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所領安堵を参照しているブログ:

コメント

蝦夷王

適当に安堵するってのは所謂「切り取り次第」ですか。

西欧でもそうなんですけど、領地が絶えず近隣の領主に狙われてたら安心して生活出来ませんよねえ。
結果、あちこちの上級領主に服従の誓いを立てて誰に安堵されてるのか分からないようになっちゃってレーン制度が崩壊する、と。
国王なんかに直接土地の管理を委ねて自分は上がりの一部を貰った方が確実。
こんなところに絶対王政の地盤があるんですね。

日本でも押領が罷り通るようになると領主たちは自前の支配権を固めた上でより強力な権力を頼ることになるわけですが、当初は天皇・上皇・摂関家が権威者だったのに後には鎌倉の将軍が領主権を安堵する機能を持って「武家政治」になるわけですね。

応仁の大乱後には守護は領内の実質的権力を守護代や又代によって空洞化させられて没落するところが増えた(所謂下克上)けれど、結局限界まで分解した領主権は自分たちの権利のためにも上級権力を盛り立てて行く必要が生じ、天下統一の機運が満ちて来るという按配ですね。
日本でも結局自分の領地を自分で切り盛りせずに大名や幕府の管理に任せて食い扶持を貰う官僚と化す、と。
島津藩はここら辺も特殊な構造だったようですね。

fuji

う~ん、難しいw

とりあえず、当地行=実効支配している土地、不知行=実効支配していない土地、という理解でよろしいでしょうか?

>室町幕府の場合、後年代になればなるほど、当知行を重視し、優先するようになったようである。 とりあえず、その所領を実効支配しているというだけで、安堵を拝領するのに非常に有利に働いたようである。

これってある意味「獲ったモン勝ち」wという感じですね(^^ゞ。「実効支配したものが勝ち」ということは、その時その時の「実力者」がどうしても有利になりますから、「実力主義」が横行しますよね。

もしかしたら、「下克上」の源泉ってここにあったんじゃないだろうか・・・なんて思いました。

はむはむ

>蝦夷王さん。

>国王なんかに直接土地の管理を委ねて自分は上がりの一部を貰った方が確実。

安堵というのは、こういう感じではなかったと思います。

土地を直接支配しているのは、あくまでも被安堵者であり、むしろ段銭等の賦課・徴収という形で上がりの一部を貰っているのは将軍や朝廷です。

特に鎌倉時代とかですと、「安堵は理非によらず」という法理念があります。

これは、幕府の安堵は裁判の権原とはならないという意味でして、つまり将軍や執権から安堵の文書を獲得していたとしても、誰かに訴えられたときに、その文書を自己の支配の正統性の根拠にできないので、敗訴する可能性が大いに存在するってことなんですね。

これは換言すれば、幕府の安堵は拘束力が弱いということになります。

非常に難しい問題ではあるんですが、当知行安堵が主流となったり、代替わり安堵が衰退していく事実なんかも踏まえますと、日本の場合、イニシアティヴがあるのは安堵される側だった気がいたします。

>fujiさん。

「実効支配」って何ぞや?って問題も非常に難解でして、明治以来の長きにわたる論争があるわけですが、とりあえず、そのようなご理解でよろしいと思います(つーか、私もその程度の理解しかないorz

>もしかしたら、「下克上」の源泉ってここにあったんじゃないだろうか・・・なんて思いました。

私の知る限り、当知行優先の原理を戦国時代や下克上の論理に結びつける見解はないのですが、しかし考えてみれば、戦国大名の支配の論理に使われた可能性はありますよね。

はむはむ

蝦夷王さんのコメントは、絶対王政や幕藩体制など、中世的安堵が崩壊した時代について言及されたものでしたね。

その意味で、日本中世の安堵について説明した上の私のコメントはずれているようですorz

室町期にはあれほど当知行が優先されていたのに、江戸時代になると大名は簡単に配置転換されるし、武士も俸禄制になってしまう、その大転換は確かに興味深いですね。

そっちの時代は不勉強なんでよくわからないんですが、何か研究あるのかな?

御座候

当知行優先の原理というのは、いわば「現状維持」の論理なので、必ずしも下克上の論理には繋がらないと思います。


そもそも、メチャクチャ実力を持っていて100%実効支配できているような人は、わざわざ当知行安堵を申請したりしないのであって(当時は幕府など国家権力の承認を得ないと所有の正当性を確保できないなどということはない)、実力主義とはちょっと違うと思います。


>室町期にはあれほど当知行が優先されていたのに、江戸時代になると大名は簡単に配置転換されるし、武士も俸禄制になってしまう、その大転換は確かに興味深いですね。

戦国大名は家臣の配置転換を行っており(特に織田信長)、その延長線上で考えるのが一般的な理解なのではないかと思われます。

はむはむ

>当知行優先の原理というのは、いわば「現状維持」の論理なので、必ずしも下克上の論理には繋がらないと思います。

なるほど・・・。
だから研究がないんだな。

>戦国大名は家臣の配置転換を行っており(特に織田信長)、その延長線上で考えるのが一般的な理解なのではないかと思われます。

ご教示、どうもありがとうございました。
おれももっと勉強しないとな・・・。

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