ニューヨーク停電に見るアメリカ電力網の脆弱さ(その2)

その1で「最も信憑性のあるシナリオ」について説明しました。今回は、ではなぜそういうことが起こってしまったのか、メディアに流れている情報と授業で教わったことをもとに分析してみたいと思います。今回も電力網の特性が分かっていると何かと便利なのでもう一度書いておきますね。

特性1:発電された電気は貯めておくことが出来ない
特性2:石炭や原子力を動力とする発電所は簡単に起動・停止が出来ない
特性3:この瞬間、どれだけの電気が必要とされているか、発電所は知らない
特性4:網の目のように張り巡らされた送電線を、電気がどのように流れているのか、誰も知らない
特性5:電気は電圧が高い方から低い方へ流れる
特性6:送電線で急激な電圧の変化が生じると、危険防止のために近隣の発電所はストップする
特性7:電気は光の速さ(秒速37万キロメートル)で移動する。

これから、分析1〜分析3と題して原因を考えていきます。今回は分析1です。

分析1:電力の自由化と電力網の複雑化

1992年、アメリカでEnergy Policy Act (EPACT)という法律が施行されました。これによって、アメリカでは誰でも電気を発電し、自由に売ることが出来るようになりました。いわゆる、電力の自由化というやつです。それまで、電力業界は規制でがんじがらめでした。新規参入にも電気の売買 (量と値段、取引先など)にも厳しい規制がかけられていたのです。 電気は私たちの生活に欠かせないものですから、安定した電力供給を保つためにも、ある程度の規制をかけて電力会社が勝手なことをしないようにする必要があったのです。なぜ、規制を取り払ったのかについては分析2で説明します。ここでは、電力自由化によって新規参入の発電業者が増えてきたということだけに着目して下さい。

さて、もしもあなたが新規参入業者で、発電所を建てたら、次は何が必要でしょう?発電した電気をどこかに送る必要がありますよね。とは言っても、自分の発電所から各家庭へ直接電線を引っ張るわけではありません。もともとある送電線のどこかに、自分の発電所をつなげることになります。他の新規参入業者も、同じように送電線に自分の発電所をつないでいきます。その結果、送電線ネットワークが網の目のように広がっていき、かつ複雑化します。ちとわかりにくいかも知れないので、道路に置き換えてみましょう。最初は大きな幹線道路が一本通っていると思って下さい。その道路からちょっと離れたところに家がぽつんぽつんと建っていき、そこから幹線道路に向けて小さな道路がたくさん接続されているような状況です。

送電線のネットワークが複雑化した結果、特性4にあるように、電気の流れを把握するのが難しくなりました

さらに、新規参入業者は、もともとある大きな電力会社と違って規模が小さく、社会的責任感もそれに伴って小さいため、自分の電力が高く売れない時には運転をストップしたり、あるいは採算が取れなくなると簡単につぶれてしまったりします。電力自由化以降の電力需要の増加分は、こういう不安定な新規参入業者がカバーしてきたため、規制がかかっていた頃に比べると電力供給の安定性が下がってしまったことになります。これもまた分かりにくいので例をあげましょう。手元に1000万円の現金があると考えて下さい。その1000万円を、経営の安定した大手都市銀行(不良債権まみれですが今すぐつぶれる心配はありません。たぶん。)に全額預金する場合と、いつつぶれてもおかしくない、小さくて財務状態の悪い金融機関10件に100万円ずつ預金する場合では、どちらが安心でしょう。前者の方が(比較的)安心なはずです。さらに、財務状態の悪い金融機関10件が、お互いに取引をしていて、一件がつぶれると連鎖倒産しかねない状況となると、大手都市銀行が圧倒的に安心感があるはずです。

電力を新規参入業者からの電気に頼る、というのは、財務状態の悪い金融機関に預金するということに似ています。さらに、今回の騒ぎが示すように、小さな発電業者は突発的なトラブルに弱く、ひとつがダメになると(あるいは大手の発電会社がトラブルを起こすと)連鎖的に発電所がストップする危険性をはらんでいるわけです。今回の停電は、まさにこのリスク管理の難しさを浮き彫りにしたといえます。

ちょっと難しくなりましたね。要約すると、新規参入業者が増えたことによって送電ネットワークが複雑になり、電力供給の安定性が下がってしまったということです。

その3へ続く
 

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