QueenInfect 後書

『QueenInfect 後書』

一週間ほど前に帝国首都、アヴァロン城下で巨大なシロアリ=タームが大量に発生し、市民の間に恐怖と恐慌を巻き起こした。
通常タームは幼生から成体になるまで数十年の歳月を要するが、他生物に寄生することで急激に成長し
宿主を乗っ取って成体になることができ、かつてはサバンナ地方で猛威を奮いいくつかの集落が壊滅したこともあった。
そのタームの王、クィーンはかつてアヴァロン帝国の皇帝に滅ぼされたが、死ぬ間際に一つの卵を残し
自分を殺したアヴァロン帝国皇帝への復讐と一族の繁栄を夢見て、長い長い年月を経て力を蓄えてきた。

そして、ある程度力を取り戻したクィーンはアヴァロンの地下墓地の奥深くで密かに繁殖を始めた。
残り少ない精力から産み落とした卵が数十個。孵った幼生が十数個。勿論土を掘り起こしていくことなど
出来ないので他の生物に寄生させることはできず、クィーン自らの肉体を食わせ育てていくこと十数年。
それすらままならなくなり共食いまでさせ、最終的に生き残ったもの数体。
その数体で土を掘り起こし、ついにタームは何百年かぶりに地上の空気を吸うことが出来た。
その後、タームたちは幾人かの人間を拉致してクィーンへと捧げ、クィーンはそれを栄養として多くの卵を生み出した。
そして孵った幼生は掘り返した穴を通って地上へと溢れ出て、次々に人間に寄生していった。
寄生された人間は次第に心身がタームのものへとなっていき、最終的にはタームそのものになってしまう。
そのタームになりかけた人間がクィーンの意思の元に隣人を、妻子を、父母をクィーンの下へと捧げだし
クィーンはそれを元に大量の卵を生み出す。そしてその卵が孵り、幼生が人間へと寄生していく。
このサイクルがある程度軌道に乗り始め、アヴァロン城下のタームは爆発的に増え始めた。
一族の繁栄と皇帝への復讐。クィーンの思惑は現実のものになりつつあった。
が、そこに立ちはだかるものが現れた。
かつて自分を滅ぼしたもの。アヴァロン帝国の皇帝。
その皇帝の位を最後に冠する者、レオナがクィーンの居場所を突き止め、野望を阻止せんと立ち向かってきた。
沢山の人間を喰らい、かつて七英雄すら恐れたという真の力を取り戻したクィーンだったが、レオナの
前には一歩及ばず、かつて自分がたどった運命を再び味わう羽目になった。
クィーンが倒れたことで統制の取れなくなったタームは全て駆逐され、大きな被害を出しながらも
アヴァロン帝国はその危機を脱することが出来た。


はずだった。


「な、なんで………?!」
アヴァロン帝国付軽装歩兵のライーザは、目の前で繰り広げられている光景を受け入れられることが出来なかった。

「うわーっ!アリだー!」
「ほ、ほぎー!」

つい数日前、アヴァロン城下を荒らしまわり必死の思いで駆除したタームがまた暴れ回っている。
逃げ惑う人々を捕まえてはその大顎で喰らいつき、辺りに鮮血を撒き散らしている。
「馬鹿な……。タームはこの前全て殺し尽くした…。女王も皇帝陛下が倒した。のに……」
襲われている市民を助けることも、そのために腰に携えている剣のことも忘れ、ライーザはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
そんなライーザの前に、苦しそうに腹を抱えている若い男がすり足でにじり寄ってきた。
「お、おいどうしたんだ?しっかりしろ!」
その姿に我を取り戻したライーザは、よろけそうな男の体の肩を両手で抱えた。
見れば男の顔は真っ青で、顔面一杯に脂汗を浮かべている。
「どこか痛むのか?苦しいのか?!おい!」
ライーザの問いかけに男は最初はただ口をパクパクさせるだけだったが、必死の思いでどうにか言葉を紡ぎだし始めた。
「………け……て……」
「なんだ?!」
「た、助けて………うぐっ!」
その時、男の体が突然『ボンッ』と爆ぜ、白くつるりとした外骨格と巨大な腹部を持ったタームがその姿を現していた。
青く光る瞳がライーザを捉え、二本の触角を絶え間なく揺らめかせている。

