QueenInfect
『QueenInfect』
「これで…、終わりよ!」
アヴァロン帝国最終皇帝・レオナの持つ剣の切っ先が煌き、アヴァロンの地に突如として災難を振りまいたタームの王、
リアルクィーンの腹部を深々と貫いた。
「ぐはっ!」
すでにそれまでに受けた傷で息も絶え絶えだったクィーンは、レオナの一撃によって完全に力尽きた。
懸命に支えていた体がガクリと折れ、自らが散らした体液で濡れる地面へと崩れ落ちた。
「馬鹿な…、せっかく長い時をかけて力を蓄えたのに…、また、お前達に敗れるなんて…」
クィーンは未だに信じられないといった顔をしている。過去のアヴァロン皇帝に自らの意思と知識を封じた
種を生みつけて皇帝の持つ力すら吸収し、1000年以上に渡る時をかけかつて七英雄すら恐れた自身の完全なる復活を遂げた。
はずだった。
「わ、わたしはお前達皇帝の持つ力をも吸収した。なのに…、何故………」
クィーンの目の前にいる人間、レオナはかつてクィーンが戦ったアヴァロン皇帝よりはるかに強い力を持っていた。
アヴァロン帝国皇帝が持つ秘術『伝承法』により代々力を蓄積していった『皇帝』は、代を増すごとにその力を
強化していく。その最後の皇帝であるレオナは、もはや地上に存在しうる人間の中、いや歴史上の人間の中で
比肩しうる存在の無いほどの存在となっていた。
「私には歴代の皇帝から託された力、想い、使命がある。お前などに負けるわけにはいかない!」
過去に存在していた皇帝ならクィーンにも勝機はあったかもしれない。が、七英雄に迫らんという力を持った
レオナには流石に及ばなかった。
クィーンがレオナの強さに気がついたのは、正に自らの命の灯火が尽きる寸前だった。
「ま、まだ終わりには、しない……。われ、我らタームの繁栄のために、まだ……、まだあぁっ!!」
腹から血をだらだらと流したまま、クィーンは最後の力を振り絞って立ち上がり、レオナに向けて覆い被さってきた。
「陛下、危ない!」
自らの死が不可避な今、レオナを押し潰して死出の道連れにしようとしている様にレオナの側近達は青ざめた。が、
「往生際が悪いぞ、クィーン!」
レオナは冷静に剣を振り下ろし、クィーンを胴体から真っ二つにした。
空中を舞うクィーンの上半身から臓物や血、腹に収めていた卵のようなものが吹き零れ、レオナの体を真っ青に染め上げていく。
クィーンは無念じみた…、しかしどことなく我が意を得たかのような歪んだ笑みを浮かべ、レオナの後方へぐしゃりと
落ちた。その体はぴくりとも動かず、完全に絶命している。
レオナはぱちりと剣を鞘に収めると、血で汚れた顔を手の甲で拭った。
「くそっ、思いっきり汚してくれて………」
レオナは、クィーンの特攻に思わず悪態をついてしまった。
その時、レオナの頬に付着した白い何かがちゅるっと動き、レオナの耳の中に消えていったが、激しい戦闘の後で
息を切らしていたレオナはそのことに気が付かなかった。
「皇帝陛下、よくご無事で!」
側近達がレオナの元へわらわらと駆け寄ってくる。突如出現した化物にも全く臆せず対峙し、傷らしい傷も
作ることなく打ち倒したレオナに、一同は改めて皇帝の持つ力の強さを再認識した。
「これで、これ以上の蟻の繁殖は防げるだろう。あとは残った蟻を虱潰しにしていくだけた」
「分かりました。騎士団に蟻の掃討を急ぐように伝えます。
ところで、ここはどうしましょうか?さっさと焼き払いますか?」
「そうだな、アヴァロンの地下にこのようなものがあるのも………」
"ズキン!!"
