海外TVドラマ映画鑑賞BEST5
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姿三四郎

1943年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 富田常雄
音楽 鈴木静一
撮影 三村明
姿三四郎
★★★★★   ドラマ/アクション/青春(白黒) テレビ放送
出演 藤田進(姿三四郎)、轟有起子(村井の娘・小夜)、大河内傳次郎(矢野正五郎)、月形龍之介(檜垣源之助)、志村喬(村井半助)、高堂国典(和尚)
内容
明治15年、柔術家を目指して上京した姿三四郎は、柔術を近代化した「柔道」を提唱する矢野と出会い、その強さと人柄に感銘を受け弟子入りする。やがて、柔道家として成長し四天王と呼ばれるほどに強くなった三四郎だったが、その強さにうぬぼれ、矢野にいさめられることに。そんな矢野に反発を覚えた三四郎だったが…。一人の青年が挫折を経験し、大きく成長する姿を描いた、黒澤明監督の記念すべき監督デビュー作。(from:NHKBS)
感想
監督をはじめとする制作関係が知らないところで30分近くも勝手にカットされ、所々、話が飛んで分かり辛くなっているのが本当に残念。それでも処女作品とは思えないほど、師弟関係を中心に描いたヒューマニズム、あっと驚くアクションの白熱した柔道シーン、イライラするほど硬派な男のロマンスと、てんこ盛りで面白い。無骨だが赤ん坊の様に純粋無垢な姿三四郎を演じる藤田進が素朴で良い。また、彼を父のように厳しく指導する懐深い師匠と、母のように暖かく見守る住職、対決の後も父子のように絆を深め合う村井半助(志村喬)と、姿三四郎を支える人々が人情たっぷりで良い。月形龍之介演じる、洋装の気取った自信家のライバルや、轟有起子の清楚で美しいヒロインなど、どのキャラも魅力的。

土俵祭(脚本)

1944年/日本/大映
監督 丸根賛太郎
脚本 黒澤明
原作 鈴木彦次郎
音楽 西梧郎
撮影 宮川一夫
土俵祭(脚本)
★★★★★  時代劇(白黒) レンタルDVD
出演
片岡千恵蔵(富士ノ山)、市川春代(きよ)、羅門光三郎(玉ケ崎)、山口勇(大綱)
内容
黒澤明の初期脚本を、片岡千恵蔵の主演で映画化。明治初期、黒雲部屋に入門した竜吉。横綱になることを夢見て、兄弟子のしごきにも負けず精進し、親方の娘きよの励ましに支えられながら富士ノ山のしこ名で土俵に花を咲かそうとする、新人力士の奮闘記。
感想
兄弟子の大綱(山口勇)との確執から部屋を、世話になった筆頭力士の玉ヶ藤がいる白玉部屋に移った竜吉は波のに乗ってどんどん番付を上げてゆく。やがて兄弟子の大綱が一番のライバルに…。最初は鼻っ柱の強いトラブルメーカーの竜吉だが、きよや玉ヶ藤に支えられることで相撲は勝つ事だけではないということがわかってくる。それとは対照的に勝負けが統べてと考えるライバルの大綱。でもこのライバルのフェアプレイ精神の持ち主で(というかプライドが許さないのだろう)八百長を謀った自分の御贔屓さんに「そんなことをしないでも勝てる」と諭して正々堂々と勝負に望む、関取らしい清々しさがある。二人の対決が見もので長い立ち会いは手に汗握る。対戦の大綱の顔が、恋するお嬢さん・きよの顔と重なって戦意を消失しかけたところを、きよからもらった北斎の富士山の絵のお守りが救ってくれる。相撲の技術は素人から見ても幼稚だが、しっかりしたシコ踏みなどを披露する千恵蔵は相撲取りの貫禄がありさすが。捨子で両親を知らない彼が「富士山が父で母が土俵」と相撲に打込む熱い姿がイイ。
土俵祭


一番美しく

1944年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作
音楽 鈴木静一
撮影 小原譲治
一番美しく
★★★★★  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 矢口陽子(渡辺つる)、入江たか子(水島徳子)、志村喬(石田五郎)、菅井一郎(真田健)、清川荘司(吉川荘一)
内容
太平洋戦争中、女子挺身隊として徴用を受け軍需工場で働く少女たちは、それぞれの思いを胸にしながら国を信じ、懸命に作業にあたっていた。黒澤明監督が、女優たちを本当に稼動している工場に勤めさせ撮影したという半ドキュメンタリー的な作品。戦争中に製作されながらリアリティーを追求し、若者たちの姿を生き生きと描き出し、戦意高揚映画以上の作品となった。主演の矢口陽子は、翌年黒澤監督の妻となった。(from:NHKBS)
感想
少女たちの純粋一途な仲間や家族への重いが、彼女たちの奉仕の原動力になっているのを描いていて、戦意高揚映画の狂信的な国粋主義とは違い、すがすがしい感動を覚えた。特に責任感の強い寮長の矢口陽子が、自分のミスで戦闘機が撃たれて墜落する悪夢を見て、必死に欠陥レンズを探し、それを自分のこととして祈る仲間や、工場長たちの暖かさには泣けた。挺身隊の少女たちが一心不乱で機械をいじる様は、共産国のプロパガンダ映像に重なるが、そのシーンもプロパガンダというより、彼女たちのひたむきさが描かれて美しい。主演の矢口陽子という女優、ずんぐりむっくりで美人とは言えないが、黒澤監督の夫人になっただけはあって、誰もが鏡にしたくなるような、修道士のような自我を捨てた愛する者たちへの奉仕精神と、根性と忍耐ある女性を魅力的に生き生きと演じている。「椿三十郎」で小太りのおっとりした奥方を演じた入江たか子が、皆の母親のような、美しい寮母役。

虎の尾を踏む男たち

1945年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 「安宅」「勧進帳」
音楽 服部正
撮影 伊藤武夫
虎の尾を踏む男たち
★★★☆☆  時代劇(白黒) テレビ放送
出演
大河内伝次郎(弁慶)、藤田進(富樫)、榎本健一(強力)、森雅之(亀井)、志村喬(片岡)、仁科周芳(義経)
内容
日本の古典芸能に興味をもっていた黒澤が、能の「安宅」、歌舞伎の「勧進帳」をモチーフに、弁慶の機転で難を逃れる有名な安宅の関の物語を映画化。山道を行く山伏の一行に雇われたおしゃべりな強力は、源頼朝に追われる義経の話しを始めるのだが・・・。狂言回しともいえる強力役は、当時人気絶頂だったエノケンこと榎本健一。弁慶には大御所、大河内傳次郎。長唄の詞の一部をアレンジして合唱曲とした音楽にも注目。(from:NHKBS)歌舞伎でお馴染みの『勧進帳』と能の『安宅』から源義経と弁慶の安宅の関越えを映画化。山場は有名な白紙の勧進帳を朗誦して山伏であることを証明するシーン。
感想
「勧進帳」を歌舞伎をベースにミュージカル風にした1時間程度の短い作品。弁慶は大河内伝次郎。上背の低い大河内伝次郎が大男の弁慶が演じているが、さほ気にならない、貫禄たっぷりの弁慶はさすが。エノケンがお調子者の強力を演じて、真面目な「勧進帳」にユーモアを交えている。しかし…モノクロで映像もあまり鮮明でなく、エノケンのベタなコメディーもあまり笑えずちょっと退屈であった。…というのが最初に見た感想だが、再度見てみると、エノケンの猿みたいな強力のキャラと、無骨な弁慶たちが対照的で面白い。「姿三四郎」の藤田進が演じる富樫も、さっぱりと正義感あふれるキャラにぴったり。男性オペラ歌手風の歌がバックに流れるところはミスマッチな感じがするが、曲調は洋風オペラというよりも、長唄風になっているから、まあまあ良しとしたい。歌舞伎の「勧進帳」では最後の弁慶の飛び六法が一番のクライマックスで有名だが、こちらではエノケンが、最後に美しい雲の空をバックに山を転げ落ちるように飛び六法をしていて、笑えた。

続姿三四郎

1945年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 富田常雄
音楽 鈴木静一
撮影 伊藤武夫
続姿三四郎
★★★★★  ドラマ/アクション/青春(白黒) テレビ放送
出演 藤田進(姿三四郎)、大河内傳次郎(矢野正五郎)、月形龍之介(檜垣源之助/弟・鉄心)、河野秋武(弟・源三郎)、森雅之(壇義麿)
内容
大ヒットした「姿三四郎」の続編として製作された作品。檜垣源之助の柔術をやぶった柔道家の姿三四郎。しかしそのことで柔術がすたれ、多くの柔術家が苦労している事を知り苦悩することに…。そんな彼の前に、源之助の弟、鉄心と源三郎が打倒三四郎を胸に上京してくるのだった。物語のクライマックスは雪上での格闘シーン。真冬の志賀高原での撮影に素足で挑んだという主演の藤田進の熱演にも注目。(from:NHKBS)
感想
欧米人が闊歩して、日本が蔑まされるなか、柔道家も食べるために、外人ボクサーとの異種格闘技の見世物に借り出され、それを嘆く三四郎。日本の柔道の誇りを取り戻すために、破門を覚悟で、三四郎もボクサーと闘う。勝った賞金を貧乏柔道家にそっくりやったり、相変わらず無欲で気持ちのいい男で格好良い。前回三四郎に敗れた源之助の弟二人が、兄の屈辱を晴らそうと、三四郎に果し合いを申し込むところがクライマックスだが、三四郎の純粋な心に打たれて改心した源之助が、かつての横暴な自分を反省し、弟たちをたしなめるような人物に変化している。三四郎は柔道が強いだけでなく、敵対心を持つ者へも敵意を喪失させる、無邪気で純真無垢な心を持つ不思議な男だ。彼を演じる藤田進の笑顔がとても良い。雪山での決闘シーンは白い雪でハレーションを起こして、人物が真っ黒になってしまっていうのが残念だが、三四郎への悪意を捨て、彼の純粋さに心打たれる源之助の弟二人が改心するシーンが感動的。弟・源三郎は能の「猩々(しょうじょう)」にそっくり。戦時中に撮られたとは思えないほど、ボクシングなどのアクションシーンなどが盛り沢山で面白い娯楽作。

