2012.10.16
政府債務大国 酷似する日本とイタリア 「政治は三流」の汚名と借金を返上できるのか
米格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)は15日、日本の長期信用力に関するリポートを発表、「消費増税法は成立したが、政府がさらなる有効措置を講じない限り、日本の信用力は徐々に低下しつづける」との見方を示した。
S&Pは「政局によってさらに政策の決定・実施が遅れれば、日本の財政・構造問題の解決はより困難となる」と指摘。解散・総選挙をにらみ、予算執行に欠かせない赤字国債発行法案を人質に取って与野党が政争に明け暮れる現状に警鐘を鳴らした。
日本が置かれている状況は、奈落に落ちる滝に向かって緩やかに川を下っているようなものだ。今すぐ滝つぼに落ちることはないものの、いったん分岐点を越えたら最後、後戻りはできない。
それなのに「日本丸」の船上では、与野党が口論を続けている。
地縁、血縁が優先する日本の政治風土はイタリアのそれと極めて良く似ている。
英誌エコノミスト最新号(10月13~19日)によると、イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ前首相が来年春の総選挙で政界に復帰することを強くにおわせているという。
イタリアでは経済学者で欧州連合(EU)元欧州委員のマリオ・モンティ首相が経済・財政の構造改革を進めている。モンティ首相が総選挙後も続投すれば、欧州単一通貨ユーロ圏(17カ国)の債務危機に晴れ間が広がる。
しかし、ベルルスコーニ氏が政治的影響力を回復するようなことがあれば、さらなる暗雲が欧州を覆うだろう。
日本ウオッチャーとして定評のあるエコノミスト誌前編集長ビル・エモット氏=写真=が、日本と多くの類似点を持つイタリアを読み解いた新著『なぜ国家は壊れるのか イタリアから見た日本の未来』(PHP研究所)を出版した。

以下は「フジサンケイビジネスアイ」に掲載されたエモット氏に対する筆者のインタビュー記事に若干、手を加えたものである。
エモット氏は2001年、首相返り咲きを目指していたベルルスコーニ氏について、エコノミスト誌で「なぜ、イタリアの指導者として不適切か」と追及、先進国(G7)の一角をなすイタリアのメディア王が政治を恣意的に支配する弊害を次々と暴いた。
それが「悪しきイタリア」との出会いだった。
ベルルスコーニ氏はエモット氏を「レーニン」呼ばわりし、エコノミスト誌を「E・コミュニスト(共産主義者)」と揶揄した上で、名誉棄損で2度も訴えた。
以来、エモット氏は10年余にわたってイタリアをウォッチし、自ら「良きイタリア」と「悪しきイタリア」を対比させたドキュメンタリー映画を制作した。
突撃インタビューで鳴らす米映画監督マイケル・ムーア氏ばりにエモット氏がベルルスコーニ氏に迫るシーンもある。エモット氏は「ベルルスコーニ氏はイタリア・メディアを支配しており、イタリア人がベルルスコーニ氏を批判する映画を制作するのは不可能に近い。だから自腹を切って、客観的な目を持った英国人の私がつくったんだ」と筆者に打ち明けた。
ベルルスコーニ氏は既得権を守り、仲間内の人間や企業を優遇し、元トップレスモデルを機会均等相に抜擢するなど、私利私欲に走る「悪しきイタリア」の象徴である。
おかげで2000~2010年の経済成長率がイタリアより低かったのは中南米ハイチとアフリカ・ジンバブエだけで、イタリアは市場の信用を完全に失ってしまった。
昨年、ベルルスコーニ氏と交代したモンティ首相や欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は、公益を優先する「良きイタリア」の代表である。
信用不安を拡大させるユーロ圏の債務危機について、エモット氏は「金融機関の不良債権処理に苦しむスペインが国際通貨基金(IMF)などに緊急融資を仰ぐことがあっても、イタリアは大丈夫だろう」と指摘する。
エモット氏は、自分の権力維持を図るため、消費税増税法案に反対した小沢一郎氏について「『悪しき日本』を体現しており、3党合意で消費税増税法を成立させた野田佳彦首相に『良き日本』の芽生えを見ることができる」と語る。
日本の決められない政治は、衆院が可決した法案を否決できる拒否権を参院に与えたのが原因として、エモット氏は参院の権限見直しを提案する。また、政治風土や社会構成を考慮せずに二大政党制を人工的に導入したため、民主党は政党の体を成さず、選挙互助会になってしまったと指摘した。
日本とイタリアは1950~1970年にかけ、いずれも経済成長の優等生だった。日本1位、韓国2位、イタリア3位。しかし、日本もイタリアも成長を維持するため、景気刺激策を続け、政府債務を拡大させた。
エモット氏は「日本は政府債務を膨らまし続けて成長を維持するのは不可能だ。経済成長には労働市場改革や女性の社会進出に加え、企業によるイノベーションが必要だ」と言う。日本やイタリアでは低賃金の非正規社員を増やしたが、「結局は若者を訓練する機会を失い、正規社員と非正規社員間に格差をつくっただけだ」と手厳しい。
両国ともに男性優位社会で、育児をサポートする公的サービスなどが十分でないとして、「女性の経済活動を切り捨てているのと同じ。少子高齢化も加速させている」と批判した。
日本の財政が破綻して円安が急激に進めば、輸出が促進され、日本経済は息を吹き返すとの意見については、「国債を大量に抱え込んでいる銀行など金融機関が傷み、経済に致命的な打撃を与える」と切り捨てた。
円高を利用して日本企業が海外企業を買収するケースが目立つが、「企業そのものが社内の英語化、経営戦略の国際化など真の意味でグローバル化しないことには、意味がない」と苦言を呈した。