「?!」
- その時レオナの頭に、いや、頭というより耳の奥が何かに食い破られたような激痛が走った。
「あつっ!」
思わずレオナは顔をゆがめ、右耳を手で押さえつけた。
「陛下?」
「あ、ああ……。なんでもない。ちょっと疲れからか眩暈がしただけだ」
頭の奥の痛みは次第に引いていっている。まだズキズキと疼痛は走るが、我慢が出来ないというほどではない。
レオナにしては、部下に余計な心配をかけさせないよう『眩暈』と表現を軽くして答えたつもりだった。
が、側近達はサッと顔色を変えレオナの元へ詰め寄ってきた。
「それはいけません!すぐ城に戻り体を休められないと。さあ、一刻も早く!」
幾人かの兵士がレオナを支え、クィーンの穴倉からレオナを連れ出そうとした。
そして、穴倉の入り口まで達した時、レオナの頭にちくんとした痛みが走った。
(あ、痛っ……)
そしてその瞬間、レオナはあることを頭に思い浮かべた。
(そうだ。このことを言っておかないと………)
「お、お前達、ここのことだが………」
「ご心配なく。今すぐに我々の手で焼き払います故………」
「い、いや、そのことだが………、しばし待ってほしいのだ。
こいつらは過去幾度にも渡り、この大地に禍を振りまいてきた。このクィーンは倒したが、まだ他に
クィーンがいないという保障はない。
ならばこの際、徹底的にこいつらの生態を調査し、今後再びタームが出現した際もっと手際よく対峙する方法を
見つけるほうが得策だと思う」
レオナの言葉に、側近達はなるほどと思い至った。確かに今すぐここを灰燼に帰すより、調べられることは
調べ尽くした方が今後のためになるだろう。
「わかりました。では日を置いて調査隊をここに送り込みましょう」
「済まないな。では、私は先に戻るから………」
まだ少し痛みで響く頭を抑え、レオナは地上への道を急いでいた。が、その顔は決して晴れやかなものではなかった。
(しかし……、何で私はあんなことを口走ってしまったのだ?)
普通に考えても、一刻も早く燃やしてしまうか埋めてしまったほうがいいに決まっている。実際、自分も
ついさっきまではそう考えていた。
(でも、なんで………)
自分の口から飛び出た自分の意思に反するかのような言葉。何故そんなことを言ってしまったのか。
それを考えようとした瞬間、
"ズキン!!"
「あつっ………」
再びレオナの頭に刺すような痛みが走った。まるでそんなことを考えるな。そう頭が告げているみたいに。
ずきずきと痛む頭に思考が阻害され、物事を考えることを強制的に停止させられてしまう。
(こんな体調では考えることもままならないか…。まあいい。この頭痛が引いたらゆっくりと考えることにしよう…)
そう納得し、レオナはこれ以上この件について考えるのを止めた。そうすることで痛みは少しだけ引いていった。
(………)
なにかが頭の中で聞こえた気がした。が、それはあまりにも小さく細く、なにを言っているかはわからなかった。
- (なぜなんだろう……。とてもお腹がすいている……)
その夜、レオナは酷い空腹感を覚えて目を覚ました。
リアルクィーンを倒して城に戻ったまではよかったのだが、心身ともに疲れきっていたからか体中の
汚れを落とすとメイド達が何か腹に収めないとという忠告も聞かず、レオナはそのまま寝室の中へと潜り込んだ。
未だに頭痛が収まる気配は無いが、よほどレオナの体は休息を欲していたのだろうかそんなものに構わず
すぐさますぅっと意識を深い闇に静めていった。
(これじゃあ、お腹もすくはずよね……)
痛みで響く頭を軽く抑え、レオナは寝室からゆっくりと立ち上がった。
窓から見える外は真っ暗で、所々に掲げられているかがり火ぐらいしか動いているものは無い。
「台所に行けば……、なにか置いてあるだろう」
衛士達に行き先を告げ、レオナはフラフラとした足取りで城の一階にある台所へと歩を進めた。
夜も更けており、レオナが台所に着いたときすでに火は落とされ真っ暗だった。入り口のランプの火を移し
台所の中を照らすが、もう夜に出された物は片付けられており目に付くところには何も置いていなかった。