わが青春に悔なし

1946年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 久坂英二郎
原作
音楽 服部正
撮影 中井朝一
わが青春に悔なし
★★★★★  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演
原節子(八木原幸枝)、藤田進(野毛隆吉)、大河内伝次郎(八木原教授)、杉村春子(野毛の母)、三好栄子(八木原夫人)、志村喬(毒いちご)、田中春男(学生)、河野秋武(糸川)、高堂国典(野毛の父)
内容
戦前の京大滝川事件や戦中のゾルゲ事件などをモデルに、学生運動の弾圧で獄死した恋人の遺志をついで社会意識にめざめるブルジョワ令嬢の革新的な熱情を描いた黒澤明監督の戦後第1作。学生たちの憧れの的である大学教授の美しい娘・幸枝は貧しい農家出身の反戦運動家・野毛と結ばれるが、野毛は戦争妨害を指導した非国民として逮捕される…。黒澤作品に始めて出演した大女優・原節子の熱演が光る。(from:NHKBS)軍国主義吹き荒れる中、自らの信念に基づいて強く生きる女。京大・滝川事件、ゾルゲ・スパイ事件を元に作られた、戦後初の黒澤作品。大学教授の一人娘・幸枝(原)は野毛(藤田)、糸川(河野)ら学生にとって憧れの的。幸枝を争うライバルだった2人は、満州事変を契機に野毛は反戦運動家に、糸川は検事への道を歩む。幸枝は信念を持って行動する野毛に次第に魅かれてゆき…。反戦運動が吹き荒れる時代に、自らの信念を貫こうと強く生きる女性の姿を“永遠の処女”原節子が好演した。
感想
昔、NHKBSで放送されていたのをビデオで鑑賞。タイトルがいかにも安っぽい青春物という印象で敬遠していたが、否!軍国主義の日本を批難し、自由というものがどんなものかを訴えた、社会への熱いメッセージみなぎる名作じゃないか!特に良かったのが原節子。小津安二郎の作品ではおっとりしたお嬢様役というイメージが強かっただけに、この作品後半で見せるボロボロに疲れ果てた農婦の姿に、人間らしい生々しさを初めて感じられて、この女優がまたとても好きになった。

素晴らしき日曜日

1947年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 植草圭之助
原作
音楽 服部正
撮影 中井朝一
素晴らしき日曜日
★★★★☆  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 沼崎勲(雄造)、中北千枝子(昌子)、渡辺篤(与太者)、中村是好(饅頭屋)、内海突破(街頭写真屋)、並木一路(街頭写真屋)、小林十九二(アパートの受付の男)
内容
戦後の東京。雄三は、待ちに待った休みの日曜日に、恋人昌子とデートに出かけることに。でも持っているお金は二人合わせて35円。彼らは、このお金をできるだけ有意義に使おうと、迷ったあげく、コンサート会場に足を向けるが・・・。主演に当時無名だった中北千枝子と沼崎勲を抜てきし、敗戦直後の風俗を背景に恋人たちのささやかな日常を描いた作品。脚本は黒澤監督の幼なじみでもある植草圭之助。(from:NHKBS)
感想
豚がライオンの檻に入れられている上野動物園、牛車が通るガレキの町…終戦直後の東京がロケでリアルに描かれていて面白い。東宝の労働組合運動で、スターが使えなかったのを逆手に、新人を起用、脚本と演出で勝負した黒沢監督は、イタリアのネオ・リアリズモ映画が日本に紹介されるよりも先に、その世界を描いている。キャバレーに集う成金たちとは対象的に、食うのにも苦労している孤児や、貧乏で結婚できずにいる主人公たち。「日も当たらないので一冬でリウマチになります。絶対にここはお勧めしません」と提言するアパートの管理人、腹を空かしても元気に通りで野球をする子供たち、高級残飯を食べて酒を飲むキャバレー裏に寄生するオヤジ…と登場人物たちも生き生きとしている。主人公のカップルは、幸せな一時と不幸の一時を交互に何度も、この一日で過ごすが、時代は変われども今もあまり変わらぬ若者の悩みや喜びに、どれも共感できる。

酔いどれ天使

1948年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、植草圭之助
原作
音楽 早坂文雄
撮影 伊藤武夫
酔いどれ天使
★★★★★   ドラマ(白黒 ) テレビ放送
出演 志村喬(眞田先生)、三船敏郎(松永)、木暮実千代(奈々江)、山本礼三郎(岡田)、千石規子(ぎん)、中北千枝子(美代)、久我美子(セーラー服の少女)、飯田蝶子(婆や)
内容
酒飲みで荒っぽいが純粋な医者・真田。そんな彼のもとへ闇市を取り仕切るヤクザの松永が、銃弾の傷の手当てのために現れた。彼が肺結核に侵されていると気づいた真田は治療を勧めるが、松永は受け入れようとしない。やがて病気と権力闘争に敗れた松永は落ちぶれていく。黒澤・三船の黄金コンビが誕生した記念すべき作品。劇中で笠置シヅ子が歌う「ジャングル・ブギ」は、黒澤監督が自ら作詞している。(from:NHKBS)
感想
作曲・服部良一の「ジャングル・ブギ」を歌う笠置シヅ子のパワフルなパフォーマンスも出てきて面白い。この雄叫びだけの訳の分からぬ歌詞の作詞は黒澤明。彼女の「東京ブギウギ」がヒットして、すぐに同じ作曲家に作らせた歌を、映画に登場させるところは、流行りものにも敏感なのが窺えて面白い。口は悪いが面倒見の良い町の貧乏医者を志村喬が人間味あるキャラで演じている。当時28歳の三船敏郎デビュー作で、意外と上手いダンスも披露。結核でげっそりとやつれた姿や、棺おけから現れて追いかけてくる自分の亡霊の夢に慄くシーンなど、デビュー作とは思えない演技で素晴らしい。また病魔に犯され、親同様の親分に裏切られた松永が、賑やかな商店街の明るい音楽の中をさまようシーンは、背景が対照的なのでより男の暗さを浮き立てている。こういった演出もさすが。主人公の志村喬も素晴らしいが、三船の存在感はそれにも勝る勢い。飯田蝶子が眞田の面倒をみる婆さん役でいい味を出している。また、三船敏郎と同期でニュー・フェイスとして東宝に入った久我美子が、結核治療に通う純真な女学生で出演して瑞々しく可愛らしい。

静かなる決闘

1949年/日本/大映
監督 黒澤明
脚本 黒澤明 、谷口千吉
原作 菊園一夫「堕胎医」
音楽 伊福部昭
撮影 相坂操一
静かなる決闘
★★★★☆  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(藤崎恭二)、三條美紀(松本美佐緒)、志村喬(藤崎孝之輔)、植村謙二郎(中田進)、山口勇(野坂巡査)、千石規子(峯岸るい)、中北千枝子(中田多樹子)
内容
戦争中の野戦病院。医者の藤崎は、指先をメスで傷つけたまま手術を続行したために梅毒に感染。薬も満足にない戦地を転々としている内に病気をこじらせてしまう。やがて戦争が終わり、町医者の仕事に戻った藤崎だったが、自分をずっと待っていてくれた婚約者に、病気の事を言い出せず…。戦争の傷あとを独自の視点で切った黒澤作品。三船敏郎が絶望と理性のはざまでかっとうする青年医師を好演。(from:NHKBS)太平洋戦争の南方戦地で軍医の藤崎恭二(三船敏郎)は梅毒の中田という患者の手術で感染してしまう。戦争後、父親(志村喬)と二人で小さな町の病院で貧乏人たちの病気を診てやり、採算を考えない従事ぶりに、聖者先生と言われるようになるが…。
感想
愛するが故にその人の幸せ一番を思って身を引く男の葛藤と苦しみを描いた作品。聖者のような?に対して、自分本意で自分の欲望のままに行動した結果、破滅する中田が対照的で、善悪や真の愛というテーマをシンプルに語りながら、どう足掻いても救われない宿命に泣く優し過ぎる男に泣けた。三船敏郎が「脂汗をかきつつジッと耐える」この男を静かに演じていて良い。また、擦れっ枯らしだが、藤崎恭二と恋人・松本美佐緒(三條美紀)の苦しむ様子をみて心情を変化させる見習い看護婦峯岸るい(千石規子)が良い味を出している。

