ARMORED CORE/to Stratos (荒地)
次の話 >> しおりを挟む/しおりを解除
1st stage
一年一組と表札の掛かった教室は、築10年未満という経年通り真新しさすら感じさせる部屋だった。教室の向かって右側にある枠が大きく取られた窓から差し込む陽光は、設計通り照明要らずに貢献していた。海沿いに建てられた校舎からは、当然のごとく海が一望できる。
「全員揃ってますねー。それじゃあSHR始めますよー」
と、教壇に上がった副担の山田女史が笑顔で宣言。
特徴としてはまず低身長。生徒と大差なし。服はサイズが合っていないのか、全体的にだぼついている。うん、本当に教師か?
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「…………」
張り詰めた空気の中で、誰も反応を返さない。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
うろたえる副担が可哀想に思わなくもないが、周りから抜き出るような気力もない。
あとさっきから前の席の奴が妙に緊張している。そりゃまぁ、世界で今最も有名な男なら仕方ないだろう。しかも席は中央最前列。おかげで視線がこっちにも刺さる。元々ここの課程、女子校みたいなものだし。珍獣を見るような視線だ。
「織斑くん、織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
と、早々に目前まで順番が回ってきたらしい。世界で二人だけというある種貴重な体験を共有する相手は、どうも上の空で窓際の方を見ていた。思わず裏返ったんだろうその声に、周りからくすくすと笑いが起こる。
さて、そろそろ自己紹介の内容でも考えますか。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『A』から始まって今『O』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
何度も何度も頭を下げるものだから、サイズの合ってない眼鏡がずり落ちそうになっている。先生、副担とは言え教師なんだから、もっと自信持ちましょうよ。口には出さずにそっと応援してみる。
「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」
がばっと顔を上げ、前の生徒の手を取って熱心に詰め寄る山田女史。――哀れなるかな、『織斑一夏』なる生徒はまた周りの注目を引き付けていた。しっかりと立ち上がり、後ろを振り向く。
「えー……えっと、織斑一夏《おりむらいちか》です。よろしくお願いします」
儀礼用の礼を一つ、そして視線を前に向ける。
……え、それだけ?
そんな空気が教室に溢れている。だらだらと冷や汗を流す織斑は、息を吸い込み、意を決したように口を開いた。
「以上です」
がたたっ、と周りで椅子から滑り落ちる音がした。山田女史に至ってはもはや完全に涙目だ。
と、そこへカツカツと歩いてくる女性が一人。黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているが決して肉厚ではないボディライン。狼を思わせる鋭い吊り目。一時は世界の頂点にいたそれは――
(織斑千冬……!?)
パァン! と、炸裂音にも近い音を立てて、振り上げた名簿表を織斑一夏の頭に直撃させた。角度といい速度といい、下手をすれば人間ひとりくらい死ぬんじゃないだろうか。
「げぇっ、関羽!」
恐る恐る振り向いた織斑一夏の第一声がそれだった。ジャパニーズ『ボケ』と言うやつだろうか。もっと師匠に聞いておくべきだった。
パァン! と再び炸裂音。頭の腫れが酷いことになってきたような気がする。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
トーン低めの声は、以前間近で見た時と変わらぬものだった。
「あ、織斑先生。もう会議は終わったんですか?」
「あぁ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
さっきの涙声はどこへやら、山田女史はやや熱っぽい声と視線を織斑教諭に向けている。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事はよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十六才を十七才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな」
言う事聞いてる時点で結構逆らえてない気がする。そう思ったのも束の間、教室に黄色い悲鳴が響き渡った。
「キャ――――! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」
なんて人気ぶり。正直ついていけない。
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
降り注ぐ声援を、しかし織斑教諭は鬱陶しそうな顔で聞いている。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
きっと大半の生徒の目的が同じだから比率は変わらないんじゃないだろうか。
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」
…………なんだ、マゾヒストの集団なのかうちのクラスは。黄色い悲鳴で頭がガンガンする。
と、織斑教諭の視線は既に織斑一夏に向いていた。
「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は――」
パァンッ! 本日三度目の炸裂音。巷の噂を信じるなら、織斑一夏の脳細胞は一万五千個ほど死んだことになる。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
その一連の流れで、まぁクラス中に織斑姉弟の関係性が知れたわけで。
「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟……?」
まぁそうなるんだろうな。
「それじゃあ、世界で二人だけ男で『オリジナル』を使えるっていうのも、それが関係して……」
じゃあ俺の因果関係はどうなるんだ。
「ああっ、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」
それは死ぬからやめておけ。
ともあれ、今ここに、世界で二人だけ『オリジナル』を使える男が、国立IS学園パイロットⅠ科にいる。
IS学園というのは、『日本国籍の狂人が作ったISのせいで世界が混乱してるから責任とって育成機関を作って各国の為に提供、技術の開示を行うこと。でも運営資金は自腹な?』という因縁としか取れないような国連――というか某超大国――の要求に日本が応えてできた学園だ。さきほどの『オリジナル』のパイロットを育てるパイロットⅠ科、『コピー』のパイロットを育てるパイロットⅡ科、その他に整備科、兵装科、電子科といくつかの課程から構成された教育機関という名目の一大実験場である。
とかなんとか思っている間に、山田女史の視線がこちらを向いていた。
