パネルディスカッションの様子
12月13日(土)午後1時より発明会館(東京・虎ノ門)で、「なぜ、無実の人が自白するのか?−アメリカの虚偽自白125事例が語る真実−」と題し、講演会が開催されました。講師はスティーブン・ドリズィンさん(ノースウエスタン大学ロースクール教授)。
講演のあと、免田事件元請求人の免田栄さんと足利事件弁護士の佐藤博史さんのお話と、パネルディスカッション「自白が生む誤判・えん罪の悲劇を生まないために」がありました。パネリストは、スティーブン・ドリズィンさん、桜井昌司さん(布川事件請求人)、小坂井久さん(弁護士)。コーディネーターは高野隆さん(弁護士)。
スティーブン・ドリズィンさん「アメリカの虚偽自白125事例が語る真実」
アメリカの冤罪救済の第一線で活躍し、完全無罪事例の虚偽自白の実態を研究したスティーブン・ドリズィンさんは、若い弁護士だったとき、83歳の隣人を殺したと自白した11歳の男の子の代理人をしたことがあったそうです。両親も弁護士の立ち会いもない取調の結果の自白であり、唯一の証拠が自白でした。
鑑別所で少年と面接をすると、少年は、「たしかに僕がやったと言ったけど、本当はやっていないんだ」と主張したそうです。犯してもいない犯罪を自白することは考えられないと思っていたドリズィンさんは、少年の言うことを信じなかったそうです。しかし、代理人として、警察の取調や虚偽自白について一生懸命勉強したと語りました。
ドリズィンさんは「リチャード・レオ氏とともに、いくつもの事件を研究・調査しました。その結果について報告したい」と述べ、プロジェクターを用いながら、虚偽自白がなぜ起こるのか、その原因についてわかりやすく説明しました。ちなみに、この少年は10年後に無罪になったそうです。
虚偽自白の割合について、ドリズィンさんは「アメリカでよく知られている誤判の事例から、15%〜25%が虚偽自白だ」と述べ、この事例は無実の疑問の余地のない、虚偽自白が実証された事件のみ扱っていると語りました。
虚偽自白は次の4種類の状況で起こっているそうです。
・「犯罪は起こっていなかった」8人(6%)
・「物理的に不可能」11人(9%)
・「科学的証拠」57人(46%)
・「真犯人の特定」92人(74%)。
「犯罪は起こっていなかった」というのは、たとえば、女友達を殺したと自白したが、女友達は生きていたという場合。「物理的に不可能」というのは、たとえば刑務所に入っていたとき犯行が行われたという場合。「科学的証拠」については、DNA鑑定で明るみになっている場合が多く、「真犯人の特定」については、弁護側の弁護人が真犯人を見つけ出し、被疑者の無実が明かされた例もあるそうです。
虚偽自白が行われた重罪の報告件数は、「殺人」101人(81%)、「殺人未遂」2人(2%)、「強姦」11人(9%)、「強盗(凶器使用)」2人(2%)、放火4人(2%)、暴行2人(2%)、誘拐1人(1%)、窃盗1人(1%)、テロ行為1人(1%)。死刑や無期の禁固刑の「殺人」が圧倒的に多いことがわかります。
殺人事件が起こると、警察に最大限の圧力がかかってきます。すぐに犯人を明らかにしなければならないというプレッシャーのなかで、取調べにも圧力がかかってきます。殺人事件の場合、もっとも経験豊富な刑事が担当し、殺人課の刑事が自白を取ろうとする結果、虚偽自白が起こります。
虚偽自白者の刑事手続きは、「不起訴」10人(8%)、「公判前に起訴が取り下げられた」64人(51%)、「被告に無罪判決が下された」7人(6%)、「被告が有罪の答弁をした」14人(11%)、「被告に有罪判決が下された」30人(24%)。
DNA鑑定になってから、虚偽自白についてはアメリカでは早い段階でわかるようになったそうです。有罪判決が下される前に6割は虚偽自白が発見されるそうですが、DNA鑑定での有利が見られないとはるかに厳しいということでした。
虚偽自白がもたらす害の規模については、「被告が有罪を答弁」14人(32%)、「陪審員が判定」28人(64%)、「判事が判定」2人(5%)。アメリカの場合、あとになって否認するとさらにより厳しい刑が与えられるそうです。公判の段階で否認すると、後悔をしていないとみなされるからです。判事は20年以上の禁固刑、終身刑、死刑の判決を下しています。被疑者の釈放についても認められないそうです。