野良犬

1949年/日本/新東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三
原作
音楽 早坂文雄
撮影 中井朝一
野良犬
★★★★★  サスペンス/ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(村上刑事)、志村喬(佐藤刑事)、淡路恵子(並木ハルミ)、三好栄子(ハルミの母)、木村功(遊佐)、岸輝子(スリのお銀)、河村黎吉(スリ係石川刑事)、清水元(係長中島警部)
内容
社会的背景を敏感に作品に反映させる黒澤監督が、戦後の荒廃した社会風俗を背景に描いた犯罪映画の傑作。実際にあった事件をヒントに、真夏の暑さの中で拳銃を盗まれた刑事が犯人を追い詰めていく過程を研ぎ澄まされた語り口と巧みな映像表現で見せる。復員列車で同時に帰った男二人が、一人は犯罪者に、一人はその犯罪者を追う刑事になるという設定で、戦争がもたらした精神的な荒廃をも鮮やかに描き出している。(from:NHKBS)
感想
暑さで悪党でなかった者も悪事を働いてしまうのも納得できる、恐ろしく暑い夏の暑さがじっとりと画面から伝わってくる。初期の作品とは思えないほど完成度が高く、凝ったカメラアングル、格闘シーンで流れるブルジョワ家のピアノなど、今見ても古さを感じない斬新な手法が駆使され、若き黒澤監督の研ぎ澄まされた感覚がうかがえる。「黒澤明とその時代」でも語られていた、この作品で映画デビューしたSKDの淡路恵子の使い方が上手い。若き三船敏郎が演じる新米刑事と、志村喬演じるベテラン刑事の関係も素晴らしく、手術室の前で泣く三船の演技には泣けた。格闘シーンの舞台が平和で美しいイメージのお花畑というのも面白く、まるでベルイマンの「処女の泉」のよう。終戦直後の東京の文化が窺えるだけでなく、戦後の混乱期の社会派ドラマで、三船敏郎演じる主人公が犯人と同じ境遇なのに、ちょっとした分かれ道で刑事と犯人に分かれてしまうというドラマに仕上げているのもよい。

ジャコ萬と鉄(脚本)

1949年/日本/東宝
監督 谷口千吉
脚本 黒澤明、谷口千吉
原作 梶野悳正『鰊漁場』
音楽 伊福部昭
撮影 瀬川順一
ジャコ萬と鉄(脚本)
★★★★★  ドラマ(白黒 ) テレビ放送
出演
三船敏郎(鉄)、月形龍之介(ジャコ萬)、浜田百合子(ユキ)、久我美子(教会のオルガン奏者)、進藤英太郎(積丹の九兵衛)、清川虹子(鉄の姉マサ)、藤原釜足(マサの亭主・宗太郎)、原泉子(鉄の祖母タカ)、島田敬一(源爺)、松本光男(大学)、英百合子、小杉義男、柳谷寛、長浜藤夫、花沢徳衛、松本平九郎、堀江幹、大久保欣四郎、瀬良明、谷晃、志茂明子、亘幸子
内容
戦後間もないころ、ニシン漁で賑わう北海道の小さな漁村に、片目の無法者ジャコ萬がやってきて無法の限りを尽くす。ニシン漁の網元の親方は弱みを握られていて何もすることができない。そこへ網元の息子の鉄が帰ってきて、漁村を守ろうとジャコ萬と対決することになる。深作欣二・監督が1964年に高倉健の鉄に丹波哲郎のジャコ萬でリメイクしている。
感想
天真爛漫な作家・梶野悳正の原作を黒澤明と谷口千吉が脚本にした、荒海で戦う男たちのドラマで、貧しいながらも生きる為に力強く働く男達の姿が美しい。トドみたいな鬚をはやした強欲ジジイの九兵衛を進藤英太郎が憎々しく演じていてイイ。そして彼に復讐を誓うマタギで頑固なジャコ萬に月形龍之介。私が観た彼出演の作品の中でこれが一番だと思う。鉄の憧れのマドンナ、ぽっちゃり丸顔の久我美子もまだあか抜けない感じで初々しい。そしてデビュー間もない三船敏郎がかっこい良く粗野で乱暴者だが優しい心を持った男を清々しく演じている。マドンナに声もかけられない純情ぶりがイイ。冒頭の歓迎会で「南洋の土人に教わった歌」を観ている方が恥ずかしくなるキテレツな歌と踊りで堂々と披露する度胸はさすが鉄のキャラそのもの。どこか憎めない明るいキャラは「七人の侍」の菊千代と重なる。気の弱いマサの夫を演じた藤原釜足、強欲なマサの清川虹子とワキ役も面白い。


醜聞(スキャンダル)

1950年/日本/松竹
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三
原作
音楽 早坂文雄
撮影 生方敏夫
醜聞(スキャンダル)
★★★★☆  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(青江一郎)、山口淑子(西条美也子)、志村喬(弁護士・蛭田乙吉)、桂木洋子(蛭田正子)、北林谷栄(蛭田やす)、小沢栄(編集長・堀)
内容
青年画家の青江は、写生中に偶然知り合った美しい女性、美也子をバイクに乗せて宿屋まで送った。実は美也子は有名な歌手で、彼女を追いかけてきたカメラマンが撮った二人の写真がねつ造された恋愛記事とともに雑誌に載せられてしまう。怒った青江のもとに、蛭田と名のる弁護士が訪れ、名誉棄損の裁判を起こすよう進言するのだが…。現代にも通じるジャーナリズムの問題をいち早く映画化した、黒澤の先見性が光る秀作。(from:NHKBS)新進画家と美貌の声楽家がスキャンダルに巻き込まれ、言論の自由とジャーナリズムの間に生まれる問題を正面から斬る社会派ドラマ。酔いどれ弁護士を演じる志村喬が抜群の存在感を見せる。特異な画風で注目を集める新進の青年画家・青江(三船)は、伊豆の旅館で美貌の声楽家・西條美也子(山口)と出会う。2人でいるところを写真に撮られ、雑誌によって事実無根のスキャンダルをでっちあげられる。激怒して編集長を訴えることを決めた青江に、胡散臭い弁護士の蛭田(志村)が近づき…。オートバイにまたがる若き日の三船敏郎が魅力的。
感想
山口淑子の美しさと、ゴーグルをつけたバイク乗りの姿の三船敏郎が格好良い。二人のロマンスが気になるところだが、話は志村喬演じる弁護士・蛭田の心の葛藤が中心で、気弱でやり込められてしまう蛭田にイライラさせられる法廷劇。その胡散臭い蛭田を最後まで信じようとする青江の正義感ある真直ぐなキャラが爽やか。それとは対照的に負け犬・蛭田の情けなさ。しかし二人には父と息子のような人情が育まれてゆくのが良い。蛭田を買収して裁判に勝とうとする雑誌編集長・堀を小沢栄が憎たらしく演じている。また、「静かなる決闘」でもすれっからしの看護師を演じた千石規子が青江を弁護するモデルとしてイイ味を出している。左卜全らが歌う「蛍の光」がいい味を出している。買収に負けてしまう蛭田の弱い心を悲しむ、結核で余命幾ばくの少女を桂木洋子が可憐に演じていて良い。「恋はオートバイに乗って」のポスターのコピーには笑ってしまった。行過ぎたゴシップ記事を批判した社会派ドラマだが、堅苦しくない人情劇に展開させているところがさすが巨匠。

羅生門

1950年/日本/大映
監督 黒沢明
脚本 黒澤明、橋本忍
原作 芥川龍之介「藪の中」
音楽 早坂文雄
撮影 宮川一夫
羅生門
★★★★★  時代劇/ドラマ(白黒) テレビ放送
出演
三船敏郎(多襄丸)、京マチ子(真砂)、森雅之(金沢武弘)、志村喬(杣売)、千秋実(旅法師)
内容
芥川龍之介の短編「藪の中」を映像化。都にほど近い山中で、貴族の女・真砂(京マチ子)と供回りの侍・金沢武弘(森雅之)が山賊で名高い多襄丸(三船敏郎)に襲われ、金沢武弘が殺される。事件は検非違使によって吟味される事になったが。女、山賊、死んだ侍(巫女によって霊が呼出される)、三者の言い分は大きく食違っていた。さらに死体を発見した農夫(志村喬)の言い分も違っていて、事件前に道中で女と侍に会った旅法師(千秋実)は人間が信じられなくなくなる…。ヴェネチア映画祭で邦画初のグランプリ、アカデミー賞で外国映画賞受賞。
感想
三船敏郎の大袈裟な演技がちょっと可笑しいが、『雨月物語』同様に今昔絵巻から出て来たような京マチ子の妖艶な美しさが素晴らしい。平安時代の世界がリアルに描がきながらミステリー仕立という内容も面白い。また宮川一夫による撮影が素晴しく、陰影のクッキリ出た森の木漏れ日のきらめきや、大量の墨汁を水に混ぜ、ホースで降らせたという雨は、暗く陰うつな羅生門の世界にズッシリと重い雰囲気を作っていて素晴しい。そして事件の真相は…という時代劇にサスペンス要素があるのも面白い。黒沢監督の作品では『七人の侍』と並ぶマイベスト。

