報道被害を防ぐ組織の必要性訴える
−京都・日野地区の方たちの報告−
京都市伏見区の小学校の校庭で遊んでいた児童が、包丁で刺されて殺害され、犯行声明と見られるメモが残されるという事件が九九年十二月発生した。学校を舞台にした事件であり、当初は容疑者が小学生から中学生くらいの男との目撃証言もあって、事件現場となった小学校周辺には、新聞、テレビ、雑誌など様々なメディアが連日押しかけ取材合戦が展開された。
人権と報道関西の会は四月一日の例会で、この事件で大混乱を持ち込まれた地元の地域組織とPTAの会長を招いてメディアの取材と地域の対処について聞き問題点を話し合った。
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報告者は日野学区社会福祉協議会の上野修会長と日野小学校PTAの岸本英孝会長のお二人。
最初に上野会長は、「地域住民のマスコミに対する不信感は根強い」と語り、次のように実態を報告した。
報道は問題解決に
つながらない
報道は何の問題解決も、もたらさなかった。報道陣は予め自分たちで作り上げたシナリオに基づいて事件を作り上げている感じが強い。事実を調べるのならよいが、探偵ごっこのようになって犯人探しをしているという印象だ。容疑者とされた人の自殺によって事件が終わり、報道も終わった。しかし、事件は終息したが、問題は解決していない。子供たちの心の問題や、地域社会をどのように立て直すかはこれからの問題だ。そうしたことを引き続き関心を持っているメディアは少ない。もちろん、地元テレビ局のKBSのように地元に根を下ろしてきっちり話を聞こうという体制で臨んだ報道機関もあった。それには、地域としても、協力していこうという立場で対応した。しかし、こうした例は少数だ。
識者談の不思議
一体報道の自由とはなんだろうか。その社会性を正当化することで自分たちのシナリオを押し付けることが報道の自由といえるのだろうか?特に週刊誌がひどかった。週刊現代や週刊朝日には「タクシーの運転手から聞いた」という話が何の裏づけもなく掲載されたり、初めて訪れた<識者>が「こういう地域は犯罪の起きる地域だ」という談話を載せたりして本当に憤りを感じた。
報道は犯人探しか?
多数の報道陣が地域にやってきてしたことと言えば、犯人探しだ。警察は何も発表していないのに、子供だとか、若い男だとか様々な憶測記事が流された。地域の人々は、外に出ると、マスコミからいろいろと聞かれるし、姿を撮影されるし、なかなか外に出られない状況になっていた。だから昼間でも人通りが少なく、目立つのは報道陣ばかりというようなことになった。ところが週刊誌はそこだけ来て見て、「こういう昼間も人通りの少ない地域社会の機能していないところで起こるべくして、起きた」などというコメントを平気で乗せていた。だから腹立たしい。
マスコミのルール
VS 市民の常識
マスコミの動きを見ていて興味深かったのは、例えばカメラの放列を敷くのは一定の秩序があるようで、お互いにカメラが映らないように場所を決めたり、譲り合ったりしている。ところが住民への配慮についてのルールというのが全くない。例えば取材用の車は、夜中もエンジンかけっ放しだ。人の家の前で長時間停めても平気だし、一体どうなっているのか。確かに犯人が捕まるまでは、第二の犯行が恐いという気持ちはあったが、地域住民が恐がっていたのは、むしろマスコミの方だということをわかって欲しい。
PTAからの報告
次に岸本PTA会長が、さらに具体的なマスコミの行状と、地域住民がそれにどのように対応したかを語った。
殺到した取材陣
当日(一二月二十一日)午後五時ごろに会社に事件の連絡を受けて、五時半に学校に向かうと、夕暮れが迫っているのに正門がライトで明明と照らし出され、報道のバイクや自動車が殺到していた。
周囲の道路は生活道路なのだが、まったく一般の車が入れない状況になっていた。私はすぐにでも学校に入りたかったのだが、報道陣が一杯で近寄れなかった。約一時間学校の外で立ち往生していたが、職員室と携帯電話で話して、西門はまだ報道関係者が気付いていないのでそこからなら入れるということがわかった。それでようやく中に入って状況を聞くことが出来た。ところが、今度は外に出られなくなった。結局その日は、出られず、出られたのは翌二十二日未明の午前二時か三時だった。
二十二日は、今後の対策を話し合った。お通夜や告別式はどうするのか。とにかく集まったマスコミの対策が大変だということになった。ある人が、以前、大きな事件に巻き込まれた学校関係者に連絡をとってアドバイスをお願いした。アドバイスの内容は、「名簿が流出する、それから被害者の写真が流出する、いずれもプライバシーに関わることなので十分注意すべきだ」ということだった。PTAの会員には、「名簿、写真を報道陣に流さないよう」と連絡網で伝えたが、名簿提供者にはかなりのお金を出しているメディアもあって残念ながら十分な管理は出来なかった。
