年号 |
西暦 |
主な出来事 |
大宝 元 |
701 |
競馬が朝廷の儀式の一つとして、端午の節句に行われる |
寛治 7 |
1093 |
京都賀茂神社で祭典競馬が行われる |
嘉永 6 |
1853 |
*ペリーの黒船来航(翌54年に日米和親条約締結) |
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安政 6 |
1859 |
*横浜港開港(7月) |
万延 元 |
1860 |
横浜本村(現在の元町商店街あたり)で日本初の洋式競馬(馬蹄形の馬場)が開催
*咸臨丸アメリカへ出発 *桜田門外の変(3月) |
文久 2 |
1862
(10月1・2日) |
横浜居留地(現在の中華街あたり)にいた居留外国人のレクリエーションとして、現在の競馬の原型となる近代競馬が始まった
(環形馬場で正式に番組を決めて実施)
※幕末・維新に横浜で活躍した英国人ジャーナリストのJ.R.ブラック氏の著書「ヤング・ジャパン」に下記の記述(抜粋)有り〔競馬開催の背景には、居留初期の頃に日本に在住していた外国人は嫌悪感をもつ日本人から嫌がらせを受けたり、居留地の外(条約上10里以内の外出)に出かける際にはピストルの所持が必要であったりと、居留地内での公衆の娯楽は貴重であった。その後、英国とオランダ領事の要請で、神奈川奉行が居留地の一区画に柵をめぐらし(1周約1,200m)、2日間の競馬開催を許可した。〕
*生麦事件 |
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元治 2 |
1865 |
横浜のイギリス第20連隊駐屯地で競馬が開催 |
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慶応 2 |
1866 |
横浜の根岸に幕府の手によって「根岸競馬場」が竣工 |
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慶応 3 |
1867 |
「根岸競馬場」で競馬開催(1月) *大政奉還(11月) |
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明治 2 |
1869 |
神戸の生田神社東側の競馬場で居留外国人による競馬が開催 |
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明治 3 |
1870 |
九段(靖国神社境内)で最初の招魂社祭典競馬が開催 |
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明治 5 |
1872 |
札幌神社で祭典競馬を開催(札幌競馬の発祥) |
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明治 8 |
1875 |
函館招魂社祭典競馬が開催、御所内の吹上御苑(円周馬場)で天覧競馬開催
西郷従道が根岸競馬場にて日本人馬主として最初の勝利を挙げる
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明治 11 |
1878 |
横浜レースクラブ、横浜レースアソシエーションが解散し、新たに横浜ジョッキークラブが発足 |
明治 12 |
1879 |
祭典競馬が契機となり各地に競馬場が開設し、共同競馬会社が発足 |
明治 13 |
1880 |
横浜ジョッキークラブが発展的改組を行い、有栖川宮・大隈重信参議らが発起人となり日本レースクラブが発足
日本レースクラブの初開催において、「The Mikado's Vase」競走が行われる。 |

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明治 14 |
1881 |
明治天皇が根岸競馬場ご行幸 |
明治 16 |
1883 |
函館に北海共同競馬会社発足 *鹿鳴館が完成(11月) |
明治 17 |
1884 |
宮崎に競馬場建設
共同競馬会社が上野不忍池畔に競馬場を開設 |
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明治 18 |
1885 |
鹿児島に競馬場建設 *内閣制の確立 |
明治 20 |
1887 |
信夫山招魂社祭典競馬が開催(福島競馬の発祥) |
明治 21 |
1888 |
日本レースクラブが1枚1ドルの馬券発売
(パリミューチュアル方式)を開始
*市制町村制公布 |
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明治 26 |
1893 |
共同競馬会解散 |
明治 29 |
1896 |
現在の地に函館競馬場が竣工。春秋競馬を開催 |
明治 34 |
1901 |
新潟で初めて競馬が開催 |
明治 37 |
1904 |
1期4日間の競馬が開催 |
明治 38 |
1905 |
政府が馬券の発売を黙許
帝室御賞典(天皇賞の前身)創設 |

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明治 39 |
1906 |
東京競馬会発足、同会が池上競馬場(大田区池上)で競馬開催(馬券発売) |
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明治 40 |
1907 |
日本競馬会(目黒)・京都競馬会(島原)・関西競馬倶楽部(鳴尾)・北海道競馬会(札幌)・総武競馬会(松戸→中山競馬)・東洋競馬会(小倉)・鳴尾速歩競馬会・東京ジョッケー倶楽部(板橋)が発足。現在の地に札幌競馬場を開設、第1回札幌競馬を開催
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明治 41 |
1908 |
藤枝競馬倶楽部(静岡)が発足
全国16の競馬会・倶楽部で馬券を発売(全国競馬連合会)、島原で京都競馬を開催、その後、馬券発売禁止令発令、競馬規程制定 |
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明治 43 |
1910 |
関西競馬倶楽部と鳴尾速歩競馬会が合併して阪神競馬倶楽部発足、東京競馬会・京浜競馬倶楽部・日本競馬会と東京ジョッケー倶楽部が合併して東京競馬倶楽部発足。全国15の競馬倶楽部が11に改組 |
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大正 7 |
1918 |
福島競馬倶楽部が発足、第1回福島競馬を開催 |
大正 9 |
1920 |
中山競馬倶楽部による第1回中山競馬を開催 |
大正 10 |
1921 |
帝国競馬協会発足。23年8月に社団法人帝国競馬協会となる |
大正 12 |
1923 |
競馬法制定(競馬に関する法律が制定され、馬券の発売が正式に許可) *関東大震災(9月) |