白痴

1951年/日本/松竹
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、久板栄二郎
原作 ドストエフスキー「白痴」
音楽 早坂文雄
撮影 生方敏夫
白痴
★★★★☆  ドラマ/文芸(白黒) 劇場/ビデオ
出演
森雅之(亀田欽司)、原節子(那須妙子)、久我美子(大野綾子)、三船敏郎(赤間伝吉)、志村喬(大野)、東山千栄子(妻里子)、千秋実(香山睦郎)、左卜全(軽部)
内容
戦争のショックで心に深い傷を負った亀田は、故郷札幌に帰る途中、赤間という男に出会う。彼は政治家の囲い者・那須妙子にダイヤの指輪を贈り勘当されたが、父親が死んだので家に帰る途中だった。札幌で妙子の写真を見た亀田は、彼女の美しさに心を奪われてしまい…。ロシア文学に傾倒していた黒澤明監督が、ドストエフスキーの原作に挑んだ意欲作。純粋すぎる心を持つ青年の愛を軸に彼を取り巻く人間模様を描いていく。(from:NHKBS)黒澤明が、敬愛するドストエフスキーの代表作を、19世紀のロシアから終戦後の北海道に設定を変えて映画化。戦犯容疑で死刑宣告を受け処刑寸前で釈放されたが、これが深い衝撃となって白痴になった青年・亀田(森)は、復員して帰る途中の船で赤間(三船)と知り合う。赤間は政治家の囲い者、妙子(原)を愛していた。美しい妙子に亀田も心を奪われるが、一方、純粋な心をもつ亀田に下宿先の娘・綾子(久我)は心惹かれる…。黒澤監督は、作品の長さを巡って会社と衝突し、「どうしても切れと言うなら、フィルムを縦に切る」とまで言って抵抗したというエピソードは、あまりにも有名。結局現在の長さで完成した「白痴」は当時日本では難解だと評されたが、海外では、「原作を大胆に改変しながらもその精神を生かし、舞台を日本に移すことに成功。更に、ドフトエフスキーの困難な心理描写を正しく表現した」と評価された傑作。
感想
森雅之、原節子、久我美子、三船敏郎という豪華キャスト。特に白痴を演じた森雅之と、不幸な生立ちで人を信じられなくなった気高い女・妙子を演じた原節子の演技が素晴しく、死刑台の男と妙子と同じ目と言って妙子を亀田が見つめるシーンは印象的。その亀田を「お前を見ていると羊の赤ん坊を見ているみたいな優しい気持ちになる」と言って心を許すようになる荒くれ者の赤間を演じる三船敏郎も、ボケた母を慈しむ様子があってヤクザな男とは違った優しい一面を見せていてイイ。高慢なお嬢さんを演じる久我美子もピッタリ。黒いマントにひっつめ髪の原節子はジャン・コクトー監督「オルフェ(1949年)」のマリア・カザレスにそっくりで、彼女と同じように悪女(と世間から思われている)役でその目の演技は美しくて素晴しい。その目など斬新な演出も面白い。美術もなかなか良く、大正モダン風の洋風建築の家はドストエフスキーの原作の雰囲気を感じさせるものがあって、この物語が日本の北海道で展開されても違和感を感じさせない。妙子の部屋にエマニエル夫人の椅子が出てくるのが面白い。長編小説をよく短時間でまとめいるが、監督自身が編集したロングバージョンが観たかった。
生きる

1952年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、橋本忍、小国英雄
原作 レフ・トルストイの「イワン・イリイチの死」
音楽 早坂文雄、演奏:キューバン・ボーイズ P.C.L.スイングバント P.C.L.オーケストラ、「ゴンドラの唄」(吉井勇:作詞、中山晋平:作曲)
撮影 中井朝一
生きる
★★★★★  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 志村喬(渡辺勘治)、日守新一(市民課課員・木村)、田中春男(市民課課員・坂井)、千秋実(市民課課員・野口)、小田切みき(小田切とよ)、左ト全(市民課課員・小原)、伊藤雄之助(小説家)、中村伸郎(助役)、渡辺篤(病院の患者)、木村功(医師の助手)、阿部九州男(市会議員)、宮口精二(ヤクザの親分)
内容
市役所の市民課長、渡辺は、自分が余命いくばくもないことを知りがく然とする。自暴自棄になった彼だったが、希望に燃える若い女性事務員の姿に、自分も生きがいを見つけようと模索。悪疫の源となっていた下町の低地に新しい児童公園を作ろうと奔走する。志村喬のこん身の演技が胸を打つヒューマニズム映画の傑作。ベルリン映画祭で、ベルリン上院特別賞を受賞した黒澤明の代表作のひとつ。(from:NHKBS)
感想
幼い頃にテレビで観て初めて号泣した映画作品。志村喬がブランコをこぎながら枯れた声で「命短き恋せよ乙女♪」と「ゴンドラの唄」を歌うシーンは何度見ても泣ける。ファウストを歓楽街に案内するメフィストフェレスのように仕立てた小説家や、死を前にして暗く重苦しい表情ばかりの渡辺勘治とは対照的に「生」しか感じない明るい娘小田切みき、ちょっとしか出てこないが、渡辺の異常なほど必死な表情に気おされして引き下がるヤクザの親分など、端役キャラも全て印象深い。そして渡辺老人を当時47歳で演じた志村喬が素晴らしい。毎日同じように仏壇と役所の皆勤賞の額しかない殺風景な部屋で、くたびれた服をハンガーにかけ、布団でズボンを寝押しする姿などから老人の孤独を細やかに描写していて、走馬灯のごとく息子との思い出に浸るシーンや、一番愛する息子から冷たくされて一人雪の公園で死んでゆく姿は泣けてくる。彼の偉業は伏せられたままで終わってしまうのでは…と最後までハラハラさせられるところもさすが。

生きものの記録

1955年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、橋本忍、小国英雄
音楽 早坂文雄
撮影 中井朝一
生きものの記録
★★★☆☆  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(中島喜一)、志村喬(家庭裁判所参与原田)、千秋実(次男・二郎)、清水将夫(山崎隆雄)、三好栄子(妻とよ)、青山京子(次女・すえ)、東野英治郎(ブラジルの老人)
内容
町工場を経営する老人、中島喜一は、原水爆とその放射能に対して強い恐怖を抱くようになった。財産をすべて処分し、一族を連れて安全なブラジルへ移住しようと奔走するが、家族は彼の突拍子もない言動について行けず、裁判所に訴え出る。周囲の理解を得られない喜一は次第に追い詰められ…。黒澤明が核の問題を最初に描いた作品。主人公の老人には、三船敏郎。当時35歳ながら初の老け役を見事に演じている。(from:NHKBS)
生涯を通じて反戦を訴え続けた黒澤監督が、1954年の“第五福竜丸事件”などの世相に触発されて原水爆反対の立場を表明した異色ドラマ。町工場を経営する資産家・中島(三船)は、突如原水爆に異常な恐怖心を抱くようになる。助かるためにはブラジルへ移住するしかないと思い込み、勝手に移住計画をたてるが、猛反対の家族は喜一を準禁治産者とする申し立てをする…。三船が老けメイクで熱演した。

感想
三船敏郎の肋骨がでるほど痩せた老人の演技が凄い。核を恐れて日々の生活もままならない老人の狂気を、人間として当たり前とみるか、単なる狂気とみるか…。ブラジルに行っても死の灰からは逃れなれないので、今ではこの話もちょっとこっけいにしか見えないが、まだアメリカでは原爆を科学の勝利と謳って開発にやっきになっていた頃に作られた反核作品というのに驚く。また、家族や妾たちのどろどろな人間関係も上手く描かれていてさすが。


蜘蛛巣城

1957年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、小国英雄、橋本忍、菊島隆三
原作 シェイクスピア「マクベス」
音楽 佐藤勝
撮影 中井朝一
蜘蛛巣城
★★★★☆  時代劇/ドラマ(白黒) テレビ放送
出演
三船敏郎(鷲津武時)、山田五十鈴(妻・浅茅)、志村喬(小田倉則保)、千秋実(三木義明)、久保明(三木義明の嫡子・義照)、佐々木孝丸(城主都築国春)
内容
シェークスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に置き換えた黒澤時代劇の傑作。蜘蛛巣城主に仕える、鷲津武時と三木義明は謀反を起こした敵を討ち、主君の窮地を救った。勝ち戦を報告するため城に向かった二人は、迷い込んだ森の中で謎の老婆に出会い奇妙な予言を聞く。それは武時が蜘蛛巣城の城主になるというものだったが…。能の様式を取り入れた独特な映像美で、欲にかられた戦国武将の末路を描いていく。(from:NHKBS)
シェイクスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に置き換えた、戦国武将の一大悲劇。鷲津武時(三船)は謀反を起こした敵を討った帰りに、森で謎の老婆(浪花千栄子)から不思議な予言を聞く。その予言通り大将に命じられた武時は妻・浅芽(山田)にそそのかされ主を殺害。自ら城主となった武時だが、再び浅芽に親友の義明(千秋)を殺害するように迫られる。マクベス=三船が雨のごとく無数の矢に曝されるラストシーンは圧巻。

感想
鷲津武時(三船敏郎 )の妻、浅茅(山田五十鈴 )が般若の形相でおけで血のついた手を洗うシーンがとても怖い。彼女の能を意識させる動きやしぐさも素晴らしく、物の怪のような怪しさを秘めた謎の女を演じていて、主演の三船敏郎を食ってしまっている。幽玄の世界を見事に映像化した溝口健二の「雨月物語」などとは違った、荒々しさの黒澤らしい能の世界感も面白い。台詞の聞き辛さが難だが映像は今観ても美しい。特に「動く森」には美しさと怖さ、怪な不気味さがあって強烈な印象を残す。そしてその正体にもあっという驚きが。また巨大な門構えの富士山五合目に建設させた城や、血のりが不気味な前当主が殺された広間や、矢を使った屏風など、徹底した美術の素晴らしさと美しさにも目を見張る。そして500頭以上の馬やエキストラが生み出す映像にも圧巻。有名な無数の矢に曝され半狂乱になるラストシーンの三船の演技は大げさでイマイチいい印象ではなかったが、あまりに危険な撮影に三船が「黒澤の野郎、あいつバズーカ砲でぶっ殺してやる!」ともらしていたという撮影秘話(from:Wikipedia)を知って、あくなき監督のサービス精神に笑えて好きになった。

