防空壕

 ボクが生まれたのは、東京の杉並です。
 当時、父親の収入もままならなく、父方の祖父の家に間借りをして、父、母、年子の兄、そしてボクの家族4人で暮らしていました。六畳一間しか部屋がなかったけれど、毎日、それなりに楽しく暮らしていたのを覚えています。
 夕方になると、ボクも、けっこう忙しく、学校から帰ってきて、ちょっと遊んだら、祖父が沸かす風呂の手伝いをさせられていました。当時は、薪をくべる薪風呂に入っていたからです。薪を運んで来たり、火のついた薪を竹の筒で吹いたり、なんだかんだとやることが多かったのです。
 ここまで書いて、小林さん、いったい何時代の人なの? と思う方もいると思いますが、本当に、そんな時代に生きていたのです。
 長野の親戚の家に行けば、必ず玄関にある土間に、牛がいましたよ、土間は20畳ほどの広さで、そこに牛が一頭いました。当時、土間で牛を飼うのは普通のことだったんです。
 
 ある日、ボクは、友だちから、興味をそそる情報を得ました。
 杉並の家の近くに、防空壕があって、そこにお化けが出るという話です。
 小学二年生になったばかりのボクは、そのお化けが出るという防空壕に行って、探険をしてみたくなりました。
 防空壕があること自体、年代を感じさせますが、ボクは、そのころ、少年漫画の冒険ものにはまっていて、どうしても、お化け防空壕に行ってみたかったのです。
 ボクは、ボクに情報をもたらした友だちと一緒に、日曜日の午後、その防空壕に向かったのです。
 防空壕は、家に意外と近く、歩いて10分くらいのところにありました。
 昼ご飯を食べて、家を出ようとしたとき、母親が「どこにいくの? へんなところに行ったらダメよ、わかった」と少し強めの口調で言いました。母親というのは、どうして、子どもの心の中や行動がわかるのでしょうか、いつも不思議に思います。もちろん、ボクは「わかってるよ~」という満面の笑みを浮かべて、小型の懐中電灯をポケットに隠し持って家を出てきました。
 家を出たら、すでに友だちが、家の前で石を蹴りながら待っていました。
「おまたせ」
「うん、なにも言われなかった?」
「だいじょうぶ」
「そうか、じゃあいこうか」
 ボクたち二人は、すでに探検隊の一員として、勇気と不安の心を抱きながら、高鳴る鼓動のリズムにあわせ、擦り切れたズックも気にせず、歩き始めたのです。
 歩きながら空を見上げると、秋の青い空が、ボクたちを照らし、白い大きな雲たちが、ボクたちを見守ってくれていると、勝手に、そんなことを思いながら、母親に対する後ろめたさを必死に抑えようとしていました。
 10分ほど歩いて、ある大きな屋敷の前で、友だちが止まりました。
「ここだよ」
 そう言って、その屋敷の灰色の塀を指差したのです。
「ここだよって、塀に囲まれていて、入れないじゃない」
「だいじょうぶ、こっちに来てごらんよ」
 小走りに先を行く友だちが、壁際の藪の前で、ボクに手招きをしています。
 ボクは、彼のところに近づき、塀に目をやって驚きました。ちょうど、子どもが這って通れるほどの、高さ40センチくらいの穴が塀に空いていたのです。
「こっから入るんだよ」
「えっ、前に入ったことあるの?」
「ううん、ないよ」
 そう言って、その友だちは、ボクに先に入るように促しました。
 ボクは、少しばかりの見栄を張って、這って、その穴から屋敷の敷地内に入り込みました。
 膝の土汚れを手で払いながら立ち上がると、目の前に、ポッカリと大きな穴を空けたトンネルのようなものがありました。きっと、これが防空壕なんだとボクは直感的に、そう思ったのです。
「これが防空壕?」
「そうだよ、たぶん」
 ボクたち二人とも、本物の防空壕を見るのは初めてだったので、「たぶん」の世界だったのです。 
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 じゃんけんをして、負けたほうが先に防空壕に入ることになりました。
 じゃんけんぽいっ。
 ボクがグーを出して負けたので、先に防空壕の中に入ることになりました。
 少し離れたところから見た防空壕の入り口は、大きく見えたのですが、実際に近くで見ると、意外に小さく、子どものボクでも、少しだけ屈んで歩かないと、上に頭をぶつけるほどの大きさでした。
