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「ニューズウィーク」にもベタ記事がある

2010年05月25日(火)11時32分

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 私は新聞を読むのが大好きです。とはいえ、大きな活字が躍る大ニュースではなく、新聞の中のページの下に小さく掲載されている記事を探し出すのが楽しいのです。

 わずか1段の短い記事は、新聞業界で「ベタ記事」と呼ばれています。言葉の由来には、いくつかの説があります。「ありきたり」という意味の「ベタ」から来ていて、特ダネでもない、たいしたことのない記事という意味だという説。写真や図などがなく、活字が敷き詰められているという意味で「ベタ」と呼ばれるという説(ベタっと塗るという趣旨)など。

 由来ははっきりしませんが、新聞の編集者が、紙面の穴埋めに、たいして重要でない記事をはめ込んだりしています。

 しかし、たまにですが、編集者がニュースの価値判断に悩むようなネタを入れることがあります。編集者だって、すべてのニュースを的確に判断できるわけではありません。判断に迷う原稿が来た場合、万一ボツにして、その後大きなニュースに発展してしまったら、最初の判断ミスが問われます。そこで、とりあえず小さく掲載しておこうという責任逃れが行なわれるのです。

 大きなニュースに発展したら、「初期段階から記事を掲載していた」と言えますし、大きくならないまま終われば、小さな記事でしたから、問題にされません。

 編集者が判断に迷って掲載したベタ記事を見つけ、「これは大きなニュースになる素材だぞ」と見抜くことが醍醐味なのです。

 こんな「ベタ記事」に匹敵するものが、本誌にもあることに気づきました。それが「SCOPE」です。目次に続いて、世界各地のショートニュースが何本も掲載されています。これが玉石混交ながら、興味深い記事が多いのです。

 たとえば本誌日本版5月26日号。

 パレスチナ自治政府が、イスラエルに抗議して、イスラエル企業がヨルダン川西岸地区の入植地で生産した産品の不買運動を始めたと伝えています。

 入植地で生産された産品のうち、パレスチナ向けはごくわずか。この不買運動自体は、大きな効果は望めません。でも、イスラエルのヨルダン川西岸地区に対する政策に批判的なヨーロッパの人々が不買運動に協力すれば、大きな影響があるというのです。

 ヨーロッパで大きな運動になれば、「ニューズウィーク」としては、「当初から注目して報道していた」と言えますし、運動が力を持たなければ、小さな記事は忘れられる......というわけです。

 思いもかけぬ記事にもお目にかかれます。同じ号に、バチカンが承認した株価指数が誕生した、という記事があります。「キリスト教の価値観に合う事業を運営する欧州533社で構成」されているそうです。ポルノやギャンブル、武器、たばこ、避妊に関わる企業は除外されているとのこと。

 宗教理念に基づいた資金運用といえば、イスラム金融が有名ですが、そのバチカン版というわけです。選ばれた企業は、「当社の事業は、バチカンによって承認されています」などという広告が打てるものなのでしょうか。

 宗教理念に合致すれば商売になる。これは、面白い話のネタになると思いませんか。だから私は、「ベタ記事」が好きなのです。

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COLUMNIST PROFILE

池上彰

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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