どん底

1957年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、小国英雄
原作 マクシム・ゴーリキー「どん底」
音楽 佐藤勝
撮影 山崎市雄
どん底
★★★★★  ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(泥棒・捨吉)、山田五十鈴(大家の女房・お杉)、中村鴈治郎(大家・六兵衛)、香川京子(妹かよ)、千秋実(殿)、藤原釜足(役者)、三井弘次(遊び人の喜三郎)、東野英治郎(鋳掛屋の留吉)、三好栄子(留吉の女房あさ)、田中春男(桶屋の辰)、清川虹子(飴売りのお滝)、根岸明美(夜鷹のおせん)、左卜全(御遍路の嘉平)
内容
自堕落な人々が集う、暗くじめじめした棟割り長屋。そこに暮らすお杉は、夫から逃れたいと願っており、自分の妹に思いを寄せる泥棒の捨吉を利用して夫を殺させるよう仕向けるのだが…。ロシアの文豪、ゴーリキーが貧困層の悲惨な現実を描いた同名戯曲を、黒澤明が日本の江戸時代の下町に置き換えて描いた群像劇の傑作。抜け出したくとも抜け出せない社会の底辺に生きる人々の人間模様を辛口に描いている。(from:NHKBS)
ゴーリキーの同名戯曲を巧みに時代劇に翻案した異色ドラマ。江戸の場末の棟割長屋に暮らすさまざまな人の人生模様を描く。黒澤作品にしてはめずらしく短期間・低予算で製作され、オープンセット・室内セット各1杯だけで撮影された。大家の女房・お杉(山田)と逢瀬を重ねる泥棒の捨吉(三船)、中年の色気を発散させる飴売り・お滝(清川虹子)などが暮らす長屋に、ある日遍路の老人・嘉平(左卜全)がやってくる…。

感想
撮影前に古今亭志ん朝に「粗忽長屋」を、今輔に「馬鹿囃子」を噺してもらって、役者たちに江戸の長屋暮らしの雰囲気を味わってもらってからリハーサルに入ったというエピソードでもわかる、どの役者もそれぞれ個性的なキャラを江戸時代から抜け出したようにリアルに演じている。特に歯が抜けてアル中の役者を演じた藤原釜足と、昔は粋な渡世人だったと思える喜三郎を演じた三井弘次が印象的。また悪役が多い東野英治郎が病身の女房を看てやらない職人の留吉を演じていて、ここでも皆の嫌われ者なのが面白い。三船敏郎演じる女垂らしの泥棒と大家の女房・お杉とその妹かよの三角関係や、お杉が捨吉に夫殺しの陰謀を謀るなど、ロマンスやサスペンスな要素もある。また左卜全演じる謎の老人が天使のようでもあり、その反対に犯罪を唆す悪魔に山田五十鈴のお杉と、キャラの対比も面白い。テンポのよい会話に登場人物たちの面白い表情を流れるように描いたカメラワークなど、傑作「七人の侍」に劣らない面白い作品。ひしゃげて今にも倒壊しそうな長屋や、乞食同然で匂ってきそうな長屋住民の衣装など、細部にわたる美術も見事。また長屋住民たちの快調なお囃子もユニークで面白い。

隠し砦の三悪人

1958年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三、小国英雄、橋本忍
音楽 佐藤勝
撮影 山崎市雄
隠し砦の三悪人
★★★★★  時代劇/ドラマ/アクション(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(真壁六郎太)、千秋実(百姓:太平)、藤原釜足(百姓:又七)、藤田進(田所兵衛)、志村喬(老将長倉和泉)、上原美佐(雪姫)、三好栄子(老女)、樋口年子(百姓娘)
内容
黒澤監督が初めてシネマ・スコープ、いわゆるワイド画面で製作した、娯楽活劇の傑作。戦国時代、秋月家の武将・六郎太は、生き残った世継ぎの雪姫と共に隠し砦(とりで)にこもる。お家再興を目指す彼らは、一獲千金をもくろんで戦に参戦した百姓の太平と又七に軍資金の黄金を背負わせ、敵陣を突破し友好国へ逃げ込もうとするのだが…。次々と遭遇するピンチを切り抜けていくスリルに満ちた大脱出劇。(from:NHKBS)
感想
千秋実と藤原釜足が演じる狂言回し的な百姓コンビが、欲に駆られて三船敏郎に加担したり、裏切ろうとしたり…と人間臭くて、非力で頭も弱いこの二人のやり取りがコミカルで可笑しい。後に「スター・ウォーズ」の“C-3PO”“R2-D2”のモデルとなったことは有名な話で、主演は真壁六郎太の三船敏郎というよりもこの二人。勝気な雪姫の凛とした美しさと高潔なキャラ、真壁六郎太の豪傑な武将のキャラなど、どれも魅力的。一見棒読み調にも思える雪姫の台詞回しも姫の気高さを感じて気にならない。アクションも見ごたえがあって、特に六郎太が馬で偵察隊を討伐するシーンや、田所兵衛と鑓の決闘をするシーンは豪快。冒頭の落武者(加藤武)が斬りつけられるシーンや城の階段を駆け下りる反乱群集のシーンで圧倒される。瓦礫山から百姓二人を見下ろす六郎太のショットなど、はっとさせられる格好良いショットが満載。「七人の侍」を思い起こさせるよテーマ音楽も痛快。「虎の尾を踏む男たち」のリメイクという話もあるが、なるほど、六郎太が弁慶で田所兵衛が富樫、榎本健一演じた狂言回しが二人の百姓といったところだろうか。

悪い奴ほどよく眠る

1960年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 小国英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍
音楽 佐藤勝
撮影 逢沢譲、特殊技術:東宝技術部
悪い奴ほどよく眠る
★★★★★  サスペンス/ドラマ(白黒) テレビ放送
出演
三船敏郎(西幸一)、森雅之(公団副総裁・岩淵)、香川京子(岩淵の娘・佳子)、三橋達也(岩淵の息子・辰夫)、志村喬(公団管理部長・守山)、西村晃(公団契約課長・白山)、加藤武(板倉)、藤原釜足(課長補佐・和田)
内容
土地開発公団の副総裁、岩淵の娘、佳子と秘書の西との華やかな結婚式に、新聞記者たちが押し寄せた。公団と建設会社の汚職事件を追って来たのだ。式場にうごめく不穏な人間関係。やがて公団の課長補佐が警察に連行され、事件はうやむやのうちに終わると思われたが、それは復しゅう劇の始まりであった。黒澤明が立ち上げた個人プロダクションの記念すべき第一作。巨悪に立ち向かう男の姿をスリリングに描いた骨太な社会派ドラマ。(from:NHKBS)汚職事件に絡み自殺した男の息子が政界有力者たちへ復讐する。現代社会にはびこる政治汚職に鋭く切り込むと同時に、サスペンスに満ちた娯楽映画としても成立させた画期的な作品。シーンと不釣り合いな明るい曲を流し、逆説的にドラマを盛り上げる“対位法”と呼ばれる手法も絶妙に生かされ、黒澤監督の独壇場といえる作品。
感想
三船敏郎が地味な社長秘書、実は社長への復讐を企む謎の男という役。香川京子が可憐な妻役を演じていて良い。彼女は悲劇のヒロイン・オフェーリアという感じで、復讐と妻への愛の板ばさみで苦しむ西の姿はハムレットと重なる。冒頭の結婚式は「ゴッドファーザー」に影響を与えたという有名な話。群がる記者たちの台詞で事件の鍵を握る登場人物たちのあらましが語られる方式で、テレビドラマ「事件記者」の記者たちを連想させられる。眠り薬や車のキーなど複線も複雑に絡み合っていて、5人の脚本家による話の展開は上手いというしかない。西の口笛のテーマ曲や、悲劇のヒロイン・佳子のテーマ曲など、キャラごとにテーマ曲があるのも面白く、志村喬が監禁中に食事を取るシーンのひょうきんな明るい曲がコミカルで印象深い。田中邦衛がチンピラ役でちょこっと出演しているが、格好付け過ぎていて笑えた。子供たちの犠牲も厭わない冷徹な森雅之の悪党ぶりも凄いが、西に追い詰められて心身症になる西村晃の演技が凄い。ラストの「これでいいのか?」と叫ぶ加藤武の声が突き刺さって残る、公団汚職を取り上げた社会派作品だが、コミカルな演出で笑えるところも多い作品。

