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この巨大なアメリカという鏡
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NHKスペシャル『中国文明の謎』 - National Identityとしての夏
NHKが日中国交正常化40周年を記念して制作した特集『中国文明の謎』、その第1回「中華の源流」が一昨日(10/14)放送された。3回シリーズで古代中国文明を追いかけている。久しぶりにNHKが中国史の大型番組を手がけると聞き、その報に接したときから注目していたが、第1回は期待に違わぬ本格的な内容に仕上がっていた。両国の研究者が密接に協力し、そこにNHKが共同して作品を作っていて、1996-97年の傑作『故宮』の頃を彷彿とさせる。中国史を講義させたら、この30年、NHKの右に出る者はいなかった。NHKが中国史の最高のアカ デミーであり、最も優れた教育機関だった。NHKで中国史の特集があるときは、教室でノートを録る気構えでテレビに向き合っていて、私にとってはまさにNHKが中国史の権威である。そのNHKが、『故宮』を最後に中国史の制作と放送を止める。政治が理由だった。本来、『故宮』を超える作品が、新しい研究成果を導入して中国史を再構成する作品が、2002年か2007年に放送されてよかった。政治が右傾化を続け、世論の反中反共の毒素が滾り、親中派の外務官僚がパージされ、NHKでも日中友好系が粛清された。アカデミーは廃墟となってしまった。残念と言うほかない。中井貴一がナビゲートする今回の新シリーズは、佳作には違いないが、『故宮』や『大モンゴル』には迫力と情熱で劣る。


喩えて比較を言うなら、『故宮』が『大地の子』で、新作の『中国文明の謎』が3年前の『遥かなる絆』だ。スケールとエネルギーが小さい。さて、第1回は最古の王朝とされる夏にスポットを当て、ここから中国4000年の歴史が始まることを強調して説明していた。近年の考古学の発掘調査成果を得て、中国における中国史が、従来は伝説上の王朝としてきた夏の実在を認め、さらに中国人のアイデンティティをここに定礎する教育に変わっている。ネットの情報では、まだ学問的に実在は未確定とする説もあるが、当の中国が考古学の調査で証拠を掘り出して学説を固め、それを京大の研究者がエンドースし、NHKが特集番組でオーソライズした以上、夏王朝の歴史的実在が覆ることはないだろう。今回、中国社会科学院考古研究所による河南省二里頭の発掘調査の撮影映像がNHKに提供され、夏王朝の宮廷跡と思われる土中から、トルコ石のモザイクタイルで造形された「龍」の器物が出土する様子が紹介されていた。映像を海外に見せるのは初めてだと言う。ここで、またしても想起するのは、1986年の三星堆遺跡の発掘に立ち合い、歴史的な長江文明(蜀)の発見を日本に伝えた梅原猛のことである。二里頭で「龍」が出土したのは2002年、中国(社会科学院)が二里頭を正式に夏の都邑と認め、その歴史的確定を積極的にアピールし始めたのは2005年である。

二里頭遺跡の発掘には、日本の考古学者や歴史研究者が関与していない。本来、この成果を検証に耐えられるものにして、科学的に確実なものとして世界に認めさせる上では、日中で共同作業する形式にした方が具合がいいし、中国のような(海外から不審の眼差しを受けやすい)国では尚更そうだろう。しかし、政治的に日中関係が悪化し、そうしたアカデミーのチームワークは実現しなかった。二里頭遺跡の考古学調査とその結果について、あるいはそこに何らかの考証上の瑕疵が潜んでいるかもしれず、政治的思惑の強引な影響があるかもしれない。日本の右傾化と反中化が甚だしくなり、中国は日本を信用できなくなり、最早、1980年代のようなアカデミーの蜜月はない。実は、今回の東博の「中国 王朝の至宝」展には、夏の時代とされる文物、すなわち二里頭からの出土品が4点しかない。トルコ石の「龍」の器物もない。NHKの放送でも、発掘した品々の一覧の情報がなかった。殷に攻め滅ぼされた際の人骨についても、説明はあったが、写真や映像や場所などの詳細情報は示されていない。あるいは、中国(社会科学院)においても、二里頭遺跡の考古学的認証については、若干の不安定な要素を抱えているのかもしれないという憶測を抱く。と同時に、経済大国になった中国の自信が、ナショナル・アイデンティティの根拠として夏を求め、その象徴的意義を定立させ、拡大させているように見える。