「まったく……、少しは私のために残しておいてもいいだろうに…」
自分でいらないといったのだから怒るのも筋違いだとは思うが、レオナはぶすっとぐちを叩くと食料を求めて台所中を漁り始めた。
そして、暫くして………
「トマトだ!」
奥の倉庫から明日の朝食に使うのであろうトマトが入った木箱が出てきた。
喜びいさんでレオナはトマトを手に取り、大きく口を開けてぱくりと食いついた。味も何もつけていない
トマトだが、空腹は最高の調味料と誰かが言ったとおり酷く美味しく感じられた。
レオナは夢中になってトマトを頬張り、たちまちのうちに一個を食べ尽くしてしまった。
「…もう一個ぐらい、構わないわよね…」
何しろ夕食を抜いているからトマト一個では割に合わない。レオナはもう一つトマトを木箱から取り出すと
ぱくぱくと腹に収めてしまった。
「………もう一つ…」
なんかもう、食べ始めると止まらなくなってしまう。それほどレオナの体は空腹感に支配されていた。
四つ、五つ、六つ、七つ………
「……………」
レオナは何かに憑かれたかのように、次々とトマトを手に取り貪り食っていった。
(モット、モット……モット………ヲトル………)
頭の中でなにか自分に訴えかけている声が聞こえる。レオナはその声に導かれるまま、トマトを食べ続けた。
そして暫くして…、レオナが新しいトマトを箱から取ろうとしたら、手に当たるのは硬い木箱の感触だけになった。
「?」
不審に思ったレオナが箱の中をのぞくと、すでに中にトマトは無かった。100個以上は優にあったと
思われるトマトは、全てレオナの腹の中へと収まっていた。
「あ……、もう、ない………」
他に何か無いか………、そう考え視線を他へ移したとき、レオナははっと我に帰った。
「え………、私、あのトマトを全部……食べちゃったの………?」
ギョッとしたレオナは目の前にある木箱を見る。流石にレオナより高さは無いが、その容積はレオナの体の中身よりはるかに大きい。
そこの中に積み込まれたトマトを全てレオナは食べ尽くしてしまったというのか。
しかも空腹感は多少はまぎれたというものの満腹というには程遠い。実際、レオナの腹も先ほどと比べて全然膨らんだ様子は見えない。
「こ、これは………、どういうことなの?!」
これは明らかに異常だ。何か自分の体に恐ろしいことが起こっているのかもしれない。
背筋が寒くなったレオナは宮廷魔術師のサファイヤに相談しようとガバッと立ち上がった。彼女なら
何かがわかるかもしれない。が、
"ズキン!"
「うあぁっ!」
今まで治まっていた頭痛が突然ぶり返し、レオナの頭をがんがんと揺さぶってきた。動悸が音で聞こえるほど
激しくなり、目の前が赤や黒の点滅で覆われていく。
(ナニモオカシクハナイ…オマエハナニモオカシクハナイ…コノママシンシツニカエレ…)
激しい痛みと共に、先ほどから聞こえている声が頭の中にがんがんと響く。
その声はレオナの心に圧倒的な支配力を持って覆い被さり、レオナの心を強引に染め上げていった。
「あ、あぁ…、そ、そう………。これは、普通の、こと…、このまま、寝室に、帰りま、す………」
誰に答えているのか分からないが、レオナは頭の中の声に頷き、ぎくしゃくとした足取りで寝室に戻っていった。
翌朝、トマトが一箱丸まるなくなったとかで給仕が大騒ぎしていたが、レオナはそ知らぬ顔で通していた。
- その後、夜ごとにレオナは寝室を抜け出し、頭の『声』に導かれるまま食料を盗み食いしていた。
ところが、さすがに度重なる盗難に業を煮やした給仕たちが、台所の入り口と食糧倉庫に大きな錠前をかけてしまった。
「………少しやりすぎたかしら?」
別に錠を破ることは難しくは無いのだが、それで人目についたら自分の仕業というのがばれてしまう。
「せっかくここまで……を取ってきたのに、邪魔されるわけにはいかないもの………」
何気なくぼそっと口にしたことだが、その時レオナはちょっとだけ小首をかしげた。
(あれ?私みんなに秘密で何をとっていたんだっけ………?)