日本と同じように、アメリカでも自白証拠が証拠のなかでもっとも強力な証拠として裁判のなかで認められているそうです。アメリカでは取調べ時間が2〜6時間ですが、殺人事件の取調べは6時間以上で、24時間にわたることもあり、虚偽自白に結びつく確率は6時間以上になるとかなり高くなるので、取調時間の長さが虚偽自白のリスクの1つであることがわかります。
ドリズィンさんは、日本では取調時間が長いため、虚偽自白が生まれているのではないか、と指摘しました。また、若さもリスク要因であり、影響を受けやすいため、大人に比べるとたやすく虚偽自白をしてしまうそうです。なぜ自分がやってもいない犯罪を自白するのか。ドリズィンさんは虚偽自白には4つのタイプがあると述べ、次のように説明しました。
1.自発的な虚偽自白―警察からの圧力がないのに、意図的に自分を有罪とする供述を行う。
2.強要されて迎合した自白―危険を受ける恐れから、または、減刑の約束に応じて自白を行う。
3.ストレスによる迎合―法的に妥当な範囲を超えた取調べによる極度のストレスからの逃避のために自白を行う。
4.信じ込まされた・取り込まれた―罪を犯した記憶がないにもかかわらず、自分がやったに違いないと認め、心から(ただし往々にして一時的に)罪を犯したと信じ込む。
アメリカの警察は訓練を受けており、被疑者が自信を失くし、絶望感を持つまで取調べを行います。絶望感にひたった被疑者は、自分が犯人であることを示唆するような発言をしてしまいます。捜査官は罪を認めたという供述がほしい。自白のプロセスは、認める前の段階では被疑者との関係構築が重要であり、認めたあとは自白の内容が虚偽かどうか重要となります。
無実の被疑者が絶望感に陥り、無実を主張するより自白が有利と思わせる方法はなにか。被疑者との関係を構築したのち、突然、「おれたちは、おまえがやったかどうか訊くためにここにいるわけじゃない。どうしてやったのか訊くためにいるんだ」「おまえがやったはずだ。証拠もある。自白したほうが身のためだぞ」などと対決モードに変わる。
捜査官は被疑者に対し、有罪だと信じている状況から始まるため、被疑者が自らの無実を訴えようとしても割って入り、認めるまで取調べは何時間にも及ぶ。プロセスの中で被疑者の自信が最後は絶望感に変わる。
被疑者の自白を促すテクニックは、「おまえがやったという何人もの証人から話を聞いているんだ」「おまえの共犯者はおまえに罪をかぶせようとしているぞ」などと言い、「おまえの毛髪、血液、精液があの部屋で見つかった。研究所に送っているが、鑑定結果が出たらおまえも終わりだな」などと、嘘をついたり、持っている証拠で被疑者をだましたりする。
あるいは、被疑者の対面を保ってやり、「子どもに食べさせるために金を盗んだんだろう」「被害者を襲ったのは、自己防衛のためだったんだろう」「合意の上での性行為だったんだろう」などと言ったりする。最初から無実のオプションは与えられておらず、動機づけをしたら自白に追い込んでいく。
強制的な動機付けについては、良心、良識、信仰、道徳心への訴えかけや、「自白しないと死刑になる」などといった量刑軽減の約束や危害への恐れや、「警察官や判事の立場にもなってみろ。協力的なやつと、そうじゃないやつと、どっちを相手にしたいと思う?」などと言い、自白をするほうが検察官や裁判官の心証を良くし、被疑者に資すると思わせるやり方があります。
被疑者の記憶への自信を失わせる攻撃もあります。被疑者は疲れてくると、自分の記憶を疑い始めます。「たぶん自分がこんなひどいことをしてしまったに違いない。でも、どうして思い出せないんだろう」。それに対し、捜査官は十分な答えを用意しています。「一時的な無意識状態」か「夢遊状態」にあったと思いこませる。あまりに痛ましいので自分の意識のなかで抑制してしまっているのではないか、被疑者に自分の記憶に疑いを持たせ、記憶にない犯罪を犯してしまったのではないかと思わせるのです。
アメリカでは、警察が被疑者にこのような心理的圧迫を与える方法で、動機付けを行い、否認して厳しい刑を受けるのか、自白して減刑するのか、被疑者に迫るといったやり方で虚偽自白が起こるのがほとんどのケースだそうです。