用心棒

1961年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三
原作 ダシール・ハメット「血の収穫」
音楽 佐藤勝
撮影 宮川一夫
用心棒
★★★★★  時代劇/アクション/サスペンス(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(桑畑三十郎)、仲代達矢(卯之助)、東野英治郎(居酒屋の親爺)、山田五十鈴(おりん)、司葉子(ぬい)、加東大介(亥之吉)、河津清三郎(清兵衛)、志村喬(徳右衛門)、太刀川寛(与一郎)、夏木陽介(百姓の小倅)、藤原釜足(名主多左衛門)
内容
縄張りの跡目相続をめぐって、二つの勢力が対立する馬目の宿。人殺しも日常茶飯事になり、すっかり寂れたこの宿場町に、どこからともなく素浪人、桑畑三十郎が現われた。居酒屋の亭主から町の状況を聞いた三十郎は…。江戸時代の宿場町を舞台に、まるで西部劇のような設定で見せてくれる痛快アクション。後に『荒野の用心棒』、『ラストマン・スタンディング』と海外でもリメークされた黒澤監督の痛快娯楽時代劇。
感想
羅生門」も同じくラベルの「ボレロ」を元にしたような曲だったが、快調なテーマ曲とシーンごとに効果的な曲がまた良い。砂と塩、きなこを混ぜた、もの凄い砂煙。墨で汚して古さを出し、徹底的にリアルさを追及した宿場町のセット。そして頑固だが大いなる見方の居酒屋の親爺、仲代達矢のマフラーにピストルの西洋被れの斬新な用心棒…と登場人物も面白いが、なんといっても主演の三船敏郎。決して飾らず大胆不敵で、しかし繊細な人情家。三貧の小汚い中年の浪人なのに、これぞ日本の男の鏡にしたい格好良さ!どのシーンも印象深いが、特に卯之助のピストルにどう対抗するのかと思ったら、居酒屋の親爺からもらった出刃包丁を使ってリハビリをするシーンがちゃんと複線になっている。そんな数々の複線が利いた抜かりない脚本が素晴らい。ジェリー藤尾や天本英世、西村晃、加藤武など、ちょい役も豪華!その中で藤原釜足が呆けて一心不乱に太鼓を叩くラストは怖いけど笑えた。冒頭の雪をかぶった山々を背景にした三十郎登場シーンから、手首を加えた野良犬…と、最初から最後まで無駄の無い面白さで、まさに時代活劇の傑作。

椿三十郎

1962年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三、小国英雄
原作 山本周五郎「日々平安」
音楽 佐藤勝
撮影 小泉福造、斎藤孝雄
椿三十郎
★★★★★  時代劇/アクション/ドラマ(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(椿三十郎)、仲代達矢(室戸半兵衛)、小林桂樹(見張りの侍:木村)、加山雄三(井坂伊織)、団令子(千鳥)、入江たか子(睦田夫人)、志村喬(次席家老:黒藤)、藤原釜足(国許用人:竹林)、清水将夫(大目付:菊井)、伊藤雄之助(城代家老:睦田)
内容
黒澤明監督がメガホンを取った娯楽時代劇の大傑作。真夜中の古びた社殿。次席家老の汚職を正すべく立ち上がったものの、家老の手勢に囲まれた9人の若侍は、偶然居合わせた浪人、椿三十郎の機転で難を逃れる。自分たちの甘さを後悔しながらも汚職を正そうと新たに誓う侍たち。危なっかしい彼らを見捨てておけなくなった三十郎は、彼らとともに巨悪に立ち向かうことに。映画史に残る名シーンとなったラストの殺陣(たて)は必見。(from:NHKBS)
感想
用心棒」の桑畑三十郎が椿三十郎になって、再び登場。「俺と彼奴は似ている。抜き身の刀だ」「本当にいい刀は鞘(さや)に入っているものだ」など映画史に残る名台詞ばかり。「乗った人より馬が丸顔」とぼやく馬面の城代家老・睦田や、律儀に押入れに出たり入ったりする敵側人質の木村、加山雄三や田中邦衛、土屋嘉男、久保明などの思慮浅い若者9人衆、悪巧みを謀る次席家老、国許用人、大目付の三悪人や、彼らの手足になってやがては藩を乗っ取ろうと企む室戸半兵衛など、脇役も個性的。中でも一番笑えたのが入江たか子演じる城代家老夫人。、緊迫感いっぱいのシーンでの娘(団令子)とコンビで繰り広げる箱入り娘っぷりの、のんきなキャラが笑えた。三十郎も桑畑三十郎の時よりもさらにコミカルな描写が増え、人間味が増し魅力的。また、赤と白の椿を印象的にした突入合図や、その合図も悪人たちに結果させるなど、機知に富んだ展開は予測不可能で面白い。9人衆と三十郎が金魚の糞状態で常に並んで行動する可笑しな人物配列、三十郎をしたから見上げるショットを多様して頼もしさを演出したりと、カメラワークの格好良さもさすが。

天国と地獄

1963年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三、小国英雄、久板栄二郎
原作 エド・マクベイン「キングの身代金」
音楽 佐藤勝
撮影 中井朝一、斎藤孝雄
天国と地獄
★★★★★  サスペンス/ドラマ(白黒、一部カラー) テレビ放送
出演 三船敏郎(権藤金吾)、仲代達矢(戸倉警部)、香川京子(権藤の妻伶子)、三橋達也(権藤の秘書河西)、木村功(荒井刑事)、石山健二郎(田口部長刑事)
内容
丘の上の豪邸に暮らす権藤のもとに「子供は預かった。3000万円用意しろ」という脅迫電話がかかってくる。誘拐されたのは彼の息子ではなく運転手の息子だったが、犯人はそのまま権藤を脅し続ける。会社の勢力争いで大阪に5000万円届けなければ全財産を失うことになる権藤は、身代金を払うべきかどうか苦悩するのだが…。黒澤明監督が描き出した緊張感あふれるサスペンス映画の傑作。(from:NHKBS)
感想
脚本の上手さは天下一品の黒澤作品だが、前半の犯人の圧倒的有利な展開から、後半に警察側が形勢を逆転するまでが予想のつかない息を飲むような緊張感がずっと続く展開で面白い。特に特急?を貸し切って撮った、人質の少年の姿の見せ方と、金の受け渡し方法はスリル満点。映像も斬新で、モノクロ映像の中、煙突から出る煙だけを赤くカラーにするなど、色を印象的でドラマチックに使っている。最初はエゴイストな成金と思えたが、実は職人気質の人情家だった…という権藤という男を三船が魅力的に演じている。また、仲代達矢の敏腕刑事は格好良いし、強かな権藤の秘書河西、山崎努の不気味な犯人、とぼけた感じの藤原釜足のゴミ消却所のオヤジ(藤原釜足)、坊主頭で強面とは真逆の人情かなボースン刑事(石山健二郎)など、どのキャラも魅力的。また、麻薬中毒者のたまり場の描写が地獄そのもので強烈。菅井きんが麻薬患者の一人として出ていて、ちょい役なのに印象的。佐藤浩一が主演したリメイク版テレビ・ドラマを観たが、緊張感やドラマチックなスピード感はオリジナルの黒澤作品に遠く及ばない。

赤ひげ

1965年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、井手雅人、小国英雄、菊島隆三
原作 山本周五郎「赤ひげ診療譚」
音楽 佐藤勝
撮影 中井朝一、斎藤孝雄
赤ひげ
★★★★★  ドラマ/時代劇(白黒) テレビ放送
出演 三船敏郎(新出去定)、加山雄三(保本登)、山ア努(車大工の佐八)、団令子(女中:お杉)、桑野みゆき(佐八の女房おなか)、香川京子(狂女)、二木てるみ(おとよ)
内容
江戸時代、長崎帰りの青年医師・保本登は、小石川養生所の所長で“赤ひげ”と呼ばれている無骨な医師に見習いとして住み込みを命じられる。最初は養生所の雰囲気になじめず、投げやりな態度で過ごしていた登であったが、診断の確かさと優れた腕で人々の治療にあたる赤ひげと、彼を頼りにする貧しい人々の姿に、次第に心を動かされていく。黒澤明監督と三船敏郎、名コンビ最後の顔合わせとなったヒューマニズム映画の傑作。(from:NHKBS)
感想
山本周五郎らしい、江戸の貧乏長屋で底辺で必死に生きる人々の姿を人情豊かに描いていて、3時間あまりという長編にも関わらず、どのエピソードも印象的で飽きさせない。山ア努演じる佐八と行方をくらました妻のロマンスを涼やかな風鈴の音が強烈に鳴り響いたり、切なくちりりんと鳴ったり、風鈴でドラマチックに演出したシーン。心を病んだおとよが取り付かれたように床を拭くシーンのアイキャッチで、おとよの荒んだ心を表現したり、大和撫子なイメージだった香川京子が妖艶で恐ろしい狂女を演じたり…と、あっと驚かされる演出はさすが黒澤明。「若大将」シリーズでただのアイドルというイメージだった加山雄三が、育ちの良さをそのまま生かしつつ、素直で素朴な青年の成長する姿を自然に演じていて良いのにも驚かされる。また、三船敏郎が主演として前面に出て無くても存在感は凄くて、女郎屋のヤクザたちをコテンパンにやっつけておいて「これは酷い」と彼らの傷を看るシーンには大笑い。また、「どですかでん」で六ちゃんを演じた頭師佳孝の、一家心中をする少年泥棒・ねずみの長次が素晴らしく、おとよとのエピソードには泣けた。