心の中にぽっと浮かんだ疑問。だが、それを詮索しようとしたときに頭にいつもの頭痛が走った。
"ズキン!"
「あ…」
その瞬間レオナの目からスッと光が失われ、顔から表情が消え失せた。
(オマエハナニモヒミツニシテイナイ…ワタシハナニモヒミツニシテイナイ…)
頭の中に響く『声』が、レオナの心に涌いた疑問をなかったものとして処理していく。
「……なんでもない。私は何も秘密なんか持っていない……」
なにごとかをうわ言のようにぶつぶつと呟いた後、レオナの目に光が戻ってきた。
「……これじゃあ、別の場所を探さないといけないわね………」
さっきまでの疑問などまるで覚えていないかのように、レオナは踵を返すと城をさ迷い歩き始めた。
「なにか…ないかしら……」
レオナが月明かりが照らす中庭へ出てみると、木の下に一匹の番犬が眠っていた。レオナが子供の頃から城にいて、特にレオナには懐いていた。
「あ……」
(イキモノ…。ミズミズシイシンセンナイキモノ…。モット、チカクデ…)
『声』に言われるままレオナがフラフラと犬に近づくと、気配を察したのかピクリと耳を動かしたかと思うとむくりと首をもたげた。
そして、レオナと目が合った瞬間…
「グルルルルルッ!」
番犬はまるで化物が現れたかのようにレオナに向って牙をむき、激しく唸り声を上げた。
「…………」
その姿をレオナは、虚ろな目で見つめ続けた。
一歩、一歩、レオナが番犬に近づくたび、犬は全身の毛を逆立てて威嚇してくる。それを見ていたレオナの心に浮かんできた感情。
「………。この子、なんだか、とっても
お い し そ
「!!」
その瞬間、レオナはガバッと身を起こした。両手にはシーツをしっかりと握り締め、全身は寝汗でぐっしょりと濡れている。
「…………夢…?」
つい今まで自分の目の前に起こっていた光景。空腹のあまり番犬を手にかけようとした、あまりにおぞましい瞬間。
「あ、あははっ。そうよね、いくらなんでも夢よね。私が、あの子を、食べようだなんて………」
ふにゃっと気が抜けたレオナは顔に淡い笑みを浮かべてぺろりと唇を舐め、寝室から身を起こした。
それ故、レオナは気が付かなかった。
レオナが舐めた唇。そこに付着していた赤い血液を。
それから城内で、犬や猫の死体が見つかるという事件が相次いで報告されるようになった。
嫌がらせに近い事件なので皇帝に報告することは躊躇われ、重臣達が犯人を一刻も早く上げようと躍起になっていた。
その中で、レオナは時々部屋にこもり何人も立ち入らせないようにしていた。
全ての窓をカーテンで閉じ、真っ暗になっている部屋。その片隅でグチャグチャと粘っこい音が聞こえてくる。
(モット、モット…ウヲトラナイト。モット、モットエイ…)
「もっと、……もっと、『栄養』をとらなきゃ………」
部屋の中、血に塗れた口でレオナはぶつぶつとうわ言のように呟いた。
手に持った新鮮な『栄養』に、レオナはがぶりとかぶりついた。口いっぱいに広がる肉と血の味に、思わずうっとりとを細ませる。
その傍らには、毟り取った大量の犬の毛が床一面に広がっていた。
- 「皇帝陛下、最近お体が優れないのではありませんか?」
レオナ付けのメイド、デイジーは最近のレオナの変化に戸惑いを隠せないでいた。
あまり人前に顔を見せず、時には一日中部屋の中にいたりする。大臣の苦言もどことなく上の空で聞き
流しており、時折外に出るといえば地下墓場に広がるタームの巣の調査に同行するだけ。
全身から発せられる雰囲気も、以前のような透き通るような凛々しさがどことなく影をひそめ、呆けたような気だるさと
毒々しい色の花のような妖艶さがじわじわと滲み出ているような感じがしている。
もちろん、普通に見ている感じでは以前とそう変わりはしない。専属のメイドでありレオナのことを逐一見ている
デイジーだからこそ分かる変化であった。
「別に…。そんなことないわ…」
自分に対してこまごまと心配してくるデイジーを、レオナは心底鬱陶しいと感じていた。
何しろレオナから離れようとしないので『栄養』の摂取にも支障がでかねず、最近のレオナの変化にも
微妙に気づいている節がある。
「嘘です!私は陛下を即位前からお世話していますが、そのような邪険な物言いをする人ではありませんでした!」
レオナの体調が悪いからつい機嫌が悪くなり、自分や周りに対して冷たい態度を取ってしまうのだろう。
そうデイジーは語りかけてきた。
(バカバカしい…。私の体調が悪いわけないじゃないの。あれだけたっぷり栄養をとったんだもの。むしろ清々しいくらいよ。
そしてもう『準備』も万全。いつでも私は………。?)
