空の軌跡2・3 〜銀の意志、兄への誓い〜
第一話 あたし達、遊撃士志望です!


リベール王国での事件を解決した後、リベール王国を旅立ったエステルとヨシュアはハーケン門から国境を越え、ハーメル村へと向かった。
そして悲劇の犠牲となった村の人々を弔う記念碑(モニュメント)の前で、カリンやレオンハルトにこれからの旅の決意を誓った後、エステルとヨシュアは手を取り合って山を下りる。

「やっと着いた、ここがパルム市ね」
「うん、日が暮れる前に到着できてよかったよ」

長い山道を下ったエステルとヨシュアは、街の門が閉じられる前に中に入る事が出来てほっとした表情を浮かべた。
規則に厳しい帝国では、日が沈むと門が封鎖され行商人が締め出されてしまう事が結構ある。
締め出された人は門の外で野宿をして夜を明かさなければならなかったのだ。
エレボニア帝国最南端の都市であるパルム市は、あの悲しい事件で失われたハーメル村を除けばリベール王国との国境に一番近い街であった。
ハーメル村で生まれ育ったヨシュアとカリンも、レオンハルトが遊撃士協会パルム支部で準遊撃士試験を受けるつもりである事は知っていた。
いつか遊撃士になって、その給料でハーメル村を豊かにすると理想を語っていたレオンハルトだった。
しかし運命とは非情なもので、レオンハルトの望みが果たされる事は無かった。

「だからせめて、僕は兄さんの眠るあの場所にパルム支部の準遊撃士の紋章を供えてあげたいんだ」
「うん、あたしも異議は無いわ、ヨシュアに協力する」

ヨシュアの言葉にエステルはうなずいた。
正遊撃士の紋章は全支部共通であるが、準遊撃士の紋章は遊撃士試験に受かった支部の名前が刻まれる。
よってエステル達の持っているロレント支部の準遊撃士の紋章をそのまま兄に渡すのも気が引けた。

「だいたい、この準遊撃士の紋章は、あたしとヨシュアの絆のようなものなんだから、渡せるわけないじゃない」

エステルはそう言って、ポケットから取り出した準遊撃士の紋章を撫でた。

「でも僕とエステルだけじゃなくて父さんやシェラザードさんも同じものを持っているだろうけどね」
「まったくヨシュアってば意地悪ね」

ヨシュアの言葉にエステルは口をとがらせて反論した。
餞別にカシウスから渡された地図を見ながらパルム市の大通りを歩いていたエステルとヨシュアの右手前方に、遊撃士協会の建物が見えてきた。
遊撃士協会は帝国らしい石造りの建物だったが、所々表面が焼け焦げたり、崩れたりしている。
依然としてしばらく前に起きた帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件の爪跡が残っているのだ。
被害を受けた遊撃士協会は自分達の建物を修理する余裕も無いようだ。

「そういえば、帝国の遊撃士協会は結社が黒幕になって猟兵団達に襲われたんだっけ」
「うん、かなりの被害がでているはずだよ」

復旧に忙しい帝国の遊撃士協会を自分達の都合で訪ねては迷惑ではないのか。
しかもエステルとヨシュアはすでに正遊撃士である身分を隠して準遊撃士の試験を受けさせてもらおうと考えているのだ。

「エステル、やっぱり止めよう」
「とりあえず、話を聞いてもらうだけでも行ってみようよ。もしかして、あたし達が力になれる仕事もあるかもしれないし」

尻込みするヨシュアを、エステルはそう言って励まして遊撃士協会の中へと引っ張り込んだ。
遊撃士志望であると偽るために、2人とも胸に付けた遊撃士の紋章は外している。

「ごめんくださーい! ……あれ、誰も居ない?」

そう言いながらヨシュアと一緒に遊撃士協会の中へと入ったエステルだったが、受付が空だったのを見てエステルは目を丸くして驚いた。

「どうやら、留守みたいだね」
「じゃあ、待たせてもらいましょう」

ギルドの受付係が一時的に席を外しているだけだと思ったエステルとヨシュアはそのまま受付で待っていたが、なかなか帰ってこない事に首を傾げた。
不思議に思ったエステル達がカウンターの上の書類を調べると、それは市民からの依頼がセルフサービスで記入された用紙だった。