未成年、知的障害、精神疾患、薬物乱用、睡眠の剥奪、暗示にかかりやすいなど、被疑者の持っている脆弱性も虚偽自白につながっています。取調べに時間をかけるなど、慎重な対応が必要ですが、アメリカの事例が示しているように、大半の虚偽自白は脆弱性がなくても起きており、誰にも限界点があることが、調査の結果、わかったそうです。
改革のために何ができるか。「警察が被疑者の取調の電子記録(録画・録音)を取るように義務づければ、虚偽自白による害は大幅に減る」とドリズィンさんは指摘し、次のように述べました。
「録画・録音は、被告側、検察側のいずれか一方に有利に働くことはない。ただ、信じるに足る正確な事実調査の助けになるだけである。録画・録音は、裁判所その他の法的期間がより正確な決定を下すのに役立つ。自白が自発的なものであったかどうかの判断が容易になる。被告の供述した通りの言葉をいつでも確認することができる。これが死刑に値するか否かの判断を左右する場合も多い。究極的には、録画・録音が誤判につながる虚偽自白の抑止に役立つ。
その他の改革として、警察の訓練の質を高める。裁判所は、適応テストを行い、被疑者の供述内容と犯罪事実が適応するか見る必要がある。被疑者が無実であれば、その供述内容は一貫性に欠け、間違いだらけになりがちである。自白の信用性について、裁判所は慎重に判断する必要がある。
日本では裁判員制度が導入されるが、ますます重要になるのが取調べの過程の全記録である。自白の部分のみの録画・録音は、まったくしないよりも悪い。自白の証拠として陪審員が信じるリスクが高まる。記録されない自白は信用性がない。証拠として採用されるためには、検察側が強力な証拠を提示しなければならない」
最後に、ドリズィンさんは、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんの再審請求について言及しました。
奥西さんの再審を求め、最高裁に法廷意見書を提出したドリズィンさんは、再審を棄却した名古屋高裁の判断の誤りを指摘し、任意性にきわめて疑いのある自白を証拠として採用し、その自白を唯一の根拠として死刑宣告を下すべできはないとしたうえで、新たな提出証拠は自白の信用性に疑問を呈す可能性があることから、再審の必要性を強く訴えました。
ドリズィンさんは、エスコベード対連邦(1964年)の「われわれは古今の歴史から学んできた。『自白』に頼るようになった刑法執行制度は、熟練した捜査により独自に確保した外部証拠にもとづく制度よりも、長期的に見ると、信用性が低く、不正が起こりやすい」との言葉を紹介し、「アメリカもこのように学んでいる。日本もそろそろ学ぶできではないか」と呼びかけました。
免田栄さん「免田事件の自白経過」
冤罪で34年間獄中にいた免田栄さんは、多くの死刑囚を見て「人が人を裁く。これ以上の矛盾はないことを、自分の体験を通してわかった」と語りました。免田さんは「ヨーロッパなどに比べ、日本の民主主義は500年の遅れがある」と指摘しました。免田さんが再審無罪になったとき、地元の新聞社が行ったアンケートで住民の85%が「疑いがある」と答えたことに言及しながら、冤罪の被害者は罪が晴れてもなお人々の差別の目にさらされている厳しい状況があることを訴えました。
免田さんは昭和24年1月13日、殺人事件(※)で逮捕され、取調でものすごい暴力を受けたそうです。その詳細について免田さんは語りませんでしたが、取調は想像を絶する厳しさで、2日間は全く食事をさせず、不眠3日間、殴る、蹴るはもちろんのこと、「地獄に落としてやる!」「早く自供して楽になれ!」などの脅迫、不眠4日目、暖房のない極寒の独房室で意識がもうろうとし、もう限界だ、楽になりたいとの気持ちから「犯行を自供」したとされています。
免田さんが逮捕されたのは、事件のあった夜、免田さんと一緒にいた女性の母親が、知り合いの人吉署の刑事に通報したからでした。自治体警察人吉署のこの刑事は母親を使って地方の貧しい娘の身柄の保証人になっており、そのグループが「免田をつぶせ」となった、と免田さんは語りました。アリバイがあったにもかかわらず、激しい拷問を受け、自白調書を作成しないと死ぬと思ったそうです。
