狭山ヶ丘通信 狭山ヶ丘高等学校 校長 小川義男
<引用開始>
昔我が国は、仏領インドシナ(今のベトナム)に進駐した。これは当時のフランス政府(ビシー政権)の同意を得た上のものだから、必ずしも侵略と言えるものではない。当時の軍部としては、「北印までは大丈夫」と考えての事だったらしい。仏印まで進出し「南方資源」を確保した上で、国力充実を図りたいとするものであった。
だがルーズベルト大統領は、これを許さなかった。ここで目障りな東洋の強国をたたきつぶしておこうと、満を持していたという説もある。今の高校生諸君に、将来研究してもらいたい宿題である。
「仏印進駐」に即時に反応して、アメリカは、日本への石油輸出禁止、くず鉄輸出禁止、在外日本人の資産凍結を実行した。石油が入ってこなければ、世界一の連合艦隊も、日ならずして「生ける棺桶」と化す。これが日米戦争の暴挙に立ち上がらざると得なかった本当の理由だったのだろう。
<引用終了>
小川先生とは、電話で話したことがあります。小川先生の卓見を私のブログに転載する許可を頂くことが目的で私から電話しましたが、話しは、イージス艦「あたご」の事故に関することにまで及びました。小川先生は、その問題での自衛隊に対する講演が控えていると話されていました。
卓見をお読みになりたい方はこちらから
「人間を矮小化してはならぬ」
http://www1.cnh.ne.jp/sassaki/kokoro2.htm
投稿者は小川先生から転載許可を得ていないと記していますが、小川先生は著作権(商品化)を主張するような小さな人間ではありません。「語り継ぐ戦争体験談」のように、ネット上に拡散されることを小川先生は望まれていると私は確信しています。
前置きが長くなりました。この記事の表題は「沖縄問題の語られていない真実とは」です。
私が何を主張したいか、結論です。それは、日米開戦100年前からアメリカは沖縄を手に入れたくてしかたなかったということです。
以外に知られていませんが、ペリー艦隊は、大西洋からアフリカ沖を経由、香港や琉球を経て浦賀に来航しています。4回も琉球に来航しているという史実もあります。なぜか、その答えは、ここにあります。
ウィキペディアより
<引用開始>
捕鯨船の物資補給を目的とした寄港地の確保
また、産業革命によって、欧米の国々は日本沿岸を含み世界中の海で、「捕鯨」を盛んに行なっていた。これは、夜間も稼動を続ける工場やオフィスのランプの灯火として、主にマッコウクジラの鯨油を使用していたからである。太平洋で盛んに捕鯨を操業していたアメリカは、太平洋での航海・捕鯨の拠点(薪、水、食料の補給点)の必要に駆られていた。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E8%88%B9%E6%9D%A5%E8%88%AA
もちろんこれは、琉球を特定した文章ではありませんが、当時活躍したジョン万次郎の記録を見ると、琉球が日本にとって特別な場所であったことが分かります。
一言で言えば、「東洋の海洋交通の拠点をアメリカは手にしたかった」のです。
それから、約100年後、アメリカの悲願が達成されると時のアメリカ政府は考えたのでしょう。沖縄を手に入れる綿密なストーリーを仕組みました。
1 アメリカ国民を「日本をたたいて良し」と洗脳する → 仏印進駐を「侵略」と宣伝し、日本に対する経済制裁を発動する。
2 「窮鼠(きゅうそ 追い詰められたねずみ)日本」に先制攻撃させる。 → ピュリッツァー賞を受賞した現代史家ジョン・トーランドの記録から
<引用開始>
ルーズベルト大統領が真珠湾攻撃について事前に情報をキャッチしながら、その情報を現地の司令官に伝えなかった事実を克明に証明した本「インファミー(汚辱)」を刊行した。ルーズベルト大統領は、むしろ真珠湾攻撃をひそかに期待していたというのだ。
見事に米国国民はルーズベルト大統領によって「リメンバー・パールハーバー」の世界へと引き込まれ、米国国民がすべての正義の味方になって日本と戦う機運が作り出されたが、実はルーズベルトの真の狙いは、対独選への参戦にあったのだ。
ちなみに、真珠湾攻撃の報を聞いたヒトラーは、憮然として一言も言葉を発しないで、自室ひとらに閉じこもってしまった、とジョン・トーランドは書いている。ヒトラーにすれば、なんとか米国の参戦を食い止めたかったのである。
<引用終了>
小此木啓吾著 モラトリアム国家日本の危機より
3 沖縄大空襲は終戦前年の10月10日である。→ 油断して大被害を受けた日本は、この時点で敗戦が確定していたと考えてよい。残されたアメリカ軍の課題は、いかに「合法的に」沖縄を手に入れるかである。
4 沖縄戦では本土を焼き尽くしたB29による大量虐殺は行われなかったようである。なぜか、当初から占領後の統治を考えていたからである。もし、本土並みの大量虐殺を行えば、長く続く沖縄住民の怨念を買うことをアメリカ軍は恐れた。国際社会からの批判(虐殺地を統治し続ける)を恐れた。だから、アメリカ兵に犠牲が出ても地上戦により、勝利を得るという「シーケンス」を選択するしかなかったのである。
アメリカ軍は、日本人捕虜からの情報により、「日本人は追いつめられると常軌を逸する行動をとる」ことを知っていたのでしょう。追い詰められた日本軍の上官は、「天皇のために死ねない者は自決しろ」くらいのことはするだろうということも知っていたのでしょう。史実が示す通りに、まさにそうなりました。
その後の「歴史」は、戦勝国の思い通りに記されます。そして、戦後67年、アメリカは今も沖縄を「占拠」し続けています。米兵の事件のように、沖縄を戦争で手にした「我が国」のように考えているのです。
繰り返します。アメリカの悲願は沖縄を手に入れることでした。本土など興味なかったために焼き尽くしたのです。これがビジョンでした。時系列的に冷静にとらえれば、東京大空襲から沖縄戦までの間に日本が「降参」したら、アメリカは沖縄を手に入れることができませんでした。
沖縄を地上戦で制し、本土で開発した原爆を投下する、その後に「降参」を許す。このような理詰めの戦略により、アメリカは念願の沖縄を手に入れたのです。
今、このことを日本政府がアメリカにぶつけてみたところで、何も変化はないでしょう。蚊に刺されたとも思わないでしょう。しかしながら、今回の米兵の蛮行を鑑みた場合、狭山ヶ丘高校の小川校長先生が言われるように、次の世代への宿題であることは間違いないでしょう。
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