iPS細胞って? 成果と今後の課題


 


再生医療や新薬開発への応用期待

 今年のノーベル医学生理学賞が京都大学の山中伸弥教授らに贈られることになりました。山中教授がつくったiPS細胞のどんなところが素晴らしいでしょうか。病気の治療や原因解明、新薬の開発につながると期待されていますが、実際に患者さんの治療に使えるまでに、どんな課題があるのでしょうか。

 

 

 

 

  なぜ、iPS細胞の作製がすごい業績なの?
  2つの意味がある。新しいことを発見した科学的な成果と、医療に役立つ技術という側面だ。前者は、皮膚や臓器のような特定の役割を果たす細胞が、何にでもなる能力があるiPS細胞に「初期化」できることを発見したことだ。
  後者は、けがや病気で機能が損なわれた細胞をiPS細胞から作り出して代替させる「再生医療」への応用が期待されている。治療に使う臓器を自分の細胞から作れれば、他人から移植された臓器を体が「異物」と判断して追い出そうとする拒絶反応の心配がなくなることが大きな利点なんだ。
  ほかにも薬の候補となる物質の効果や副作用を試すのにも使える。


   すごいものを作ったんだね。
   2006年にマウスのしっぽから採った細胞に4つの遺伝子を入れることでiPS細胞を作り出したと発表、07年にはヒトの皮膚の細胞からも作ったと発表した。これまでの胚性幹細胞(ES細胞)が、受精卵を壊して作ることから倫理的な慎重論もあったが、自分の細胞から作れるiPS細胞はこの問題を回避できる。
  人間で約2万2千個といわれる遺伝子から「山中因子」と呼ばれる遺伝子4個をどう絞り込んだのか。まず、遺伝子データベースから重要そうな100個ほどを探し、実験で可能性のないものを消して24個まで絞り込んだ。すべて実験皿に入れて試すと、万能細胞ができた。1個ずつ除いた23個でできるか試すことで不可欠な4個を特定した。


   iPS細胞を作ってから、わずか6年で受賞が決まったんだね。
  A  賞を贈った研究業績への高い評価が後世になっても揺るがないことが賞の権威につながる。評価が定まるのを待つため、業績をあげてから受賞までが数十年かかることも多い。山中教授が「まだiPS細胞は役立っていない」と言うように医療にどれだけ役立つかわからないが、「細胞の初期化」という科学的な成果は確立しており、50年前にカエルの卵の核が初期化することを示した英ケンブリッジ大のジョン・ガードン教授との共同受賞に結びついた。


   いつ治療に使うことができるようになるの?
   iPS細胞は、普通の細胞を強引に初期化させたもので仕組みが十分に解明されておらず、人間の治療に使うには安全性の確認が大切だ。特に問題なのは、iPS細胞から作った細胞を移植した後に、もとからある細胞の遺伝子を傷つけて、がんにしてしまうことがあり、このリスクを著しく減らすことが必要だ。


   最近は、どんな研究成果がでているの。
   今年になってからも、横浜市大チームがヒトiPS細胞から肝臓の立体組織を、東京大チームがインスリンを作る膵島を作ったと報告。東大と京大のチームは血小板を作って止血剤として使う計画を発表した。今月、京大チームはマウスiPS細胞から卵子を作り、子どもを出産させることに成功したと発表した。
  iPS細胞から生命を誕生させることの倫理的な問題、細胞は究極の個人情報といえる遺伝子情報も含まれており、その保護も解決しなければならない。


   どうしたら、こんな素晴らしい研究ができるのだろう。
   遺伝子を入れれば細胞を初期化できるなんてあり得ない、と考えられていた。できないと思われたことへの挑戦が、飛躍的な研究成果を生み出した。挑戦は失敗することもあるが、2000年にノーベル化学賞を受けた白川英樹さんは、実験の失敗から電気が通るプラスチックを見つけた。地道な努力とともに、常識を疑い、失敗を恐れずに試し、結果を丹念に検証することが大切だ。


 

 ES(胚性幹)細胞 神経や筋肉など、体のあらゆる組織や臓器に育つ可能性がある細胞。精子と卵子が出合ってできた受精卵を壊して作るのが一般的。1981年にマウスのES細胞が作られ、98年にヒトでも作製に成功。ES細胞研究にも2007年にノーベル賞が贈られている。
  ノーベル賞 ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベル(1833〜96)の遺産をもとにした基金で、1901年に始まった。ノーベルの遺言により、物理学、化学、医学生理学、文学、平和の分野で「人類に最大の貢献をもたらした人々」に贈られる。経済学賞はスウェーデン銀行が68年に創設。

 

 

朝日新聞編集委員 黒沢大陸

1963年生まれ。91年から朝日新聞記者。 科学医療部デスクなどを経て編集委員。 社会部や科学部で、防災や科学技術行政、 環境、鉄道などを担当、国内外で数々の 災害現場を取材した。

 

2012年10月14日

 

朝日学生新聞社のホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての著作権は朝日学生新聞社に帰属します
ページの先頭へ