「え………」

愕然とするライーザの前に、つい今まで人間だったタームが前脚を振りかざして襲い掛かってきた。
「う、うわああぁっ!」
屈強なタームの前脚がライーザに振り下ろされる直前、悲鳴とも怒声とも付かぬ声がライーザの喉から
発せられ、振り下ろされたカットラスが目の前のタームを微塵に切り裂いた。
「あ、ああ………」
ライーザの足がガクガクと震えている。自分に助けを求めた男が突然タームと化して自分を襲い、かつ
自分がそれを殺してしまったこと。
あれはもう人間ではない。寄生され乗っ取られ皮を破って出現した一匹のタームだ。
助けることは出来ない。殺すことしか出来ない。
頭ではそう分かっていても、それを納得するまでには幾許かの時間が必要だった。
そして、それを受け入れたときライーザの心に浮かんできたことは、自分が守るべき対象の存在だった。

「こ、皇帝陛下は?!」

ライーザは、脱兎の如くアヴァロン城へと駆け出していった。


アヴァロン城への道、そこはまさに蟻の巣窟だった。
行く手に立ちふさがる幾重もの蟻、蟻、蟻。なぎ倒していくことも可能だったろうが、ライーザの心に
はつい先程の青年の姿がだぶってしまう。

(もしかしたら、目の前のタームはかつて自分が知っている人間だったかもしれない)

勿論タームと化している時点で、『知っている人間』は既に死亡して全く関係ない一匹のタームとなって
いるわけなのだが、それでもライーザはどうしても剣を振るうことが出来ず、巧みにタームの間をすり抜けたり
柄でどついて怯ませたりしてタームの海を掻き分け、どうにかアヴァロン城へと潜り込むことが出来た。


「……………」
アヴァロン城内、その様を見てライーザは言葉を失ってしまった。
帝国の中心、皇帝の居城としてその名を馳せた姿は、既にそこにはなかった。
豪奢なガラスはそのこと如くが割れて散乱し、通路を彩る観葉植物は折れ散らかり、高級な絨毯の上には
多数の死体が転がっている。
そして城下ほどではないがそこかしこにタームがおり、獲物を求めて徘徊している。
「こんな……、馬鹿な……」
この前の襲撃でもここまでは酷くなかった。これではまるで、アヴァロン城がタームに乗っ取られたのと変わらない。
「陛下は………無事なのか?」
クィーンを倒したレオナの力を考えればタームにやられるというのは考えにくい。もしかしたら、レオナは
不在かなんらかの考えで城を脱出したのかもしれない。
どのみち城内がこのざまではいつまでも留まるのは危険すぎる。
「一旦………、脱出するか」
ライーザはタームに見つからないよう慎重に身を隠し、今まで来た道を引き返し始めた。とにかくまずは
アヴァロンの外に出て近隣の町に脱出し、善後策を練らなければならない。うまくいけば陛下と合流することも出来るだろう。

が、城の外に出る通用門に手をかけたとき、ライーザの前に予期せぬ人物があらわれた。
横の扉がガチャリと開き、ふらふらと出てきたものは…
「あぁ………、ラ、ライーザぁ………?」
「グ、グレース?!」
そこにいたのは、ライーザの同僚であり同じ軽装歩兵のグレースだった。
が、目の前のグレースはライーザの想像の範疇を越えていた。
身につけていた鎧はめちゃめちゃに壊れ、特に腹部前面は服も切り裂かれ全てを曝け出している。
藤色の髪も、小柄だが肉付きのよい体も得体の知れない粘液に濡れそぼり、形容しがたい異臭を放っている。
特に股間からはボタボタと粘液が零れ落ち、不快な水溜りを形成している。
そしてそんな状況に拘わらず、紅潮したグレースの顔には不可思議な笑みが張り付いていた。
「こ、これはどうしたんだグレース!」
ライーザの問いかけにもグレースは口をプルプルと揺すらせるだけで答えようとせず、振るえる両手で
ライーザの両肩をおずおずと掴んできただけだった。
「どうしたといっているんだ!答えろ、グレース!」
「あ、あ…、………げ、…て………」
不自然に笑みを浮かべたまま、グレースは何か言葉を紡ごうとしている。
「に、に………げ、…てぇ………。ここか、らぁ……、はや、きゅぅ………」
「?!」
どうやらグレースは『逃げて』と言っているらしい。が、それに反してライーザを掴むグレースの手には
どんどんと力が込められていく。
「は、はやく……、わた、しが……わたしの、うち、にぃぃ…!」
「何を言っているんだグレース!それよりもまず………」

