
私の身体のとある場所にホクロがある。
普段目につかぬ、その場所に。
私がまだ幼い頃、そのホクロを見つけた母が
「あなたも私と同じ場所にホクロがあるのね…。」
と笑って話していたことをふと思い出した。
この話を知り得るのは、私と母だけなのだけど
その母はもう、この世にはいない。
これを知り得るのは、もはや私しかいないである。
母と同じ場所にホクロがあったということも
私の記憶以外、なにも証明する術もない。
目の前にはっきりと見えるあの人も
一緒に手をつなぐあの人も
形があって今は存在していて
目に見え、耳に聞こえ、触れることができる。
でも、あらゆる存在は必然的に消滅する。
目の前に母がいない今
ふと、本当に母はいたのだろうか?
なんて思ってしまうことも娘の私ですら思ってしまう。
生きていたという証明だって
焼かれて灰となってしまうと
恐ろしくあやふやで曖昧なイメージでしか残らない。
そう思うと
人間の身体なんて借り物の着ぐるみのように思えて
仕方ないのです。
でも「今、ここに私がいる」ということが
母を証明する唯一なのだろうな。