 ポケットから懐中電灯を出して、足元と行く先を交互に照らしながら、ボクは、ゆっくり、一歩ずつ、防空壕の奥深い暗闇に突き進んでいったのです。
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 防空壕は、戦時中に、空から降ってくる爆弾から身を守るために作られたものなので、入り口から、すぐに下に向かって、急勾配で、穴が掘ってありました。
 あまりの勾配の角度に、ずりずりとお尻をついて下りていくしかありませんでした。
 5メートルも下りたでしょうか、ボクが下に着いたときに、友だちが上から落ちてきて、一緒に転がってしまいました。
「いたいよ~」
「ご、ごめん」
 幸い怪我こそしなかったものの、防空壕の下の部分は、水が溜まっていて、二人ともドロドロです。
 慌てて、落とした懐中電灯を拾い上げ、防空壕の奥を照らしました。
 光の先には、3畳ほどの広さの場所があり、そこの床には、割れた茶碗、使いかけの箸などが散乱していました。ボクは、怖くなって帰りたくなりました。
 でも、友だちが、「ほら、あそこ、あそこにハシゴがある」などという余計な発見をしてしまったのです。
「じゃんけんで負けたんだから、先に行ってね」
 顔面を蒼白にしながら友だちは言いました。もう限界なのは誰の目にも明らかなのに、ボクはハシゴを上り始めました。
 ハシゴの一番上まで行くと、板がふさいでいて、それ以上、上には行けませんでした。よかった、これで家に帰れる。正直、そう思ったのです。
 ところが、何気なく触った、その板が、パカパカと音を立てて、上に持ち上がる気配を見せました。
「あれ、その板、上に開くんじゃないの? 開けてごらんよ」
 なんで、板を釘か何かで頑丈に固定しておかなかったのでしょう。まったく、どうしようもない家の人たちだと、ボクは、そのとき思ったのです。
「えっ、うん」
 ボクは、言われるがまま、板を手で上に持ち上げました。板は、驚くほど簡単に持ち上がり、眩しい光が、ボクの目を細めました。
 そこは、屋敷の部屋の中でした。
「ねぇ、どうなってる?」
「だいじょうぶ、家の中だよ、防空壕は家の中につながっていたんだ」
「えっ、それはすごす、すびいじゃないか」
 そう言いながら、友だちも、ハシゴを上がって家の中に入りました。
 しかし、そこで、ボクたちは、一生忘れることのできないものを見てしまったのです。
 屋敷の、その部屋の中には、何枚もの写真がばらまかれていました。
 母親と娘の写真。
 娘が木にもたれかかっている写真。
 娘が祖母らしき人と並んで立っている写真。
 娘が着物を着ている写真・・
 そして、それらの写真のどれもが血だらけ。
 その畳の部屋も、畳と周囲の壁が血だらけ。
 ボクたちは怖くなって、障子を開けて、部屋から出ようとしました。そして、障子を開けたら、そこに、写真に写っていた、女の子の来ていた着物が掛かっていたのです。血だらけで・・
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 ボクたちは、どこをどう、その屋敷から出たのか、よく覚えていないほど、大慌てで、走って、あの壁に空いた穴から外に出ました。
 ボクたち二人は無言で10分歩き、別れました。
 家に帰ると、母親が「あら、ずいぶん派手に遊んできたのね」と、ボクの泥だらけの姿を見て言いました。
「う、うん」
 泥だらけは、いつものことだったので、怪我をして膝をすりむいていないだけよかったのです。
「あら、肩に、こんなものが・・」
 母親は、ボクの肩から、真っ赤に紅葉した、かえでの葉を指でつまんでボクに見せました。
「どうする? 捨てる、とっとく?」
「う~ん、とっとく」
 ボクは、なんだか、そのかえでの葉を捨てるとバチが当たるような気がして、宝物箱(ただのお菓子の空箱)に入れて、とっておくことにしました。
 十日くらいたって、その宝物箱を開けたら、あのかえでの葉が消えてなくなっていました。
 母親が捨てたのか、虫に食われたのか・・
 子どものときの不思議な探検の話でした
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