「あ、あっ!ああああぁっ!!」

その時、突然グレースが嬌声を上げ、体をぴんと仰け反らせた。
「グ、グレース?!」
「あああああああいいいいぃっ!!」
ライーザを掴むグレースの腕が不自然に盛り上がってくる。纏っている服や鎧を弾き飛ばして、剥き出しに
なった柔らかい肌が硬質化し、昆虫の外骨格のような光沢を帯びてきている。
いや、それは腕だけではなく全身のいたるところで行われている。脚が、胸が人間のものではなくなって
何か別のものに成り代わろうとしていっている。
そして、目の前にあるグレースの表情は、まるでそのことが悦ばしいかのような愉悦に包まれていた。


「こ、これは………」
目の前で行われている事態にライーザはただ息を呑むしかなかった。
その間にもグレースの変態は続き、尾てい骨周辺がぼっこりと盛り上がったかと思うと見る見るうちに膨らんで
昆虫の腹部のようなものを形成し、こめかみの辺りからは2対の触角が生え揃い、最後に背中から
透明な皮膜がぺりぺりと音を立てて伸びてきた。

「ハァ…、ハァァ………。ふわぁぁん!!」

完全に変態しきったグレースは、ライーザを掴んだまま全身を震わせ悦びの声を上げた。その姿は、
人間の形は残しつつも外に屯(たむろ)するタームのそれと同じものだった。
「グ、グレース………。それ、って………」
目の前で人間が得体の知れないものになった。なんかつい先程も似たようなことがあった気がしたが
衝撃はその時の比ではない。
あの時は見ず知らずの人間が人外へと変わった。
今回は見知った友人がその姿を残したまま人外へと変貌してしまった。
どこからかカチカチと耳障りな音が聞こえる。冷静になっていればそれは目の前での衝撃で歯の根が合わず
自らの口の奥から発せられている音だと気が付いただろう。
そんな元友人の様を、グレースだったものはぎょろりと睨みつけた。明らかに人間のものとは異なる瞳が
ライーザを映しこんでいる。
「うふふ…、ライーザぁ………。あんなに逃げてって言ったのに…。もう、遅いわよ………」
「グ、グレース………。こ、これは………」
震えるライーザを、グレースはさも面白いといったようにくすくすと笑って答えかけてきた。
「この姿……?ふふ…
これはね、タームの繁栄のためにクィーンの手足となり、版図を広げる使命を担った選ばれしものの姿よ」
「な、なにそれ…。クィーン?!タームのクィーンはこの前、陛下によって滅ぼされたはずじゃない………」
ライーザの言葉に、グレースは以前は目の前の友人に決して造ることの無かった侮蔑の笑みを浮かべた。
「タームは滅びはしないわ。クィーンがおられる限り私たちが滅亡することは無い。そして、クィーンも
あの程度で滅ぼされるということも無いわ………」
「クィーンが………生きている?ど、どぉぅ、し、てぇ…………」
どうしたことか、ライーザの体に突然猛烈な睡魔が襲ってきた。抵抗する間もなく、あっという間に
ライーザは意識を失い、かくりと力なく首を落とした。
よく見ると、グレースの背中の翅が細かく振動している。翅を持ったタームはそれを細かく震わせることで
人間の耳では捕らえられない音波を発し、脳を揺らして眠りに誘うことが出来るのだ。
グレースは深い眠りに落ちたライーザを優しく抱きとめ、耳もとで聞いてもいない相手にぼそりと囁いた。
「すぐに分かるわよ………。クィーンのお姿を見れば、すぐにね。ククク………」


ピチュ、ピチュ…
ヴヴヴヴ………

何か耳障りな音が耳に入ってくる。
その音が目覚ましの代わりになったのか、ライーザの意識はゆっくりと目覚めつつあった。
(あれ?私、何をしていたんだっけ…?確か、お城の中に………)

!!