免田さんは死刑が確定したのちも何度も再審請求を行いました。徳島ラジオ商事件の弁護士が面会に訪れ、罪名を変え、幾多の困難を乗り越えて再審無罪を勝ち取りました。免田さんは「正義は必ず勝つ」と力強く訴えながら、「死刑囚でははじめて再審の道を開いた」と述べ、支援してくれた日弁連に感謝の意を表しました。
現在、83歳の免田さんは、自分が受けた恩をこの社会に尽くすことでお返しをしたい、との思いから、人権の運動をやらせてもらっています、と語りました。人が人を裁くということは、どれだけ努力しても正しいということはない、と述べ、日本の法律では無実になっても未だに死刑確定囚であり、自分の住所はなく、住所は刑務所になっているそうです。
免田さんは、ヨーロッパの人々に日本は民主主義が500年遅れていると言われたことの意味を考える必要があると述べ、なによりも重要なことは、犯罪が起こらない社会を実現することであると強く訴えました。
佐藤博史さん「日本におけるDNA鑑定−再鑑定の保障の必要性−」
再審を訴え、現在、東京高裁に即時抗告中の足利事件の事実経過について、弁護人の佐藤博史さんは次のように語りました。
「1990年、足利市で4歳の幼女が行方不明となり、翌日死体となって発見されました。付近の水中から被害幼女の半袖下着発見。犯人の精液が付着しており、B型の男性であることがわかりました。足利在住のB型の男性が捜査の対象となり、菅家利和さん(当時44歳、IQ:77[精神薄弱と正常の境界域])に1年間尾行がついた。
DNAで解決した最初の事件がこの足利事件です。菅家さんは公判で自白を維持し、6回公判で否認しました。弁護人が面会し、自白を維持。判決は無期懲役。菅家さんは「やっていない」という無実を訴える手紙を弁護士に出し、高裁から私が弁護を担当しました。2000年7月、最高裁で上告棄却。菅家さんはDNA鑑定によって自白させられ、逮捕されました」
佐藤さんの説明によると、真犯人及び菅家さんの血液型は、ともにB型・分泌型で、DNA型はMCT118型の16‐26型で一致し、真犯人と同一の血液型・DNA型の出現頻度は1000人に約1.2人で、DNA鑑定が決め手となって菅家さんは足利事件の犯人と断定されたそうですが、サンプル数の増加とともに16−26型の出現頻度は著しく増大し、当初の6倍となり、1000人に6.23人となっているそうです。
事件当時の足利市の男性の人口は8万2788人。性犯罪可能な年齢の男性をその半分の4万1394人と仮定した場合、真犯人と同じ血液型に該当する人数は257人。周辺地域では700人を超えており、かりにこの型が正しいとしても、DNA型で菅家さんを犯人とするのは誤りであると佐藤さんは指摘しました。
問題は、弁護団が日本大学の押田教授に依頼し、菅家さんのDNA鑑定(以下、押田鑑定)をしてもらったところ、菅家さんのMCT118型は、16−26ではなく、18−29型であることが判明したことです。一方、MCT118型の正しい判定の結果、真犯人のMCT118型は、18−30型と推定されており、菅家さんの型と一致しないことから、一審判決には合理的な疑いが生じていることが明らかになりました。
以上のことを踏まえ、本件DNA鑑定は2つの意味で不完全であるとしています。1つ目は、MCT118型の型判定自体を誤っていた可能性。2つ目は、MCT118型以外のDNA鑑定を実施しなかった未熟性です。そのため、弁護団は12月2日、東京高裁に補充書を出し、DNA鑑定の再鑑定の必要性を主張しました。
弁護団が主張しているのは、1.菅家氏由来の資料を対象としたMCT118型の正しい型判定。2.菅家氏由来の資料と半袖下着の遺留精液を対象としたMCT118法以外のDNA鑑定です。東京高裁はDNAの再鑑定実施の意向を示しているそうですが、検察は1.については反対し、2.については、STR法については反対していないが、ミトコンドリア法には反対しているそうです。
佐藤さんは、足利事件は日本初のDNA鑑定の再鑑定の事例となる、としたうえで、「誤ったDNA鑑定によって有罪とされた菅家さんが、正しいDNA鑑定によって無実とされることを信じて疑わない」と述べ、再鑑定によって真実が明らかになることへの期待を寄せました。
パネルディスカッション「自白が生む誤判・えん罪の悲劇を生まないために」
