2000/7/6 第77号

冤罪に加担したマスコミの責任を問う!

     〜被害者・弁護士らが訴える〜

 

人権と報道関西の会の例会が、六月三日(土)午後一時半から、大阪市北区西天満のプロボノセンターで開かれ、二十人余り参加した。今回は、家出少女にわいせつ行為をしたとして逮捕され、無罪を訴えている兵庫県川西市教育委員会青少年センター主事、Aさん(三十二歳)をお招きした。Aさんは身に覚えのない事件をでっち上げられ、二百日以上身体を拘束された。その上、大阪府警が発足させた女性被害者専門捜査員「アイキャッチャー」による逮捕者第一号として"やらせ報道"にも巻き込まれ、捜査機関とマスコミが一体となって冤罪を生む典型的な被害者となってしまった。他のメディアも「本来、少女を守るべき公職の立場の者が、地位を悪用してわいせつ行為をするとは」という単純な図式を強調して、大きく報道した。Aさんは、マスコミの捜査側情報のたれ流しや"やらせ報道"を批判するとともに、精神的・肉体的拷問によってどのように虚偽の自白に追い込まれていくかについて、生々しく語った。(小和田 侃)


逮捕容疑、裁判の経緯と報道

 

 Aさんは、非行少年らの更生のため一線で彼らと付き合っていたが、その中で、家出中の無職少女(当時十五歳)を自宅に泊めた際などにわいせつ行為をしたとして、一九九八年六月十二日、大阪府青少年健全育成条例違反の疑いで、大阪府警に逮捕された。一貫して容疑を否認していたが、警察内の留置場(代用監獄)に止め置かれ、過酷な取調べが続けられる中で一旦は自供、しかしすぐに否認に転じた。唯一の争点は少女の被害供述だったが、大阪地裁の一審法廷で証人に立った少女は、具体的な証言をほとんどできなかった。しかし地裁は今年一月七日、「捜査段階での自白調書は信用できる」として、Aさんに懲役一年半、執行猶予三年の判決を言い渡した。

二審段階で新たに、少女が親や友人に対し「あの被害供述はウソだった」と話していることを突き止め、それを証明する友人などを新たに証人申請したものの、大阪高裁はいずれも却下。実質的な調べを全くしないまま結審し、七月六日に二審判決が予定されている。

 メディア側も新聞、テレビが警察情報を垂れ流しで報道。読売新聞は逮捕翌日の朝刊でも続報を掲載したが、Aさんはこの中の「A容疑者は少女の家出を黙認、親や児童相談所にも通報していなかった」という記事は全くのでたらめ、と批判している。

マスコミの中でも、朝日放送は警察に追従する"やらせ報道"を行って、冤罪のでっち上げに加担した。逮捕前の四月に、大阪府警は女性被害者のために女性捜査員だけで構成する「アイキャッチャー」を結成。その手柄第一号として、Aさんの逮捕が特集で取り上げられた。その番組を見たAさんの友人によれば、訓練風景などの後、その番組のクライマックスとして、女性捜査員がAさんに逮捕状を読み上げるところで終わった。しかし、実際に逮捕状を執行したのは男性捜査員で、Aさんは女性捜査員とは逮捕前も後も全く面識を持たなかったという。Aさんは、BRO(放送と人権等権利に関する委員会機構=NHKと民放各局が設置)を通じてこの番組のテープを入手した上で、何らかの対抗措置をとることも検討している。Aさんは現在、職場の人たちから無罪の嘆願書を多数書いてもらって理解を得ており、休職中になっている。


 「アイキャッチャー」逮捕は

    "やらせ報道"

 

Aさんは、別項の逮捕、裁判、報道の経緯を踏まえたうえで、被害の実態を次のように語った。

 二年前の六月十二日午前八時過ぎ、出勤するため自宅を出ようとしたところ、大阪府警の男性警官一人が逮捕状を突然見せ、応接間に上がり込んできた。直後に別の男性警官も続々とやって来て、五、六人に囲まれた上で逮捕状を執行され、池田警察署に連行された。