そこまで思考してから、ライーザは一瞬にして覚醒した。半閉じになっていた瞳をバチッと見開き、
もたげていた頭を前方へと向けた。

「………、ここは………?!」

自分がどこにいるのかライーザには一瞬理解できなかった。
いま自分がいる場所は確かに知っている。が、『ここ』は自分の知っている場所ではない。
ここはアヴァロン城の中心部、皇帝の謁見の間。
以前は、そうだった。
しかし、現在のそこは部屋中がべとべとした粘液と得体の知れない白い玉によって覆い尽くされ、光が入る隙間さえない。
そして、そこかしこに白い玉をかいがいしく敬うターム…、いや、タームと人間が融合したような女性がおり、
その足元には顔を悦びで染め上げた女性があちこちに蹲っている。
「ひあぁっ!」
向こうの方で嬌声が上がった。見ると先程のグレースのように全身がみるみる外骨格で覆われ、タームと化していく女兵士がいた。
「ひ、ひぃぃ………」
グレースに掴まれたまま、ライーザは今まで聞いたことも無いような情けない悲鳴を上げてしまった。
兵士を生業としている以上命の危険は何度もあったし、実際死にそうな目にあったこともある。
が、そんなときでもこんな悲鳴を上げたことは無かった。
自分の理解を超える異常な状況。それに対する根源的な恐怖が、今のライーザを支配していた。
「いや…いやぁ……。こんなの、いや………」
現実を受け入れられず力なく首を振るライーザに、後ろにいるグレースが声をかけてきた。
「大丈夫よ。あなたももうすぐ、この世界の素晴らしさを知ることになるわ。
ほら、私たちのクィーンがこちらにやってきたわよ…」
クィーンという言葉を聞き、ライーザはグレースが向いている方へと視線をあわせた。
そこにはタームの群れを掻き分けて、ムッとする甘い匂いと共に明らかに周りのタームとは違う存在が姿を表していた。
「え…」
その姿に、ライーザは驚きの表情を隠せなかった。
「あらグレース、せっかく逃げることができたのにまたここに戻ってきたのね。
まあ、すでに産卵した後だったから当然といえば当然なのだけれどね」
「はい。この場から逃げたりして申し訳ありませんでした、クィーン」
グレースがクィーンと呼ぶ存在。他のタームとは違い外見は殆ど人間といっていい。ただ、背中に伸びている
6枚の羽。下腹部に膨らむ細長い肉管が、目の前の存在が人間と異なることを主張していた。
が、そんなことはどうでもよかった。
「そ、そんな………。なんで、陛下が………」
ライーザの驚きはそんな些末なものには向けられてはいなかった。グレースがクィーンと呼ぶ存在。それは
ライーザが忠誠を誓う対象であり、このアヴァロン帝国の頂点に立つ者。アヴァロン帝国皇帝、レオナだった。
「どう?ちょっと驚いたかしら。この私がタームのクィーンとなっていたことに。
でもね、これがタームのクィーンの力なの。例えその肉体が滅ぼされても、近くの存在に使命を託し
その存在が新たなクィーンとなってタームの繁栄を築いてゆく…。それがたまたま私なだけだったこと」
レオナが欲望に染まった目をライーザへと向けていく。その瞳が映す欲は…、食欲。征服欲。そして、繁殖欲。