そこまで考えて、レオナは首を捻った。
(あれ?『準備』ってなんだっけ?)
何か、前にもこんなことがあった気がする。自分が知らないことをさも知っているかのように自然に
思考として紡ぎだす。まるで、知識と技を受け継いだ『伝承法』の継承時のように………
"ズキン!"
「あがっ!」
その時、今までとは比べ物にならないくらいの頭痛がレオナを襲った。口から発した悲鳴はデイジーが
思わず背筋を伸ばしてしまうほど大きく、強いものだった。
「あ、あぐああぁぁぁっ!」
「ど、どうなされました陛下?!」
急に頭を抑えて苦しみ始めたレオナに、デイジーは慌てて詰め寄ってきた。
そして、その手がレオナの肩を掴んだ瞬間、レオナの頭にいつもの『声』が響き渡った。
(フエロ!)
「!!」
その声は、今までの声をはるかに圧倒する音量と圧力でレオナの心に襲い掛かった。
(フヤセ!ヒロゲロ!カクダイシロ!ハントヲノバセ!ウメツクセ!)
「あ、あああぁっ!」
「へ、陛下!!」
一杯に見開いたレオナの瞳に、デイジーの顔が映りこんでくる。生命力に溢れる、瑞々しい表情。
それを見た瞬間、レオナの心に涌きあがって来た欲望。
(コノオンナニ、ウミツケタイ)
「ヒッ!」
自分の意味不明な考えに、レオナは思わず悲鳴をあげた。訳がわからない。しかし、このままでは自分は
間違いなくデイジーになにか取り返しのつかないことをしてしまう!
「よ、寄るなデイジー!」
湧き上がる欲望を必死に抑え、レオナはデイジーの手を振り払って後ろに飛びのいた。
「出て行けデイジー!早くこの部屋から、一刻も早く!
そして、誰もこの部屋に近づけるな!いいな、絶対だ!!」
「えっ?陛下……、だって、そんなお苦しそうに………」
「いいから出て行け!これは命令だ!!」
「は、はい!」
レオナの有無を言わさぬ絶叫にデイジーはビクッと背筋を伸ばし、そそくさと部屋から出て行った。
- デイジーが部屋から出て行ったのを見届けると、レオナは精根尽きたかのようにがくりと腰を落とし、床へ尻餅を付いた。
(フヤセ!フヤセ!フヤセ!!フヤセ!!!)
頭の中の声は未だレオナの心と体を蝕んでいる。
「い、いったいなんなんだこれは!私はいったいどうしたんだ!」
考えてみれば、あのクィーンを倒したときからなにかがおかしくなっていた。
絶えず自身を襲う頭痛と、抗うことの出来ない心の中の『声』。いつの間にかそれに従うことが当たり前に
なり、声の導くままに行動している自分。自分の知らないことを知っている自分。どんどん自分でなくなっていく自分。
「私は、私はこのアヴァロンの皇帝レオナだ!我らタームの繁栄のためにこの身を………」
「?!」
自身の口から飛び出した言葉に、レオナは愕然とした。
「な、なぜ………。なぜ私が、タームなんて…………」
その時、レオナはクィーンが放った言葉と、最後に浮かべた笑みを思い出した。
(わ、わたしはお前達皇帝の持つ力をも吸収した………)
「まさか……、あの力って伝承法のこと、なの………?!」
あの時クィーンは死を悟り、何らかの方法を使って自身の本能と知識をレオナに伝承させたのではないか?
