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ドクタービジット 放射線、正しい知識が味方

2012年9月13日付 朝日新聞東京本社朝刊から

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 現役の医師が子どもたちに授業をする「ドクタービジット」(朝日新聞社、日本対がん協会主催)が7日、東京電力福島第一原発の事故の影響で今も避難生活が続く福島県飯舘村の飯舘中学校の仮設校舎(福島市飯野町)でありました。放射線医学が専門で住民との相談会も続ける中川恵一・東京大准教授が「放射線を知ろう」をテーマに「現在の福島の放射線量は、世界的に見ても決して高くない。安心してほしい」と113人の生徒たちに優しく語り掛けました。村教育委員会が2学期から取り組む放射線教育の皮切りとなる特別授業です。

東京大学准教授
中川恵一さん@福島・飯舘中学校

写真1 仮設校舎の多目的ホールで特別授業をする中川恵一さん。以前の校舎の大型写真が後ろの壁に飾ってあった=福島市飯野町、麻生健撮影 拡大

地図 拡大

写真2 工場を改修して造った飯舘中学校の新しい仮設校舎。2学期から生徒たちが学び始めた=福島市飯野町 拡大

 私は中川恵一という医師です。放射線でがんを治したり、苦しいという患者さんのつらさを軽くしたりする仕事をしています。52歳です。

 みなさんの間では、子どもが産めない、がんが増える、そんな誤解があるようです。そう思うのは、大人が悪いんだと思います。みなさんには放射線について正しい知識を持ってもらいたい。


◆ 決して高くはない ◆

 放射線を浴びると遺伝子が傷つき、がんになることがある。でも私たちは、元々放射線を浴びながら暮らしてきた。傷ついた遺伝子を治す力もちゃんと持っています。

 私たちは、地球の内部から出る放射線を常に浴びている。原発事故とは関係なく、日本人は年間約2ミリシーベルト被曝(ひばく)しています。自然被曝と言いますが、米国は約3ミリシーベルト、フィンランドは約7.5ミリシーベルトある。

 平均的な日本人の年間被曝量は約6ミリシーベルトです。自然被曝の2ミリシーベルト以外に、病院の検査で4ミリシーベルトを浴びます。いつでもどこでもいい医療を受けられる日本は、病院での被曝量が世界一多いけれど、世界で最も長生きの国になりました。

 福島県民の外部被曝量を調べた最新のデータによると、住民の99%が10ミリシーベルト未満で、6割の人は1ミリシーベルト以下。現在の福島は、世界的に見ると決して被曝量が高いわけでありません。

 世界の専門家が慎重に検討を重ねた結果、年間10ミリシーベルト以下の被曝なら、子どもでもがんになる危険性は増えないと考えていいということになった。大人なら20ミリシーベルトまでは安心していい。逆に100ミリシーベルトを超えると危険ということもわかった。

 原発事故があったチェルノブイリでは、子どもの甲状腺がんが増えた。「放射線を出すヨウ素」の影響を受けたからです。一方、日本では、あまり取り込まれなかったというデータがあります。海藻を食べるので体の中のヨウ素が足りていたからだと考えられる。だから、福島の子どもたちに甲状腺がんが増えることはないでしょう。


◆ 安心して結婚を ◆

 チェルノブイリでも、これ以外のがんは増えたというデータはない。それから考えると、福島でがんが増える理由はない。君たちは、安心して結婚して子どもを産んでいいんです。おかしな情報に惑わされないようにしてほしいと思います。

 けれども、それとは関係なく、すでに日本は2人に1人が、がんになる世界一のがん大国です。食事や運動で生活習慣を見直し、きちんと検診を受けて早期発見することは、また大切なことです。

 がんについて言えば、生活習慣の影響がはるかに大きい。良くないのはたばこ。毎日たばこを吸うと、がんになるリスクは、約2千ミリシーベルトもの被曝と同じくらいになります。

 広島の原爆はよく知ってますね。数多くの人が大量の放射線を浴びた。今、広島市は政令指定市の中でトップクラスの長生きの都市です。健康診断やがん検診がきっちりと行われたから。福島も同じことが出来るはずです。