「お棺の中を
写させてください」
二十三日のお通夜では、しきみが隠れるくらいに脚立が並んでいてとてもお通夜が始められる雰囲気ではなかった。山科警察に「せめて、家の前五十�くらいまでは入れないで欲しい」と頼んでみたが、「ポールを立てて注意を求めることは出来るが、それ以上の排除はできない。報道の自由があるから」ということだった。仕方がないので何度も頭を下げて、道をあけてもらうように交渉した。あきれたのは二十四日の告別式で、前日あれほど事を分けて頼んだのに、また同じ状態になっていたことだ。また交渉を最初からやり直した。
そこで、驚いたことが起きた。一人の女性記者が「会長さん」と言って声をかけてきた。聞くと「お棺の中を写させてもらえないか」という。言葉も出なかった。なぜそんなことをしたいのかと聞くと、「今日はクリスマスですね。プレゼントは何が入っているのか知りたくて」という。「自分で家族に頼めるものだったら頼め。きっちり名前を名乗れ」と突き放したら、そばで聞いていた警察官も「それはあまりに非常識だ」と批判してくれて、その記者は引き下がった。なぜそんなことまでして「特ダネ」を撮りたいのか、そういうことをデスクが求めるのか、理解できない。告別式当日のマスコミ対策としては、子供たちや、PTAの会員には直接マスコミに触れさせないことを徹底した。二年生と四年生が参列したが、被害者宅の裏の山手に集合して隠すようにして出席させた。
現場検証にヘリが来た
二十九日の現場検証で、警察からは「百人体制で警備するが、地元でマスコミの目から守ってもらえないか」という要請が来た。現場検証には目撃した子供たちが参加することになっているので、この子らが映らないようにしたいということだった。
検証は午前十一時から午後三時までかかったが、カメラマンたちは塀越しに撮影しようと、塀より高い脚立を立てた。子供が写ったら困る、何度も申し入れた末に脚立に上っていたカメラマンが引き下がった、と思うと、どこかのテレビ局のクレーン車が狭い道路に入ってきた。これを説得していたら、ヘリが飛んで来た。そんなにまでして、何が撮りたいのかさっぱりわからない。そんなことは本当に国民の知る権利に関わることなのだろうか。本当に報道の自由に関わることなのだろうか?
地域は辛抱せな
あかんのか?
二月五日に容疑者と見られる青年が自殺、二月八日に安全宣言をしたのだけれど、それまで、毎日四人から五人の記者が自宅に訪れ、電話が十件くらいあった。PTAの会長として、代表して応対するといっていたのだが、本当に二月八日まで、暖かいご飯が食べられなかった。一人の応対が終わると次の電話がかかってくる。そして同じ事を聞く。安全宣言を出したあとの地域の説明会で記者会見して「こういうことが地域で起きた場合、起こった地域は辛抱しないといけないのだろうか」と訴えた。これまでの取材過程で少しでも地元に迷惑をかけたと思うことがあったら、そこに謝って帰って欲しいというような要請をした。それまでも繰り返しそうした話をしてきて、ようやくこちらの思いを理解してくれた人もいたようにも思う。
質疑応答
報道対策マニュアルを
作ろう
この後、出席していた新聞記者から、「警察が何も発表していないのに憶測記事が載るという指摘があったが、まさに警察が知っていることをきっちり情報開示しないから、という面があるのではないか。そのために記者たちは公式情報でない様々な情報を再構成してストーリーを作らざるを得なくなる。しかし、新聞の作り手にとっても、本当に顔写真がいるのか、現場検証などの映像が本当に必要なのかを内部で議論すべきだろう」との意見がだされた。
さらに出席したメンバーで、こうした集中豪雨的な取材構成による"被害"をいかに防止できるのかを話し合った。
この中で、方策として、「メディアから写真や名簿の提供申し入れに対しては、使用目的を必ず聞く、不法な取材用車両の長時間駐車などにはどのように対処すべきか」などをマニュアル化することや、もし、同様の取材を受けて平穏な地域の暮らしが乱されるような場合にどのように対処するかをアドバイスできる非営利組織(NPO)のようなものを作るなどの対策を考えるべきではないか、との提案が出された。上野会長からは「特に会社に勤めている人たちが、地域社会でボランティアとしてこうした事件への対応に関わろうとすると、企業から不当な扱いを受けることが少なくないようだ。今回の事件でも、休むのなら解雇するという通告を受けた人もあったようだ」と述べ、市民として対処することにも様々な障害があると指摘した。