「この部屋いっぱいにある卵。これは全部私が産んだ卵。そして、ここにいるタームは全て、私が直接卵を産みつけた人間」
じりっじりっと、レオナはライーザの方へと近づいてくる。
「クィーンである私が生んだ子供たちが全世界へと拡散し、やがてこの地上は全てタームによって覆い尽くされるの。
そしてここにいる子供達は、私の意志をマンタームたちに忠実に伝え、人間達を狩る尖兵となるために選ばれたもの」
「ライーザぁ…、あなたもクィーンに選ばれたのよ。喰い散らかされる存在ではなく、喰い散らかす存在になるのよ」
レオナの下腹部の肉管がゆっくりと鎌首をもたげ、ライーザの方へと向き合ってくる。その先からはボタリ、
ボタリ、と粘液が零れ落ち、埋まる先を求めて戦慄いている。
「さあ、いらっしゃいライーザ。あなたも私の子供にしてあげるわ」
グレースが掴んでいた腕をぱっと放し、軽くライーザの背中を小突いた。
「い、いやぁぁ………」
目の前に広がる絶望的な未来に少しでも抵抗しようと、ライーザは震える足を後ろに動かし、一歩でも
レオナの前から遠ざかろうとした。
が、ライーザの意思に反して踏み込んだ右足はレオナのほうへ向っていった。
「えっ……?なんで……」
すぐさま後ろに向おうと足を動かしたが、やはり足はレオナのほうへ向っていく。
(あ、足が勝手に陛下の方、へ………。な、なに、こ、れ………)
訳がわからず混乱するレオナの意思に、次第に霞がかかっていく。周りに漂う甘い匂いを吸い込むごとに
自分が今どこにいるか、何をしているのか、何をされようとしているのか、という思考が乳白色の霧に
覆い隠され、塗りつぶされていっている。

「さあ、こちらにいらっしゃい………」

どこからか自分を呼ぶ声が聞こえる。その声は心の奥までずぶずぶと染み渡り、ライーザの心を縛り上げていく。
よく見えない目を凝らして前を見ると、目の前に自分が忠誠を捧げるべき相手が腕を広げて待ち構えていた。
「ああ………」
ライーザは幸福感でいっぱいの笑顔を浮かべてふらふらと目の前の相手に近づき、ガバッと抱きしめると
その双丘に顔を埋め、胸いっぱいに主の匂いを吸い込んだ。
「ウフフフ………」
レオナは、自らが発するフェロモンにすっかり酔いつぶれているライーザをがっしりと抱きしめると
下半身の鎧と服を剥ぎ取り、露わになった下腹部にしゅるしゅると卵巣を伸ばしていった。


ヒト。それはなに?
それは、私たちの食料。クィーンに捧げる供物。
クィーン。それは誰?
それは、私たち全ての母。私たちの繁栄を支える存在
繁栄。それはなに?
それは、全てを私たちにすること。私たちの生物以外の全てを食べ、この世界を私たちだけにすること…


「……………」
ライーザは閉じていた目をゆっくりと開いた。
先程までとは世界がまるで違って見える。おぞましかった部屋の内部は、まるで揺り篭の中のように
心地よく、いっぱいに広がる卵は愛しい存在として認識される。
背中に生えた羽、手足を覆う外骨格、蟻酸がたぷたぷに入った腹部、優れた感覚器となる触角。全てが誇らしい。
そして、どこにいようと、どんな状態だろうと伝わってくるクィーンの存在と意思。
(ああ、これがタームになるってことなのね。素敵ぃ…)
ヒトでは絶対に感じることの出来ない共有感と一体感にライーザの心は包まれていた。
(あぁ…、クィーンの意思を感じる。喰らいたい。増やしたい。産みたい。ってぇ…)
「…喰らいたい。増やしたい。産みたいぃ…」
妖しい笑みを浮かべたライーザの口元から涎が糸を引いて零れ落ちた。レオナが思い浮かべている欲望を、
さも自分のものであるかのように投影し、それを充足する様を思い馳せていた。
「うふふ。ライーザ、あなたも私の子供として私たちの繁栄のために役立って貰うわよ」
ライーザの頭の上から、母であり、主人である存在の声が聞こえる。呆けた顔を向けるとレオナ・クィーンが
ライーザの頭を優しく撫で上げて、下腹部から伸びる肉管でその頬をぴたぴたと叩いてきた。
「………畏まりました。我らがクィーン…」
ライーザはレオナ・クィーンへ向けて満面の、しかしどこか爛れた笑みを返し、頬に当たっている肉管を
やんわりと掴むと、うっとりと瞳を歪めて愛しげにすりすりと頬を擦り合わせた。