日本と同じ「政治は三流」だったイタリアは曲がりなりにも、政治家ではないモンティ首相の下、改革に向け大きくかじを切った。日本はいつ経済・構造改革に着手できるのか、まだ見当もつかない。(了)
S&Pは「政局によってさらに政策の決定・実施が遅れれば、日本の財政・構造問題の解決はより困難となる」と指摘。解散・総選挙をにらみ、予算執行に欠かせない赤字国債発行法案を人質に取って与野党が政争に明け暮れる現状に警鐘を鳴らした。
日本が置かれている状況は、奈落に落ちる滝に向かって緩やかに川を下っているようなものだ。今すぐ滝つぼに落ちることはないものの、いったん分岐点を越えたら最後、後戻りはできない。
それなのに「日本丸」の船上では、与野党が口論を続けている。
地縁、血縁が優先する日本の政治風土はイタリアのそれと極めて良く似ている。
英誌エコノミスト最新号(10月13~19日)によると、イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ前首相が来年春の総選挙で政界に復帰することを強くにおわせているという。
イタリアでは経済学者で欧州連合(EU)元欧州委員のマリオ・モンティ首相が経済・財政の構造改革を進めている。モンティ首相が総選挙後も続投すれば、欧州単一通貨ユーロ圏(17カ国)の債務危機に晴れ間が広がる。
しかし、ベルルスコーニ氏が政治的影響力を回復するようなことがあれば、さらなる暗雲が欧州を覆うだろう。
日本ウオッチャーとして定評のあるエコノミスト誌前編集長ビル・エモット氏=写真=が、日本と多くの類似点を持つイタリアを読み解いた新著『なぜ国家は壊れるのか イタリアから見た日本の未来』(PHP研究所)を出版した。
以下は「フジサンケイビジネスアイ」に掲載されたエモット氏に対する筆者のインタビュー記事に若干、手を加えたものである。
エモット氏は2001年、首相返り咲きを目指していたベルルスコーニ氏について、エコノミスト誌で「なぜ、イタリアの指導者として不適切か」と追及、先進国(G7)の一角をなすイタリアのメディア王が政治を恣意的に支配する弊害を次々と暴いた。
それが「悪しきイタリア」との出会いだった。
ベルルスコーニ氏はエモット氏を「レーニン」呼ばわりし、エコノミスト誌を「E・コミュニスト(共産主義者)」と揶揄した上で、名誉棄損で2度も訴えた。
以来、エモット氏は10年余にわたってイタリアをウォッチし、自ら「良きイタリア」と「悪しきイタリア」を対比させたドキュメンタリー映画を制作した。
突撃インタビューで鳴らす米映画監督マイケル・ムーア氏ばりにエモット氏がベルルスコーニ氏に迫るシーンもある。エモット氏は「ベルルスコーニ氏はイタリア・メディアを支配しており、イタリア人がベルルスコーニ氏を批判する映画を制作するのは不可能に近い。だから自腹を切って、客観的な目を持った英国人の私がつくったんだ」と筆者に打ち明けた。
ベルルスコーニ氏は既得権を守り、仲間内の人間や企業を優遇し、元トップレスモデルを機会均等相に抜擢するなど、私利私欲に走る「悪しきイタリア」の象徴である。
おかげで2000~2010年の経済成長率がイタリアより低かったのは中南米ハイチとアフリカ・ジンバブエだけで、イタリアは市場の信用を完全に失ってしまった。
昨年、ベルルスコーニ氏と交代したモンティ首相や欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は、公益を優先する「良きイタリア」の代表である。
信用不安を拡大させるユーロ圏の債務危機について、エモット氏は「金融機関の不良債権処理に苦しむスペインが国際通貨基金(IMF)などに緊急融資を仰ぐことがあっても、イタリアは大丈夫だろう」と指摘する。
エモット氏は、自分の権力維持を図るため、消費税増税法案に反対した小沢一郎氏について「『悪しき日本』を体現しており、3党合意で消費税増税法を成立させた野田佳彦首相に『良き日本』の芽生えを見ることができる」と語る。
日本の決められない政治は、衆院が可決した法案を否決できる拒否権を参院に与えたのが原因として、エモット氏は参院の権限見直しを提案する。また、政治風土や社会構成を考慮せずに二大政党制を人工的に導入したため、民主党は政党の体を成さず、選挙互助会になってしまったと指摘した。
日本とイタリアは1950~1970年にかけ、いずれも経済成長の優等生だった。日本1位、韓国2位、イタリア3位。しかし、日本もイタリアも成長を維持するため、景気刺激策を続け、政府債務を拡大させた。
エモット氏は「日本は政府債務を膨らまし続けて成長を維持するのは不可能だ。経済成長には労働市場改革や女性の社会進出に加え、企業によるイノベーションが必要だ」と言う。日本やイタリアでは低賃金の非正規社員を増やしたが、「結局は若者を訓練する機会を失い、正規社員と非正規社員間に格差をつくっただけだ」と手厳しい。
両国ともに男性優位社会で、育児をサポートする公的サービスなどが十分でないとして、「女性の経済活動を切り捨てているのと同じ。少子高齢化も加速させている」と批判した。
日本の財政が破綻して円安が急激に進めば、輸出が促進され、日本経済は息を吹き返すとの意見については、「国債を大量に抱え込んでいる銀行など金融機関が傷み、経済に致命的な打撃を与える」と切り捨てた。
円高を利用して日本企業が海外企業を買収するケースが目立つが、「企業そのものが社内の英語化、経営戦略の国際化など真の意味でグローバル化しないことには、意味がない」と苦言を呈した。
日本と同じ「政治は三流」だったイタリアは曲がりなりにも、政治家ではないモンティ首相の下、改革に向け大きくかじを切った。日本はいつ経済・構造改革に着手できるのか、まだ見当もつかない。(了)