 ところが私の友人によれば、朝日放送は、アイキャッチャーの訓練風景を放映した後、「午前六時」を差す時計と女性捜査員が「ただいま、逮捕に向かいます」という場面を映した。そして、私の自宅玄関前で、女性捜査官が逮捕状を読み上げるシーンを放映し、終わったという。しかし、私はそんな場面に一切立ち会っていないし、女性捜査員と接したこともない。これは完全に「アイキャッチャー」のための"やらせ番組"にほかならない。

 このほか、「FOCUS」は、池田署から連行されていく私の写真を盗み撮りし、一頁丸まるの私の写真と記事を掲載した。署の周囲には二メートルもの塀が張られてあって、外部の者が中を写す事は不可能だ。警察が了解した上で撮影させたとしか思えない。警察側は「向こうが勝手に望遠レンズで撮ったんだろう」と言っているが、信じられない。読売新聞の続報では、私が少女の家出を親にも隠していたように書いているが、これもウソだ。私は指導記録をきちんと付けていて、親にも面会に行っている。

 

取り調べで

「自白」を強制される

 

逮捕時から否認したが、拘置延長が決まった十日後くらいに、刑事たちの脅しに持ち堪えられなくなって虚偽の自白をしてしまった。なぜそこまで追い込まれたかは、留置場、取調べ室の中に入った者にしか分からないが、お話ししたい。

取調べは毎日朝から晩まで、刑事が入れ代わり立ち代わりやって来て「お前がやったんだろ」と責めたててきた。机をけり飛ばして私の腹に当てたり、耳元で大きく怒鳴ったりする暴力も加えられた。一番こたえたのは「家族や友達も調べるぞ。職場の人間や、お前が今まで担当した子どもも調べるからな」という脅しで、「認めないと、いつまでも出られないぞ。ここで自供しておいて、釈放されてからみんなに本当の事ゆうたら、ええやないか。早く自供したら簡単な罰金ですむぞ」と言われているうちに、「これ以上周りに迷惑をかけてはいけない」と考え、自白調書に判を押してしまった。自白調書といっても、捜査員が自分の都合のいい文章を書いて、私はそれに判を押すだけだった。

 その後の検事調べからは考えを改めて否認。そのため、ずっと池田警察署内の留置場に止め置かれ、拘置所に移されたのは百四日目だった。保釈はさらに延ばされ、翌年の一月二十一日になってようやく認められた。九月九日の第一回公判まで、弁護士以外の面会は禁じられた。弁護士とはだいたい平日に二十分程度面会していたが、私がどんな取調べを受けているかを報告するのが主だった。刑事からは、「弁護士は自分が儲けるために裁判を長引かそうとしている」などと吹聴されていたし、私自身も弁護士の役割がよく分かっておらず、最初に面会した時も「何で、私が弁護士と会うのか」と疑問に思ったくらいで、刑事手続きの役割を認識していなかった。

 逮捕直後、市役所の分庁舎に記者やカメラマンが多数押し掛け、職場として成り立たなかったらしい。市役所幹部が謝罪するシーンもニュースで放映されている。

 

  少女は法廷で証言できず

  調書だけで一審有罪判決

 

裁判で少女が証言に立ったが、調書を読み聞かされてうなずく以外は「忘れた」「覚えていない」を繰り返し、ほとんど無言で何も具体的な証言はできなかった。休廷中に、女性検事と親が少女に対して机をたたいて怒鳴り、証言できない事をなじっていた。それでも少女は何も証言できないまま終わった。ところが一審は、捜査段階の少女の調書と私の自白調書だけで有罪判決を下し、二審も何も新たな取調べをしないまま、結審してしまった。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 Aさんに続いて、Aさんの父親も次のように状況を説明した。

 息子が逮捕されても警察は何も教えてくれず、新聞情報しか手掛かりがなかったので、「もしかしたら、本当に罪を犯したのか」と思うほどで、警察やマスコミによって「犯人の父親」の心境に陥れられた。逮捕日の夜には「FOCUS」の記者が「お宅は警察にはめられている。その趣旨で取材したい」と何度も呼鈴を押してきたが、「弁護士に聞いてほしい」と言って受け付けなかった。すると、名刺だけ置いて帰った。警察は「犯人が八百屋や魚屋じゃなく、公務員だからこんな事件になったんだ」と説明しており、「アイキャッチャー」のPRのために、マスコミも使って仕立てあげたとしか思えない。その後、アイキャッチャーはNHKのドラマにもなっている。また、「FOCUS」に撮影された事について警察は「むしろカメラから守ろうとしたが、望遠を使って撮られた」と弁明していた。

