12年間のジャーナリズム活動において、私は多くの編集者に恵まれた。
それは新聞、雑誌、本、ネットなどの媒体を問わない。どこの世界にでも素晴らしい人物はいるものなのだ。
私自身、多くの事柄をそうした編集者たちから学んだものだった。
もちろん、反面教師もいる。だが、それはそれで、「教師」というだけあって学ぶことも少なくなかった。
一方で、そうした編集者たちとジャーナリズムのあり方で意見交換することが無くなってきていることも気になっている。それは不断に語られているのかもしれず、単に私の周辺だけで、そうした青臭い理想論を語られることが少なくなったのもかもしれない。
それならばそれで、「あぁ、自分もこの業界ではベテランになっていたんだなぁ」とも思い、一抹の寂しさも感じるものだ。
私が新聞・雑誌などに寄稿し始めた1999年当時に担当してくれていた編集者たちのほとんどが、編集長やデスクなどの「管理職」に出世してしまっている。
思えば、これまでいろいろな媒体に寄稿したり、連載してきたものだ。
文藝春秋、週刊文春、諸君!、新潮45、週刊新潮、月刊現代、G2、週刊現代、SAPIO、週刊ポスト、週刊朝日、サンデー毎日、ウィークリー読売、週刊プレイボーイ、朝日新聞、毎日新聞などなど。
そこでは徹底した取材方法と雑誌記事の書き方のイロハを教えてもらったし、あるいはまた文章構成の術や取材時の着眼点などのジャーナリズムの基本を教えてもらったりした編集者たちがいた。
だが、その当時ですら、私は納得できずにいつも一部の編集者とぶつかっていた事柄があった。
それが、冒頭のフレンチの言葉とも関連するものだ。