「そ、そうだとすると………、私は、クィーンの………うわあぁっ!!」
恐ろしい事実に真っ青になるレオナの腹に、突然刺すような痛みが走った。
レオナの下腹部が突然ぶくぶくと膨らみ始め、たちまちのうちに衣服を引きちぎるほどに大きくなる。
「な、なんなのこれっ!」
ごろんごろんとした違和感と押し潰されるような圧迫感がレオナに襲い掛かる。限界まで膨らんだ腹部に
溜められたものは、出口を求めてレオナの中を暴れ回っている。
やがて、外へ通じる道をみつけたものはそこへと群がり、レオナの体を嚥下して行く。
「あっあっ、ああっ!!やぁっ!で、でてくる、きちゃうっ!」
溜め込まれた異物が子宮口を破り、産道を流れ落ちてくる感覚。出産はおろか情交の経験すらないレオナにとって
初めて体験する感覚は、けっして不快なものではなかった。
「で、でる。でるうぅっ!!」
顔満面に喜色の笑みを浮かべ、両手で膣口を広げ出てくるのを待ちわびるレオナ。びゅっと潮が吹いた後、
まるで白蟻の女王蟻の卵巣のようなぶよぶよしたものがせり出してきて、そこから大量の粘液と共に
勢いよく飛び出てきたものは、透き通るほどに真っ白な卵だった。
「ふわあああああぁぁっ!!!」
強烈な放出感にレオナは蕩けるような悲鳴を上げた。一旦飛び出た卵と粘液は留まることを知らず、
ぴゅうぅ、ぴゅうぅっとレオナのものから噴き出している。
「うはあぁぁ…、気持ちいぃ………」
レオナの顔はこれ以上ないというくらいに緩みきり、射卵の快楽にどっぷりと浸かっている。だらしない笑み
を浮かべるレオナの額がぼうっと光り、昆虫の単眼を思わせるような三つの赤い玉が競りあがり、背中からは
メリメリと音を立てて透明な翅が生えてきつつある。
(フヤセ。フヤセ。コドモを増やせ。この大地をタームで覆い尽くせ)
いつの間にか、頭の声はレオナの声になっていた。
- レオナに追い出されたデイジーだったが、やはりレオナのことが心配でたまらず、命令をあえて破って
再びレオナの部屋へと戻ってきた。
さっきまで扉の前にいた衛士が姿を消していたが、構わずデイジーは扉を開け、部屋の中へと入っていった。
「陛下、やっぱり失礼します!」
だが、そこにレオナの姿はなかった。
「陛下…………?!」
いぶかしんだデイジーが辺りを見回していると、寝室の扉の向こうからなにやら物音が聞こえてきた。
「…………ッン…………ッン………」
かすかにしか聞こえないが、それは紛れもなくレオナの声だった。
体調が悪いからベッドで休まれているのだろう。そう判断したデイジーは寝室の扉をばたんと開けた。
「陛下!…………、な、なにこれ?!」
デイジーが寝室に一歩足を踏み込んだとき、デイジーはそこから発散される異様さに少しだけだが背筋が凍った。
寝室のカーテンというカーテンは固く閉ざされ、部屋の中は布越しの僅かな明かりしか入ってきていない。
そして、部屋中から漂ってくる鉄の匂いと青臭い匂い。そして、部屋の一番奥で蠢く影。
「…………ンハアァッ!」
その影がビクン!と反り返り甘い悲鳴を上げていた。その声の主はデイジーがいつも聞いている主の声であった。
「陛下!」
この異様な部屋に足を踏み入れることに少し躊躇したが、主の姿を確認した以上行かないわけにはいかない。
デイジーがレオナの元へ駆けよっていくと、不意に脚にべちゃりとした感触が走った。
「えっ………?」
不審に思い足元を見ると、薄明かりに床一杯に広がっている粘液と、ところどころに散らばっている白い球状の物体が見えた。
いや、それは床だけではない。目を凝らしてみると壁にも、天井にも、服飾品にもいっぱいにぶちまけられている。