パネルディスカッションでは、虚偽自白125事例の検証をしたスティーブン・ドリズィンさんが「アメリカではなぜ虚偽自白の検証が可能であったのか」について、高裁で再審が決定した布川事件の桜井昌司さんが「やっていないのになぜやったと言ってしまったのか」について、取調の可視化を主張している小坂井久さんが「最初から最後までの完全録画・録音の必要性」などについてそれぞれ発言しました。
「なぜ無実の人が自白するのか。明白に無実の人がなぜ自白したのか、その研究が可能になったのか。アメリカはDNAのサンプルはどこに保存されていたのか」という高野隆さんの質問に対し、スティーブン・ドリズィンさんは次のように答えました。
「新聞に載っていた、自白して有罪になった人が無実になったというケースのファイルが125になった。そのサンプルを調査した。ケースファイルを作り、論文や供述調書、公判メモ、取調メモ、録音など収集が可能となったものについて、一件一件、問題のあった取調べの様子や、誤判の要因を検証していった。ジャーナリスト、テレビ、メディアがきちんと報道しなければ調査は不可能だった。
DNA証拠へのアクセスは、いくつかについては警察のファイルにあった。検察のファイルにもあった。そのほかについてはDNAが見つからなかったか、劣化していた。すべてのDNAを使っているわけではない。最近、DNA証拠で無実が増えてきている。アメリカは州によって法律が違う。いろんな州によって被疑者のDNAにアクセスできる法律がある。DNA証拠が劣化しないように細かく定めている」
次に、布川事件で虚偽自白をしてしまった桜井昌司さんに対し、「なぜ、やっていないことを自白してしまったのか」と質問をすると、桜井さんは、「逮捕されてから5日目に自白した。警察は嘘を言う。嘘つきは警察の始まり」と述べ、次のように自白に至る警察の取調べの様子を明らかにしました。
「逮捕されるまで、警察は嘘を言わないと思っていた。おい、アリバイがないぞ、と嘘を言う。2人(桜井さんと共犯とされた杉山さん)を見た人がいる、と言われると、本当だと思ってしまう。疑われること自体、苦しい。何日も狭い密室で取調べが行われる。苦しさに負ける。取調時間は朝9時から夜中の11時過ぎまで。10時間以上、やったというまで続く。アリバイがあると言うと、いや、待て。杉山を見た人がいる、と言われる。
嘘発見機でお前が犯人だと言われる。どうでもよくなってくる。目の前の苦しさから逃れたい。犯人にするまでどんな手段も使ってくる。最初は、いずれ真相はわかると思った。この場の苦しさから逃れたい。自白調書を作るときは、記憶がなくなった時点からの話をしろと言われる。逮捕の経験がないのでわからない。やったと言えばOKだと思った。いろんな日々をつなぎ合わせて話を作った。
被害者はどんな服装をしていたか考える。夏だから長袖ではなく半袖だろうとか、襟はついていたか?と聞かれ、ついていたと答えると、ついていたのか?と聞き返される。じゃ、ついていないんだろう、と。約20日間。毎日同じ繰り返し。(共犯とされた杉山さんと)話が合わないと、どっちが本当なんだと聞かれる。向こうに合わせてください、と答えると、向こうの捜査官は俺より若い。俺のメンツがなくなる、と言われる。捜査官のメンツで供述調書が作られた」
ときに会場の笑いを誘いながら、虚偽の自白にいたる取調べの様子について語る桜井さんに対し、「まったくの嘘の供述をすることについて、心の奥底でどんなことを思っていたのか」と高野さんが質問すると、桜井さんは「最初は、いつかわかるのに馬鹿だなあと思っていた」と答えました。
桜井さんにはアリバイがあり、検察も桜井さんの話を信じてくれ、警察に逆送されたそうですが、警察に「調書がお前を有罪にする。お前、死刑だよ」と言われたそうです。嘘の自白の審理ではないことを知り、桜井さんは「なんだ、これ? 結構、焦った。どうしたらいいんだろう、とうろたえた」とそのときの心情を明らかにしました。
取調べの可視化を訴えている小坂井久さんに対し、高野さんが「日本における虚偽自白の根本的な原因」について質問をすると、小坂井さんは次のように答えました。