(構成・田之畑仁)

◆「家で共有したい」◆
 生徒代表の飯舘中3年・菅野大輝君(14)の話 福島第一原発の事故の後は、いつも頭のどこかで健康への不安があり、何を信じていいのかわからず、気持ちが落ち込むこともあった。今回の授業で、安心して生活しても大丈夫ということを学べた。授業の内容を家に帰って家族に話し、知識を共有したいと思う。



◆ 独自に指導計画、学年ごと丁寧に ◆


グラフ1 放射能や放射性物質への主な意見 拡大

グラフ2 帰村についての意見 拡大

 計画的避難区域に指定され、住民約6500人が避難している飯舘村は、2学期から福島市と福島県川俣町につくった仮設の小中学校で、放射線について教え始める。ドクタービジットは、その最初の授業だ。

 小学校児童は222人、中学校は113人。子どもの成長に応じて教える内容をきめ細かく分け、徐々に知識を深めていく狙いだ。

 同村教委は放射線教育指導計画を独自につくった。計画書には放射線の知識を「これからの社会を生き抜くためには、必ず身につけなくてはならない大切な力」と記した。子どもたちは今後も汚染とつきあっていかなければならない。内容は暮らしに関わる実践的なものが多い。

 小学1、2年生では、校庭などで遊ぶ際、雨どいや側溝など、放射性物質がたまりやすい場所を避けることの大切さを学ぶ。うがいや手洗いの励行、砂ぼこりが舞うときはマスクをするなど、放射性物質を体に取り込まない基本動作も身につける。5、6年になると、体の外から放射線を浴びる外部被曝と、体内に取り込んだ放射性物質による内部被曝があることを知ってもらう。中学では、飛行機に乗っても、エックス線検査を受けても被曝することを学習する。

 村立飯樋(いいとい)小学校の大越一也校長は「子どもたちに安心と断言しにくい半面、怖がらせてもいけない。計画書に沿って授業をする中で、教師には配慮するようお願いしている」と話す。

 文部科学省や福島県教委によると、こうした独自の取り組みは珍しい。同村教委の広瀬要人(かなめ)教育長は「ローカルの教育で終わらせたくない。風評被害や差別につながるような誤解が起こらないよう、放射線教育が広がり、みんなの知識を深めるきっかけになってほしい」と話している。


◆ 村民に不安感、専門組織でケア ◆

 ここまでの道のりは、平らではなかった。

 村教委は昨年末に準備を始めて1学期の開始を目指していた。2学期にずれ込んだのは、60人余の教師の不安も強く研修など準備に時間をかけたためだ。

 研修の講師を務めた伴信彦・東京医療保健大教授は「教師もまた被災者で、教えるべき内容はひとごとではない。自分自身が納得した上で教えたいという思いが伝わってきた」と話す。

 村教委によれば、保護者への配慮もあった。放射線リスクの考え方は多様だ。「学校で学習した内容は間違っている」「何を根拠にそう言えるのか」などと言われた場合、対応を心配する声もあがったという。

 飯舘村が6月にまとめた村民アンケートでも、放射能や放射線について「いろいろな意見があるのでどれが本当なのかわからない」が7割近くに上る。

 飯舘村は7月、放射線量に応じて、3区域に再編された。早期帰還を目指す避難指示解除準備区域(年間被曝線量20ミリシーベルト以下)▽帰還まで数年程度かかる居住制限区域(同20超〜50ミリシーベルト)▽5年以上戻れない帰還困難区域(同50ミリシーベルト超)に分かれた。

 今後、除染や帰村に向けた作業が進められるが、6月のアンケートでも避難解除された場合の帰村について「帰らない」は33.1%を占めた。「すぐには帰らない」も45.5%だった。「帰りたい」は12.0%。

 同村は今年度、村民の心のケアや放射線を正しく理解してもらうため、健康リスクコミュニケーション推進委員会をつくった。藤井一彦健康福祉課長は「避難生活が長引くにつれて村民の帰村への思いはさまざまにわかれているが、放射線の正しい理解をしてもらい選択してほしい」という。

(編集委員・服部尚)


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