 精神的障害からか、息子は皮膚病になった。治療に行くのも、手錠をされて捜査官にはさまれ、病院の廊下を一般患者にジロジロみられながら歩かされた。まるで引き回しだ。このほか警察は私にも、「今認めたら、略式罰金で済ませてやる。認めないと、余罪をどんどん調べるぞ」と取り引きしてきたこともあった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

続いて質疑に入った。報道の不当性を論じるのが例会の趣旨だったが、えん罪のでっち上げのひどさに皆が絶句。

 事務局長の木村弁護士は「どういう状況、心境の中で虚偽の自白を強いられるのか、とても大事な問題だ。嫌な思い出だろうが、ぜひもっと詳しく話してほしい」と質問。Aさんの証言は、さらに以下のように続いた。

 毎日、朝九時ごろから午後五時の夕食をはさんで、夜まで取調べが続いた。時計が置かれておらず時間の感覚がなくなっていたので、何時くらいまでかは、はっきりしない。「黙秘権は認められる」という手続きの説明はあったが「そやけど、俺は聞きたいんや」という調子で迫り、とても黙秘を押し通せる環境ではなかった。

 何がきっかけで虚偽自白をしようと思ったという単純なものではなく、どんどん心理的に追い込まれていく中で、近所の人や職場、担当した子どもたちにまで捜査の手が及ぶと脅され、耐えきれなくなり虚偽の自供をしてしまった。その直前には「今から皆を調べにいくぞ。どんな迷惑をかけるかもしれないぞ」とも脅された。これまで築いてきたいろんな人との信頼関係が壊れるのを恐れたし、「こんなひどい捜査、調べをする警察なら、子どもたちにもひどい嫌がらせをするに違いない」とも思った。それまでは、「今なら罰金で済むぞ」「女の子が恥ずかしい証言までしているんだから、自供しなくても裁判所は有罪にするぞ」などと言って、とにかく「認めろ」と連日迫られた。調べの刑事も役割分担があるようで、脅し役の者もいれば、「同じ子どもの補導仲間やないか。お前のために言ってやっているんやぞ」と情に絡ませる者もいた。また「弁護士も『認めろと言っているのに』と、我々に話していたぞ」などと、全くのでたらめも言われた。取調室以外に過ごす留置場も、私が今まで関わったこともない環境。暴行を受けて病院に連れていかれる人もいたし、別の人の取調べで怒鳴り声も聞こえてきて、留置場でも心を休めることができなかった。風呂は週二回でわずか十分程度だし、外の光を見られないというのも精神的に参った。

     ◇

 このほか、報道問題でも質疑が行われ、出席していた新聞記者は、アイキャッチャーと絡めた報道について「捜査員に食い込んだ記者が、逮捕を事前にキャッチして、自宅に張り込み、連行写真を撮ったりする事はあるが、逮捕状を執行する場面にまで立ち会うなんて事はありえない。Aさんの証言でも、逮捕は自宅の応接間内で男性刑事ばかりの中で行われている。なのに、アイキャッチャーの女性捜査員が逮捕状を読み上げているところを映し、さもアイキャッチャーが第一号を逮捕したかのように報道するのは"やらせ"としか言えず、大きな問題だ」と批判。別の新聞記者も「アイキャッチャーの初手柄の相手が、子どもたちを保護し味方になるべき公務員であるというのは、捜査側、マスコミ側にとって"いいネタ"で、出来すぎのストーリーが展開された」と解説した。

 FOCUSは、Aさんが少女に金銭を与えて、さもわいせつ行為の代価としていたかのように書いているが、Aさんは「家出した子は、金がないと万引きなどの非行に走る。だから、保護したりしたら電車賃や食事代に身銭を切らざるをえない」と説明し、二審から弁護人となった太田弁護士も「少女も、最近の援助交際が二、三万円くらいすることは充分に知っているはず。そんな子に二百円から二千円くらいの小遣いを渡して、わいせつ行為の代価となるのか。Aさんは、少女に売春などせぬよう誓約書も書かせるなど熱心な指導もしていた」と反論した。