「じゃあ次は、オースティン君。自己紹介お願いできる?」
と、随分と調子を取り戻したらしい山田女史に指名され、立ち上がる。
「あー、はい――ルーク・オースティンっス。趣味は機械弄りとかその辺。今は学生やってるけど本業は傭兵ッス。まぁそんな感じなんで、今年一年よろしくッス」
悪くない自己紹介だと思ったのだが、何故か織斑教諭の呆れた溜息が耳朶に入ってきた。
「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」
すらすらと教科書を読んでいく山田女史。しかしこれは……。
「…………うーむ」
基礎理論にどうして教科書一冊分も使うんだ? それも特注武装のマニュアル並みの分厚さの。目の前の席で頭を捻ってる奴以外はそれでいいらしいが。もっと解りやすくまとめられないものだろうか。無理か。
「あ、あの、二人とも、何かわからないところがありますか?」
こっちの様子に気付いた山田女史がわざわざ訊ねてきた。
「あ、えっと……」
「そうッスねぇ……」
どう答えたものだろうか。
「わからないところがあったら訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
えっへん、とでも言いたそうに胸を張る山田女史。
「先生!」
「はい、織斑くん!」
やる気だなぁ、二人とも。まぁたぶん――
「ほとんど全部わかりません」
だろうな。
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
織斑一夏の一言に、山田女史の顔が引き攣った。
「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」
山田女史が挙手を促す。他は――誰もあげないか。うん、だろうなやっぱり。IS学園にいるということは、早くて小等部から、遅くても中等部最終学年からみっちりISについての知識を詰め込んでいるということだ。よっぽど特殊な場合を除いて、基礎理論がわからないなんてことはない。
かく言う自分は特殊な場合の方なんだが。
「オ、オースティン君はどうですか……?」
「あぁ、俺はまぁ、ほら、理論は分からないんスけど、扱いは慣れてるッスから」
「え、えぇ……?」
山田女史の顔の引き攣りが強くなっていく。
「……お前達、入学前の参考書は読んだか?」
教室の端で控えていた織斑教諭が口を開いた。そして、
「古い電話帳と間違えて捨てました」
パァンッ! 名簿表が一夏の頭を捉えた。
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」
くるりとこちらに向き直り、
「お前は?」
睨まないで欲しいなー。
「そもそも貰ってないんスけど」
「……何?」
「ほら、家庭の事情的に、住所が転々と――あぁ、住所ないから郵送しても届かないッスね。そんなわけで届いてないッス」
あ、溜息つかれた。
「あとで再発行してやるから一週間以内に憶えろ。いいな」
「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい。やります」
電話帳か……嫌になるな。
そんなことを考えていると、
「ISはその機動力、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても憶えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」
正論だな。兵器には規則《マニュアル》と規制《ルールブック》がつきものだ。
「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」
織斑教諭の視線が、織斑一夏に突き刺さる。
「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
辛辣な言葉。
ふと、織斑一夏の雰囲気が変わった。何かを覚悟したような雰囲気だ。
「え、えっと、二人とも。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ね? ねっ?」
「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」
「右に同じくッス」
それを聞くなり、何故か山田女史の顔に赤みが差していく。
「ほ、放課後……放課後に教師と生徒が……。あっ! だ、ダメですよ、二人とも。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……」
どこかへトリップしていってしまった。大丈夫だろうか。
「で、でも、やっぱり……」
「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」
「は、はいっ!」
織斑教諭の咳払い一つで現実に引き戻される山田女史。
そして慌てて教壇に戻って――こけた。
「うー、いたたた……」
(……『山田真耶』って、元代表候補生ッスよね……?)
よく候補に挙がったな、この人。
色々と逸れた授業が終わり、短い休み時間がやってきた。と、
「はぁ……」
盛大に、それはそれは盛大に、目の前の席で溜息が漏れた。
「はぁ……」
これ見よがしに、もう一つ。
話し掛けろと? そういうことなのか?
「あの、どうかしたんスか?」
流石にこれ以上溜息を聞かされたら嫌になりそうだ。というわけで話し掛けてみる。
「いやさ、なんというか……やっぱり全然ついていけない」
「まぁ、仕方ないんじゃないッスか? 何の予備知識もなくISの理論を理解しようなんて、土台無理な話ッスよ」
「そっちはどうなんだ? 扱いは慣れてるって言ってたけど」
「俺、これでも傭兵ッスから」
「よ、傭兵……?」
「そう、傭兵」
こうして特殊な環境にあるのだから、それを使わない手はない。と、師匠やら周りの人間から散々言われてきた。
実際、これで結構生計が成り立つのだからボロイ商売だと思う。紛争地帯からは引っ切り無しに依頼が来るのだから。……学生になるにあたってその手の依頼はカットされたが。
「何か知らないけど……大変なんだな、お前も」
「最近は専ら試作品のテスターばっかやってるんスけどね」
ひたすら試験場に篭りっ放しというのは如何なものかと思うが、代表候補生に自由などないと言わんばかりの待遇なので、もう諦めている。
「――あのさ、よかったら、色々教えてくれないか?」
と、何気なく差し出される右手。
「……俺でよければ、構わないッスよ」
数秒だけそれを眺めて、こちらも右手を差し出し、相手のそれを掴む。
「改めて自己紹介。俺は織斑一夏、一夏でいいぜ」
「ならこっちはルークで。よろしく頼むッスよ、一夏」
互いに笑みを交え、握手を交わす。
……思い返せば、男の知り合いというのはかなり少なかった気がする。
はじめましての方ははじめまして、そうでない方はお久しぶりです、朝宮です。
加筆修正を加えながら再投稿ですので少々時間が掛かるかも知れませんが、皆様にお楽しみいただければ幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。
※感想・誤字脱字報告お待ちしております
次の話 >> 目次 感想へのリンク しおりを挟む/しおりを解除 ページの一番上に飛ぶ