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大正 14 |
1925 |
淀に京都競馬場竣工 |
昭和 6 |
1931 |
競馬法改正により8日間の競馬開催、複勝式馬券、特払い制度が誕生
小倉市北方に小倉競馬場竣工
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昭和 7 |
1932 |
目黒の東京競馬場において、第1回東京優駿大競走(日本ダービー)を実施 |

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昭和 8 |
1933 |
府中に東京競馬場竣工 |
昭和 11 |
1936 |
競馬法一部改正により11競馬倶楽部・帝国競馬協会が合体。翌12年に日本競馬会発足 *2.26事件 |
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昭和 13 |
1938 |
第1回優駿牝馬競走(阪神)、第1回菊花賞競走(京都)施行 |  |
昭和 14 |
1939 |
第1回桜花賞競走(中山)、第1回皐月賞競走(横浜)施行 |
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昭和 16 |
1941 |
日本競馬会の機関紙として「優駿」が創刊
セントライトがわが国初の三冠馬に
日本競馬会の年間売得金が約2億9400万円に達する。(戦前の最高額) |


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昭和 18 |
1943 |
クリフジが東京優駿、阪神優駿牝馬、京都農商省賞典四歳呼馬のクラシックレース3勝を達成
昭和19年以降当分の間競馬開催停止(閣議決定) |

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昭和 19 |
1944 |
東京・京都競馬場、修練場(現在の馬事公苑)で能力検定競走が行われる。 |
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昭和 21 |
1946 |
札幌・函館競馬場で進駐軍主催の競馬が行われる。
勝馬投票規程改正により、投票券の発売制限が撤廃される。戦後はじめての競馬が東京・京都競馬場で開催
地方競馬法が制定される。主催者は、馬匹組合連合会・中央馬事会 |

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昭和 22 |
1947 |
東京競馬場で戦後初の日本ダービー開催 *日本国憲法公布(5月) |
昭和 23 |
1948 |
新競馬法公布・施行により国営競馬(農水省畜産局競馬部)と地方競馬制度が制定。日本競馬会・馬匹組合連合会・中央馬事会は解散。
銀座プレイガイドで場外発売開始。 |

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昭和 24 |
1949 |
阪神競馬場移転竣工。第1回阪神再開競馬開催 |
昭和 26 |
1951 |
トキノミノルが10連勝で日本ダービーを優勝。レースの17日後に急死。 |
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昭和 28 |
1953 |
中京競馬場竣工。第1回中京競馬開催 |
昭和 29 |
1954 |
日本中央競馬会法公布により、日本中央競馬会創立(9月)。
初代理事長に安田伊左衛門就任。
中央競馬第1回開催が東京・京都競馬場で開催 |
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昭和 31 |
1956 |
第1回有馬記念競走(中山)施行。
日本短波放送による中央競馬実況中継開始 |
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昭和 35 |
1960 |
ウッド式発馬機の採用 |
昭和 37 |
1962 |
地方競馬全国協会創立(8月) |
昭和 39 |
1964 |
シンザンが三冠馬に |
昭和 43 |
1968 |
繋駕速歩競走が全面廃止 |
昭和 47 |
1972 |
馬インフルエンザ発生(第1・2回東京競馬開催中止) |
昭和 48 |
1973 |
第1回地方競馬招待競走を東京競馬場で施行、ハイセイコーブーム |
昭和 49 |
1974 |
第1回中央競馬招待競走を大井競馬場で施行、JRAで電話投票を試験実施(2月) |
昭和 56 |
1981 |
第1回ジャパンカップ施行(メアジードーツ優勝) |
昭和 58 |
1983 |
ミスターシービーが三冠馬に |
昭和 59 |
1984 |
グレード制の採用、シンボリルドルフが無敗の三冠馬に |
昭和 61 |
1986 |
メジロラモーヌが牝馬三冠馬に、皇太子殿下ご夫妻が東京競馬場に行啓 |
昭和 62 |
1987 |
皇太子殿下ご夫妻が東京競馬場に行啓 |
平成 6 |
1994 |
ナリタブライアンが三冠馬に |
平成 15 |
2003 |
スティルインラブが牝馬三冠馬に |
平成 17 |
2005 |
ディープインパクトが無敗の三冠馬に、天皇皇后両陛下が東京競馬場に行幸啓 |
平成 19 |
2007 |
ウオッカが牝馬として64年ぶりに日本ダービー制覇、36年ぶりに馬インフルエンザ発生 |
平成 22 |
2010 |
アパパネが牝馬三冠馬に |
平成 23 |
2011 |
オルフェーヴルが三冠馬に(史上7頭目) |
平成 24 |
2012 |
近代競馬150周年 |