 例会には同僚として働いていた指導員も参加。「教師出身の人は、『どうしてもダメな子はいるもんだ』と、ある意味で割り切ってしまうところがある。ところがAさんは、以前は税金を扱う職場にいた人でそんな偏見を持たず、本当に熱心に指導にあたる人だった。今の話の中でも、自分を犯人にした少女の悪口を一切口にしていない」と人柄を語った一方、「以前は一緒に仕事をしていた川西警察の少年係は、私たちが嘆願書を集めていたら『大阪府警のやっている事に楯突いたら、えらい事になる』と言うように態度を一変させてしまった」と、警察の同属意識、上部機関への従属ぶりを証言した。

 「アイキャッチャーと絡めて"やらせ報道"したメディアと、警察情報を垂れ流ししたメディアと区別して、それぞれを批判すべきだ」という意見が出され、他の参加者からは「マスコミは、事件などの一報を大きく書いても続報を怠る。やりっ放し、書きっ放しだ。読者が事象をきちんと判断できるようなフォローを続けてほしい。また私自身も以前、学校へのアクションで記事掲載をお願いしたら『書いてやってもいいけど、あんたらが今度は学校からどんな目に遇わされるか分かれへんで』というような、記者の奢りとしか思えないような態度をとられた」という経験も紹介された。


 ★京都四条通りの賑わいを後にして、寺町京極を北へ向かうと、御池近くに西洞院から移設された本能寺がひっそりと建っている。

 一五八二年五月二九日、織田信長は安土城を出発。備中で毛利と戦う豊臣秀吉の援護に向かう途中、わずかな臣下を連れて西洞院の本能寺に到着した。

明智光秀は、六月一日午後一〇時ころ、一万三千の兵を率いて亀岡を出発。同じく秀吉の援護に行くはずが、老ノ坂を越えて本能寺へと向かう。大方の兵が誰を討つのかも知らないまま、敵は本能寺にあり!野望か、治世への憂いか、それともストレスの爆発か、翌二日未明、クーデター「本能寺の変」が起こった。  

多勢に無勢、天下統一を目前に信長無念の自害となる。これを知った秀吉は、毛利との戦いをそこそこに京に向かってダッシュ、光秀を山崎の戦いで破る。哀れかな、光秀の天下人日数は十一日で終了した。世に言う三日天下である。詰まるところ、秀吉が天下を統一し・・・

 慌ただしく、しかし、良くも悪くも明確な政権交代を告げた一五八二年六月であった。

★あれやこれや、誰や彼やの天下を経て、四〇〇年余り。時代は代わって、ミレニアム六月。つい先日は、内緒でこっそり首相の首がすげ替えられていた。二一世紀を目前にした政権合戦。この市民メディアが発行されるころには、一応の決着がついているはず。

人と認知された天皇は、また、神に戻ってしまうのか。あっという間に、危険な法律が成立したように、憲法九条も簡単に変えられてしまうのか。一部の人を除いた大多数の市民は、一層、首を締められるのだろうか。

 政権のためであっても、市民のためにならないのが、世の常、人の常?(剛志)

 


次回例会は7月22日(土)

「無罪判決となった

ホームレス水死事件の報道」

 人権と報道関西の会の次回例会は、7月22日(土)午後1時半から開催します。テーマは、1995年に発生した道頓堀でのホームレス投げ込み水死事件で、無実の罪を着せられ昨年5月、無罪判決を勝ち取った男性をめぐる不当な逮捕、報道です。裁判で弁護人を務められた筵井順子弁護士に来ていただき、ひどい取り調べによって無理やり自供させられた捜査状況や、いわゆる"少年によるホームレスいじめ"という図式の中で、捜査側の主張そのままに加熱犯人視報道したマスコミの問題などを話していただきます。会場は、大阪市北区西天満4の6の2の第5大阪弁護士ビル(大阪地裁の北向かい)3階のプロボノセンター(電話06・6366・5011)です。参加費500円。


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