「ねえヨシュア、もしかして普段から受付には人が居ないのかな?」
「うん、このギルドには受付が常駐していないのかもしれないね」
「それぐらい大変なんだから、やっぱりあたし達が仕事の邪魔をしちゃいけないわよね」

エステルがヨシュアにそう声を掛けて出ようとすると、外から長い黒髪で背の高い女性が帰って来た。
腰に剣を収めるための鞘(さや)を身に付け、胸に紋章を付けている所を見ると帝国支部所属の準遊撃士のようだ。
エステル達の姿を見た女性遊撃士は少しウンザリした表情で声を掛けてくる。

「依頼ならそこの紙に書いて、さっさと帰っておくれよ」
「えっと、あたし達は依頼をしに来たんじゃないんですけど」

遊撃士とは思えない横柄な態度で接して来た女剣士に、エステルは困惑しながらそう答えた。

「じゃあ依頼の催促かい? 困るんだよね、こっちにも都合って物があるから順番は待ってくれないと」
「いえ、そうでもありません、この遊撃士協会の受付の人はいらっしゃらないんですか?」
「イングリッドなら、まだ病院だよ。アンタ達、あいつの知り合いなのかい?」

黒髪の女性遊撃士に尋ねられたエステルは首を横に振る。

「あたし達、遊撃士になりたくて来たんです!」

勢いでエステルがそう言ってしまうと、ヨシュアは驚いて目を丸くした。
するとその女性遊撃士も少し驚いた表情になった後、愉快そうに笑う。

「驚いたわね、アンタ達、本気なの?」
「はい!」

エステルが元気にそう答えると、その女性遊撃士はカタリナと名乗り、この遊撃士協会に受付が居ない事情を説明し始めた。
カタリナの話によると猟兵団の残党による連続襲撃事件の際、この遊撃士協会の受付、イングリットは負傷して入院してしまったらしい。
それで受付不在となり、あのように市民からの要望を紙に書いてもらう形式になっているようだ。

「他にも遊撃士が居るんだけどね、とても受付なんか務まるような男じゃないのさ」

カタリナはそう言ってウンザリした表情でため息をついた。

「あの、僕達がご迷惑を掛けるのなら失礼します」
「ちょっとヨシュア!」

ヨシュアが遠慮がちにそう言うと、エステルはヨシュアをひじで突いた。

「ははは、遊撃士協会が襲われたってびびっているやつらが多いのに、遊撃士志望とは度胸があるじゃないか、歓迎するよ」
「ど、どうも……」

カタリナがそう言って豪快に笑い飛ばすと、エステルは戸惑いながら返事をした。
エステルとヨシュアはカタリナと握手を交わした後、自分達は帝国の小さな農村ロブソン村の出身だと偽って自己紹介をした。

「あたし達、遊撃士に憧れて街にやって来たんです」
「だから街の事にもあまり詳しくなくて」

リベール王国からやって来たと言えないエステル達は、さらに演技を重ねた。
エステル達が遠い村の出身だと聞いたカタリナは少し困った表情で尋ねる。

「それじゃあアンタ達はこの街に住む当てが無いって事かい?」
「はい、済みません」
「それならアタシに考えがあるから、良いって事さ」

ヨシュアが謝ると、カタリナは微笑みながらそう言った後、エステル達がこれから住む場所について話し始める。
パルム市の住宅街の一角に空き家となった邸宅があり、その家の管理人になれば住まわせて貰えるらしい。
思わぬ好条件の仕事に、ヨシュアは少し驚いた顔で聞き返す。

