インフィニット・ストラトス~因果地平の番人~ (まぐお)
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2話 セシリア・オルコット
「クォヴレー!どうしてここに!?」
「一夏か。どうして、と言われると束の仕業としか言いようがない」
「姉さん…」
一時間目のISの基本論理が終わった後、クォヴレーは一夏と箒に詰め寄られていた。
束が中学生になった時にクォヴレーはこの世界に来た為、一夏と箒、そして千冬とも、面識がある。
一応束と同年齢ということになっている。
「驚いたなぁ。まさかクォヴレーもISを動かせるなんて」
「このままでは千冬か束のヒモにでもなりそうだったから丁度いいからな。折角ISを動かせるのだからここに来させてもらった」
「ヒモ…」
「まぁ確かに、そんな感じだったからなぁ…」
クォヴレーは一般常識に欠ける所があり、千冬と束に就職禁止令が布かれている。
というのもアルバイトをしていたクヴォレーが不当なクレームをする客に肉体言語でお話したのが原因で、常識を憶えてもクヴォレーの性格からして社会と触れるのは難しいと判断されたからだ。
よって、クォヴレーはISが開発されるまでは篠ノ乃家及び織斑家のお手伝いさんをやらされていた。
特に織斑家は千冬と一夏の2人しか居ない為、人手が増えるのはありがたかった。
家の事を気にしなくても良い為、一夏は剣道を続けられた。
家計は千冬がモンド・グロッソでの賞金、日本代表に送られる支援金などで案外余裕があった。
そうなると、家事しかしないクォヴレーはまさにヒモということになるのだ。
ここ最近は束の元に居たので一夏と箒はクォヴレーが何をしていたか分からない為、その言葉に納得してしまう。事実上篠ノ乃家が引っ越してからはヒモだったこともあって説得力は強かった。
「そういえば箒。新聞で見たぜ。去年、全国大会優勝したんだってな。おめでとう」
「ああ、俺もテレビ中継でだが見たぞ。束も興奮していたな」
「な、なんで新聞やテレビなんか見てるんだっ」
やや理不尽なことを言う箒。これが照れ隠しであるというのは誰が見ても明らかである。
そこに、思いついたようにクォヴレーが言う。
「しかし、一夏も箒もよく互いを認識できたな」
「ん?ああ、六年ぶりとはいっても幼馴染だぜ?そう簡単に忘れないよ」
「そっ、そうか…それにしても、クォヴレーは変わらないな」
一夏の言葉に照れる箒は、誤魔化すためかクォヴレーの話を振る。
何を隠そう、クォヴレーは初めて篠ノ乃家・織斑家と会った時から外見が変わっていない。
すこし、背が伸びて風格が大人っぽくなったくらいだ。
そこに休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「それじゃあ、また後で色々話そうぜ」
「そうだな。姉さんのことで聞きたいこともある」
「わかった。ではまた後でな」
3人は千冬が教室に戻る前に素早く席に着く。
ここで千冬が帰ってきた時にまだ席を立っていたらどうなるか容易に想像できるからだ。
ちなみに3人の話が盛り上がっていて声を掛けようにも掛けられない国家代表候補生がいたのに3人は気付いていない。
千冬と真耶が教室に戻ってきて、授業が再開される。
「……であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法に罰せられ……」
副担任の山田真耶はすらすらと教本の内容を述べる。
大体の生徒はある程度理解している様子だが、中に1人だけ頭から煙でも出そうな者がいた。
一夏だ。
真耶は一旦説明を終え、教室にいる生徒に聞く。
「この中で今の話に分からない所がある人はいますか?」
その言葉に反応し、素早く挙手する一夏。
そのスピードに少し驚きつつも真耶は一夏に何処が分からなかったか聞くと、
「全部分かりません」
その言葉に箒は額に手をやり、クォヴレーは何か焦った表情をし、千冬は呆れた顔で
「……織斑、参考書は読んだのか?」
と威圧感たっぷりな質問をする。
「えっと、何故か無くなったというか…」
「すまん一夏。先日久しぶりに織斑家に行って掃除をしたのだがうっかり捨ててしまったようだ」
修羅の如き姉の風貌に若干怯えつつ答える一夏とそれに弁明するクォヴレー。
その言葉を聞き、千冬のどこかが切れる音がした。
「クォヴレー貴様またなのか!?何故あの馬鹿の元にいたお前がISの参考書を間違って捨てるんだ!?」
「落ち着け千冬!その出席簿をしまうんだ…クゥッ」
振り下ろされる出席簿は過去一夏に振り下ろされたものよりも遥かにスピードを増してクォヴレーの頭に叩き込まれた。人造人間で軍人だったクォヴレーだが、これには反応できなかった。
千冬の様子に唖然となるクラス。それを感じた千冬を大きく咳払いをして言う。
「ンン!!後で再発行してやるから一週間以内に憶えろ。そしてゴードン、貴様は放課後私の所に来るように」
「いや、一週間であの厚さは…」
「…分かりました織斑先生」
千冬はいつもの教師の顔に戻り、一夏に言う。