どですかでん

1970年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、小国英雄、橋本忍
原作 山本周五郎「季節のない街」
音楽 武満徹
撮影 斎藤孝雄、福沢康道
どですかでん
★★★★☆  ドラマ(カラー) テレビ放送
出演
頭師佳孝(六ちゃん)、菅井きん(その母・おくに)、三波伸介(沢上良太郎)、伴淳三郎(島悠吉)
内容
山本周五郎の「季節のない街」を原作にした、黒澤映画初のカラー作品。自分は電車の運転手だと思い込んでいる少年、六ちゃんが、毎日「どですかでん どですかでん」と叫びながら他人には見えない空想の電車を走らせているゴミ山に囲まれた街。そこには風変わりな人々が暮らしていた。それぞれに事情を抱える住人達の人間模様を、時にユーモラスに時に幻想的に描き、新境地を開いた黒澤明監督の秀作。(from:NHKBS)四騎の会の第1回製作。電車遊びが大好きなある少年の眼を通して、貧民街に生きる人々の哀歓を生き生きと描く。毎日、電車の車掌のまねをして遊ぶ六ちゃん(頭師)。彼が暮らしている街には義理の娘を妊娠させてしまった男や、互いの女房を交換してしまう男たちなど様々な人間が暮らしていた。'71年度アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。
感想
黒澤監督の初カラー作品という事もあって、六ちゃんの一面絵で飾られた家や、仲が良すぎてお互いの妻まで取り替えあう、増田益夫(井川比佐志)の黄色と、河口初太郎(田中邦衛)の青のなど、黒澤の絵らしい原色に彩られた色彩が印象的。「どですかでん、どですかでん」と架空の電車を運転する知恵遅れの六ちゃんや、それを嘆いてお経を一心不乱に読む母おくに。よその男の子供達なのに自分の子供の様に可愛がる良太郎、恐妻家で顔面神経痙攣症の悠吉、飲んだくれの叔父(松村達雄)にこき使われる不幸な娘かつ子(山崎知子)、それを哀れんで気にかける酒屋の小僧・岡部(亀谷雅彦)。平さん(芥川比呂志)という哀しい過去を背負って生きる屍同然の男とその妻・お蝶(奈良岡朋子)、泥棒に金をやる小間物職人の老人(藤原釜足)など、スラム街で暮す底辺の人々が織りなすドラマは、貧困と不幸と悲しみが渦巻いている。しかしそんな人々にとても暖かい視線で描いていてユーモアに溢れた作品。特に廃車で寝泊まりする乞食で、元建築家だったのであろう父(三谷昇)が、架空の家を作るのを「ブールが欲しい」と励ます幼気な子(川瀬裕之)のエピソードは泣けた。

デルス・ウザーラ DERSU UZALA

1975年/ソ連
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 ウラジミール・アルセーニエフ「デルス・ウザーラ」
音楽 イサク・シュワルツ
撮影 中井朝一、ユーリー・ガントマン、フョードル・ドブロヌラボフ
デルス・ウザーラ DERSU UZALA
★★★★★  ドラマ(カラー) テレビ放送
出演 ユーリー・ソローミン(ウラディミール・アルセーニエフ)、マクシム・ムンズーク(デルス・ウザーラ)、スベトラーナ・ダニエルチェンコ(アルセーニエフ夫人)、シュメイクル・チョクモロフ(ジャン・パオ)
内容
20世紀初頭、シベリアの奥地を探査していたソ連の軍人アルセーニエフは、厳しい自然の中、たった一人で生活している猟師デルス・ウザーラと出会う。その土地の自然や生き物に深い知識を持ちながらも、素朴で欲のないデルスの人柄に感銘を受けたアルセーニエフは、彼と親交を深めていくのだが…。黒澤明監督が長年温めていた企画をソビエト連邦の全面的な協力で映画化。アカデミー外国語映画賞を受賞した感動作。(from:NHKBS)
感想
火や風・水と話をし、森のあらゆることを知る森林の賢者・デルス。森の小屋に次に来る知らない者のために小屋を直し、米と塩とマッチを置いて行く。足跡を見ただけで中国人の老人のものと言い当て、文明社会からはほど遠い生き方をしてきたデルスだが、文明社会から森に来た隊長たちよりも、森の中ではずっと優れている。高度成長期の70年代に自然破壊への機具を警鐘していて、その先見の高さは凄い。制作には、監督本人を含めたった4人の日本人スタッフでソ連に乗り込み、過酷な撮影、質の悪いフィルムなど、数々の困難が語られているが、アカデミー外国語映画賞を受賞も納得の出来。月と太陽が同時に見える幻想的なシーンや、虹がかかる雨上がりの小屋など、シベリアの厳しくい自然を美しく描いて感動的。ゼルスの孤独な人生が悲しいだけに、森の美しさと厳しさが際だつ。どのエピソードも印象深いが、殺された虎の復習にカニガが送った虎がデルスを殺しに来たと思って恐怖におののくシーンは幻想的。そして、まるで死期を知った猫が飼い主から姿を消す様に森に戻り、ほどなく隊長が贈った銃のために殺されてしまったラストは泣けた。

影武者

1980年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、井手雅人
原作
音楽 池辺晋一郎
撮影 斎藤孝雄、上田正治、宮川一夫(撮影協力)、中井朝一(撮影協力)
影武者
★★★★★  時代劇/ドラマ/アクション(カラー) テレビ放送
出演
仲代達也(武田信玄/影武者)、大滝秀治(侍大将・山県昌景)、隆大介(織田信長)、山崎努(武田信廉)、萩原健一(武田勝頼)、根津甚八(近習・土屋宗八郎)、桃井かおり(側室・お津弥の方)、倍賞美津子(側室・於ゆうの方)
内容
武田信玄の影武者となった男の目を通して、戦国時代を描いたスペクタクル時代劇。天下統一の夢半ばにして凶弾に倒れた信玄。「三年は喪を秘し、領国の備えを固めよ」という彼の遺言に従い、弟の信廉は、あまりにも信玄に似ていた為、配下に置いた盗人の男を武田の武将たちに引き合わせる。最初は影武者を嫌がり、逃げようとした男だったが…。カンヌ映画祭で、最高の栄誉であるパルム・ドールを受賞した黒澤監督後期の代表作。(from:NHKBS)武田信玄の影武者として生きた男の悲喜劇を描く。黒澤明が「デルス・ウザーラ」以来5年ぶり(日本映画としては「どですかでん」以来10年ぶり)に製作した戦国スペクタクル巨編。家康の城攻めによって命を落とした武田信玄(仲代)の代わりに弟・信廉(山崎)は信玄にうりふたつの盗人(仲代2役)を影武者に仕立て上げる。影武者は信玄の幻に翻弄されながらも、その役割をまっとうしていくが…。外国人プロデューサーとしてフランシス・F・コッポラとジョージ・ルーカスが参加。1980年度のカンヌ映画祭グランプリに輝く超大作。
感想
仲代達也が武田信玄とその影武者の役を演じているが、威厳ある名将と気の優しい農民というキャラが上手くでていていい。影武者は他に信玄の弟(山崎亨)もいて、ちょっと見るとそっくりなので話がこんがらがってきそうだが、ギリギリのところで理解できた。隆大介の信長がとてもかっこよく、また家康(油井昌由樹)もイメージに近い。絶妙なキャスティングにも感嘆した。勝新太郎の信玄&影武者という最初のキャスティングで作られていたら、どんな作品になっていたのか。脚本にまで口を出してきた勝新に対して「天皇は二人要らない」と言い放ち降ろしてしまった黒澤監督。勝新が折れて実現していたら…それも観たかった。

乱

1985年/日本:フランス/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、小國英雄、井手雅人
原作 シェークスピア「リア王」
音楽 武満徹
撮影 斎藤孝雄、上田正治

★★★★★  時代劇(カラー) テレビ放送
出演
仲代達矢(一文字秀虎)、寺尾聰(一文字太郎孝虎)、根津甚八(一文字次郎正虎)、隆大介(一文字三郎直虎)、原田美枝子(太郎孝虎正室・楓の方)、ピーター(狂阿弥)
内容
シェークスピアの「リア王」をベースに、毛利元就の3本の矢の逸話を織り交ぜて描いた壮大な戦国絵巻。戦国時代を生き抜いた武将、一文字秀虎。年老いた彼は、家督を3人の息子に譲り余生を送る決心をする。ところが、親兄弟を滅ぼした秀虎を恨んでいた長男太郎の妻、楓の方が夫をたきつけ、秀虎から権力を奪い城から追い出す。やがて兄弟同士、骨肉の争いが始まるのだった。黒澤明監督、最後の時代劇となった作品。(from:NHKBS)シェイクスピアの悲劇「リア王」と、戦国時代の毛利三兄弟のアイディアが渾然一体となった、黒澤明の豪華絢爛たる戦国絵巻。製作費26億円という当時としては破格のスケールの予算から、日本とフランスの合作映画となった。ワダエミが米アカデミー賞衣装デザイン賞に輝く。一文字秀虎は冷酷な戦国時代を勝ち続け、領土を広げた猛将だったが、70歳を迎えた日に、自分は隠居する事を告げる。家督と一の城は長男太郎(寺尾聰)に、二の城は次男の次郎(根津甚八)に、三の城は三男三郎(隆大介)に与える。しかし三郎は秀虎の隠居を非難、これに怒った秀虎は三男を勘当してしまう。太郎が治める城の二の丸での隠居生活が始まるが、家督が相変わらず秀虎にあるように見えてしまう不満を妻の楓(原田美枝子)に焚き付けれられた太郎は秀虎を追出してしまう。秀虎は部下を引き連れて次郎の城へ行くがここでは次郎が秀虎を受け入れようとしない。路頭に迷う秀虎は息子たちのあまりの仕打ちに発狂してしまう。
感想
うたた寝をしてしまう秀虎に竹の枝を斬って木陰を作ってやる三郎のお思いやりのあるエピソードが一番好きだ。しかしその後がもうドロドロ。同じシェークスピア悲劇を題材にした「蜘蛛巣城」の山田五十鈴が演じた浅茅と怖さが重なる、復讐の鬼となった楓を演じる原田美枝子の演技が凄い。演技がややオーバーな感じが否めないのがピーターと仲代達矢。仲代達矢の白塗りの不自然なメイクにも疑問。ラストの井川比佐志が代弁する人間のおろかさ云々も説教臭くてくどい。でも大好きな隆大介を三男の三郎にキャスティングしてくれたのが嬉しい。…と、若い頃に見た時は黒澤明最後の時代劇に対して、批判的にもなったが、今見直して見ると、26億円をかけて3つの城を築いて燃やしたり、画面一杯に疾走する騎馬軍団の迫力など、そのスケールの大きさには時代劇の黒澤作品の中でも一番凄くて圧巻。あの厚化粧も、スケールの大きな軍隊や美しい山々の風景、燃え盛る城などのロングカットに耐えうるための仕掛けと思えて、その効果の素晴らしさに舌を巻いてしまう。監督と大喧嘩になったという武満徹も音楽も素晴らしく、シェークスピア悲劇に相応しいレクイエム風で、不幸へと突き進んでいってしまう人の世の業と、無常を感じないではいられない。