こうした議論の中で、木村哲也弁護士からは「日野地区の経験は今後の報道による被害を防止していく上で非常に参考になる活動が多い。地域がどのように結束していったかをきっちりと記録していくことが役に立つのではないか」との提言があった。上野会長は、「マニュアルを作り、対処する団体を作るならきっちりとしたNPOを設立するべきだろう。なぜなら、マスコミは肩書きのある人でないと相手にしてくれない。地域の人が、マスコミ相手に写真を撮らないでくれ、とか、ここから入らないでくれ、と頼んでも、私がPTAの会長だと名乗って初めて、言うことを聞いてくれたという経験があるからだ」として、マスコミの「権威主義」に対抗する手段としてもNPOの組織化が有効であるとの意見を述べた。メディアへの意見反映の手段としてはこの他、取材指揮に当っている本社の部長など編集幹部に実情の改善を求める手紙やFAXなどを送付するのも有効だとの見解も出された。また、警察の情報開示の方法についても問題になった。この事件の場合、容疑者逮捕に踏み込むことが予想された当日、既に新聞各社は先を争って取材体制を整えており、上野会長や岸本会長に「容疑者逮捕についてのコメントを」と記者たちが集まってきたという。「まだ、そういうことが確定したわけではないから」と断ると「いや、間違いないから」と食い下がってきた。それでも断っていると、容疑者の自殺という情報に切り替わり、「あ、あの結構ですから・・・・・・」と言って走り去ったという経過だったといい、会長は「そうした不確実な情報を元にして一刻も早く流すことが本当に求められているのだろうか」と口をそろえた。 マスコミの苦情処理体制の不足を指摘する声もあったが、上野会長は、「報道の過程で行き過ぎがあったと思われるときには、その都度、メディアに抗議文を送るなどして、対応を求めてきた。これについては、少しずつだが改善に向けた動きが見られた」と応じた。例えば、集団登校が始まった時には、子供たちの顔を映さないとか、撮影するのは、後姿と足元だけ、顔が映ればモザイクをかける、などのルールをつくって合意するとこれについては守られたと述べ、必要なことは主張して、相互にルール作りをしていくことが有効であるとの認識が示された。こうした議論を踏まえ、今後、事件報道において地域社会で過剰な報道にさらされる「被害」に対し、どのように関わったかをケーススタディーとしてまとめ、対策を一般化したマニュアル作りに発展させていく必要性などを話し合って閉会した。(彦)
注:日野学区社会福祉協議会
市町村の福祉協議会ではなく学区単位で作る任意団体で、自治会や婦人会、PTA、献血協力など地域の十七のボランティア団体が加盟している。
サクラが満開の公園では、小学生たちが歓声をあげて遊んでいた。この公園の角に隣接した二階建ての住宅で、当時一○歳だった少女が九年間も閉じこめられていた。四月中旬、新潟県で起きた少女監禁事件の現場を歩いた。監禁場所から約百キロ離れたところにある少女の通っていた小学校と、連れ去られたとされる通学路に立った。静かな集落にある自宅近辺にも行ってみた。
新潟からの帰りの電車の中で、なぜ、こんな不幸な事件が起きてしまったのだろうかと、何とも言えないやりきれない思いに襲われた。私をさらに暗い気分にさせたのは、マスメディアの取材と報道だった。少女発見直後からワイドショー、写真週刊誌を含め多数の報道陣が集落に押しかけた。現地を案内してくれた地元記者によると、フジテレビは集落の全戸に菓子折りを配ったという。
全国紙記者は黙って玄関を開けて家の中を覗いているところを家族に発見され大騒ぎになった。父親の要請で警察は自宅敷地周辺にロープを張った。「家族に『今のお気持ちは』と聞くのが嫌だった。デスクの命令があったので取材し原稿を書かざるを得なかったが、本当はそっとしてあげたかった」と若い記者は振り返った。
父親は二月八日、この記者の取材に応じ、「そっとしておいてほしい。マスコミが騒いだからといって、娘の九年二か月が戻ってくるのですか。マスコミの皆さんも家族の立場になって考えてほしい」と過剰報道を批判した。メディアは神戸、和歌山、京都でも、何の罪もない犯罪被害者にストーカーのようにしつこくつきまとった。メディアの取材がジャーナリズムの敵を産み出している。「マスコミを法律で規制しろ」という声が強まるという危機感を抱くべきだ。(浅野健一)
次回例会は6月3日〈土〉
「逮捕第一号で大報道
セットされた逮捕劇の問題」
2年前、男性が青少年保護条例違反の疑いで逮捕されました。大阪で女性に対する暴力事犯を扱う「アイ・キャッチャー」が発足し、第一号の逮捕者ということで、逮捕時には男性の自宅に新聞・テレビのカメラが押しかけるなど大きく報道されました。例会ではこの男性と父親、それに太田健義弁護士が出席、マスコミ向けにセットされた逮捕劇に端を発する一連の報道被害について詳しく語っていただきます。
◇日時:6月3日(土)午後1時半〜
◇場所:プロボノセンター
(大阪市北区西天満4-6-2 第五大阪弁護士ビル3F、�06-6366-5011)
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