「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」
一夏はクォヴレーを恨めしそうに見、クォヴレーは小さくすまないと一夏にだけ聞こえるように呟いた。
ちなみにこの2人、席は隣である。
何処か納得しないような表情の一夏の方を見る千冬。
「…貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思ってるな?」
ギクリ、と一夏の僅かに体が揺れる。
「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めるんだな」
その様子を見ながらクォヴレーは
(溺愛する弟にそこまで言うとはな。いや、溺愛しているからこそか)
と弟を思いやっての行動だと理解していた。
こうして2時間目の授業は終わった。
再び訪れた休み時間。また3人で集まっていたのだが、そこに1人の生徒が近づいてきた。
「ちょっと、よろしくて?」
その金髪の女子は何処か見下したような感じで一夏、そしてクォヴレーに話しかける。
その目はまるで品定めをするかのようだ。
「訊いています?お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
「何の用だ?」
一夏は少女の態度に戸惑いつつ答え、クォヴレーは己の知識から彼女の事を引き出していた。
(セシリア・オルコット、イギリス国家代表候補生。搭乗機は第三世代兵器であるBT兵器『ブルーティアーズ』の試験機、第三世代IS『ブルーティアーズ』射撃に特化していてその殆どがレーザー兵器、か)
一夏とクォヴレーの答えにその女子、セシリア・オルコットはわざとらしい程に声を上げる。
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
それを聞いた3人は顔を顰める。行き成り話しかけてきたのはあちらであって、こちらはこちらで積もる話もあったのだ。一夏はセシリアに答える。
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
一夏の答えはセシリアの気に召さないものだったようで、吊り目を細め、男を見下した口調で続けた。
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
セシリアは一夏の答えを信じられないと言う目で見る。
「あ、質問いいか?」
「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「代表候補生って何?」
聞き耳を立てていたほぼ全員のクラスメイトがずっこけた。それは一夏の自己紹介を髣髴とさせるものだった。
「あ、あ、あ…」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」
物凄い剣幕でセシリアは一夏に聞く。
「おう。知らん」
「…………」
セシリアは怒りが一周したのか冷静になり、こめかみを人差し指で押さてぶつぶつと言い出す。
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」
そのセシリアの言葉に3人は更に顔を顰めた。
当然だ。自分の国を未開の地扱いされて怒らない者はいない。
クヴォレーとしても日本という国は縁があるし、もう何年も住んでいるのだ。
流石にフォローするべきだろうと考え、クォヴレーは一夏に言う。
「一夏。代表候補生というのは言ってしまえば国家代表、つまりは昔の千冬と同じ立場になるかもしれない何人かいる候補のことだ。一言で言うならエリートだな」
「そう、エリートなのですなのですわ! 本来なら、わたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡! 幸運なのですわ! その現実をもう少し理解していただける?」
「よっしゃーらっきーだぜ」
「なら代表と生活していた俺達は
「…あなた方、わたくしを馬鹿にしてますの?」
一夏クォヴレーの態度が気に食わないのか、また言葉を投げかけるセシリア。
「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」
「あれ?俺は兎も角クォヴレー、確か…」
「ん?ああ、束の助手をやれる程度にISの知識は身につけているが。果たして代表候補生よりも知識があるかは分からんな」
セシリアの言葉に違和感を覚え、一夏はクォヴレーの方を向く。
クヴォレーはあえてああ言ったが、何人かいる代表候補生と『天災』篠ノ乃束の助手だったらどちらがISに詳しいかは一目瞭然である。皮肉を返されたセシリアは負けじと
「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら、教えて差し上げてもよくってよ? 何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
と言うのだが、そこに一夏がまたしても爆弾を投下する。
「入試があのISを動かして闘うのなら、俺も倒したぞ教官」