「まず時間。23日間拘留される。時間の圧倒的な長さ。精神的にドンと石を置いているのと同じ。次に場所。代用監獄に入れ、24時間支配下に置く。次に取調官の姿勢。警察は神のごとく真実を追求して自白が正しいと思い込んでいる。自由権規約にも、警察の役割は真実を確定することではなく、裁判のための証拠を収集することであると書いている。取調官の姿勢に行き着く。裁判官、弁護士も真実を追求する姿勢が虚偽自白をする原因になっているのではないか」
日本の取調べの長さについて、ドリズィンさんは、23日間も拘留するのは「異常」と述べ、「虚偽自白を求めている。取調べはストレスがかかる。どんどん壁が迫ってくる感じになって、絶望的な気持になる」と語りました。また、12時間ぐらいあれば捜査官は無実かどうかわかるものであり、それ以上やるのは虚偽自白をとるためではないか、との考えを示しました。
何時間ぐらいならOKかという質問に対し、桜井さんも「2日間ぐらいではないか」と答えました。また、身柄拘束の問題について、日本では釈放をエサに自白を取るが、アメリカの場合はまったく逆で、被疑者は自白すると寛大な処分をすると思っているかもしれないが、実態は期待に反し、優位な司法取引はしないそうです。
ポリグラフ検査と虚偽自白の関係について、ドリズィンさんは「被疑者にとっては相当なインパクトがある」と述べ、被疑者は「お前がクロだとポリグラフに出ていた」と言われると、絶望的な気持になって「虚偽自白をする」そうです。被疑者は警察が嘘をつくことを知らないので、「クロだと出ていた」と警察に言われると、信じてしまうのです。
桜井さんも、ポリグラフをした後、当然、疑いが晴れるものと思っていたところ、取調べの捜査官は手を組んで下を向き、「俺の言うことは無視しても(ポリグラフの結果は)無視できないだろう」と言ったそうです。桜井さんは「もうだめだ。どうしても俺を犯人だと言わせたいんだと思った」と絶望的な気持になったと語りました。
科学的証拠で虚偽自白の事例があるか、という質問に、ドリズィンさんは、「よくあります」と答えました。たとえば、指紋など、加害者と被疑者がなんらかの関係があって、その家に行ったことがあった場合など、捜査官から「指紋があった」と伝えられると虚偽の自白がされることがあるそうです。
また、共犯者があるケースでは、虚偽自白のリスクが大きく、「犯行の場所にいただけですよね、目撃者ですよね、と現場にいたことを認めさせる。それが重要。犯行現場にいただけで共犯とされ、起訴されることを知らない」と述べ、虚偽自白を得るとほかの虚偽自白を得るのは容易だそうです。
「被疑者が嘘の自白をしても裁判で有罪になるのか。自白の任意性に疑いがあれば証拠にはならない。裁判官による証拠採用の基準は?」という高野さんの質問に対し、小坂井さんは、アメリカと同じように日本も捜査官を信用し自白の証拠性が続いてきたが、裁判員制度導入で判断基準がシフトされつつある、と答えました。
日本の場合、任意性がないということで(自白を)排除することに消極的であるが、アメリカの場合はどうか、という質問に対し、ドリズィンさんは「アメリカも同じ事情がある。裁判官は任意性を否定したがらず、ふつうは認められている」と答えました。
法廷で主張が異なるとき、裁判官はどう判断するか、という質問に、小坂井さんは「日本の場合は捜査官に軍配をあげる」と答えました。桜井さんも「裁判官は法律バカ。事実を見る目がない。やっていない人がやったという人はいない。法廷に立つ人が犯人。警察は嘘を言わない、検察は嘘を言わない(と思っている)」と述べ、裁判官の資質に問題があることを指摘しました。
アメリカの誤判の傾向について、ドリズィンさんは「アメリカでも警察と被疑者の意見が対立する場合は警察の言い分を信用する。だからこそ取調べの過程の全面的な可視化が私のポジション」と述べ、取調べの全面可視化の必要性を強く訴えました。
アメリカでも裁判官は法律バカか、という質問については、「裁判官は検察官出身者が多いので被告人を信じる人は少ないが、すべてがそうだというのは危険。アメリカでも取調べの可視化が議論されている。裁判官が推進している。裁判官自身が誤りたくない。裁判官が取調べを知る機会が奪われている」と述べ、取調べの全面可視化の必要性を重ねて強調しました。