「でも、いいんですか?」
「正直アタシの手に余る仕事だったからね、アンタ達が引き受けてくれると助かるよ」

カタリナはそう答えて、まだ自分の仕事が残っているからと遊撃士協会を後にし、エステルとヨシュアはとりあえずその邸宅へと向かう事になった。

「カタリナさん、すっかりあたし達の嘘を信じてしまっているみたいね」
「だけどやっぱり、騙して準遊撃士の紋章を貰うなんて気が引けるよ」
「嘘も方便って言うし、遊撃士だって分かったら、カタリナさんの評価も変わっちゃうかもしれないわよ」
「うん、そうなんだけどね」

暮れなずむ街の中を話しながら歩いていると、エステルとヨシュアは住宅街へとたどり着いた。
通りは仕事から帰る人々が行き交っていたが、その中で避けられているように人の気配が少ない一角があった。
そこにエステル達が目指す邸宅があったが、邸宅を見たエステルとヨシュアは思わず顔をしかめる。

「ずいぶんと古い家だね」
「こんな幽霊屋敷みたいな場所に住めって言うの!?」
「どうやら僕達もカタリナさんに一杯食わされたようだね」

ヨシュアはそう言ってため息をつくと、門を開けて家の中へと入ろうとした。

「ちょっとヨシュア、本当にここで暮らさなくちゃならないの?」

エステルは焦ってヨシュアにそう尋ねた。
なぜならエステルは幽霊が大の苦手だからだ。

「この家を管理する仕事を引き受けたんだから、仕方ないじゃないか」
「でも……」

往生際の悪いエステルをヨシュアが玄関先でなだめていると、通りかかった老婆がエステル達に声を掛けて来た。

「お前さん達、この家に近づくのは止めな」
「どうしてですか?」

ヨシュアが尋ねると、老婆は低い声でこの邸宅は呪われていると話した。
この家に住んでいた人々は何かに怯えて逃げてしまったらしい。

「ヨシュア、やっぱりこの家は”出る”のよ」

老婆が立ち去ると、エステルは顔を真っ青にしてヨシュアに訴えた。
そこでヨシュアはエステルを安心させるための最終手段に出る。

「大丈夫だよエステル、僕が側に居るからさ」

ヨシュアがエステルの体を抱きながらそう言うと、エステルは顔を赤くして黙り込んだ。
家の中に入ると、前の住民が使っていた家具がそのまま残されていた。
ほこりを被ってしまっているが掃除をすれば十分に使えそうだ。
ベッドのシーツも破れていないのは幸運だった。

「さあエステル、日が完全に沈む前に掃除をしてしまおうか」
「ラジャー!」

元気を取り戻したエステルは、ヨシュアと共にダイニングキッチンのあるリビングや寝室の掃除をした。
綺麗になったキッチンで遅めの夕食を作り、さて後は寝るだけとなったところでエステルはヨシュアに不安を訴える。

「ねえヨシュア、今夜はその……あたしと同じ部屋で寝て欲しいかなって……」
「僕は隣の部屋に居るし、何あったらすぐに駆けつけるから心配しないでよ」
「分かったわよ」

ヨシュアが断ると、エステルは残念そうな顔をして寝室へと入って行った。
エステルはすっかりこの家が幽霊屋敷であると信じてしまっているようだ。
老婆の話は少し気になったが、自分達を遊撃士志望だと思い込んでいるカタリナが、危険な家に住まわせるとはヨシュアは思わなかった。
きっと幽霊騒ぎも迷信のようなものだとヨシュアは考えていた。
そしてヨシュアも寝ようと自分の寝室に入ろうとした時、エステルが血相を変えて部屋から飛び出して来た!

「エステル?」
「で、出たのよ!」
「怖いと思っているから、何かを見間違えたりするんだよ」

ヨシュアが一緒にエステルの寝室に入った時、何者の姿も無かった。

「ほら、誰も居ないじゃないか」
「おかしいわね……」

エステルは首を傾げながら再びベッドに潜り込んだ。
こうして、帝国に来て初めての日の夜は更けて行った……。


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