「…わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「一夏は特別な例だ。恐らく数に含まれてはいまい」
「そういう貴方はどうですの?」
「束の元にいて入試くらい勝てなくては彼女に顔向けできん」
「な、な、な」
セシリアは顔を驚愕の色に変え、2人に何かを言おうとしたが予鈴に阻まれてしまう。
「また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
あまり3人で話せなかったことに憤りを感じたが、三時間目は真耶ではなく千冬が入ってきたことで思考をやめて聞く体制に入る。箒が空気になり気味だったが、気のせいだろう。
「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」
何か大切な事があるのか真耶はノートを持っている。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
ふと、思い出した様に千冬が言う。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりでいろ」
ざわっとクラスが色めき立つ。
「はいっ織斑くんを推薦します!」
「私もです!」
「では候補者は織斑一夏……他にいないか?自薦他薦は問わないぞ」
「お、俺!?」
一夏はつい立ち上がってしまう。
「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にいないのか?無投票当選だぞ」
「なら俺はクォヴレーを推薦する!」
一夏の言葉にクォヴレーは特に反対することもせず、ただ目を閉じていた。
これからおきるであろう厄介ごとに備えて。
「ふむ…織斑に、ゴードンか。他にはいないか?」
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
セシリアが机を叩き、異議を唱える。
「そのような選出は認められません!! 大体、男がクラス代表だなんていい恥曝しです! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
何で立候補しないんだ…それは恐らくこの場の総意だろう。
セシリアは言葉を止めない。
「実力から行けば私がクラス代表になるのは当然、それを物珍しいからと言う理由で極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来たのであってサーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
クヴォレーは一夏と箒の方を見る。
一夏と箒は先程会話を邪魔されたこともあって、彼女を睨むように見ている。
しかし、彼女は何を考えているのだ。このクラスの大半が日本人だというのに、そんな事を言ってしまってクラス代表に推薦されるとでも思っているのだろうか。
「いいですか!? クラス代表とは実力トップがなるべき、そしてそれは私ですわ!」
そろそろ、一夏の堪忍袋の緒が切れる頃だろう。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛」
「イギリスだって大概だろ。イギリスだって世界一不味い料理で何回ブリュンヒルデなんだよ」
一夏の言葉に顔を真っ赤にさせるセシリア。
「あ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しましたわね!?」
「ふん、あれだけ言っておいてよく言う」
今度は箒がセシリアの言葉に反応する。
クヴォレーはセシリアにあることを
「セシリア・オルコット。その態度からして知らないようだが…」
少し間を空けるクォヴレー。何を言うのか、クラスの空気が止まる。
「IS開発者の篠ノ乃束、そして初代ブリュンヒルデ織斑千冬は、日本人だ」
「そんなことは知ってますの!」
「そうか。ならオルコット。お前は彼女達も自分には劣る猿で、ISは文化的に後進的なんだな。ありがとう、よくわかった」
クォヴレーの言葉にハッとなるセシリア。その顔色は悪い。
当然だ。言ってしまえば、今目の前の教壇に立つ人類最強と呼ばれる千冬と天災とまで呼ばれる稀代の天才、束も恐れるに足りない、と言ったのと同意義だからだ。
セシリアは誤魔化すように声を張り上げて一夏とクォヴレーに言った。
「決闘ですわ!」
「四の五の言うより手っ取り早いし、いいぜ。やってやるぜ」
「俺も問題ない」
こうして、3人は一週間後の月曜の放課後、第三アリーナでクラス代表を掛けた決闘をする事になった。
_おまけ_
ク「オルコット」
セ「なんですの」
ク「親切心で言ってやるが、今後決闘を申し込むのはやめておけ」
セ「何故ですか」
ク「IS学園は治外法権だからどうかは分からんが、日本には決闘罪が存在する。法律違反だな」
セ「あ」
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