どうやら、あたりに漂う青臭い匂いの原因はこの粘液達らしい。
「こ、これは………」
訳がわからず辺りを見回すデイジーに、気配を察したのか奥にいるレオナがピクッと反応した。
「あ…………、デイジィィ………?」
「あっ、陛下!お体の具合は…………っ?!」
苦しげな声を上げていないレオナにホッと安堵の息をついたのもつかの間、すっとたちあがりこちらに振り返った
レオナの姿に、デイジーは息を呑んだ。
レオナは服を全て脱ぎ捨て、豊満な肢体を晒している。顔は熱に浮かされたかのように赤く染まり、
白痴のような笑みを浮かべている。
が、それよりもなによりも、下腹部から生え右手で握り締め、濃い粘液を滴らせているぶよぶよとした不気味な管。
そして背中から生えている六枚の透明な翅が、レオナの容姿を以前と一変させていた。
「あ、ああ………陛下、そ、そのお姿はいった………」
ガクガクと震える体でデイジーはレオナに話し掛けた。本当は一刻も早くこの場から逃げ出したかったが
体がすくんで言うことを利かない。
「これ………。フフフ、どう?素晴らしい体でしょ。人とタームが融合した、真にこの大地を収めるべき姿…」
デイジーに答えながら、レオナは左手で大きく張った胸を鷲掴みにし、右手で卵巣をしゅっしゅっと扱いている。
「この体……。とっても、いいのよ。い、今もこうしてしごいているだけで………ああぁっ!!」
ビュウゥッ!
感極まったレオナが嬌声を上げると、握っていた卵巣が鎌首を持ち上げ、産卵管から粘液と卵を勢いよく解き放ち
デイジーの体に粘液と卵がべちゃっと降り注いだ。
「あふぅ…。こうして、気持ちよくなれるの………。ウフフ…」
「ヒ、ヒ、ヒイィッ!!」
目の前で起こっている異常な現実、それに耐え切れなくなったデイジーは踵を返して逃げ出そうとした。
が、それよりも早くレオナの手がデイジーの腕を掴んだ。
「い、いやあぁっ!放して!バケモノォォッ!!」
「化物とは失礼ね、デイジー。あなたの主人に向って」
「放して、放して、放してええぇぇぇっ!!」
恐怖のあまり首をぶんぶんと振るデイジー。レオナの言葉を聞いているはずもなく、ただ闇雲にこの場から逃げようと足掻いている。
その姿に嗜虐心をそそられたレオナはぐるっとデイジーを振り返らせると、その顔をじっと睨みつけた。
明らかに人とは異なる瞳が、デイジーの視界に入り込んでくる。
- 「私が先代のクィーンから使命を受け継いでから、たっぷりたっぷり『栄養』をとってきたわ。
そのおかげで、完全な変態を遂げることが出来たし、こうして卵を産むことも出来るようになった。
でも、ね………」
レオナの瞳が愉しげに歪む。
「もう……、足りないの。卵を生むための栄養が、取っても取っても足りないの。もう犬や猫では
足りないの。だから………」
レオナがデイジーの手を強引に引っ張り、ベッドの奥へと導く。そこの床に転がっていたもの。それを
視界に入れたとき、デイジーの表情は凍りついた。
「ヒィッ!」
そこには、常にレオナの部屋の前に立っている衛士『だったもの』があった。あたりには鉄の匂い=血の匂いが
むせ返るほど充満し、腹は食い破られて臓物が飛び散り右腕と左足がなくなっている。
「人間は初めて食べたんだけれど…、やっぱり犬や猫よりよっぽど『栄養』があるわぁ。彼のおかげで
卵もどんどん生み出せたし、ね………」
うっとりとレオナは唇の周りを舌でなぞった。今しがた食べた衛士の味でも反芻しているのだろうか。
その光景を見て、デイジーの全身はガクガクと震え始めた。
(このままだと、私もあんな姿にぃぃ………!)