夢

1990年/日本/ワーナーブラザース
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
音楽 池辺晋一郎、イポリトフ・イワノフ「村にて」組曲「コーカサスの風景」より、ショパン「雨だれ」
撮影 斎藤孝雄、上田正治

★★★☆☆  ドラマ/ファンタジー(カラー) テレビ放送
出演 寺尾聰(私)、倍賞美津子(私の母)、伊崎充則(桃畑の少年の私)原田美枝子(雪女)、頭師佳孝(野口一等兵)、根岸季衣(子供を抱えた女)、井川比佐志(発電所の男)、いかりや長介(鬼)、中野聡彦(5才位の私)、笠智衆(老人)
内容
黒澤明監督自身が見た夢をベースにした作品。きつねの嫁入りを見た少年の話「日照り雨」。花吹雪の中、人形たちが舞い踊る「桃畑」。戦争で生き残った男が体験する不可思議な物語「トンネル」。ゴッホが絵画の世界に入り込んだ「鴉(からす)」。原発の恐怖を描いた「赤冨士」など、8つの物語が、時に美しく、時に残酷にオムニバス形式でつづられていく。黒澤監督の豊潤なイメージ世界を堪能できる作品。(from:NHKBS)
感想
第1話「日照り雨」コミカルな狐の嫁入りのシーンと、虹のかかった花畑を行く少年はそのまま神隠しになるのでは…と、ちょっと恐い。
第2話「桃畑」竹林は「竹取物語」のよう。段々畑を雛壇に桃の木の化身の等身大の雛人形が恐くて美しい。
第3話「雪あらし」吹雪の中、行軍を続ける登山隊のシーンは「八甲田山」のよう。原田美枝子の雪女は小林正樹監督の「怪談」の「雪女」に似ている。こちらも負けずに幻想的で恐い。また、神を感じる山々の姿が美しい。
第4話「トンネル」地獄の番人ケルベロスという感じの犬に吠えられる冒頭から死んだ同胞たちに会うシーンは恐いが、同胞たちの無念が悲しくなる。頭師佳孝が死んだ兵士を演じている。
第5話「鴉(からす)」ゴッホの世界がそのまま映像に。麦畑のシーンは圧巻。スコセッシのゴッホは自画像そっくり。
第6話「赤冨士」大噴火する富士は、リアルに恐ろしいものとして北斎の赤冨士を映像化している。
第7話「鬼哭」「赤冨士」の後、地獄と化した世界。いかりや長介が鬼を演じている。巨大たんぽぽは「巨大生物の島」を思いだした。

第8話「水車のある村」監督の天国は「七人の侍」の水車小屋のある農村に似ている。笠智衆の翁は監督の絵コンテそっくり。文明社会から隔離され、自然のままに生きる姿が理想郷として描かれていて、日本版「デルス・ウザーラ」という感じ。
どのエピソードも黒沢明の絵コンテの世界をそのまま映像化したように強烈な色彩で、繊細さと荒々しさを感じる絵画の世界。そして夏目漱石の「ユメ十夜」の語り口で黒沢自身の世界感で語られた「夢」。しかし、漱石の「ユメ十夜」に比べると台詞が少々陳腐。ストレートで分かりやすい音楽の使い方にも少々不満。どのエピソードもエンターテインメントな要素よりも、反戦と反原発、死、自然破壊の警告をテーマにした監督のメッセージそのものになっていて、少々説教臭い。でも、幻想的且つユーモアを感じる「日照り雨」や「水車のある村」、恐い「雪あらし」は好きだ。


八月の狂詩曲(ラプソディー)

1991年/日本/松竹
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 村田喜代子「鍋の中」
音楽 池辺晋一郎、ヴィヴァルディ「スターバト・マーテル」より第1曲&第2曲、シューベルト「野ばら」
撮影 斎藤孝雄、上田正治
八月の狂詩曲(ラプソディー)
★★★★☆  ドラマ(カラー) テレビ放送
出演 村瀬幸子(お祖母ちゃん・鉦)、井川比佐志(お祖母ちゃんの息子・忠雄)、茅島成美(忠雄の妻・町子)、大寶智子(忠雄の娘・たみ)、伊崎充則(忠雄の息子・信次郎)、根岸季衣(お祖母ちゃんの娘・良江)、リチャード・ギア(お祖母ちゃんの甥・クラーク)、河原崎長一郎(良江の夫・登)、吉岡秀隆(良江の息子・縦男)、鈴木美恵(良江の娘・みな子)
内容
ある夏休み、長崎の郊外に住むおばあちゃんの元に4人の孫がやってくる。最初は退屈していた4人だったが、おばあちゃんから戦争の話を聞き…。村田喜代子の芥川賞受賞作「鍋の中」を黒澤明自身が大胆に脚色。おばあちゃんと孫たちの交流を通して核の恐怖、癒えることのない戦争の傷跡を描いていく。黒澤を慕うハリウッド・スター、リチャード・ギアが出演したことでも話題となった作品。(from:NHKBS)
感想
生きものの記録」のおばあちゃん版という感じだが、子供達に白いシーツをかぶせて守ろうとするシーンなどは、こちらは原爆の被害者自身だから、その奇行には三船が演じた老人の奇行よりもずっと強い説得力がある。そんな子供たちを愛するおばあちゃんを子供達も理解しようと、おじいちゃんが亡くなった南大浦小学校の校庭や、長崎の原爆記念公園を訪れるシーンは、ドキュメント風で説教的でなく素直になって見れる。平和公園で各国から送られた記念碑を見つつ「アメリカのがないね」と信次郎が呟くシーンが印象に残る。河童のエピソードや、ピカが巨大な目に見えたなど、おばあちゃんと弟の恐くてシュールな話が、重いテーマにも明るさを感じて救われる。シューベルトの「野バラ」が明るく歌われるのをバックに、おばあちゃんが大雨降りすさぶ中、壊れた傘をさして嵐(ピカ)に立ち向かってゆくラストが感動的で泣けた。頭がピカで禿げてしまって老いても力強く生きるおばあちゃんを演じた村瀬幸子が、当時86歳という高齢とは思えないほど生き生きとしている。また、「男はつらいよ」シリーズの満男で御馴染みの吉岡秀隆や「夢」の伊崎充則などの子役もコミカルで作品を明るいものにしていて良い。「プリティ・ウーマン」で人気になったリチャード・ギアがその一年後にこの作品に出演したのも驚きだが、原爆被害者のおばあちゃんに誤りにアメリカから来た謙虚なキャラは、プレーボーイなイメージと異なり本人そのものに思えて好感が持てた。しかし、赤いバラに蟻がたかるシーン(蟻は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の人間たちのようだ)の待ち時間があまりにも長くて、リシャード・ギアも黒澤作品の出演は二度とないと思ったらしい。

まあだだよ

1993年/日本/東宝
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 内田百閨u新輯 内田百闡S集」より
音楽 池辺晋一郎、ヴィヴァルディ「調和の霊感」第9番第1楽章
撮影 斎藤孝雄、上田正治
まあだだよ
★★★☆☆  ドラマ(カラー) テレビ放送
出演 松村達雄(内田百閨j、香川京子(奥さん)、井川比佐志(高山)、所ジョージ(甘木)、油井昌由樹(桐山)、寺尾聰(沢村)、日下武史(小林)、小林亜星(亀山)、山下哲夫(地主)
内容
黒澤明・監督デビュー50周年に製作された30本目の映画であり、遺作となった作品。作家・内田百閨iひゃっけん)とその教え子たちとの長年にわたる交流を、あたたかく描いていく。教師を辞め作家活動に専念した百關謳カの元には、いつも彼を慕うかつての門下生たちが通ってくる。彼らは先生と共に馬と鹿の肉で作る馬鹿鍋を囲み、いなくなった愛猫を探し、その健康を祝う「摩阿陀会」を毎年開くのだった…。(from:NHKBS)
感想
還暦祝いの「馬鹿鍋」の馬肉を買いにいって、店を通りかかった馬に睨まれたエピソードには大笑い。「摩阿陀會」や百閧ニいう名も「借金」から取ったと言われるだけあって、洒落の利いた言葉が大好きな先生、ユーモアたっぷりな台詞ばかりなのが楽しい。しかし、飼猫のノラが行方不明になってからは子供っぽく、感受性が強くい先生は毎日泣いて過ごす…というエピソードは同情する前に陰鬱になってしまう。ぎこちない松村達雄の演技と台詞回しにも少々疑問。松村達雄は「男はつらいよ」シリーズのおいちゃんや医者役で面白い味のあるキャラを演じていただけに、ここでも先生役はちょっと物足りない。ベテラン俳優たちよりも自然で生き生きと演じていたのが所ジョージ。また、子供っぽい先生をこれまた天然少女のように寄り添う奥さんを演じた香川京子が、上品穏やかで理想の妻の像という感じで良かった。
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