年の旧刑事訴訟法で定められ、明治、大正、昭和と実施されてきた。
・アメリカの刑務所労働では「利益」がでれば、囚人たちは(不十分ながらも)犯罪被害者への賠償責任が果たせるのである。そこが、日本の刑務所とは決定的にちがっている。
・日本の国営刑務所では一日平均64000人の囚人が働いている。潜在的な規模から言えば、トヨタ、日産、ホンダといったわが国の主力自動車メーカーの向上に匹敵するか、それより巨大である。
・日本の刑務所製品の総売上は年間61億円である。稼働囚人は64000人であるから、囚人一人当たりの売上高は年額9万円がやっとだ。一日八時間作業、一年間働いてたったの9万円しか売上がでない。
・国営刑務所の生産性が劣悪な原因は明らかである。刑務作業が犯罪者に対する教育刑としておこなわれているからだ。犯罪者の更生改善のためには「我慢強さ」や「物事をやりぬく意志」といった精神修行の面が重視される。精巧な木彫や革工芸など伝統の職人芸がもてはやされるのだ。
・いまやアメリカの刑務所産業は300億ドルの売上を誇る巨大産業に成長した。わが国の売上高はその10000分の16、わずか0.2%にも満たない。
本書の主な主張は、福祉型の更生から、民間刑務所を拠点にした「賠償」モデルへの移行。これは安易な厳罰化議論とはまた違う、一歩先をいった、かつ現実的な提案だと思います。強制労働による賠償が実現すれば、厳罰化を求める大衆感情も冷静さを幾分取り戻すのでしょう。
この本の出版後、まさに囚人を労働力として捉えたPFI方式の刑務所が立ち上がっています(2007年)。ウェブ上にはこの刑務所の「業績」についてのデータは見つからなかったのですが、黒字なんでしょうかね?