番組では、京大人文研の岡村秀典が登場し、二里頭遺跡の宮廷跡の図面を分析しつつ、正殿が南の手前に配置され、多数の人を収容する広い中庭があり、四方を回廊で囲む建築設計の特徴から、この基本構造が20世紀の清の時代まで続いた中国王朝の宮廷様式の最初のモデルだと指摘する。その説明は当を得ているし、きわめて重要で有意味な思想史的事実だ。ただし、問題は、その二里頭遺跡の宮廷跡の年代推定である。図面にある礎石や柱穴の位置や大きさが正確であったとしても、もし年代が、中国社会科学院が特定するBC16-17世紀より後のものであれば、周代や春秋期の遺構ということになる。その可能性がある。そうではなく、間違いなくBC16-17世紀の夏王朝の遺跡であると断定するのなら、出土品の放射性炭素の測定だけでなく、地層の堆積分析の証明が必要だ。今回の放送では、地層に関するデータの説明は特になかった。今、発掘した宮廷遺跡は地中に埋め戻され、地表はトウモロコシ畑になっている。もし、それを本当に夏王朝都邑の宮廷跡として認定するなら、掘り返して外国人研究者に検証させ、兵馬俑のように全体を博物館化する必要があるだろう。番組でも紹介があったが、夏王朝の歴史的実在は、「夏商周断代工程」という国家プロジェクトによって作業が進められ、判定が下されている。つまり、少なからず政治的意味が濃い。現在の日中関係を考えたとき、私は、何となくこの歴史認識に危うさを感じる。

もう一つ、番組の中で気になる部分があった。それは、司馬遷の史記の夏王朝論である。番組では、水墨画のアニメで演出しながら、次のように説明した。「史記は、夏王朝の成立を洪水の時代の物語として描いている」「この時代、人々は洪水で苦しめられ貧しい生活を強いられた」「治水に長けた一人の若者が、国中を回って灌漑技術を駆使し洪水を鎮めた」「人々は若者を王として迎え、こうして夏王朝が始まった」。この認識と説明は、NHKが原作した夏と禹の歴史物語としては悪くないが、司馬遷の史記の記述(本紀)とはかなり内容が違う。周知のとおり、史記では、夏は三皇五帝の後に続く中国初の世襲王朝で、その初代が治水カリスマの禹である。堯と舜という、周代以降、理想の徳治の帝王として崇敬される二人が禅譲で王権をリレーし、舜が禹の灌漑技能を買って後継者に指名する。禹もまた有能な部下の益に禅譲するが、益は禹の死後3年の喪明けに帝位を禹の子の啓に譲り、かくして平和的な禅譲を通じて世襲制の夏王朝が確立する。洪水と治水という要素は同じだが、禹と夏をめぐる史記の歴史認識というのは、何より禅譲と世襲という物語がキーである点は論を俟たない。NHKの物語には、堯も舜も登場しないのであり、禅譲で禹が帝王に即いた経緯が落とされ、民主主義によって禹が王に選出されたかの如くだった。マンガのカットで演出しつつ、恰も司馬遷がそう書いているように言うのである。これはどういうことなのだろうか。

人民中国(社会科学院)が、禹と夏の歴史認識として、NHKが示した物語を一般化しているのだろうか。そう考えれば、少し辻褄が合う感じがする。PRCとしては、中国文明の源流として措定し、ナショナル・アイデンティティの核心として位置づけた夏を、帝位の禅譲だの世襲だのという、言わば上からの物語にはしたくないのだろう。デモクラティックでピープルズな、下からの理想的な物語をそこに据えたいはずだ。おそらく、こうして人民中国(PRC)は、司馬遷という偉大な先哲を尊重し、中国の正統歴史(史記)の基本線を崩さず、それをトレースしながら、ソシャリスティックな原理での読み替えを施し、物語としては別のものに鋳直しているのである。人民中国による自己の古代の歴史認識であり、人民中国の過去(華夏)から現在(PRC)までの流れをこのように固め、人々に積極的な自己像を意識づけているのである。NHKの『中国文明の謎』は、東博の「中国 王朝の至宝」展とはパラレルに、司馬遷的な正統史の視点で構成されている。この番組では、中国の本質に迫る方法で中国史が説得される。したがって、展示会では重要な位置を占めた蜀(長江文明)が捨象された。東博の方は、NHKとは逆の方法で中国史を説明するのであり、テーマは多様性だ。同じ時代に、中国の各地で個性ある豊かで多様な文化が花開いていたことが強調される。個性を持った各民族が、いかに多様な文化を育み、悠久の中国文化史を豊かに彩ったかが提示されていて、本質だとか核心だとかは追求されていない。

東博の展示会とNHKの歴史特集。国交正常化40周年の日中文化事業は、かくして二つの異なる方法の中国文化論、中国文明論をわれわれに提供し、中国史とは何かを考えさせてくれている。


by thessalonike5 | 2012-10-16 23:30 | Trackback | Comments(0)
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