「ひいぃっ!食べないで、食べないで!食べられるのはいやああぁぁっ!!」
「怖がることは無いのよ。デイジー。あなたは食べない。あなたには、私と同じ悦びを与えてあげるから………」
両腕をがっちりとつかまれて動きを取れないデイジーのスカートの下にグネグネと伸びてくるものがある。
レオナの体の中から競りあがってきた卵巣がデイジーの下腹部を目掛けて突き進んでいる。
「やめて!やめて!!」
「あなたは私の最初の『子供』にしてあげる。光栄に思いなさい」
レオナの顔に欲望に歪んだ笑みが浮かぶと、狙いを絞った卵巣が一気にデイジーの下着を突き破って子宮口まで突き刺さった。
「うぐあぁっ!」
「あふっ!い、いいわ!!気持ちいい!」
デイジーは苦痛の、レオナは快楽の悲鳴を同時にはなった。
「あ、が、が、がぁ………」
あまりの衝撃に、デイジーは大きく目を見開いたまま、途切れ途切れに苦悶の声を上げていた。
「さあ、あなたの中に卵を産んであげる。受け取りなさい!」
デイジーに刺さった卵巣がぶるぶると震え、溜め込んだ卵をデイジーに送り届けんと蠕動する。
そして、大量の粘液と共にデイジーの中へ卵を放出した。
「あっ、熱!あああぁぁっ!!」
下腹部に受けた衝撃にデイジーは魂を引き裂かんばかりの絶叫を上げ、ふっと力が抜けた後がくりと頭をたれた。
デイジーの中へ放たれた卵は子宮の中へ着床し、粘膜細胞に溶け込んでいった。
それを卵管を通して確認すると、レオナはデイジーの中から卵巣を引き抜いた。
支えを失ったデイジーはその場に崩れ去り、時折思い出したように体をぴくっぴくっと痙攣させていた。
「フフフ…」
その姿をレオナは満足そうに眺めていた。
- レオナの前にデイジーが立っている。
しかし、その表情は能面のように表情がなく、顔色は病人のように青ざめている。
そしてその額には、レオナと同じように昆虫を模した三つの単眼が浮かび上がっていた。
「デイジー、これであなたもタームの一員。これからターム繁栄のため、役立って貰うわよ」
レオナの言葉に、デイジーはこっくりと頷いた。
「はい、クィーン。人間も七英雄も全て私たちの餌。この大地を私たちで覆い尽くし、永遠の繁栄を…」
二人の周りに転がっている卵が所々でパチッと弾け、中から真っ白な蟻…タームの幼生が姿を見せている。
「さあ、行きなさい子供達。人間の中に入り込み、思うまま喰らい尽くしなさい。この大地に広がる人の
版図を、我らのものに塗り替えるために…」
レオナ・クィーンの言葉を理解しているのかいないのか、幼生は窓の、扉の、天井の隙間へこそこそと
潜り込み、城じゅうにその姿を散らしていった。
「ところで………、デイジー」
その様を見ていたレオナ・クィーンが、不意にデイジーに話し掛けた。
「あの子達が人間を餌にして大きくなっても、あなたのように意思を持った個体にならずただのターム
にしかならない。それでも充分といえば充分だけれど、やっぱり私の意志を忠実に実行する個体も多く必要なのよ」
そこまで言って、レオナ・クィーンの顔がにやっと歪んだ。
「ここまで言えば……、後は分かるわね」
レオナの言葉に、デイジーは承知したと言うように笑みで返した。
「わかりました。とりあえず2〜3匹、見繕って献上いたします。まずは…」
「インペリアルガードのセレスとミネルバを持ってきて頂戴。今のあなたなら簡単なはずよ」
「畏まりました、クィーン………」
恭しく畏まって退室したデイジーを見送った後、レオナ・クィーンは欲望に染まりきった顔を醜くゆがめた。
「みてらっしゃい七英雄…。歴代皇帝とタームの力が融合した私なら、お前達なんか敵じゃないわ。
お前達も全部喰らい尽くして、私たちの繁栄のための栄養にしてやる………」
ごぽり、とレオナ・クィーンの卵巣からまた卵がこぼれ落ちた。
全てを喰らい呑み込んでいくタームの悪夢。一度は退けたその驚異を、退けた本人が発端となって再び
アヴァロン中に広がろうとしていた。
終