小坂井さんも、日本の裁判官もすべてが悪いとは言えない、としながらも、「アメリカに比べ、日本の誤判の割合はもっと高い。供述調書による誤判は、日本の捜査状況を見ると極めて高い」と懸念を示しました。
高野さんは、取調の可視化について「(警察は)一部可視化を始めているが、一部可視化はきわめて危険。全過程が見えるように検証する」と述べ、被疑者の自白の場面だけを可視化するといった一部可視化は、むしろ虚偽自白を増やす危険性があることを指摘しました。
アメリカの取調べの状況について、ドリズィンさんは「アメリカでも取調べの可視化を求めてきた。肯定的意見が出ている。アラスカ州では取調過程が全面可視化になった。2003年7月、イリノイ州でも全面可視化が実現した。そのとき尽力したのがオバマ氏」と述べ、次期アメリカ大統領のオバマ氏が可視化実現のために行動を起こしてくれたことを明らかにしました。
名張毒ぶどう酒事件など、日本では冤罪を訴えて再審請求をしても退けられている人たちがたくさんおり、彼らを救うために我々はどうしたらいいのか、虚偽自白の人を救うためになにができるのか、という高野さんの問いかけに対し、ドリズィンさんは次のように答えました。
「弁護士の役割が大事。虚偽自白をした人に対し、注意深く検討していく。DNA証拠によって虚偽自白が明らかになって冤罪が救われる。弁護士が頑張って調査活動を行い、真犯人を探したケースがアメリカにはある。虚偽の自白で証拠がない事件もある。自白という証拠がいかに危険かを伝えることも大事。裁判員になる人たちに自白がいかに危ないか知らせていく。ジャーナリストも伝えてほしい。光を当ててほしい。アメリカの誤判は、弁護士の数より熱心なジャーナリストの活躍に負うところが多い」
小坂井さんも、弁護活動が冤罪の要因の1つであるとし、「捜査弁護から被疑者とコミュニケーションをとる。当たり前のことをしてこなかった」と指摘しました。「虚偽自白について共通認識をもつ。23日間の長期勾留、さらに延長が認められると40日〜60日間拘留され、取調べが行われる。(虚偽自白は)そのなかで起こっている。危険なものだという共通認識を持つことが大事。検証可能にする」
ドリズィンさんは、「日本の最高裁はユニーク」と述べ、名張毒ぶどう酒事件や布川事件は虚偽自白が問題となっており、最高裁の判断にかかっているが、「最高裁は私の書いた法廷意見書を受け付けてくれた。良いきっかけになった」と語りました。自白が信用できるか。それを判断するためにも全面可視化が必要であり、最高裁の公明正大な判断に期待を寄せました。
桜井さんは、「裁判官や検察は科学的証拠に対して傲慢」であるとし、名張毒ぶどう酒事件ではデッチ上げた証拠で自白を誘導したことが明らかになったにも関わらず、名古屋高裁が再審請求を棄却したことを厳しく批判しました。桜井さんは、「科学的事実を採用したうえで判断するならまだしも、証拠を隠した」と述べ、「科学的事実に基づいた審理を裁判所が行うように直したい」と司法改革の必要性を訴えました。
筆者の感想
約4時間に渡る集会は大変充実していて実りのある内容でした。スティーブン・ドリズィンさんのお話を伺いながら、アメリカの事例が示す虚偽自白が生み出される状況が日本と大変よく似ていることを知りました。ドリズィンさんは、部分可視化ではなく、最初から最後まで取調べの全面可視化の必要性を強く訴えていました。
冤罪の被害者である免田栄さんには住所がなく、いまも刑務所になっているということや、裁判で無罪となったあとも「死刑確定囚」であるというお話を聞き、冤罪というものがいかに無辜の市民の人生を奪い、厳しい生活を強いるものであるかを知りました。法整備の矛盾は、冤罪を生み出した者たちの反省が微塵もないことを示していると思いました。
みなさんのお話を聞いて思ったのは、虚偽自白を生む温床となっている密室での取調べや代用監獄など、問題がまったく解決していないなか、「現代の赤紙」「召集令状」とも言われ、多くの人々が「参加したくない」と思っている裁判員制度の導入は、さらに冤罪を生み出す可能性があり、拙速に実施するべきではない、ということでした。
※昭和23年12月30日午前3時頃、熊本県人吉市の祈とう師一家が就寝中、何者かにナタでメッタ打ちにされたうえ、包丁で喉をつかれて両親が即死。娘2人も重傷を負った。